表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/133

第二十二話 『ノイズ・アタッカー』 2. 優しい人達

 


 山凌高校正面ロータリーで真っ赤なコンパクトカーが停止する。

 先に外へ出た忍が後部座席のドアを開け、夕季へ手を差しのべた。

 忍に引っ張り上げられ、ケンケンの状態で待機する夕季。

 助手席から松葉杖とバッグを取り出し、忍がそれを夕季へと手渡した。

「ありがとう、お姉ちゃん」

「一人で大丈夫?」

「うん、平気」

「教室までついていこうか?」

「いい」ぽっと顔を赤らめる。「それは恥ずかしいかも……」

 両手の塞がった夕季を心配そうに忍が見つめた。

「やっぱり明日から光ちゃんについて来てもらおうか」

「……。いいよ、別に」

「靴、履き替える時、どうするの?」

「……」しばし考えにふける。「……こうやって」

「どうやって?」

「こう……」ケンケンしながら車に手をつき、よいしょと腰を折った。「こうやる」

「それだと後ろからスカートの中、丸見え状態だよね」

「……短パン履くから大丈夫」

「今日は?」

「……頑張る」

「頑張る?……。荷物は?」

「こうやって……」

 眉間に皺を寄せながらの夕季のよれよれ片足スクワットを眺め、忍がため息をついた。

「……。とりあえず光ちゃんに頼んでおこう」

「いいよ、光輔なんかに頼まなくても」

「よくない。それでまた足が悪くなったらどうするの。どうしても一人でやらなきゃいけない時はそうして、なるべく他の人に手伝ってもらいなさい」

「いいよ、だから……」

「あたしから担任の先生に言っておいてあげるから。クラスの人に協力してもらえるようにさ」

「……。……いいよ」口をへの字に曲げ、苦い薬を飲み込んだ。「……光輔に頼むから」


 その瞬間、教室中の視線が一点に集中した。

 それらの集束地点で尻込みするように夕季が立ち止まる。

 それから恥ずかしそうに顔を伏せ、松葉杖ごと教室への一歩を踏み出した。

 ざわめき始める空間で妙なプレッシャーを感じ、口もとをひくつかせる夕季。

 呪縛から解き放ってくれたのは、やはりみずきだった。

「ゆうちゃ~ん」

 飛びつき、うろつき、まとわりつきながら、みずきは夕季を席までエスコートしていった。

 それははたから見てもかなり鬱陶しいものであったが、今の夕季にとっては心理的なよりどころとなっていた。

 席へ着くや、顔を向けた小川秋人を押しのけ、茂樹がダイビングしてくる。

「もう来ちゃってもいいんだ」

「あ……」ぐっと顎を引いた。「お見舞いに来てくれてありがとう、曽我君」

「篠原が一緒に行こうって言ったからさ」にゃははは、と笑う。「迷惑じゃなかった?」

 ぶんぶんと夕季が首を振った。

「そうか、よかった。俺達自分勝手に騒いじゃったからさ。もう、うるさい、うるさい。なんか、いっぱいご馳走になっちゃったし、見舞いに行って何やってんだろうな、俺達。見舞いに行って。あはははは~」

 暑苦しい笑顔を振りまく茂樹の横で、みずきが冷めた視線を差し向けた。

「連れてけ、連れてけってしつこかったくせに。あたしはゆうちゃんがキモ悪がるから迷惑だって言ったのに、わんわん泣いて頼むから」

「そういうこと言っちゃ駄目でしょーが! そりゃわんわん泣いて頼んだけどさ!」

「だってさ」

「だってさってさ!」

 二人の意味のないやり取りを、夕季は静かに眺めていた。

 茂樹やみずきだけでなく、いつの間にか他のクラスメート達も、ちらほら声をかけてくるようになっていた。

 何とはなしに、以前よりみなが親切に接してくる気がして、夕季はくすぐったさを感じ始めていた。それが居心地悪いというわけではなく、どちらかと言えば今まで感じたことのない嬉しさのような感覚だったのだが。

 その様子を秋人は、遠巻きに淋しそうに眺めていた。

 欠席はともかく、秋人は夕季が入院していたことすら知らないでいた。みずきらの話を耳にし、初めてそれを知ったのは、かなり後からのことだったのである。

 つまらなそうに秋人が顔をそむける。

 それに気づく人間は教室内にはいなかった。

 ふん、と鼻息を荒げ、一人意味のない優越感に浸っていた茂樹以外は。


 夕季は労働災害手当ての申請手続きのため、メガル本館庶務課を訪れていた。

 バッグを持ったまま松葉杖をつき、ゆっくりゆっくり進む様を見て、職員達が目を止める。

 何とはなしに疎外感のようなものを感じ始めた頃、ふいに一人の女子職員がにこやかな笑顔を向けながら近寄り、バッグを運んでくれた。

 そして恐縮しながら礼を告げる夕季に、彼女は最後まで笑顔を絶やすことなく、手まで振って見送ったのだった。

「あの……」

 夕季の顔を確認し、窓口の男性職員が顔を引きつらせる。それを無理やり笑顔に転換させようとして、さらに引きつったものへと変貌させた。

 同じ頃、奥の応接用ソファに尊大な様子で腰を下ろし、取り巻きとともにくつろいでいた大城が夕季の姿を確認し、弾かれるように立ち上がった。

「今日は何か……」

「本日はどういった御用件でしょうか!」

 誠意ある対応を心がけようと笑顔を振り絞る窓口係を押しのけ、さらなる笑顔が現れる。

 すぐさまカウンターの外へ出て、フロアー長・大城は満面の笑顔で夕季を招き入れた。

「わざわざおこしいただかなくても、御用があればこちらからお伺いいたしましたのに。おい、お茶」

 カウンターの彼方へ向けて茶を催促し、大城は夕季を応接へ通そうとした。

「ささ、こちらへ」松葉杖に気づき、大仰に声を張り上げる。「誰か! おい、誰か、荷物をお持ちしろ!」

「……」

「まったく気のきかん連中だ!」

「……。あの、次に行かなければいけないところがありますから……」

「まあまあ、すぐに済ませますから、それまでの間だけでも」太陽のような笑顔で出迎え、身内へ振り返っては鬼の形相を差し向けた。「おい、ケーキあったろ、持って来い」

「……別に」

「いえいえ、我々の職務はオビディエンサーの方がいなければ成り立ちませんから。何も出来ませんが、せめてこれくらいはさせてください」

「……」

 夕季がソファへ腰を下ろすと、大城が正面に座り、作り笑いの取り巻き達がその周りをぐるりと取り囲んだ。

 差し出されたケーキと紅茶を前に、夕季が居心地悪そうに身をよじる。

 胡散臭い対応の中で、女子職員達の夕季へ向けた視線だけは好意的に映っていた。

 何人かの女子職員に手を振られ、恐縮しながら夕季が紅茶を口へ運ぶ。

 その時、聞き覚えのあるがなり声がフロア中に轟いた。

「どうなってんだ、こりゃあよ!」

 ちっと舌打ちし、振り返る大城。

「なんだ! 騒がしいな!」

 それに取り巻きの一人が即答した。

「また財団の子供が書類も提出せずに援助を求めに来ているようです。しかも提出期限をとっくに過ぎている用件です」

「目障りだ、早く追い返せ」

「礼也……」カウンター越しにその姿を確認し、夕季が呟いた。

「どうしてもっと早く持ってこれなかったんだ。記載例にも期限は記してあっただろうに」

「だからよ、忘れてたっつってんだろが!」

「その申請期間はとっくに終わっている。受理はできないぞ」

「いいっつってたぞ。俺から言っといてやるって」

「誰がだ」

「桔平さんだっての」

「桔平さんだあ!」のっそりと大城が現れる。じろりと礼也を睨めつけた。「どこの誰だか知らんが、何を勘違いしている。勝手に自分が大物だと思っている馬鹿者の言うことなんぞ、我々が聞くと思うのか。その馬鹿者にそう伝えておけ」

「ああ! 言っとくかんな! オッサン、ブチきれっぞ!」大城を睨み返し、それから礼也の表情が変わる。ソファに腰かける夕季の姿に気がついたからだった。「はあ! おまえこんなとこで何のんびりこいてやがる」

「別に」

「別にってこたねえだろが」ケーキに気がつく。「なんだそりゃ? なんでおまえだけそんなビップ待遇なんだって。同じオビィだってのによ!」

「へ?」大城の目が点になる。「オビィ?……」

「霧崎礼也ですね」取り巻きの男が残念そうな口調で淡々と告げていった。「先ほど提示されたIDカードをちらりと見たのですが、彼が陸竜王のオビディエンサーの霧崎礼也君です。ついでに言うと、先ほどの馬鹿者というのは、柊副局長のことで間違いないでしょうね」

「……」

「柊、桔平とかいう名前だったはずです、確か」

「……。……もっと早く言え」

「当然知っているものと」

「……」

 夕季が立ち上がり、礼也の方へと近寄って来る。

「何しに来たの?」

「何しにもくそもねえって。書類いらねえってから手ぶらで来たってのに、あーだこーだ言いやがってよ。オビィは何もいらねえんじゃねえのかよ。桔平さん、嘘こきゃがったのか! こりゃまた激的に抗議してやるって!」

「学費の申請なら、もうとっくに終わってる」

「だから忘れてたっつってんじゃねえか」

「申請書は」

「んなモンいらねえんだろが」

「いるよ。いらないのは承諾書」

「わけわかんねえな、てめえは!」

「礼也が悪い」

「あああ!」

「大きな声出さないで。恥ずかしいから」

「んだ、てめえ!」

「……」振り返る夕季。引き気味の職員達の中でも、大城らの顔面蒼白ぶりは一層際立って見えた。「メロンパンを与えれば静かになりますけど、あります?」

「……」

「俺は犬かって!」怒りで頭頂が噴火した。「あるならもらっといてやるけどよ!」


 聞き覚えのある声に反応し、忍が近寄っていく。

 四階エスカレーター付近で、礼也と小田切ショーンが言い争っているのが見えた。

「礼也、何やってるの」

「おう、しの坊かよ」

 顔をゆがめ礼也が振り返る。

 その正面には腕組みをしながら礼也を見据えるショーンの姿があった。

「このオッサン、なんとかしてくれって」

「こら、礼也!」礼也をたしなめ、すぐさま神妙そうな顔を作ってショーンに向き直った。「あの、何かあったんですか」

「何かあったのかじゃない。彼がぶつかってきたのに何も言わずに通りすぎようとしたから注意していただけだ」

「ぶつかってきたのはそっちだって」

「何を!」

「でっけえ図体して通路の真ん中牛みたいにのしのし歩きやがってよ、ちったよけろって」

「それは君の方だろ。パンなんかかじってよそ見しながらふらふらふらふらと。君は子供か!」

「ああ、んなろー!」

「こら、礼也!」

 ぶすりと礼也が横を向いてから、困ったような顔で忍がショーンを見つめる。

「すみません。よく言っておきますので」

「ああ! なんで俺がよく言われなきゃなんねえんだって!」

「子供みたいなスネ方してるからじゃないの。そんな小さなことでいつまでも駄々こねて。もう大人なんだから少しは我慢しなさい」

「……」礼也が渋々了承する。自分よりもバツが悪そうなショーンの顔を認めたからだった。

「礼也」スネてそっぽを向いた礼也を忍が引き止めた。「今日、ご飯食べに来なよ」

「……いいって」

「いいから。夕季も退院したしさ。お見舞いに来てくれたお礼もしたいし。ああ見えてあの子さ、結構喜んでたよ」

「ざけんなって、あいつが、んなタマかよ!」嬉しそうに顔を引きつらせ悪態をつく。「まったく、しょーがねーな!」

「来てよ。待ってるからね」

「……ったくよ」

 忍も嬉しそうに笑う。それからショーンへ振り返った。

「どうもすみませんでした」

 あっ気にとられていたショーンがはっとなり我に返る。

 やや気まずそうに襟元を正した。

「まったく、財団の人間はメガルに世話になっているのだから、我々に気を遣うのが当然だろう。どういう神経をしているんだ。なあ君もそう思うだろ?」

「はあ……」

 歯切れの悪い忍の反応に不服顔のショーン。

「私も以前財団の方でお世話になっていましたから」

 おそるおそる切り出した忍に、ショーンは驚きの色を隠せなかった。

「そんなことデータには記載されてはいなかったぞ」

「あ、こちらで正式にお世話になると同時に援助も終了していたはずですから、それでおそらくは……」

「……。ひょっとして、君の妹さんって……」

「はい。オビディエンサーの古閑夕季です」

「……」

「できれば私の力で妹の面倒もみたいのですが、今の収入ではとても……。本当に申し訳ない限りです」

「……」

「ちなみに今のが陸竜王のオビディエンサーの霧崎礼也ですが、ご存知ですよね?」

「……」

「……。小田切さん?」

「……」








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ