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第二十四話 『勇者の決断』 2. あの男の策略

 


 試合前の顔合わせから、早くも桔平と木場のいがみ合いが展開されていた。

 ほんのささいな理由から……

「何故忍がおまえ達のチームになる! 説明しろ、桔平!」

「しの坊は俺の秘書だからな。言ってみりゃ俺の部下だ。同じチームにいても何もおかしかねえ」

「いや、おかしいだろ。忍は我々エネミー・スイーパーの所属のはずだぞ」

「いや、それはねえ」

「何!」

「俺が抹消しておいた。今のあいつの所属は庶務課だ」

「そうだったんですか!」衝撃の忍。「いつからそうだったんですか。と言うより、何故そんな大事なことを私に断りもなく」

「いや、あのな」

「そうだ、何故そんな大切なことをおまえだけの独断で決めた! 横暴にもほどがあるぞ!」

「いや、だからさ……」

「ひどいですよ、信じていたのに!」

「あのね……」

「進藤もグルなのか!」

「いや、待て、ちょっと……」

「もう仕事したくありません!」

「もしもし……」

 礼也と光輔が辟易した顔を見合わせる。

「負けたくない一心で、適当なでまかせ言いやがったな」

「こんなに火だるまになるとは予想してなかったみたいだけどね」

 夕季があきれたようにため息をついた。

「そのかわり、光輔と夕季をやる」

「ええ~!」

「……」

 あきれ返る木場と忍の前で、桔平が山師の顔を差し向けた。

「一番若くてイキがいい二人だ。ハンデでおまえらにくれてやるよ。これなら文句あるまい」

「文句おおありだ」

「何!」

 木場が光輔らを指さす。

「こんな素人を押しつけておいて、何が文句あるまい、だ!」

 夕季の顔がむっとなり、光輔が悲しそうに笑った。

「いや、俺はいいんだけどね……」

 桔平の企みに限度はない。

「失礼なこと言うな。こいつらの身体能力の高さは、おまえだって認めていただろうが」

「それとこれとは別だ」

「何が別だ。それによ、みっちゃんは来ねえって言うし、女が別れた方がいいんじゃねえか? ま、ハンデで俺らが二人とも女使ってやってもいいけどな」

「むう……。……ちょっと待て。何故、忍がおまえ達のチームということが確定になっている!」

「またその話かよ」やれやれ。「これがあのキップのよかった木場先輩だとは信じられねえな。ほんとガッカリだぜ」

「ぐむ……」

「いいじゃないですか」

 大沼の横入りに二人が振り返った。

「うちは真吾も相当なものだし、経験者が揃っていますからね。それくらいの方がおもしろいと思いますよ。な、真吾」

「大歓迎っス!」黒崎が髪型同様、親指をビッと立てた。

「本当に俺でいいんスか?」

「光輔君は……」

「……」

「だがな、大沼……」

「さすが沼やんだな」木場の顔をギュムッと押しのける。「どっぷり懐が深いぜ。どっかのみみっちいゴリ先輩とは器が違う」

「貴様……」

「ほら、木場、さっさと始めようぜ」

「……」

 大沼が、ふっ、と笑った。すぐさま、仏頂面の夕季に気がつく。

「ほら、行くぞ、夕季。楽しくやろう」

「……」

 光輔が、うかがうように夕季をちらと見た。

「何が何でも勝ちたいみたいだね、桔平さん」

 その声も耳に入らぬか、傍らにあった金属バットを、やにわに夕季が握りしめた。

「ぶっつぶしてやる」

「へ!」


 ウォーミングアップのキャッチボールで、夕季の上達振りに舌を巻く光輔。

「すごいじゃん、おまえ。なんでそんなにうまくなったの。たった二日なのに」

「……」複雑そうな表情で夕季が顎を引いた。「大沼さんに教えてもらった」

「へええ。さすが経験者」

「そうじゃない」

 横から眺めていた大沼へ、二人が顔を向ける。

 その近くでは黒崎が、アピールするように派手なプレーを続けていた。

「もともとセンスがよかったんだろうな。上達が早いのも頷ける」

 手放しで褒められ、夕季が顔を赤らめた。

 とは言え、速いボールに反応はできても、コースをはずれたボールへの対応はまだ難しいようだった。

「ワンバンとかはつらいかもな」

「無理」

「俺も無理かも……」

 光輔と夕季が顔を見合わせる。

「素手でつかんだ方がいいかもしんないな、おまえ。パシッと」

「足で蹴れば」

「……」

「……」

「心配するな。ライトは俺がカバーする」

 苦笑いの大沼が、後ろから静かに告げた。

 夕季が大沼の顔をじっと見つめる。

 光輔も同じ顔をしてみせた。

「ついでにレフトもお願いします」

「足速いんだってな」

「はい?」

 きりっと背中を向ける大沼。

「体で止めてくれ」

「……」


 とにもかくにも、六回までのレギュレーション・マッチは、メックチームの先攻で始まった。

 ピッチャー黒崎、キャッチャー木場のバッテリーが、桔平達に立ちはだかる。

 マスクをかぶり、大木のような巨漢がホームベースの後方にどっしりと腰を落とすと、トップバッターの礼也があきれたような声を出した。

「でけえな、キャッチャー……」

「何! 貴様!」

「もっと下がれって。邪魔だろが!」

「ぐむむむ」木場が立ち上がった。「おい、黒崎。三球でしとめろ!」

 マウンドに立つ黒崎が顔を引きつらせた。

「……ホームが近い」

 あっ、という間に二点を献上し、一回の裏、チーム・エスの攻撃。

 ピッチャーズ・マウンドには不敵に笑う桔平の姿があった。

 トップバッター黒崎がバットを突き出し咆哮すると、ベンチから木場が気合を注入した。

「打て、黒崎! 自分の失点は自分で取り返せ!」

「自分だってボール落としたくせに」

 ぶすりと突き刺した女子の発言に、青ざめた表情で振り返る木場、と大沼と光輔。

「大沼さんがあんなにいい送球したのに」

「な!」

「いや、夕季、俺がもう少し高めに投げていればよかったんだ」

「違う。高かったら間に合わなかった」大沼のフォローを台無しにする紅一点の毒舌。「あのままタッチしていれば楽にアウトにできてたはず。そうしたら一点で終わってた」

「……」崩壊しかけた木場がなんとか踏み止まり、再度黒崎へと向き直る。「素人に何がわかる。黒崎、ガツンとかましてやれ!」

 むっとなる夕季を、光輔と大沼が、まーまーまーとなだめた。

「ビシッと決めてやるか」桔平がニヤリと笑い、第一球目を放った。「バシッとパーフェクトだってばよ!」

 ぐぐいと黒崎が奥歯を噛みしめる。

「そうはいくかっス!」

 打ち頃の速球をフルスイング。

 絶妙のタイミングでジャスト・ミートされた白球は、ホームラン性の勢いをともなってレフト方向の奥深い場所へと消えていった。

「げ!」

 衝撃の桔平が振り返ったままの姿勢で硬直する。

 チーム・エスのベンチはお祭り騒ぎだった。

 大リーグばりの背面キャッチで、忍がその打球を捕球するまでは。

「あ……」マヌケ面でフリーズする木場。

 夕季や光輔は瞬きすら忘れていた。

 ゴロゴロと転がり、忍がボールを高く差し上げる。土にまみれた姿で誇らしげに笑った。

「あれは普通捕れんぞ……」

 大沼の呟きに、顔を向け合う光輔と夕季。

「しぃちゃん、ガチだね……」

「お姉ちゃん、ガチだ……」

 悔しがる木場を尻目に、桔平の大騒ぎが始まった。

「よし、いいぞ、しの坊! ナイスだ! でっけえ体をよくぞ活かしたな!」ぴょんぴょん飛び跳ねる。「さすが七十あるだけのことはある!」

「七十はありませんよーっ!」

 ショックから立ち直り、再び桔平がマウンドを踏みしめた。

「さてと。あとは全部三振だ」ニヤリ。「それっ!」

 二者連続のデッドボールだった。

「ありゃ?」

「自滅か、桔平」

 不敵な笑みをたたえ、ネクストバッターサークルで木場が立ち上がった。

「るせえ、でかぶつ!」

「何だと、貴様! 許さんぞ!」

「やかましゃい、ゴリ公!」

「貴様! 今すぐ引導を渡してやる」

「いいから早く入れって!」

 巨大ロボットの排気のような鼻息を噴出し、木場が三本のバットをハンマー投げよろしく振り回す。放り投げた二本のバットが味方のベンチを急襲した。

 間一髪でそれを避ける光輔と黒崎。

「わ、あぶ!」

「危ないっス!」

 夕季があきれたような顔を差し向けた。

 ぽん、と肩を叩かれ、夕季が振り返る。

 大沼だった。

「ホームランで帳消しにしてやれ」

「……別にいいけど」

「この勝負は見ものだぞ」

「ふ~ん……」

 燃え上がるオーラを身にまとい、ジャイアント木場がバッターボックスを埋めつくす。

 キャッチャー駒田の顔が、思わず青ざめた。

「……でかいな、バッター」

「なんだと、駒田!」

「いいから、早くしろって!」

 桔平に向けて、木場が口をWに結んだ。

 因縁の対決に、木場の闘魂が燃え上がる。

「さあ来い!」

 一球目、高め。

「うがあ!」ズバン!

 二球目、インコース。

「うがあ!」ズバン!

 三球目、外角糞ボール。

「くはっ!」ズバン!

 夕季が大沼を見上げる。

 大沼が困ったような顔で目をそらした。

「……三球三振だな」

「全部ボール球だったのに」

「最後、エビみたいになってたね……」黒崎の目が点になる。

「……大きなエビだったすね」光輔も、あはは、と笑った。

「くそっ!」怒りの噴火収まらぬ木場が、チームメイト達を威圧しながらベンチへどっかりと腰を下ろす。

 誰もフォローしようとする者はいなかった。それどころか八つ当たりを恐れるように、見て見ぬ振りを決め込む。

 気まずい沈黙だけが流れていった。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……。……。かすりもしなかった……」

 ぼそりと囁かれたそれに、弾かれたように、真っ赤な顔で木場が振り返った。

「誰だ、今言った奴は!」

 しかし誰もそれに答えようとせず、ただ前を見つめるだけだった。

 驚愕の表情で青ざめる大沼と、その隣で憮然とした態度で頬杖をつく夕季も。

「大沼さん、次」

「お、そうだった」

 慌ててバッターボックスへ向かう大沼を、木場が激しく睨みつけた。

「ボケボケするな!」

「すみません」

「まったく!」

「自分はエビみたいだったくせに」

「! 誰だ、今言った奴は!」

「わかってるくせに」目をそむけたまま黒崎。

「はっきり聞こえましたからね」同じく光輔。

「くはあっ!」二人を睨みつける木場。が、どうしても夕季の顔を見ることができなかった。

「大沼さーん、打てない球じゃないから!」ベンチから身を乗り出し、夕季が声を張り上げる。「大振りしてもかすりもしないと意味ないから!」

「……」

「……あいつ、ああいうこと言うタイプじゃないんすけどね」

「よっぽど気に入らなかったみたいだね……」

 顔を見合わせることもなく、光輔と黒崎がぼやき合った。

 マウンドでは息を吹き返した桔平が、天に向かって拳を何度も打ち上げていた。

「ほざけ、ほざけ、ドシロートが!」憎々しい笑顔をエスのベンチへ向ける。「しゃっしゃっしゃ! おまえらの攻撃はここまでだ! くらえ!」

 その後大沼の三塁打を含む三連打を浴び、四失点で桔平はマウンドから引きずり下ろされた。

 二番手、礼也が登板する。

「ったくよ」不敵な笑みを浮かべた。「最初っからこうすりゃよかったのによ」

 サードへ入った桔平が、礼也を鼓舞し始める。

「てめえ、これ以上打たれんじゃねえぞ!」

「打たれたのはあんただろ……」

 八番、光輔は、その速球の前になすすべなく、空振りの三振を喫してしまった。

「ははっ。あいつすげえな……」

 申し訳なさそうに帰って来る光輔を、大沼が出迎える。

「しかたがないな、あれじゃ」

「すいません……」

「ったく」ぶつぶつと木場の口撃が始まった。「当てることもできんのか」

「はは、すいません」

「光輔は一回かすった」

 驚愕のまなざしを向ける光輔らの前を、バットを手にした夕季が通り過ぎていくところだった。

 大沼と黒崎が目が点になる。

「……今日はかなり攻撃的だな」

「アイロニー満載っスね……」

「ぬぬぬぬぬ!」憤慨の木場。外野の守備へ向かう夕季の背中へ、邪悪なまなざしをぶつけた。「いい気になっているのも今のうちだけだ。次の回で礼也の速球にきりきり舞いさせられるがいい。吠え面をかくなよ!」

「どっちの味方なんだ……」

「どっちなんスかね……」

 木場の落球と暴投をきっかけにまたもや二失点を喫し、同点となって二回の表が終了する。

 二回裏、チーム・エスの攻撃は、ラストバッターの夕季からだった。





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