第二十二話 『ノイズ・アタッカー』 5. ノイズ・アタッカー
三体の竜王は基地のエプロンにその姿を現し、間をおくことなくガーディアンへと集束した。
タイプスリー、エア・スーペリアは、垂直に飛び上がり高空で一旦停止すると、目的地まで一直線に滑空していった。
「便利なものね」遠隔操作のカメラ映像を目で追いながら、あさみが腕組みをしてみせる。「あれならば足の遅い陸海竜王の運搬手段としても有効だわ。空竜王よりスピードは劣るけれど、ペイロードがけた違いだから。空母だって運搬できちゃうんじゃない?」
その軽口に同じく腕組みをし、桔平が仏頂面を向けた。
「そんな安易な使い方されちゃ、たまったモンじゃねえぞ」
するとかすかにあさみが口調を改めた。
「そうね。彼女は何も言わないでしょうけれど」
「……」
「鶴の恩返しみたいね」
「……そんなんじゃねえだろ」
「そうかしら……」
「……」桔平が、ふうむ、と顔をしかめる。「またノーモーションか。誰かが意図的に操作してんじゃねえかって、疑いたくもなるな」
「……」あさみが桔平と同じ表情になった。「それにしても、この形……」
監視衛星から送られたピュセルの報告写真を何枚も照らし合わせる。
そのどれもが別々の形態であり、定期的に、或いは不定期にその姿を変えているようでもあった。
「確かに、わけわからんな」あさみから受け取った写真の束を眉を寄せて見比べた。「ハープ、トロンボーン、トランペット、太鼓にシンバル、これはフルート、か。木琴にピアノに、なんだ、これは?」
「テルミンよ」
「……全部、見たことのあるモンばっかだな」
「ええ」顎へ手を当て、衛星から現在の映像を確認する。ピュセルはバグパイプを形作っていた。「演奏会でも開くつもりかしらね」
「……。俺達を招待しようってことか。失礼がないようタキシードでも作っとかなきゃな」
「……」
「……無視か」
「ええ」
「……」
ガーディアンを従えながら、夕季が周囲の情報をくまなく収集し続ける。
周辺には島もなく、船影も航空機の姿も見あたらない。
決戦場としては申し分のない場所だった。
「んだ、ありゃ?」
礼也の呟きに他の二人が目線を向ける。
ようやくピュセルを目視しうる距離まで近づき、三人がその姿を視界におさめた。
「あれって……」
「チェロ」光輔を受けて夕季が答える。「さっきまでヴィオラだったのに」
「……ヴァイオリンじゃなかったっけ?」
「……ちょっと違う」
「……ふ~ん」
「んなのどうでもいいだろ」
イラつきながら礼也が二人を睨めつけた。
「とりあえずガッツリいっとけって」
夕季がぐっと顎を引いた。
「ピアス」
手首を返し、二条の熱線を高速で撃ち放つ。
牽制のローズ・ピアスはトライアングルに変化したピュセルの中央の空間に吸い込まれ、海上から白煙を巻き上げるにとどまった。
直後にピュセルがホルンのシルエットにチェンジした。
「リリィ・オブ・ザ・バレイ」
滞空しながら両手首から片刃の曲がりナイフを展開し、全身を伸び上がらせた勢いをガーディアンが乗せると、ブーメラン状の一対の刃物は、回転しながら円を描くようにピュセルの両側から挟撃していった。
が、その正確な軌道は、突如として響き渡ったホルンの調べにより、軸を他方へとそらされることとなった。
「……」
「当たらない」言葉もない二人の横で、惚けたように光輔が呟いた。「……なんか、弾かれたみたいだったな」
「!」はっと我に返り、夕季が叫んだ。「耳を塞いで!」
「え?」
「お?」
大音量のホルンの旋律が三人へと襲いかかる。
耳を塞いでもなお脳髄の底へと刺し込んでくる暴力的な大音響は、激震を伴う圧力となってガーディアンを押し戻した。
「ちょ、ちょっ!」
「ぐあああっ、いてええっ!」
「!」
ビリビリとエア・スーペリアの巨体を揺るがしながら、広域に渡って空間を震わせるピュセルの波動攻撃。
何とかそれをやり過ごした後、三人の表情は得体の知れない恐怖と不安で疲弊し切っていた。
「なんだ、ありゃ……」呼吸を荒げ、礼也が畏怖の表情でピュセルを見据え呟く。「あれじゃ近寄ることもできねえぞ」
「すごい音だったね……」
肩で息をしながら、夕季が顎の下の汗を手の甲で拭った。ゴクリと溜飲し、眉間に力を込める。
「防御と攻撃の両方を兼ねてる。ガーディアンの中だから守られたけど、普通だったらとっくに鼓膜が両方とも破れてるかも」
嫌そうに光輔が顔をしかめる。
今の一撃で周辺の雲はすべて吹き飛んでいた。
「鼓膜が破れたらどうなんの?」
「平衡感覚がなくなって、立っていることもできなくなるかもしれない。普段から当たり前のようにそれに頼っているから、急になくなるとどう対処したらいいのかわからなくなる」
「うええ……」
「それどころか、この距離じゃ、脳ミソ、シェイクされちまうって」辟易顔を礼也が差し向ける。「ガーディアンのサポートでこうして普通にしてられっけど、俺らもうとっくに鼓膜いっちまってんじゃねえのか」
「……。そうかもしれない……」
「……うええ」
動きの止まったピュセルを眺め、夕季が口もとを引きしめた。
「物理攻撃は音の波によってそらされる。でも熱攻撃ならば通用するかもしれない」
「ラフレシアか」
礼也へ振り返ることもなく、夕季が頷いた。
「うし。一発必中だ、光輔」
「わかってる」
もう一度夕季が頷く。
必殺技ラフレシアを撃ち放つべく、両腕を大きく広げ、ガーディアンが反り返る。
しかしその反応に違和感を覚え、夕季が眉間に皺を寄せた。
「……おかしい」
「どうした、夕季」
「ラフレシアが撃てない」
「何!」
「おい、あれ」
光輔が指さした方へ二人が目を向けると、ピュセルがピッコロのシルエットに変貌していくところだった。
「……あ」
「く!」
硬直する二人を置き去りにし、夕季がガーディアンを反転させる。が、わずかに反応が遅れ、ピュセルの放った高周波の超音波が、レーザービームのようにエア・スーペリアの右膝を貫いていった。
「ぐおっ!」
「ああっ!」
距離を置き、空中でガーディアンが踏みとどまる。
脂汗にまみれた三人の顔は、すでに驚愕一色に塗り固められてしまっていた。
「……音を集めて撃ちやがった。んなことできんのかよ」
礼也がまばたきも忘れ、うわごとのように発する。
それを夕季が受けた。
「音は高ければ高いほど、細く遠くへ届かせることができる。反対に低い音は近くにしか聞こえないけど、広くて強い。もしピュセルがそれを自在に操って、開いたり束ねたりすることができるのなら……」
「……立派な超音波の武器じゃねえか」
「うん……」夕季が唇を噛みしめた。「おそらくは追従も可能だと思う」
「どこぞの悪ガキのリサイタルよか、やっかいだって」
「……」
「桔平さん」ディスプレイを呼び出し、礼也が桔平に助言を求めようとした。「なんか手はねえか」
『ない』きっぱりと言い切る。
「……。司令は」
『ない、……そうだ』
「……」
桔平が真顔で夕季に注目した。
『おい、夕季、おまえ、何か思いついたか』
「何もない。……まだ」
『そうか……』ふうむ、と腕組みをする。『さっきのピュセルの一撃で、沿岸地域に被害が出ている』
「! どんな」
『高波で停泊中の船が転覆した。浸水も確認されてる。付近住民は避難済みだから大きな被害は回避できたが、それでも耳に異常を訴える者が続出しているらしい。一度仕切りなおすか』
「……。仕方ない」
「えらく素直じゃねえか、てめえのくせに」
「さっきのがトランペットだったら、今ごろこうして会話できなくなってたかもしれない」
「……そいつは、アレだな」
「あれだよね……」
「礼也! 光輔!」
夕季が身体を前へ乗り出す。
三人の眼前で、ピュセルがガーディアンの何倍もの大きさのオブジェに変化しようとしていた。
「今度は……」
「撤退する」
光輔が言い終わらないうちに夕季が決断する。
が、パイプオルガンとなったピュセルはその背中に叩きつけるように、大音量の不協和音を周囲に撒き散らかし始めたのだ。
「あああっ!」
「うおっ!」
「くっ!」
両耳を塞ぎ、苦痛の叫び声をあげる三人。
ふいにガーディアンがコントロールを失い、糸の切れた凧のように海面目がけて落下し出した。
「これって!」
耳を塞いだまま、光輔が大声を張りあげる。
噛みつくように夕季が答えた。
「わからない! 急に手ごたえがなくなって!」
「……!」礼也の脳裏を何かがよぎる。くっと歯がみし、それを口にした。「おい、雅、しっかりしろ!」
「え?」
「!」
驚きを隠せない二人の心を置き去りにしたまま、礼也がさらに呼びかけを続ける。
「雅、雅! しっかりしろ、雅!」
「おまえ……」
海面すれすれでわずかに力を取り戻したことに気づき、ぐっと口もとを引きしめる夕季。
海上に大穴を穿ちながらも急上昇を試み、エア・スーペリアがもう一度浮上した。
『撤退だ!』
今度は桔平がわめき散らす番だった。
『撤退しろ! 今すぐ!』