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第二十三話 『約束の丘』 6. 沈黙のプログラム

 


 オペレーション・スコクスの開始予定時刻は午前四時と伝えられていた。

 すでに付近住民の避難は完了しており、うっすらと明けかけた空を見上げ、礼也ら三人が口もとを引きしめる。

 エプロンで見守るケイゴをちらと見下ろし、夕季がスクリーンの雅へと向き直った。

「みやちゃん」

『おっけーだよ』雅が微笑む。『頑張ってね』

 しっかりとした表情で三人が頷き、各自のハッチを閉じる。

 それから空を貫く光の束となり、メガルの上空でエア・スーペリアが集束した。

 カウンターの予測ポイントは、メガルから約四十キロメートル離れた市街地だった。

 予め遠征配備のメックとは違い、夕季らはぎりぎりまで基地で待機し、予定時刻に間に合わせるようタイプ・スリーでの移動を選択したのである。

 空を飛べる空竜王に比べ、陸上移動の礼也と光輔は常に作戦準備の段階で余計な負担を強いられることになる。今回もキャリア搬送選択で約一時間を要することが必至であり、その間のメガルの警護上の問題も含め、ガーディアンに集束しての移動が妥当だとの結論が導き出された。

 本来の規定に当てはめれば、作戦開始の一時間前には展開地域に到達しているのが望ましいのであるが、プログラム固有の特異性と、雅の負担も考慮してこのような運用となったのである。

 エア・スーペリアならば当該の地点まで一分とかからずに到達できる。健康状態の雅の限界体力がおおむね十分から十五分と予想されていたため、それをロスタイムとして予め差し引いた時間が作戦可能時間だと三人には説明されていた。

「目的地へ到着しました」

 濁りのないまなざしでそれを報告し、夕季らは予測ポイントで三体に分離した。

 竜王がメックと合流した報告を木場から受け取り、桔平が改めて指示を出す。

『よし、そこで時間まで待機だ』

「了解」夕季が頷く。回線を雅へと切りかえた。「みやちゃん、大丈夫?」

『全然おっけーだよ』

 笑顔で雅が応答する。しかしその表情は先よりも力がないようにも見えた。

 わずか一分足らずの集束とはいえ、それほどまでにコンタクターは体力を消耗するのだ。そして集束をしていなかったとしても、ガーディアンと一体化しているだけで、雅は少しずつ削られていくのだということを三人は充分に理解していた。

 つまりは、雅の体力の限界が、そのまま作戦可能限界であるということもしっかりと認識しており、それがオビディエンサー達にとって、今までにない足かせとなり始めていたのである。

 夕季にしても、雅のサポートを心がけることに、必要以上に固執し始めていたのも確かだった。

『そんなに気にしなくていいよ、夕季。駄目そうだったら、こっちから言うから』

「……でも」

『平気だよ。外出たらすぐにバタンキューできるよう、休憩所も桔平さんに作ってもらったし。すごいんだよ、乗り降りのスペースに簡易ベッドとか、シャワー付きトイレまで設置してくれたの。あと冷蔵庫とシャワールームを申請中です』

「……」

『うらまやしい?』

「……う」

『うらまやしいって!』

『うらまやしいよ! ……うらまや?』

 礼也と光輔の乱入に目を輝かせる雅。

『あたしちょっと外で爆睡してくるから、時間になったら起こして、光ちゃん』

『いや、もう時間なんだけど……』

『ぶごー、ぶごー』

『てめえ、ふざけんなって!』

「……もっと真剣にやろうよ」

 カウンターの示唆した予定時刻が訪れる。

 が、待てども待てども何も起こらず、やがて数十分の後、それが誤動作であるとの見解のもと、メガルは該当地域から撤退することとなった。


「おかしいだろ……」司令室別室であさみと顔を突き合わせ、桔平が難しい表情になる。「カウンターの反応は確かにそれがプログラムであることを示していた。あんなカラ打ちのパターンじゃなかった」

「これまではね」窓際で腕を組み、あさみも表情のない顔にわずかに眉だけを寄せた。「スコクスのパターンがそれまでとまったく別の反応を見せるのだとしたら、私達が今まで構築してきた解析システムがすべて無駄になるかもしれないわね」

「そんなこと言えば大騒ぎになるだろ」

「すでにカウンターが誤動作を起こしたという時点で、外部じゃ大騒ぎになっているのだけれど」

「じゃ何て言えばよかった。カウンターじゃわからない、まったく新しいタイプのプログラムがやってきましたって、正直に言っとけばよかったか?」

「それこそ彼らの思うつぼね」物憂げに窓の外へ目線をやる。「メガルの無能さを世界的にアピールする以外、何のメリットもないわね」

「それのどこがメリットだって……」

「だったら、何を聞かれても誤動作か故障で通すしかないわね。組織の信用度は下がるけれど、システムとして無用なわけじゃないから」

 桔平も窓の外へと目をやる。

 茜色の陽射しに目を細めた。

「スコクスが単なるはったりだけのダミー・プログラムなのか、それとも真偽を使い分けるプログラムなのかがはっきりするまでは、俺達はこれまでのプロセスを無視できない。何百回騙されても、最後の一回で本物のオオカミが現れれば、それですべてが決まってしまうからな」

「こちらの対応センスが試されるわね。一時的に信用を失うだけならいざ知らず、信頼がなくなってしまえば、誰も私達に耳を貸さなくなる」

「だから、それまでは……、無駄だと思っても、愚直に奴の誘いに乗るしかない……」

 夕陽に照らされた二人の顔に疲労が滲み始めていた。


 翌日、二度目の警告サインがメガルを席巻した。

 反応パターンも一度目と同様。ただし特定された地点は、前日よりさらに遠い地域だった。

 前回同様、メック・トルーパーが前もって配置される。

 特定地域は警察や自衛隊、地域の関係各位によって避難も滞りなく執り行われ、あとはプログラムの実動時刻を待つのみとなった。

「んじゃ、行ってくっか」

 陸竜王のコクピットの中、礼也が大きく伸びをする。

 それを笑顔で受け止めたのは、スクリーンの中の雅だった。

『頑張ってね』

「おうよ」

 二言三言言葉を交わし、エア・スーペリアが再び雅のもとを飛び立つ。

 その様子を、ケイゴはエプロンの隅から複雑そうに眺めていた。


 しかしまたもや、予定の時刻を過ぎてもスコクスは現れなかった。

 そしてカラ打ちとも呼べるその出現予測は、日に複数回ある場合も含め、二週間足らずで述べ二十回を記録したのだった。


 司令室別室で桔平が頭を抱える。

 その表情は二週間前よりはるかに険しく、悲愴なものだった。

 あさみはといえば、表情こそ変わらなかったが、何も告げることなく、ひたすら夕陽に染まる海洋へ視線を投げかけていた。

 呼び出しを受け、あさみが内通電話を手にする。

「……ええ、そう、わかったわ」

 通話を終え、相も変わらぬ起伏のない目線を、緩やかに顔を上げた桔平に差し向けた。

「樹神雅が倒れたそうよ」

「何!」

「たいしたことはなさそうだけれど、待機室で立ち上がった時にめまいがして、そのまま医務室へ運ばれたみたい。過労ね」

「……」桔平が口をへの字に曲げて、天井を仰ぎ見る。それから限界まで息を吸い込み、思い切り吐き出した。「ぶはーっ!」

「……」わずかに目を細め、あさみがため息をつく。「本当にやっかいな相手ね。現れないから、倒すこともできない」

 それを恨めしげに見やり、桔平が深紅の海面目がけて恨み言を吐き出し始めた。

「現れないかどうかわからないから、こっちは出向くしかない。最初は近場だったが、ここんとこ、遠方ばかりが続いている。それも一日に二回も三回も間を置かずにな。フットワークの軽い礼也達はともかく、メックの遠征ははなから諦めて、土地土地の方面隊に頼らざるをえないのが現状だ。これだけの短期間のうちに日本中の端から端まで旅行したのは、あいつらくらいだろうな」

「人ごとみたいね。まだずい分余裕があるようだけれど?」

「余裕なんかあるかってーの!」ギッとあさみを睨みつける。「体力自慢のあいつらでも疲労が目に見えて蓄積してきている。問題はガーディアンの芯の方だ。ただでさえスタミナないってのに、コンタクターの疲労度合いはオビィの比じゃない。それも連ちゃんだからな。あの娘じゃなくても、体もたねえよ」

「コンタクターは何より精神的な消耗が著しいわ。屈強な大男でもいつかは根をあげるでしょうね」

「せめてぎりぎりまであの娘の負担をセーブできりゃな……」

 桔平の苦悩をかき消すように、連絡用の呼び出し音が室内に鳴り響く。

 応答に出たあさみの表情が瞬時に変貌し、桔平はその内容を容易に推察することができた。

「スコクスよ」通話を終え、受話器を戻しながらあさみが桔平の目線に軸を合わせる。「グッド・タイミングね」

「くそっ、こんな時に!」

 再び桔平が頭を抱える。

 まばたきもせずにそれを見つめ、あさみは先につないでいった。

「猶予は四時間。場所は……」

 その時ノックの音がし、聞きなれた声が静かに入室してきた。

「失礼します」

 ケイゴだった。

 いつになく真剣なまなざしのその姿を、二人は何も言わずに迎え入れた。





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