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第二十一話 『二人の記憶(かけら)』 13. 決死のみずき

 


 地上では海竜王と黒インプの壮絶な激闘が繰り広げられていた。

 地下駐車場の入り口付近で、メックと合流した桔平が陣頭指揮をとる。

「光輔!」指令車から海竜王へと呼びかけた。「一匹中に入った。夕季達が心配だ。俺が行ってくるから、ここはおまえらに任せたぞ」

 周辺の敵をあらかた片づけ、コクピット内から光輔が振り返った。

「一人で大丈夫すか」

『おまえじゃ、でかすぎて入れねえだろ』

「でも……」

『大丈夫だ、こいつがある』新型アサルトライフルを差し上げ、桔平が鼻息を荒げる。『対インプ用の拡散消滅弾だ。建物や人体への影響はほとんどないから閉鎖空間でも安全だしな。射程が短いのがネックだが、もし外へ出ていきやがったら、そん時は頼む』

「わかりました」二体のインプをまとめて長爪で切り裂いた。「よろしくお願いします」

『おうよ! まかせとけ!』

「はい……」

 人影なく明かりは途絶え、静けさを取り戻しつつある荒れた街で、光輔が闇夜の空を見上げる。

 妙な胸騒ぎがしていた。


 夕季の呼びかけに後ろ髪を引かれながら、みずきは出入り口を目指して走り続けていた。

 今のところ気配はない。

 スロープを駆け上がり精算所の手前までたどり着いた時、のしのしと進入して来た黒インプの体の一部を確認して、慌てて立ち止まった。

 しかし不幸なことに、勢いあまり、ずるりと足を滑らせたのが相手への合図となってしまったのである。

「やば……」

 くるりときびすを返し、また走り出す。

 大急ぎでスロープを下り、一刹那迷ったあげく、みずきは非常階段へのルートを選択した。

 金属製の重い扉を閉じている時間はない。

 その後を猛スピードで追いかけてくる追跡者がいることは、振り返らずとも気配と物音だけで十二分にわかっていたからだ。

「怖い、怖い、怖い、怖い! 駄目! やっぱりムリ!」恐怖にこわばり、身震いする身体を抱きしめる。「ひい~っ! 穂村君! 助けて!」

 大柄な巨体を器用に押し込みながら、黒インプが階段を駆け上って来つつあった。

 踊り場で意を決して振り返ると、立ち止まったその場所の鼻先までインプは接近していた。

「ぎゃー! あっち行って!」

 目の前で風が弾け、瞬間、みずきの身体が硬直する。

 口もとをぎゅっと引きしめると、意を決し、涙目状態で、夕季から手渡された携帯電話をギリギリのタイミングでインプへと差し向けた。

 すると、バシャッ! という破砕音にも似たノイズとともに大光量のフラッシュが爆発し、直後、インプがのけぞるように転倒していった。

 粒子化したオリハルコンの放射により、インプを一時的な失明状態へと追いやることに成功したのである。

 が、その効果は夕季が告げたとおり、長くはもたない。

 しかも焦りのあまり、二度連続して使用してしまった。夕季の言葉が本当ならば、もう使えない可能性もある。

 苦しそうな悲鳴を撒き散らし、やや彩度を落とした赤いコアをかばうように、黒インプが両腕を振り回す。

 手足をジタバタさせて暴れまわる巨大な影法師を目の当たりにして、みずきの全身がぞくぞくとあわだった。

 !

 みずきが青ざめる。

 寸前に振り払った爪の先がわずかに触れ、制服のタイがぱっくりと裂けていた。

 鋭い爪先が粘土をえぐるようにコンクリートの壁を穿ち、その反動で下の踊り場へと転げ落ちていくさまを、みずきは畏怖の表情で眺めていた。

 いったい、この生き物は何なのであろうか、と。

 獣。

 黒い何か。

 巨躯の何か。

 ゴリラ。

 長い爪。

 鋭い爪。

 太い腕。

 太い足。

 影法師。

 妖怪。

 モンスター。

 凶暴。

 獰猛。

 捕食者?

 一つ目。

 赤い目。

 無気味な目。

 咆哮。

 悲鳴。

 敵意。

 悪意。

 人ではない。

 哀しみ。

 苦しみ。

 憎しみ。

 殺される。

 殺される……

 このままでは殺される!

 はっと我に返り、呪縛から解かれたようにみずきが震え始める。

 ごくりと生唾を飲み込むと、再び上を目指して走り出した。

 階段を駆け上がりながら、どれだけのロスがあったのかとふと考える。

 実際は一秒足らずの考察だったのだが、緊迫した状況下にあるみずきにとっては、数十秒以上にも感じられていた。

 足音はまだ追いかけては来ない。

 一階へ到達し、鉄扉を開けようとして躊躇した。

 外では今まさにメックや海竜王が交戦中なのだったが、そんなことなど知らないみずきにとっては、押し寄せるインプの群がその扉の向こうにいるとしか思えなかったからである。

 ガリガリガリガリ!

「!」不気味な物音に、反射的に肩をすくませる。

 また泣きそうな顔になり、みずきはさらに上を目指して走り出した。


 救出に訪れた桔平の顔を見て、心持ち夕季がほっとなった。

 すぐさま表情を切り替える。

「桔平さん、もう一人の子は」

「あ?」アサルトライフルをかまえ、周囲を注意深く見回す桔平。「誰も見てねえぞ」

「!」夕季が、かっ、と目を見開いた。「階段……。階段の方! 上に行ったのかも!」

「上だと?」インプの気配がないことを確認し、桔平が無線機を手に取った。「おい、木場。駅の正面、どうなってる」

 木場がそれに応答する。

『確認できる範囲のインプは全滅させた。中も何も見えんぞ』

「そうか。そっちに女の子が一人、出て行かなかったか?」

『いや、見てない』

「そうか、ふん……」

「じゃ、どこに……」ピンときて顔を上げた。「桔平さん、GPS!」

「おう」

 パウチから携帯受像機を取り出し、桔平がGPSで夕季の携帯電話の居場所を確認する。

 上へ向かって動き続ける反応が見つかった。

 すぐさまオープンチャンネルで光輔を呼び出す。

「光輔、すぐに屋上に行け。インプがもう一人の女の子を追いかけてった可能性がある」

『本当すか! 篠原が! 夕季は!』

「夕季はここにいる。無事だ。俺の足じゃ間に合わねえ。建物壊しちまってもかまわねえから、何としてでもその子を助けろ」

『了解』

 回線をオフにし、桔平が薄暗いコンクリートの天井を見上げる。

 嫌な予感がしていた。

 そこへ片足で立ち上がった夕季がしがみついてきた。

「桔平さん! 彼女を助けて! お願い、早く!」

 鬼気迫る表情だった。





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