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第二十三話 『約束の丘』 1. 帰って来た問題児

 


「古閑、後で職員室に来い」

 去り際にそう言い残し、二年C組担任の江川教諭は教室から出て行った。

 夕季が席に座ったまま眉間に皺を寄せる。

 特に思い当たる節は見当たらなかったが、この山凌高校で夕季らメガルの関係者を呼び出す場合は、大抵あまりいい理由であるはずがなかった。

「ゆうちゃん!」

 突然みずきが横から抱きついてきた。

「今日部活ないから、一緒に帰る?」

 満面の笑みで迫りくるみずきを、迷惑さを嬉しさで打ち消したような表情で夕季は迎え入れた。

「……先生に呼ばれたから、今から職員室に行って来る」

「じゃ、待ってるよ」

「長くなるかもしれない」

 みずきがつまらなさそうに口を尖らせる。

「つまんないな。祥子も羽柴君とどっか行くって言ってたし」

「……ごめん」

 するとみずきが嬉しそうに笑った。

「じゃ、仕方ないね。また明日」

「うん……」

 夕季も控えめに笑い返した。


 心持ち緊張の色を滲ませ、夕季が職員室へと向かう。

 放課後の職員室の周辺は、部活動やさまざまな用事で出入りする生徒達が多く見受けられた。

 夕季もその中の一人ではあるが、何度来てもこの雰囲気には慣れなかった。

 新担任と二人きりで話をするのが初めてのせいもあった。

 入り口の引き戸へ手をかけた時、予期せぬ人物と鉢合わせになる。

 小川秋人だった。

 目を見開いたまま二人の視線が合致する。

 戸惑いの具合はむしろ秋人の方が多く、ぽかんと口を開けたまましばらく夕季を見つめていた。

 やがて、はっと我に返り、一言目を口にした。

「あれ、古閑さんも呼ばれたの」

 秋人の顔を見つめたまま、夕季が頷く。

「帰りにそう言われた」

 すると秋人が、なあんだ、という顔になって笑ってみせた。

「あ、あれ、俺のことだよ」

「でも」

 今度は夕季が戸惑いにしり込みし始める。

「俺だって。江川先生、怒り気味だったろ。たぶん俺だよ……」

 ずっと間近で夕季と向き合っていたことに気がつき、秋人が突然照れたように顔をそむけた。

「……だいたい古閑さんが呼ばれるわけないよ。何も悪いことしてないのに」

「小川君、何かしたの」

「俺は、課題忘れたこととかかも……」

 秋人の心臓がドンドンと強震し始めていた。

 無論そんなことなど、夕季が知る由もない。

「でも、古閑って言ったような気がする。あたし、いきなり出席日数足りないみたいだし」

 心配そうにそう告げた夕季にちらりと目を向け、秋人が安心したように笑った。

「江川先生の言葉って聞き取りづらいんだよね。おがわー、と、こがー、が同じに聞こえる時があるし」

 夕季が、ふっと表情を和らげる。

 それが笑顔なのかどうかはわからない。だが秋人にとって、初めて見る夕季の表情だった。

「……あ、足、よくなった?」

「だいぶ」

「そ、そう。よかったね」

「ありがとう」

「と、と、とにかく、行ってみよう」

「うん……」

 上ずる声も何のその。秋人はバクバクと爆発寸前の心臓を無理やり押さえ込み、先頭を切って職員室へ足を踏み入れた。

 もはや心の中は、雑念だらけだったのだが。

 目の前に立った二人を出迎えたのは、担任教師の素っ頓狂な顔だった。

「おまえら何しに来た。呼んでないぞ」

 二人の目が点になる。

「……でもさっき、小川って」

「……古閑って」

「バカもん、俺が呼んだのは、のがー、だ」

「……」

「……」

 腑に落ちない様子で二人が職員室を後にする。

 その表情からは、結局誰だったんだろう、という思いがありありと見てとれた。

「……。のがー、だって……」

 顔も向けずに秋人が呟く。

 ちらと目配せして、夕季がそれを受けた。

「……誰」

「さあ……」

 その時、鷹のように鋭い眼光を放つ一人の男が光臨した。

 つんつん頭のクラスメイト、曽我茂樹だった。

 秋人を、ぐむむむ! と睨めつけてから、夕季へ笑顔を向ける。

「あ、古閑さん。古閑さんも何か……」

 開けっ放しの入り口に中の教師からクレームが入った。

「こら、さっさと閉めんか」

「あ、すいません!」

 もう一度秋人を睨みつけ、背筋をビシッと伸ばして、茂樹が職員室へ入室した。

「二年C組、曽我茂樹、失礼します!」

「おい、のがー、いつまで待たせる! おまえは本当に……」


 メック・トルーパーの事務所前に、夕季と光輔の姿があった。

 先ほどの出来事を夕季が打ち明け、茂樹らしいと、光輔が笑い飛ばす。

 みずきに悪いことをしたと気にかける夕季を、光輔は嬉しそうに眺めていた。

 夕季の方から話を切り出すのもこれまであまりなかったことだが、同級生を気遣うその様子に、明らかな心境の変化が見てとれたからである。

「……何」

 薄笑みを浮かべ自分を見つめる光輔に、夕季がいつものメンタルを取り戻す。

 しまっと、と言わんばかりに、光輔が両手を押し出してみせた。

「いや、別に、何も……」

「!」

 ふいに背後から首をクラッチされ、夕季が口を真一文字に結ぶ。

 不思議とその感覚に懐かしいものを感じていた。

「そこまでだ」

 聞き覚えのある声に目線だけを差し向ける夕季。

 顔を確認する前に、驚愕の光輔の口からその名前が転がり出た。

「ケイちゃん……」

 するとその青年、遊佐京吾はおもしろそうに二人に笑ってみせた。

「ケイちゃんじゃない! 俺はモノマネ怪盗ハッピーさ~んせ~だ!」

「……いや、何言ってんの、ケイちゃん」

「ケイゴさん……」

 夕季が困ったように眉を寄せる。

 しかしそんなことなどまるでおかまいなしのケイゴは、さらに夕季の首を強く抱え始めた。

 何故だか夕季はあまり抵抗せず、ただ困ったままそれに耐えるだけだった。

「そこのおまえ、この娘の命が惜しければ、ハッピーなモノマネをしてみろ。とっておきのこれはハッピー、っていうやつだ。まずは俺からだ、いくぞ。んんんん! ……。こら~、ケイゴ!」

「……。……綾さん?」

「ぴんぽん。よくわかったな。今度は難しいぞ。んんんん! ……。それじゃだ~めでしょ~が!」

「……綾さん」

「正解だ。んじゃな」

「まだやんの……」

「それ、あ~たしの~!」

「……ケイちゃん、おこられてばっかだね」

「次はおまえだ。さんはい」

「ええ~……。だから、さっきから何やってんの、ケイちゃん……」

「何やってんのケイちゃん、じゃない! なんだ、そのいかにも俺がスベり倒しちゃってるみたいな言い方は」

「いや、だって……」

「しかもケイちゃんじゃないって言ってるだろ!」

「いや、ケイちゃんでしょ……」

「グワシ!」

「え?」

「……ってどうやるんだっけ?」

「いや、知らないから……」

「もういい。じゃ、次、猫娘みたいなおまえ。さんはい」

 呪縛から解放され現実に引き戻された夕季が、ようやく後方の怪盗ハッピー三世に肘打ちを見舞った。

 ゴッ、という鈍い音と衝撃を、顔色一つ変えずに遊佐京吾が受け止める。

 それからケイゴは不敵な笑みを浮かべたまま、静かに夕季を解放した。

「よお、久しぶりだな。俺だよ。ケイゴだ」

「いや、わかってたけど、それは……。何やってんの」

「ちょっとこっちの方に用事ができてな。今、メガで綾さんと一緒に仕事してるんだよ。こう見えても超優秀なテストパイロットだったりなんかしちゃたりなんかするわけだ、これが。ん? ハッピー三世のことか?」

「いや、それはどうでもいいんだけど……」

 桔平顔負けのボサボサヘアーが嬉しそうに笑う。

 身長は光輔よりやや高い程度だったが、雰囲気的には桔平と陵太郎の中間のように映った。

「そういえば、痛くないの?」

「何がだ?」

「いや、さっき、すごい音がしたけど……」

「ん? おまえ、何言って……」突如としてケイゴの顔が苦痛にゆがみ出す。「うわ、いてえ~! なんだ、これ!」

 それからみぞおちを押さえてうずくまり、苦しそうに悶え始めた。

「うわ、マジでいてえ~! おまえら何しやがったんだ! 呪いか!」

「……それ言うために、ずっと我慢してたんだね」

「思いのほか痛い。……頼む、保健室に連れてってくれ」

 への字口の夕季を光輔がちらと見やる。

「どこかで見たような光景だな」

「……」

「う~ん……」

「……ケイちゃん?」

 その声が聞こえた途端、ケイゴの動きが止まる。

 全員で振り返ると、そこには両目と口をまん丸に開いた状態の雅の姿があった。

「ケイちゃん。ホントにケイちゃんなの……」目がなくなるほどの満面の笑み。それから嬉しそうにその名前を連呼し始めた。「ケイちゃん! ケイちゃん! ケイちゃん! ケイちゃん?」

「……最後なんで疑った?」

 にやりと笑い、ケイゴが雅と向き合う。

「よ、久しぶり」

「また~、ケイちゃんたら」

「ん?」

「久しぶり~、だって、あっはっは!」

「……おまえ、何言ってんだ」

「だってケイちゃんのくせに」

「くせに!」

「光ちゃんじゃあるまいし」

「え、なんでそこで俺? ……あるまいしって」

「あるまい、と?」

「アルマイト!」

 あっはっは、と腹を抱える雅を眺め、やれやれとケイゴが腰に手をあてる。それから嬉しそうに笑った。先よりもさらに鮮明に彩りながら。

「俺が来たからにはもう百人前だぞ。大船に盛ったつもりでいろ」

「食べきれないよねえ~」

「食べきれんな! 綾さんじゃアルマイト!」ドン、と胸を叩く。「う~ん、キク~……」

「……百人力のことかな?」

 光輔の呟く声も耳に届かず、夕季は複雑そうな表情でケイゴの顔を見続けていた。






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