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第二十二話 『ノイズ・アタッカー』 8. 作戦開始

 


 ピュセルは本島まで約十キロメートルの距離まで接近していた。メガルへのルートからははずれていたものの、このままではいずれ人口密集地域を直撃するものと予想された。

 時折り訪れる暴力的な音響は、倍の距離を隔ててなおメガルまで到達しており、事実山凌市の各地で老朽化した建物の損壊や、ガラスが割れたという被害も多数報告されていた。

 それは離れた場所からでもメガルを攻撃できるという、ピュセルからの警告とも受け取ることができた。

 攻撃パターンと被害規模が想定できないため、沿岸部から半径十キロメートルの圏内は強制的に、三十キロメートルの範囲内では任意で避難勧告がすでに発令されていた。

 ピュセルの移動ルートに応じて常に変動し続け、台風の接近を告げるように、またそれ以上の確定した被害と恐怖心を人々に植えつけながら。

 あいも変わらずの民衆パニックが各地で勃発していたが、猶予時間が充分に設定されていたこともあり、決戦予定地への戦略的配置はスムーズに行われた。当然配慮があったものとは言え、それにより雅が回復までの休息をとれたことは結果的にプラスとなった。

「こちらは準備完了だ」

 予定の地点へ車両を配置し終え、木場が青いフルフェイスのヘルメットから桔平へ報告する。

 宇宙飛行士が身につけるような特大サイズのそれは、朴が考案した特殊ヘルメットだった。

 セミの鳴き声が八十デシベル程度であり、ジェット機のエンジン音の百三十デシベル以上で人間が失神するとされていたが、このヘルメットは理論上二百デシベルまでの音を遮断できるシロモノだった。

 ホーンとデシベルは混同されがちではあるが、百デシベル上において周波数が千ヘルツの場合が百ホーンに相当し、周波数が変わればホーン数も変動するものである。赤ん坊の泣き声や女性の悲鳴などが千ヘルツ程度だと言われ、デシベルが十増えるごとに十倍のエネルギーが発生するのに対して、ホーンの加算には一ごとに二乗のそれが割り当てられていた。

 三台のトレーラーを並べて駐車し、一台から一人の操縦者が降車してきた。

 木場と同じヘルメットを装着し、その人物が歩み寄る。

『木場さん』

 大沼だった。

「大沼か。オビィの様子はどうだ」

『いつでも準備オーケーです』

 外部からの音をすべて遮断しているため、目の前にいるにもかかわらず内蔵マイクと衛星回線を介しての会話となっていた。

 スピーカーから音声を発する機能もあり、これにより逃げ遅れた一般人らとのコミニュケーションも可能となる。万が一に備えて、外部マイクから音を取り込み、通信衛星へ送る過程で減音し、音声を文字としてシールドの裏面へ出力する方法も重ねて選択していたのだが、犬の鳴き声や波の音までが文字で浮かび上がるさまは滑稽ですらあった。

「そうか。俺達ができることはここまでだな。こんな邪魔なものをかぶったままでは、走ることもできん。あとは避難状況の確認を徹底するだけだ」

『はい。……木場さん』

 頬骨から伝わる大沼の声に木場が顔を向ける。

『それだと頭の大きさがわかりませんね。体のでかさでかろうじて本人だと識別できる。遠くから見たら漫画に出てくる未来からやって来たロボットそっくりですよ。ゴリえもんでしたっけ?』

「大沼、貴様!」

『冗談です。すみません』肩幅と同等の大きさのヘルメットを拳でこつく。『ですが、本当にすごいですね、こいつは』

 それを受け、憂いを吐き出すように木場がつないだ。

「この機能があれば、耳の不自由な多くの人達がもっと快適に過ごすことができるだろうな」

『このテクノロジーが日常生活に活かされるのは、ずっと遠い未来でしょうね』

「……。必要なものに絞って突き詰めれば、もっと手軽にこの機能が使えるようになると思うがな」

『残念ながら、それをできる人間に対して、充分な資金と環境を提供するシステムが今の社会にはない。テクノロジーの進化を押し上げてきたのは、いつの時代も軍事競争です。人類がそれを求め続けてきたのは紛れもない事実でしょうし、争いの中でしか人類が発展できないのも悲しいことに真実でしょうね』

「愚かな生き物だな。つくづくそう思う」

『今ここでそれを言っても仕方がありませんよ』

「そのとおりだが……」


 作戦開始時刻となり、三体の竜王が起動する。

 他の二体を差し置いて、空竜王が空目がけ飛び立った。

『どうだ、夕季』

 桔平からの呼びかけに夕季が応じる。

「……さっき見せてもらった映像と同じ」

『ラッパか』

「ラッパ? ……トランペットじゃない。前だけが開いてて、指を使う部分がないタイプ」

『突撃ラッパってやつだな。上からの画じゃそんな感じだったからな』

「たぶん、それ……」

 耳の中の異物に指で触れながら夕季が自信なさげに呟く。

 竜王内では感応の妨げになるものはなるべく身につけないことになっていた。しかし今回においては、保護の名目で減音装置の装着が義務づけられたため、会話のレスポンスがやや悪かったのである。

「……。集束してもいい?」

『……ん?』

 いつになく気弱な夕季の態度に桔平の反応が遅れた。雅を気遣ってのことだとすぐに気づく。

『おまえな……』

『眠てえこと言ってんじゃねえって!』

 桔平の声を遮り、礼也が乱入してくる。

『そんなにあいつのことが心配なら、ガンガン無理させて、ちゃっちゃと終わらせてやりゃいいじゃねえか。ナマ殺しみてえな持久戦のがよっぽどつらいんだろって』

『……』

『ありがとう、礼也君』

 口をつぐんだ夕季のかわりに返したのは、当の雅だった。

『あんでもねえってよ』

 ヘタな気遣いで恐縮させるよりも、ありのままの状態でリミットを提示する。

 それが今の雅にとって最良であると考え、桔平も便乗した。

『よし、集束しろ。だけどタイマーつきだ。それ以上は強制的にブレイクさせるからな』

「了解」

 もやもやがなくなり歯切れよく返答した夕季に対し、他の二人は困惑の表情を見合わせた。

『タイマーってどんだけだって?』

『やっぱり三分間かな?』

『五分間だ!』

 きっぱりと言い切った桔平に三人が注目する。

『それ以上は胃の中がコポコポしてきちゃうそうだ。な、みっちゃん』

『そのとおりです!』極めて真顔のまま、開いた右手にもう一本指を足す。『六分までで』

『六分だ。……六分? さっきより増えた?』

『はい』眉間に力を込め、桔平に振り返る。『さっきプリン食べた分、ワンナップで』

『ええ!』

 ポカンとたたずむ礼也と光輔。

『……プリンとかは食っちゃ駄目な方の食いモンなんじゃねえか』

『……戦闘前にプリン食べちゃったんだ』

『何やってんだ、プリンとかは食べちゃ駄目だって、あんなきつく言っといたろ!』桔平が目をつり上げる。『あれは俺のなんだから!』

『何言ってんだ、このおっさん……』

『ぶったまげたね……』

『うん、そうなんだけど。おいしそうだったから……』

『最後の一個だから駄目だって、あんなに言っといたろうが。これが終わったら食べようと思ってたのに』

『でも普通、目の前で冷蔵庫に入れておいて、食べるな食べるなって言われたら、食べていいってフリなんじゃないかって思うと思うよ』

『いや、駄目だって。押すな押すなじゃないんだから!』

『何言ってやがんだ、こいつら……』

『緊張感とかないのかな……』

『あ!』

『……。なんだ、なんだ、確実に嫌な予感がするぞ』

『もうワンナップ追加で七分までいいかも』

『その心は?』

『ババロアも、食べちゃったから』

『ババロアもか!』

『たくさん食べて栄養つけろって局長さんも言ってくれましたし』

『ひゃ~! ドヤ顔でいなおりやがった』

『許してちょんまげ』

『いや、せめてこっち見て言ってってばよ!』

『……ま、締めるとこ締めてりゃ、いいけどな』礼也が諦めたようにそっぽを向く。『ずっとピリピリしてるのもキツいだけだしよ』

『そうなんだけど……』心配そうに光輔が憂いを吐露した。『ほんとに七分もつのかな』

「大丈夫」

 それまで傍観していた夕季が、口もとを結び力強く前を見据えた。

「一分あればいい」






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