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第二十四話 『勇者の決断』 1. 大興奮

 


「ところでおまえ、少しくらいやったことあんだろうな」

 メック・トルーパーの事務所前で桔平に言われ、夕季が顔を向ける。

「……」

「……」

「……」

「……。ルールくらい知ってるよな?」

「……」夕季が桔平を見続ける。

「……。なんか言えって……」

「やったことない」

「……」

 硬直状態の二人をそろりと覗き込み、光輔がおずおずと手をあげた。

「あの、俺もあんまやったことないです」

「何!」桔平が振り返った。「おまえ体育コースだろうが!」

「いや、授業でやったことはあるんですけど、そんなには。テニスとかバスケは好きなんすけど」

「おまえの友達に野球部の奴いただろ」

「まあ、そうなんすけど。……キャッチボールくらいなら」

「……」桔平がグラブとボールを二人へ手渡す。「ちょっとキャッチボールやってみ」

 五メートルほど離れて光輔と夕季がキャッチボールを始める。軽く放った光輔の球を、夕季がポトリと落とした。

 そつなく投球と捕球をこなす光輔に対し、へっぴり腰の夕季は何度も落球し続ける。山なりのボールを網ですくい取るようにしてようやく受け止めた。

「光輔はまあまあだが……」桔平が渋い顔を向ける。「そっちは予想以上だな……」

 夕季がムッとなって振り返った。

「だから言ったじゃない。やったことないって!」

「いや、ここまでひどいとは、……おおっ!」

 夕季の全力投球を紙一重でかわす桔平。

「フォームはいいな」

 三十メートルもてんてんと転がり、ボールは通路を歩く大沼の足もとへたどりついた。

 桔平が両手を振りながら呼びかける。

「おーい、沼やん、取ってくれい!」

 大沼がボールを手に取る。ずっしり重い白球をしげしげと眺め、グラブを手にする二人を見定めた。

「いくぞ、光輔」

 大沼が振りかぶる。

 慌てて光輔がグラブをかまえた。

「いいっすよお」

 山なりの軌跡を予測する光輔。が、一直線に放たれたそのレーザービームは、息を飲む周囲の視線を置き去りにし、グラブを逸れて光輔のみぞおちへとめり込んでいった。

「うぼっ!」

「大丈夫か、光輔!」

 顔面蒼白になりながら大沼が駆け寄って来る。

 呼吸困難になりうずくまる光輔を尻目に、桔平が感嘆の声をもらした。

「さすが沼やん。甲子園に行っただけのことはあるな」

「やめてください。補欠だったんですから」

「常連校のだろ」

「昔の話ですよ」

「いや、それ先に言って……」

「大丈夫か」苦しそうにあえぐ光輔に大沼が心配そうな顔を向ける。「すまん。あれくらいなら大丈夫だと思ったんだが。礼也はもっと速い球が捕れたからな」

「ほお」桔平の瞳がキラリと光る。「礼也はなあ」

 夕季は複雑そうな表情で大沼と光輔を見比べていた。


「大沼さん」

 その日の業務を終え帰宅すべく事務所から出た大沼を、夕季の声が引き止めた。

 振り返る大沼。

 その顔を神妙な様子で夕季が見つめていた。

「お、まだいたのか」

 日が長くなったとは言え、七時近くともなれば薄暗い。

 夕季達オビディエンサーは平日訓練は自主参加のため、各人の都合で切り上げることが可能だった。

「忍でも待っているのか?」

 口もとを結び、首を振る。

「そうか。そう言えば明後日のソフトボールにおまえも出るんだってな」

「……うん」

「そうか、頑張れよ。真吾が喜んでいたぞ。俺達とは別のチームなのにな。もう、足は平気なのか」

「うん……。今日、忙しい?」

「……いや、特に用はないが」

「……」真っ直ぐに大沼を見据える。「バッティングセンターに連れてってほしい。できたら」

「……」ぼう然と夕季を見つめる大沼。「珍しいな、おまえがそんなことを言うなんて」

「……ボールを捕るのは難しそうだけど、打つ方なら何とかなりそうな気がする」

「……」

「駄目ならいいけど……」

「駄目なものか。おまえの頼みを断れるわけがないだろう」

「……」

 大沼が嬉しそうに笑った。

「夕季、ちょっとキャッチボールでもしてみるか」

「……」

「格納庫の中なら明るいぞ。人の目もないし」

「……うん」

 竜王の格納庫の脇で二人がキャッチボールを始めた。

 手加減をしながらも大沼の投げた球は正確に夕季のグラブへと導かれ、無理のないキャッチへと誘う。

 夕季も山なりの投球からしだいに角度を整え、それなりの軌跡を描けるようになっていった。

 大沼が楽しそうに笑う。

「さすがだな。何をやってもそれなりにサマになっている」

「……」夕季が顎を引き、照れ臭そうに口もとを引きしめた。「打球ってもっと速いんだよね」

「ん、ああ」涼しげな笑みをたたえ、夕季を眺める。「無理して捕ろうとしなくてもいい。ボールを後ろへそらさないためにグラブを使うつもりでいればいいんだ。顔に当たると危ないから、なれないうちは無茶するなよ」

「……。フライとか捕れると気持ちいいかなって思った」

「そりゃ気持ちいいさ」

「……」

「フライ、捕ってみるか」

「……うん」

 夕季から離れ、大沼が山なりのボールを放る。最初はゆるく、夕季が少しずつ反応し出すのがわかると、次第に距離をとりさらに大きな弧を作ってみせた。

「うまいな。簡単なフライなら大丈夫そうだ」

「……」口を結びフライをキャッチする。「大沼さん」

「ん?」

「どれくらい遠くへ投げられるの」

 グラブへボールを出し入れしながら大沼が考える。

「八十メートルくらいかな」

「……」ごくりと唾を飲み込む夕季。「……すごい」

「俺なんか全然だよ。木場さんや柊さんの方が肩が強い」照れたように大沼が笑った。「たいしたことはないが、やろうか?」

 夕季が頷く。

「よし」

 大きく振りかぶり、全身をしならせるように大沼が手に持った白球を彼方の照明目がけて放り投げる。

 滑らかな動作と引っかかりのない綺麗なフォームに、夕季の視線が釘づけとなった。

 それはキャッチボールの時とはかなり違った投げ方だったが、明らかに八十メートル以上の飛距離をたたき出していた。

 ガシャン、と音を立て、ボールが落下する。

「しまった、壊れてないだろうな……」

「すごい……」

 感嘆の声に大沼が振り返ると、真顔で注目する夕季の顔があった。

「すごい!」眉間に皺を寄せ、珍しく興奮状態で、ぐぐいと前のめりになる。「すごい、大沼さん!」

 その熱いまなざしに、アサシン大沼が思わず心をゆるませた。

「え~と……」

「本当にすごい!」

「……何か食べたいものあるか?」

 グラブを下ろし、大沼が壁の時計へ目をやる。

「さてと、そろそろ行くか。あまり遅くなると忍が心配するだろうしな」

「……もう少しやってたいかも」

「また明日つき合ってやるよ」

「……。うん」

「ここで俺がボールを放ってやって打つ練習をしてもいいんだが、おまえは見て覚えるのが得意そうだからな。いきなりでも大丈夫だろう」

「……」しばし大沼の顔を見つめ、表情も変えずにくるりと背を向ける。「お姉ちゃんに電話してくる」

「ああ……」

 大沼は夕季の背中を嬉しそうに眺めていた。


 快晴の日曜早朝。市民グラウンドを貸し切ってメック対エスのソフトボール大会が行われようとしていた。

 当番を除いたメンバーで構成されたチーム編成は、選抜メンバーというよりは有志の集いといった趣だった。

 困惑する大沼の前を、道具箱を抱えた仏頂面の黒崎がのしのしと歩く。

 ふいに振り返った。

「なんで俺も誘ってくれないんすか!」

 大沼があきれたような顔を向ける。

「おまえはその前に、早く帰って家でゲームがしたいからとかぬかして俺の誘いを断っただろうが」

「野郎なんかと飲みに行く気分じゃなかったんス!」

「貴様……」

「でもバッティングセンターに行くって言ってくれれば行ったのに!」

「おまえは夕季と一緒に行きたかっただけじゃないのか」

「当たり前じゃないスか!」

「……」

「おとといはともかく、昨日まで。もうがっかりスよ!」ぷんすか。「おまけに昨日のお昼だって楽しそうにキャッチボールまでしちゃって。ひどいス。そんな人だとは夢にも思わなかったスー」

「昨日は俺は行ってないぞ。忍と行くって言っていたからな」

「だからスよ」

「?」

「大沼さんが行けないなら代わりに俺が行ったのに」

「……」大沼が淋しそうに黒崎を見つめる。「それが嫌だったから忍に頼んだんじゃないのか?」

「ああー!」

「冗談だ」ふっ、と笑った。「もともと忍と行く約束をしていたらしい。あいつ、高校の時ソフトボール部にも入っていたそうだからな。俺も一緒にどうだと言われたが断った。あまり人が見ていると夕季もやりづらいだろうしな」

「もったいない!」

「もったいない?……」

「大沼、黒崎、早く来い!」

 遠くから木場ががなり立てる。その表情は大沼らの知る普段のものとは違っていた。

「ちんたらするな! 走って来い!」

「そう言えば……」大沼が眉間に皺を寄せる。「あの人は野球のこととなると人が変わるんだったな……」

「忘れてたっスね……」

 二人が駆け足で木場のもとへ向かう。

 腕組みをして待ち構える木場の後方には、桔平率いるメック・トルーパーズの顔ぶれが揃っていた。

「すいません」

 恐縮する大沼らを、ふん、と睨めつけ、木場が苦言を口にする。

「まったくおまえらはなっとらんな。遊びじゃないんだぞ」

「遊びじゃねえのかよ?」

「はあ!」鬼の形相で礼也へ振り返る。「男と男の真剣勝負だ。そんな気持ちでいたらケガをするぞ。わからんのか!」

「いや、いきなりキレられてもよ。……男と男の真剣勝負に焼肉賭けんなって」

「女の子もいるんだけどね」

 光輔の何気ない一言に木場が夕季へと目を向ける。

 ジャージ姿の礼也や光輔に対し、夕季はパーカーにハーフパンツといったいでたちだった。かろうじてスニーカーであり、髪止めがわりに野球帽を後ろ向きに被っていた。

「なんだ、その格好は。なめてるのか!」

 夕季が口をへの字に曲げた。

「……。帰る」

「まーまーまーまー」と光輔らが引き止める。

「いいじゃないですか」すかさず大沼がフォローに入った。「自分達のチームじゃないんだし」

「ふん」と吐き捨て、木場が後ろを向く。「いいか、エラーした奴は腕立て伏せだ」

 夕季はその背中をずっと睨みつけていた。

「なんか、一生懸命だね」光輔が呟く。

 それを礼也が受けた。「おお、ユニフォームとかな」

「……」

 複雑そうな顔つきの夕季に光輔が気づいた。

「どうしたの、夕季」

「……別に」

「あれ、そう言えば、しぃちゃんは? 一緒に車で来たのに」

「ごめーん、遅くなっちゃって」

 忍の声に一同が振り返る。

 サンバイザーを始め、ソフトボール部時代のレギュラー・ユニフォームを寸分違わずトレースしていた。

「着替えるところがなくってね。さあ頑張っちゃおうかな」

「気合入ってるね……」

「一生懸命だな……」

「すごく楽しみにしてたから、お姉ちゃん……」

 二人が夕季へ振り返る。

 複雑そうな表情の中にわずかに哀しみのようなものが滲み出ていた。

「こら、忍、遅いぞ!」

「すみません! 隊長!」

「キャプテンと呼べ!」

「イエッサー!」

「なんだかなあ……」

 光輔らが憤りのようなため息をもらした。

 出場選手がすべて揃い、今二つの意地の塊があいまみえんとしていた。






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