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第二十二話 『ノイズ・アタッカー』 9. 第三のガーディアン

 


 風を従え、高空をエア・スーペリアが疾走する。

 滞空高度を千メートルまで落としたピュセルが、突撃ラッパの形態で回頭した。

 乱反射が互いの視界に干渉を加える頃合い、音波攻撃でガーディアンを押し戻そうと襲いかかるピュセル。

 それを空気抵抗の少ない鋭角なフォルムと、波形を読むがごとくにぎりぎりの間合いでエア・スーペリアが滑り抜けていった。

 片刃の曲がりナイフを対でかまえるや、ピュセルの形状が変貌し始める。和太鼓の形を成し、打面をガーディアンへ差し向けたのである。

 わずかな思考の交錯を経て、到達寸前で夕季が下方への回避行動を選択した。

 その直後、残像を打ち消すように繰り出された大音響の打音が空を震わせると、広範囲のレンジを誇る重低音の波形が、周辺の分厚い雲を残さず吹き飛ばしていった。


「危ねえ……」モニタリングの桔平が顎の汗を手の甲で拭い、安堵のため息をもらした。「近距離で直撃すりゃ、街一つ吹き飛ぶんじゃねえか。あんなのまともにもらったら、いくらガーディアンでもただじゃすまねえぞ」

「そうね」腕組みのあさみが、難しい顔でそれを受け止める。「耳はおろか、ショックで機能が停止するかもしれない」

「……。そこまでやわじゃねえだろ」

「ガーディアンじゃなくて、中の人達の方が」

「……それはあるな」


 くっ、と歯がみし、夕季らが下方からピュセルを睨みつける。

 すでにその打面がガーディアンをとらえていたからである。

 呼吸をする間も与えず、真上から打ち下ろされる重厚なヘビー級のパンチが、連続でエア・スーペリアを押し潰そうとしていた。

 すぐさま機首を返し、すれすれのタイミングで離脱。

 振り向けば、眼下で陽炎のような波動のプレッシャーが、大海原へと吸い込まれていくところだった。

 一瞬のタイムラグを経て海面が白く泡立つ。そしてその広大なクレーターは、二波、三波と重なるたびに、年輪を押し広げるがごとくに膨れ上がっていったのである。

「しまった!」

 数十メートルもの高波と化した狂気の海を見下ろし、夕季が唇を噛みしめる。

 このままでは甚大なる被害が予想されたからだ。

「雅!」

 光輔からの呼びかけに雅の心が呼応した。

 集束後の透明化したガーディアンの頭部で、光を放つその透き通った箱状の空間の中で、雅が活目する。

 フィット感のあるバトルスーツの類を着用することはなかったが、感応をより高めるための専用ウェアを身にまとい、脳波を外部へ送受させるのに必要なヘッドホン状のヘアバンドを雅は装着していた。

 ソファに体をうずめてゆったりとかまえ、オビディエンサーが竜王に乗り込むような状態で精神感応のみに己のすべてをゆだねる。

 両肘掛けの先に配置された感応グリップを握りしめ、雅が三人へと意識をさし向けた。

「いいよ、光ちゃん」

 光輔と顔を見合わせ、他の二人が頷いてみせる。

 誰も気づいてはいなかったが、雅を気遣い、おのおのが意識をつなぐことを心がけていたため、その集中力は常の比ではなかった。

 正面へと向き直り、光輔が反撃の雄叫びを噴きあげた。

「チェンジ! タイプ・ツー!」

 鎌首をもたげ陸地目がけて襲いかかる高波を、光の結晶が追いかけていく。

 強大なる水の壁の前に立ちはだかったのは、巨大化した海竜王を投影した圧倒的なシルエットだった。

 ガーディアン、ディープ・サプレッサの漆黒の外殻が、飛沫と降り注ぐ光のシャワーに包まれ、重厚な輝きを放つ。

 海竜王をベースに据えつつも、三体の竜王すべてをどこかしらにほうふつさせるレイアウトは、海の守り神と呼ぶにふさわしい荘厳さをかもしていた。

 上半身を水面からせり上げ、棍棒のような左右の腕をディープ・サプレッサが海下へ並べて突き立てる。濃橙の両眼が鋭い光を放つや、二軸のスクリューとなった腕の外殻が激しく回転を始めた。

 途端に巻き起こる大渦が、タイプ・ツーを中心に周辺の海水をもろとも巻き込んでいく。

 超巨大な渦潮は陸地へ到達するはずの高波をすべて吸収し、後方へそらし、一瞬で海面をすり鉢状のスクリュー・サーキットへと変貌させた。

「光輔!」

「わかってる!」

 夕季の合図で回転運動を停止し、ガーディアンが両腕を空高く待ちかまえるピュセルへ差し向けた。

「スパイラル・タイフーン!」

 光輔の咆哮もろとも、腰部と裾のスラスター部から海水を吸い上げ、外海へと広がり始めたエネルギーを中心点へと集束させる。両腕の手首の周囲と背中のインテークから海水を逆流させ、千メートル上空のピュセル目がけて放たれた極太の水流は、さながら海水によるジェット噴流のようだった。

 容量もはかれぬほどの膨大な質量を、打音の一撃で粉砕するピュセル。砕け散った海水の塊は、広範囲に渡るミストと雨雲を形成した。

 一瞬にして世界が白濁の闇に染まる。

 そして一メートル先の視界すら得られない濃霧の中、風を、空を切り裂きながら、エア・スーペリアが出現した。


「この水蒸気の中では、レーザー系の攻撃ができないわね」

 あさみの呟きに桔平らが振り返る。

 そこに補足するように、ショーンが眉をうごめかせて続けた。

「……それに、湿度が高くなれば、音の伝播速度が上がる」

「どのみちラフレシアが通用するかどうかもわからないけれど……」

 表情もなくあさみを見続ける桔平。

「大丈夫です」

 今度は忍の声に注目する番だった。

 忍はディスプレイの中でピュセルへ一直線に突き進むガーディアンからわずかにも目を離すことなく、先と同様、自信たっぷりに言い切ってみせた。

「それくらい計算ずみですよ」


 集中力を高め、夕季ら三人がピュセルを目標の中心に定める。

「ピオニィ・ストライク」

 夕季のかけ声とともに、ダイブ中のタイプ・スリーが加速を殺すことなく変形行動を開始した。翼を大きく広げ、頭頂部をくちばしのように鋭く突き伸ばすと同時に、腰部から下の部分を百八十度回転させる。深く折り曲げた膝から先は、踵から展開した二本の刃と鋭利なつま先とあいまって、猛禽類の脚部よろしく、尖ったかぎ爪を形作ったのだった。

 ガーディアンの特攻を察知し、即座に迎撃態勢へと移行するピュセル。

 正面からのアタックを押し戻すべく選択した形態は、複数に分裂した巨大なスピーカーだった。

 一つが三つに、三つが九つに、主たる一体を取り囲むように円を描く。

 九つのスピーカーが花弁状のフォーメーションとなって、一斉にガーディアンへと差し向けられた。

「でっけえスピーカーだな……」

「高そうだね……」

 礼也と光輔があきれたような声をもらす。

「あれでアニソン聞いたらすげえ迫力だって!」

「俺はゲームやりたい」

「二人ともふざけてないで集中して!」

「わかってるって!」

「あ、ああ……」

 夕季にたしなめられ、礼也と光輔が真っ直ぐ前を見据える。

 確認することなくそれを感じ取り、夕季が仕上げにかかった。

「格子をイメージして」

「孔子?」

「子牛?」

 夕季が眉間に皺を寄せる。

「……障子でいい。思い浮かべて」

「思い浮かべたぞ!」

「俺も!」

「その障子に張ってある紙を全部手で破ると何が見える」

「スカスカじゃねえか」

「庭が丸見えだね」

「それでいい。スカスカの障子の骨組みを縦横交互に何層にも積み重ねて、その奥に見えるのは、あたし達の後ろの景色だと思えばいい」

「なんだかわけわかんねえが、わかった」

「俺もわかった。……わかんないけど」

 夕季が顎を引いてピュセルを睨みつける。

 脳内でのイメージを明確にし、他の二人や雅へ向けて発信した。

 エア・スーペリアの無数の羽をグラスウールの針に見立てるとともに、ボディは網目のように大きく開放させる。薄く、強く、幾重にも入り組んだ複雑な構造の壁は、反響をそらし、逃し、共振しづらい空間を形成していた。

 鋭く尖ったくちばしの先端はこの世でもっとも細く、爪はこの世でもっとも薄い刃となり得る。わずかな隙間すらすり抜けるギリギリまで研ぎ澄まされたそれらは、この世でもっとも鋭利な切っ先となるのだ。

 そして宇宙を束ねるともされる強靭にして極細の糸のイメージで作られた本体は、あらゆる抵抗をものともせず、あらゆる音を減衰し残響を抑える無響室の構造になぞらえたものだった。

「ダンディライアン」

 ドーン!

 ドーン!

 ドーン!

 大音量の衝撃波がガーディアンに襲いかかる。

 が、それらの抵抗にほとんど支配されず、また、その一撃一撃を粉砕するがごとくにストライク・バードは進撃を続けた。

 狙うは中央のスピーカー。

「ホールド」

 エア・スーペリアの翼から放射状に飛び出した光の糸が、本体の到着に先駆け、ピュセルの従えるすべての衛星兵器の中心へと到達する。

 すると九つあったスピーカーがさらに分裂を始めた。

 その数は八十一。

 被せて追従する捕縛ワイヤーから逃れるように、八十一が七百二十九、七百二十九が六千五百六十一へと増殖し続けるピュセルの分身達。

 が、その都度光の糸も増殖追従を繰り返し、常にスピーカーと同じ数のホールドを展開していくのだった。

「すごいね……」

「いい加減にしとけって!」

「わかってる」夕季がぐっと口もとを引きしめた。「これで終わり」

 静かなる宣言と同時に一直線に駆け降りたガーディアンによって、ピュセルの本体が撃ち貫かれる。

 その後遅れて訪れた衝撃波をともない、光の糸に導かれた無数の矢が、残りのスピーカーを一つもらさず砕き割っていった。






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