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第二十三話 『約束の丘』 2. 衝突

 


 夕暮れ時のメック・トルーパー事務所に桔平らの顔があった。

 その日の訓練を終え、待機当番の面々と桔平が談笑する。そこには駒田や南沢、黒崎といった顔が見受けられた。

 トレーいっぱいの紙コップを抱え、笑顔の雅が入室した。

「おまたへ」

「お、悪い、みっちゃん」

 自販機で購入してきたカップの飲料水を雅が一人一人に手渡す。

「駒田さん、ココアだったね」

「お、さんきゅー」

「南沢さんはブラック」

「あ、ありがとな、みっちゃん」

「おまえよくブラックなんて飲むな。苦いだけだろ」

 ココアをすすりながら駒田が南沢をたしなめにかかる。

 むっとした様子で南沢が駒田を見やった。

「おまえこそ、よくそんな甘いの飲めるな」

「甘い? こんなの全然甘くないぞ。な、柊さん」

「んあ?」同じものを口にする桔平が駒田へ目を向けた。「全然甘くねえな。うっすいしな」

「だよな。むしろブラックがかってるくらいだ」

「おお、てゆうか、これがブラックかって話だな」

「あたしもおんなじ。ブラックココア」

「お、みっちゃんもブラックか」

「俺ら、みんなおんなじブラック・ブラザーだな」

「おー!」

「いいこと言うな、駒田」

「南沢は仲間はずれだけどな」

「いいよ、別に……」

 笑顔の雅が笑顔の黒崎の前に立った。

「黒ちゃんは」

「イエス」

「おしるこ、ドン引き~」

「……スか、みっちゃん……」

 一通り配り終え、雅が桔平の横に座る。

 ちらと横目で桔平を見て、雅がおもしろそうに言った。

「ケイちゃん、いつからこっちに来ることになってたの」

「んあ?」ココアをズズズとすすり、桔平が目だけを向ける。「ドラやんがあっち行った頃かな。ドラやんとか綾ッぺの話聞いてたら、急にこっちのみんなに会いたくなっちまったみたいだって、綾っぺが電話で言ってた」

「そんなので帰ってこれるの」

「それがな、奴はテストパイロットとしても結構なモンらしくて、メガで作った試作品のプレゼンも兼ねて、短期でこっちづけになったってとこだ。ほら、あの新型のVTOLの輸送機。あんなずんぐりでマッハ2出るっつんだからな。それを戦闘機みたいにぶん回せるくらい、奴のテクはすんばらしいらしい」

「体育以外は赤点ぞろいのあのケイちゃんが!」

「……今すげえ不安な気分になったな」

「あ、ひょっとして運動神経だけで乗っちゃってるのかな?」

「自転車じゃねえんだから……」

「でも、それじゃやっぱり、またすぐ帰っちゃうんだよね。向こうにとっても必要な人だから」

「いや、そうでもないみたいだぞ」

「ん?」

「パイロットとしてはドラやんの方が優秀だからな。本人がそれを望むなら、ずっとこっちに置いててくれてもいいって、綾っぺが言ってきやがった。ふつつか者ですがよろしくお願いします、あっはっは! ってよ」

「厄介払いされたんだ! ケイちゃん。ひどいよ、綾さん! おもしろすぎ!」

「……いや、知らねえが、残念な感じはしてきたな、いろいろと」

「なるほど」

「それによ」

「へい」

「奴はオビィのリザーバーとしても評価されているらしい」

 やや躊躇しながら桔平がそれを口にした。

「陸竜王のリザーブらしいが、数値だけなら礼也と変わらんみたいだ。ま、単なる数字上の話だから、今の礼也にとって変われるはずもないけどな。だが、もしもの時のために、予備のパイロットが近場にいるのは正直ありがたい。余裕があるなら夕季と光輔の補欠も用意したいところだ。今さら綾っぺやしの坊引っ張り出すのも気が引けるから、とりあえず、それだけでも都合がいいってことだな」

 そう言って外灯へ目を向けた桔平を、雅が穏やかに見つめる。ふう~、と吐息をもらし、顔をそむけて小さく笑った。

「因縁だな、あの二人は」

「ん?」

 不思議そうに振り向いた桔平に、再び雅が視線を合わせる。

「礼也君、ケイちゃんにだけは一度も勝ったことないの」

「ケンカか」

「うん」

「小さい頃の話だろ。その頃の二つ三つってのは、体格でもかなり差が出るから、勝てなくても仕方ねえんじゃねえか」

「結構大きくなってからもだよ。それに、ケイちゃんより年上の人にも、礼也君勝ってたからね」

「ま、今はどうだろうな」

「今でもそうだと思う」

「そんなんなのか、あいつ。礼也だってたいしたモンだと思うけどな。俺から見ても、職業軍人と大差ないレベルだと思うぞ。……ドラやんとガチで組手やってた夕季はもっとすげえと思うが」

「ケイちゃん、すごい技が使えるんだよ」

「どんな」

「こんな感じでね」桔平の顔の前に小さな拳を近づける。「とう!」

「あだっ!」

「あ、ごめん!」

「いや、ごめんはいいんだけどよ」涙目で桔平が訴えかける。「今、完全に撃ち抜いたろ、みっちゃん」

「うん」

「うんって、まあ……」

「今、ゴッて言ったよな」駒田の顔が青ざめる。

「俺はゴツンッて聞こえた」南沢も同じ顔になった。

「自分にはゴビ~ンて感じでしたス」

 二人が黒崎に冷ややかな視線を向けた。

「それはねえな」

「まあ、人それぞれだからな。俺的には引いたけど」

「そこまでひどくはないんじゃないスか……」

「あたたたた……」じんじんする頬骨を桔平がさする。「寸剄の使い手か」

「寸剄?」

「ああ」不思議そうに見つめる雅の前で、拳を小刻みに振ってみせた。「ワンインチ・パンチってやつだな。ほとんど当たってる場所から撃ち込むだけなのに、達人がやれば相手が数メートルもふっとぶって技だ。ブルース・リーの得意技だよ」

「スリーの技なの」

「リーな……」にやりと笑った。「おもしろい。ぜひともお手合わせしてみてえもんだな」

「んなこと言って、簡単にぶっとばされちゃうんじゃないのか」

「はあ? 何言ってやがんだ」不本意そうに駒田を見下ろす。「俺もかつてはかなりのカンフー使いだったんだぞ」

 駒田と南沢が気の抜けた顔を見合わせる。

「かつては、って言ってる時点ですでにおかしいじゃねえか」

「たぶん、中学校の時とかにカンフー映画観てマネしてた口だな」

「木場さんも同じこと言ってたス」

 二人が黒崎に頷いてみせた。

「俺は中学の時にな……」

「ほらな」

「ほらほら」

「やっぱりス」

「十本足と呼ばれたほどのカンフーの使い手で……」

「イカだな」

「イカだ、イカだ」

「イカッス」

「昔、木場も……」


 メック・トルーパーの休息所で二つの感情が激突しようとしていた。

 憎悪にまみれたまなざしを叩きつける礼也と、それを不敵な笑みを浮かべ受け止めるケイゴ。

「ふざけんな、てめえ」

「ふざけてない。本当のことを言ったまでだ」

「ああっ!」

 ケイゴが笑う。

 まるで子供をあしらうように。

 その様子を、不安げな光輔とともに、夕季は眺めていた。

 交錯する想いを抱きながら。


           *


 無数の蛍が飛び交うその場所で、夕季とケイゴは並んで座っていた。

 夏とは言え、かなり遅い時刻に小学生の二人組がうろついているのが知れれば、あまりいい印象は与えないだろう。

 が、その場所は、メガルの宿舎から山側へ抜けて行った先にあり、車等のアクセスもしづらいため、他の人間と出くわすことはほぼないと言えた。

 放浪癖のあるケイゴが偶然見つけた場所で、ケイゴはそれを自分の気に入った人間にしか教えていなかった。

 二人でひたすら光の交差を眺め続ける。

 特に理由はない。

 ただ最近夕季が少し元気がないことを気にかけ、ケイゴが連れ出したのだった。

 いつもそうだった。

 夕季が何かを気にかけている時、落ち込んでいる時、ケイゴは何も言わなくても夕季をこの場所へ誘った。

 まるで夕季の心の底を知り、元気づけるように。

 蛍の川を見下ろす丘の上で、月明かりの下二人が肩を寄せ合う。

 満天の星空のまたたきが二人へと降り注いでいた。

 ふいにケイゴが指さした先へ夕季が目を向ける。

 さらさらと静かに小川が流れ続け、まるでこの時が永遠であるかと思わせるその場所へ。

 二つの宇宙の中間でケイゴがおもしろそうに笑った。

「やっとおまえらしい顔になったな」

 その意味がわからず、不思議そうに夕季がケイゴの顔を見つめる。

 するとケイゴは、ははっ、と笑って、再び小川の蛍へと目をやった。

「おまえがつらそうにしてると、俺もつらくなってくるんだよな。これでもおまえの兄貴分のつもりなんだから」無造作に草を抜き取り、丘の下目がけて放る。「お兄ちゃんって呼んでくれりゃいいからな。陵ちゃんと同じで、頼りない兄貴だけど」

 そう言って照れ臭そうに笑ったケイゴの横顔を、夕季はまばたきも忘れて眺め続けた。

 やがてプレッシャーに耐えきれなくなったケイゴの方から顔を向けてきた。

「これ、やるか?」

 ケイゴがポケットから取り出したそれを見て、夕季の目が点になった。

 一束の線香花火だった。

 ライターで火を点け、二人が線香花火の火花を近づける。

 夕季は炎の向こうに照らし出されるケイゴの横顔をずっと眺め続けていた。

 それに気づいているのかどうかはわからないが、ケイゴは穏やかな表情のまま、ただ花火の輝きに集中していた。

 読み取れない心の奥を覗こうとし、何となくいたたまれない気持ちになって夕季が目線を伏せる。

 その時、ケイゴの優しげな声が伝わってきた。

「困ったこととかあったら言えよ。いつでも俺が飛んでってやるからな。俺がおまえを守ってやる。ははっ……」

 眩しそうに目を細め、夕季はまたいつまでもケイゴの顔に注目していた。

 やがて自分でもわかるほどに心を許し、夕季が、ふっ、と表情を和らげた。

「私も……」普段は恥ずかしくて表に出せない気持ちが、ごく自然と込み上げてきていた。「私も守る。ケイゴさんを守る」

「……お兄ちゃんって言えって」

 ややバツが悪そうにケイゴが苦笑いをする。それでも決して嫌そうではなかった。

「じゃあな、もし俺が何か間違ったことをしそうになったら、教えてくれよ。おまえが俺を止めてくれ」

 静かに夕季が頷く。

 二人だけのとっておきの場所で。


           *


「てめえ、ぶっ殺してやる」

「おまえに俺が殺せるのか」

「ああっ!」

 ケイゴが邪悪な笑みを浮かべる。

 心配そうに、夕季と光輔がそれを眺め続けていた。






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