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第二十二話 『ノイズ・アタッカー』 4. ただの友達

 


「古閑さん」

 みずきのおしゃべりにつき合っていたところで同級生に名を呼ばれ、夕季が振り返る。

 その女生徒は困ったような表情で教室の入り口へ目をやった。

「あの人達が用があるって」

 自分の席から夕季が顔を向ける。

 すると先日夕季が呼び止めた三年生達がこちらを睨みつけていた。

「ほらよ」

 出向いた夕季へ押しつけるように傘を差し出した。

 柄に付いたストラップを確認する。

 夕季のものだった。

「返したからな」

 傘と三人の女生徒達を交互に見比べ、夕季が抑揚のない声で告げた。

「あたしのじゃない」

「おめーんだよ、さっさと受け取れ!」

 当事者の女生徒が癇癪を起こしたように大声を張り上げる。

 ボディガードとして立ち会ったはずのみずきは完全にビビってしまい、夕季の背中に隠れる始末だった。

 それでも眉一つ揺らすことなく、松葉杖の夕季は受け入れを拒否し続けた。

「証拠がないから」そう言って背中を向ける。

 後ろから夕季の肩をつかみ、その三年生がさらなる声を張り上げた。

「あたしが盗んだんだよ! これでいいんだろ!」

 肩もはらわず、夕季がゆっくりと振り返る。

 その鋭い眼光に三年生達は完全にのみ込まれていた。

「とっ、とにかく返したかんな。霧崎君に言っとけよな」

 情けない捨てゼリフを残し、彼女らがそそくさと撤退していく。

 その様を夕季の背中越しに見送りながら、みずきが畏怖するように夕季の顔を覗き込んだ。

「なんなんだろうね。これ、ゆうちゃんのなの?」

「……うん、たぶん」

「ふ~ん……」

「……」

 夕季が深く長いため息を放出する。

 さも面倒くさげに。

「あ、エルバラ!」

「ふ!」


 松葉杖を引きずるように夕季がその教室へと足を踏み入れる。

 多くの視線を浴び、気まずさに顔をそむけかけたところ、一人の女生徒と視線が合った。

 夕季の顔を見かけるや、その生徒、楓は表情もなく近寄って来た。

「霧……、礼也君?」

 覗き込む楓の顔がまともに見られず、夕季がやや目線をはずしながら頷く。

「……ええ」

 するとそんなことなどまるで気にせずに、楓がにっこりと笑いかけた。

「ごめんね。さっきまでいたんだけど」

「……帰ったの?」

「たぶん、フレールだと思う」

「フレール……」

「パン屋さん」

「……そう」

 夕季が教室を後にしようとする。

 それを楓が引き止めた。

「待って、古閑さん。礼也君に用があったんでしょ?」

 夕季がそろりと振り返る。しばし楓の顔を眺め、やがて意を決したように口を開いた。

「傘……」


 申請書類を提出し終え、小田切ショーンが連絡通路へと向かう。

 そこで数人の男性職員らと親しげに言葉を交わす忍の姿を見かけた。

 服装から相手の職員はメック・トルーパーの隊員だということがわかる。

 昼の休憩時間になり、食堂へ足を踏み入れようとした忍をショーンが呼び止めた。

「どうしてちょくちょく職場を離れるの?」

「は?」忍が振り返る。

 その不思議そうな表情に反応し、ショーンがやや声のトーンを落としながら先へとつないだ。

「お昼はともかく、勤務中に室外へ出るのはおかしいでしょう」

「あ……」仏頂面のショーンに、ようやく質問の意図を汲み取る。「メックの人にお茶を入れに行っているので」

「そんなのメックの人達がすればいいでしょうが」

「あ、でも私も一応所属はメックなので。きっぺ……、柊副局長にもちゃんと許可をいただいていますし」

「そういう問題じゃないでしょ」

「はあ……」

「所属はどうであれ、今は君はコントロールセンターの人間なんだから、何があっても迅速に対応できるように、いつでも職場の近くにいなければいけないでしょうが」

「……はあ」

「自覚が足りないでしょって言ってるんだけど」

「はあ、すみません……」

 腕組みをし、鼻の穴をおっぴろげながら憤るショーンに、どう対処すればいいのかわからず忍が目線を伏せる。

 そこへ天からの助け舟が訪れた。

「どうした、忍」

 二人が振り返ると、表情もなく大沼が顔を向けていた。

「あ、いえ、特には……」

 不思議そうに眺める大沼に根負けするように、繕い笑いで忍が状況説明に取りかかった。

「勤務態度についてご指導をいただいていたところです」

「ご指導?」

 かすかに眉を寄せた大沼を見て、二人の表情にそれぞれの緊張感が浮き上がる。

「おまえみたいにきっちりした人間でも指導を受けるほど、コントロールセンターは厳しいのか。それじゃ俺達では到底務まらんな」

「いえいえ……」

 大沼がショーンへと向き直る。

 その氷のような視線に、ショーンの背筋がおのずと一直線になった。

「お手柔らかに頼みますよ。彼女はメックと慣れない事務補助のかけもちで余裕がありませんから」

「は、はあ……」

「彼女はこの若さでメック・トルーパーの副隊長を務めるほど優秀な隊員ですが、やはり職種が違うと勝手も変わるようですね」

「勘弁してくださいス……」

 忍をさて置き、大沼が続けて言う。

「もし彼女がご迷惑をおかけするようでしたら、いつでもこちらへ報告してください。私から直接の上司の木場主任に伝えておきますから」

「いえ、そんなご迷惑だなんて……」

 大沼が笑う。その氷のようなまなざしを向け。

 息をのみ直立するショーンの横で、困ったような顔を忍がする。

 すると表情に柔らかさを加え、大沼がおもしろそうにそれを見やった。

「おまえは事務仕事の方が向いていると思ったんだがな。もし居心地が悪いのならいつでも言ってこいよ。またメックに戻れるよう、俺から柊さんに頼んでやるから」

「それは非常にありがたいのですが、何ぶんお世話になりっぱなしなので……」

 ショーンの眉間がピクリとうごめく。忍の返答が予想外だったからだ。

 今の忍のポジションならば、女子職員に限らずここにいる誰もが取って替わりたいと思うはずだった。たとえ不向きであろうと、現場職と引き替えにするような待遇ではないことは明白だったからである。

「まあ、柊さんが手放さないだろうな。今おまえがいなくなったら、あの人の仕事がまわらなくなる」

「いえ、そういうわけでも……」

「事実、そうだろう」

「いえ、はは……」

 表情をこわばらせ、何も言わずにショーンが立ち去って行く。

 その背中を見送り、残された二人が腑に落ちない顔を見合わせた。


 夕季を送りがてら、楓は渡り廊下を並んで歩いていた。

「わかった。傘のこと、礼也君に言っておくね」

「お願いします」

 小さく夕季がお辞儀をする。

 それを好ましげに眺め、楓が嬉しそうに笑った。

 ちらちらと目線をくれ、夕季が心の中に引っかかっていた不安定な言葉を運び始める。

「……お見舞い、ありがとうございました」

「あ」えへへへ、と笑い、楓が手のひらを小刻みに振った。「気にしないで。つき合いで行っただけだから」

「つき合い……」

「そういう意味じゃなくてね!」

「……」ちろりと上目遣いになる。「礼也とつき合ってるの?」

 硬直の楓。平静を装って歩き続けたものの、その表情は明らかに強張っていた。

「……まさか。ただの友達」

「……」

 夕季を置いて、一人楓が歩を速め出す。

 五メートルほど先行したところでようやくそれに気がつき、慌てて戻って来た。

「あはははは……」

 その様子に夕季が恐縮してみせた。

「ごめんなさい、変なこと聞いて」

 すると楓が落ち着きを取り戻したように笑ってみせた。

「ん~……、そんなふうに見え、た?」

「見えた」

 またもやパニックになる楓。顔が真っ赤だった。一人で勝手に慌てふためき、やがて自嘲気味に深くため息をつく。

「ないない。私は礼也君のストッパー役なだけ。心配だから暴走しないようにいつも見張ってるの。保護者みたいなものかな」

「ふ~ん……」

「おかしかった?」

「別に。ただ、それ言ったら怒るかもって」

「彼が自分でそう言ったんだよ」

「……」

 まじまじと見つめる夕季を楓が不思議そうに見返した。

「やっぱり変かな……」

「そうじゃないけど、どうしてなんだろうって思って」

「何が」

「みんな、礼也のこと怖がって近寄ろうとしないから。あたしや光輔くらいしか」

「光輔って、穂村君のこと」

「そう」

 楓が一拍置く。それから優しげな笑みをたたえながらそれを口にした。

「そんなに変かな」

「……別に」

「礼也君、優しいよ。あんなふうだから誤解されちゃうけれどね」その表情はどこか嬉しそうだった。「女でも容赦しないって言っても、結局手は出さなかったし。口だけなんだよね、あれで」

「……。……ふ~ん」

 夕季が口をへの字に曲げるのを、楓は不思議そうに眺めていた。

 気を取り直し、夕季が再び楓へ顔を向ける。

「あんなふうに礼也を止められる人、そうはいない。たぶん礼也が認めているような人だけ。去年まではこの学校にもいたけど」

 その言葉に楓が反応した。ぴくりと身体を震わせ、少しだけ淋しそうに目を伏せる。

「……。礼也君が好きって言ってた人のことかな?」

「……」

「……。恋人とか?……」

「……違うと思う」

「どんな人なの?」

「……」

「……」夕季が黙り込んでしまったことに、楓が己の浅はかさを思い知る。いくら何でも食いつきすぎだったと、その話題は諦めることにした。「……別にいいんだけど」

 それに上乗せするように、夕季が話し始めた。

「よくわからない。不思議な人」

「……」

「そばにいるのに、ずっと遠くにいるような。でも何故だかほうっておけない感じで」目を細め、何事かを思い返した。「……いじわるだけど」

 楓がふっと笑った。嬉しそうに。

「そう。じゃ、礼也君と同じだ」

 その涼しげな横顔を夕季がまじまじと眺める。

「……いじわるなところが?」

「……ん、まあ」


 闇夜を切り裂く大音響を伴いながら、それは人々の眠りを妨げて現れた。

 カウンターの反応もなしに突如として訪れた厄災は、プログラム・ピュセルと名づけられ、メガルから約二十キロメートルを隔てた海上で浮遊しているはずだった。

 最初の被害は海上自衛隊の哨戒機だった。洋上訓練中に高度三千メートルで滞空するアンノウンを発見し、接近を試みるも、突然の轟音と衝撃波にその機体を粉砕されるに至ったのである。

 メガルからの警告を無視して強行したものであったが、その成果は何一つ得られることもなく、ただパイロットの断末魔の一言だけが記録として残されたのだった。

『シンバル……』と。





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