第二十二話 『ノイズ・アタッカー』 7. みんなと一緒に
ブリーフィング・ルームにいつになく真剣な面持ちの面々が勢ぞろいしていた。
ピュセルとのファースト・コンタクトから約一日。
いまだこれといった動きはないものの、危機は継続中だった。
身じろぎもせずに注目する光輔らの前で、桔平があさみとともにその現況と対応策を示唆していく。
「現在、ピュセルは初見の場所から約三キロ北上している。風に流されている様子はないが、徐々に本島へ接近しつつあるのも確かだ」
「メガルとの距離は」
「同じだ」夕季を見つめ、答える。「たまたまなのか、距離を保ってるのかはわからんがな。ガーディアンを警戒して距離を置いているのかもしれんな」
「かもしれないけれど、それは都合よく解釈しすぎじゃないの?」
横入りしてきたあさみに全員の視線が集中した。
「メガルを威嚇していると見た方が的確なんじゃない? どのみち、対象がこちらに気をとられているうちは、他に危害が及ばないとも言えるけれど」
桔平がそれに頷いた。
「思った以上にやっかいな敵だ。都市部であれをやられたら、うん百万単位の人間が一瞬にして難聴になるだろうな。それだけじゃない。振動で建物が崩壊したり、ガラスが割れまくる。大惨事だ。単純な攻撃方法だが、効果は絶大だろう。ここでってことになれば、俺達も跡形もなく消し飛ぶかもしれないがな」
「そんなんかよ」
「音をなめんなよ」
「いや、ナメちゃねえが……」口を曲げ、拳を手のひらへ叩きつける。「せめてビーム撃つ隙さえできりゃよ」
資料を掲げ、あさみが夕季の前に立つ。
「作戦本部からの提案だけれど、ガーディアンの能力でピュセルと同じ周波数の音域を作り出せないかという話が出たわ」
「……。共鳴によって打ち消せってことですか」
「ええ。周波数を合わせられれば、うまく押さえ込めるかもしれないからということでね」あさみが首を振った。「速攻でボツになったけれど」
「……はい」
ふっと笑い、夕季へ資料を手渡す。
「類似する音響兵器の有無以前に、共鳴は反対に無限となりうる危険性もある。相手がクロックアップし続けることによって、倍々ゲームが止まらなくなるかもしれない。そんなリスク冒せないわよね。アクティブなアプローチは不可能に近いと考えた方が利口ね」
食い入るように資料を読みふける夕季。
「高速で移動できるタイプ・スリーならば、距離を保って相手の様子を見ることも可能だわ。でも近づくこともできない。いつまでも逃げ続けるわけにもいかないし、相手が攻撃をやめなければ空間が有限である以上、いつかは捕まるでしょうね」
「……」
「海中に誘い込んだらどうだという意見も出たけど?」
「……。水の中では空気中よりも音の伝わる速度が速いんじゃ……」
「そうね」腕組みをするあさみが感心したように夕季を見下ろす。「空気中では音が伝わる速度は毎秒三百四十メートル。でも海中では毎秒千五百メートルにもなるわ。こっちの動きも遅くなるし、自殺行為ね。それを指摘された幹部の偉そうな人が、へそを曲げてむくれてたわ」
「……」
「固体を伝わる速度はそれよりもはるかに速い。一番速いのはベリリウムだったかしらね」
「……たぶん」
礼也と桔平が二人のやりとりを惚けた表情で眺めていた。
「……ベリリウムってメガリウムの一種か?」
「……たぶんな」
「そりゃ、はええよな……」
「はやいに決まってんだろ……」
「毎秒三百四十メートルってどれくらい速いの?」
惚けたように呟いた光輔を、夕季が横目で眺める。
「時速で千二百二十四キロ。日本の端から端まで、三時間くらいで行ける計算」
「三時間もかかるの?」
「……」
「いや……」ばつが悪そうな取り繕い笑い。「電話ってすごいんだなって思ってさ」
「……」
あさみがおもしろそうに笑った。
「音の速さは圧力割ることの密度の平方根に比例するから、温度が高くなれば速くなる。パッシブな方向で考えた場合、限りなく絶対零度に近い環境で真空を作り出せれば音は伝わらないということだけれど、可能?」
「一時的にそれらしいものは作れるかもしれないけれど、広くは無理」
「閉鎖された空間に誘い込んでみるのは?」
「危険すぎる」
「そうね。確実性がない上に、リスクが高すぎる。あれも駄目、これも駄目。まいっちゃうわね」
桔平と礼也が点となった両眼を空間に漂わせた。
「まいっちゃうってよ……」
「まいっちんぐだって……」
腕組みのあさみがいたずらっぽい笑みを二人に差し向ける。
「少しは考えたら」
「いや、他力本願は少年漫画の王道だろ」
「主人公がガッツリ前よりダメになってやがるのに気づけって」
「シモベに頼りきりなのに、あのやった感は羨ましいよな」
「ガッコもいかねえでドヤ顔で冒険してえって」
「情けないわね」
「言葉もねえな、礼太君……」
「なあ、ぺーいち氏……」
「……」
「これ……。これなら」
夕季の呟きにあさみが振り返る。
一点を見据え、夕季が自分なりの結論を導いたところだった。
「それでいってみる?」
「……」
あさみがにやりと笑ってみせた。
「試してみる価値はありそうね」
「はい」
置いてきぼりの男連中が少しだけ淋しそうに二人を眺める。
その時、ルームの扉が開いた。
「遅くなりました」
樹神雅だった。
出撃予定時刻五分前の司令室特設スペースで、激甘『桔平スペシャル』を一気に飲みほし、柊副司令が肺の中の二酸化炭素をすべて吐き出す。
ググイッとディスプレイを睨みつけ、スイッチで雅を呼び出した。
即座に画面の中に薄笑みをたたえる雅が現れる。
「どうだ、調子は」
『バッチグーです』
「くれぐれも無理はするなよ。ヤバそうになった時点ですぐに報告だ」
『大丈夫です。五分なら持ちます』
「根拠は」
『ありません!』
「……」
もう一度深く息を吐き出しながら、画面の中の雅を注視する。
やつれてはいたが、孤独なプレッシャーから解放されたためか、いつもよりリラックスしているようにも見えた。
桔平達にとっても、雅の存在が公になったことにより、指示の伝達や状況の確認が直接行えるのはメリットだと言えた。
周囲に目を配ると、大人の対応で雅へ手を振る忍と、何も知らされていなかったショーンの仏頂面が対照的だった。
『雅』
礼也の呼びかけに雅が顔を向ける。
『無理すんなよ』
『わかってるよ』
『ぜってーだぞ。ちょいちょい確認するからな。覚えてやがれ』
『うん。了解』
ディスプレイ間の二人のやり取りを桔平達が眺める。その安らいだ雰囲気に、今さらながらにもっと早くこの状態であるべきだったのでは、と思った。
『みやちゃん』
夕季の参入に雅が目線を切り替える。
『あたしも気をつけてるから、つらかったらいつでも言って』
『うん。ありがと』
『こっちでもいろいろと努力してみる』
『どう努力すんだっての!』
『なるべく礼也に任せてみる。単純な行動ならあまり負担はかからないはずだから』
『俺のノーミソが単純だっつうのか! てめえ、バカにしやがって!』
『違う。考え方が短絡的だっていう意味』
『……だったらいいけどよ』
『……いいの?』
『あははは』
『雅……』
光輔の声がして、雅が向き直る。
いつになく神妙な様子の光輔がまっすぐに見つめていた。
『ごめん。俺、ずっと何も気づいてやれなくて』
『光ちゃん……』
『俺、今まで自分のまわりにいろいろなものがあるのが当たり前だと思っていた。みんながいて、おまえがいて。でもこれからは……』
『何言ってんの、ウザいよ』
『ええっ!』
『あっははは。嘘だよ、ごめんごめん』
『……ったくもう』
『あっははは!』豪快に笑い飛ばし、それから目尻の涙をぬぐった。『……当たり前のものなんてどこにもないんだよね。だからあたしもみんなと一緒に頑張る。自分の大切なものくらい、自分の手で守りたいもの』
そこにい合わせたみなが、それぞれの言葉を飲み込む。
それから雅が優しげな笑顔を差し向けた。
『気をつけてね』
全員がそれと同じ表情で頷いてみせた。