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第二十一話 『二人の記憶(かけら)』 11. 一人立ち向かう

 


 司令部はてんやわんやの大騒ぎだった。

 髪振り見出し、全身汗まみれの小田切ショーンが一人相撲を展開していたからだ。

「海竜王、何をしている、向こう側をサポートしろ!」

『向こうってどっちすか!』

「向こうだ! 向こうだろ。左だ。いや、右?」

『どっちすか!』

 マイクを握りしめ、光輔を睨みつけたまま、ショーンが背中を向ける。

「振り向く前の左だ!」

『……』

 忍がスクリーンをちらちら盗み見しながら、すう~、と深呼吸してみせた。

『おい!』続けざまに、礼也の不機嫌そうな声が司令室特設スペースに鳴り響いてきた。『どうなってんだ。指示された場所に来たのに、インプなんざ一匹もいねえぞ!』

 ギリと歯がみして、ショーンがマイクを握りしめた。

「どこへ行ってるんだ、陸竜王。さっき指示した方角とは反対じゃないか! 方向もわからないのか!」

『はああっ!』ぶち切れる寸前だった。

 心配げに忍がその様子を見守る。

 それらをまとめて見守るあさみの顔は、すでにあきれ返っていた。

「六時の方角だと言ったはずだ。何故そんな場所にいる!」

『なんだ、六時ってな! 夕方か! もっとわかりやすく言えって!』

「六時だ。レーダーから見て、君の後ろだ。何故わからない!」

『後ろは海で、なんもねえぞ!』

「……。どちらを向いている」

『ああ! 駅の方だ』

「どこの駅だ」

『っとよ。犬の像があって』

「どこだ、それは。わかるように言え。北の方か!」

『ああ! 知るか。あんま電車が止まんねえとこだ!』

「何を……」

『んだ、この、誰か他の奴、いねえのか!』

「なんだ、貴様、その言い草は!」

『あーもー、てめえは黙ってろ!』

「な!……」

『おい、桔平さんはどこ行ったんだ!』

 見るに見かねて、忍がマイクを丁寧に奪い取る。

「礼也」

 忍の声に礼也が少しだけ落ち着きを取り戻した。

『しの坊か、そこにいるトンチンカン、何とかしてくれ。マジ、役に立たねえって! ムッシュムラムラだ!』

「く!」

 般若のような形相でスクリーンの向こうの礼也を睨みつけるショーンをちらと見て、忍が気持ちを切りかえて指示を出し始める。

 こうして小田切ショーンの実戦初チャレンジは、実に三分間ともたずに幕を閉じたのだった。

「近くに時計台が見える?」

『……。おお、ある』

「なら、そこから勤労会館の方へ向かって移動して。見えるでしょ、白くて大きな建物。そっちへ二キロくらい先にインプがいるはずよ。数は三、四百」

『おし、わかった。……お、いやがった、覚悟しろ、てめーら!』

「気をつけてね」指示を出しながらも、複数のディスプレイへせわしく目を向け、常にあらゆる情報に気を配り続ける。「光ちゃんも聞いて。空竜王を積んだトレーラーが足止めされてて、夕季のところへはたどり着けないみたいなの。メックは西側のインプにかかりきりで、それ以上のことはできない。光ちゃんの方が近い場所にいるみたいだから、そっちに移動して、空竜王を夕季のところまで届けてほしいの。鳳さんへは私から連絡しておくから」

『でもさっきの人がインプをって……』

「大丈夫」ぐっと目頭に力を込め、ショーンを見据える。「そこのインプなら礼也だけでも何とかなるから。ね、礼也」

『にゃろー! この! ……お、おう……』

「頼んだよ。売店でメロンパン買っといてあげるから」

『ガキ扱いしてんじゃねえって!』

「ごめん、ごめん」

『こんにゃろー! 十個だぞ!』

「わかった、わかった……」

『しぃちゃん』

 光輔の口調に迷いのようなものを認め、忍が眉に力を込める。

『駅には夕季と篠原が取り残されてるって』

「大丈夫、今、桔平さん達が向かってるから。でもサポートがないと辿り着けないかもしれない。光ちゃん、空竜王を運ぶ途中で、周辺のインプも退治しておいてほしいの。駅を中心にして、たぶん三百体近くがその近くにいると思う。竜王はインプを引き寄せる記号でもあるから、夕季達から奴らを遠ざける囮になるかもしれないし。礼也はさっきのインプを片づけたら……」

『もう終わったってーの』

「……さすが」

『あんでもねえってよ! とりやえず動いてるモンは近くにねえわ』

「じゃあ、メックの応援に向かって」

『他のはいいのかよ』

「今のところメックがいる地域以外は、大きな動きはない。付近からも反応は見当たらないみたい。そこからだと陸竜王のスピードなら、どこへでも二、三分で到着できるはずだから、何か他に動きがあったらすぐに連絡する。夕季が空竜王と合流できたら、光ちゃんもすぐにメックの応援に向かって。ルートはその都度指示するから」

『おい、空竜なんざほっといて、俺らだけで集中した方が効率いいんじゃねえか?』

『それはあるかも。俺が直接夕季達を助けにいった方がいいかも』

『空竜王のせいでかえってバタバタしてんじゃねーか』

「今は何とかなっているけれど、もっと数が増えた時に、空竜王の機動力が必要になってくるの。今、海や空から別のインプがメガルの近くに現れたら、二人だけじゃ対応できないでしょ。状況次第でガーディアンの必要性も出てくるかもしれないし」

『そりゃ、そうだがよ……』

「それに建物の中に入り込んだ敵まで駆逐するのは、海竜王や陸竜王じゃ困難だよ。光ちゃんに降りて行かせるわけにはいかないでしょ」

『それはそうだけど……』

「メックの力も夕季も必要なの。住民の避難はほぼ終わったみたいだけど、まだ逃げ遅れた人達がいると救助に行かなければならない。そっちの方にメックや警察機関を専念させたいから、インプの相手は二人に任せたいの。わかった」

『おーよ!』

『了解』

『とにかくバックアップ頼んだって!』

「了解。二人とも頑張ってね」

 ふう、と忍が一息つく。

 その背後から、く、という悔しそうな声が聞こえてきた。

「ここまでレベルを落として説明しなければならないのか……」

「……」


 異形の影を前に、夕季とみずきの全身が硬直する。

 夕季は今さらながらに後悔の念につつまれていた。みずきの身を案じるばかりに、地下駐車場のもっとも深い場所へ位置どってしまっていたからである。

 黒インプは背中に出入り口を、そして側面には上階への唯一のアクセスポイントである非常階段を、己の管理化に置いていた。

 退路を断たれた今、二人には静かに身を潜めている他、選択肢は残されていなかった。

「!」背中に貼りつくように、みずきがしがみついていた。足だけでなく、全身が恐怖に震えているのがわかる。

 その小動物さながら脅えるさまをちらと眺め、夕季はインプの居場所を見失わないように前方へ神経を集中させた。

 進入して来た黒インプは一体だけであり、夕季らの発するわずかな気配を探りにこの場所へと訪れたようだった。

 生き物のごとき深紅の隻眼がキョロキョロとうごめく。

 インプの動きを常に目で追いながら、意識を切り分け、夕季は背中のみずきに押し殺した声を差し向けた。

「大丈夫」

「……」

「篠原さんは私が守るから」

「……」みずきの瞳がじわりと滲む。「古閑さん……」

 ゴト!

 物音に二人が体勢をさらに低くする。

 駐車車両の陰から、インプが近づいてくるのが見えた。

 その距離は柱三本分。柱と柱の間には乗用車が四台駐車できるスペースがあった。

 封印していたみずきの恐怖心が再び蘇る。

「……ふ、え……」

「しっ!」

 その些細な気配に反応し、黒インプがせわしく周囲を確認し始める。

 それから手当たり次第に車両を破壊し始めた。

「!」

 みずきを抱え、安全なポジションの維持を夕季が心がける。

 が、インプの駆逐領域は、しだいに夕季らの場所へと迫りつつあった。

「古閑さん……」

 恐怖と涙で表情が一変してしまったみずきを眺め、夕季が唇を噛みしめた。

「篠原さん、ここにいて」

「! 古閑さん……」

「あたし、あいつを引きつける。大丈夫そうなら合図するから、一気に階段まで走って。扉を閉めておけば少しは時間をかせげるかもしれない」

「ふ……」まばたきも忘れ、夕季の顔に注目するみずき。「古閑さんは?」

「あたしなら大丈夫」

「……」

「慣れっこなの。こういうの」ゆるりと振り返り、精一杯の包容力で笑いかけた。「絶対に何とかする。だから心配しないで」

「……」目尻の涙をごしごしと拭い取り、みずきが笑った。「うん」

「行くから」

「あ!」

 インプの気を引くように、わざと大きなアクションをとりながら夕季が飛び出していく。

 高級外車を軽々とひっくり返したインプが、すぐさまそれを察知した。

 みずきの方へ顔を向けたのを見て、夕季が思い切り駐車車両のバンパーを蹴りつける。

 ガン! と響く音に反応して、黒インプが夕季の後を追いかけ始めた。

 コンクリートの柱と駐車車両を器用にかいくぐり、逃げ続ける夕季。後方を何度も確認すると、インプは車両を弾き飛ばしながら一直線に夕季へと迫りつつあった。

「!」夕季の顔から血の気が失せていく。

 柱に片手をかけ、夕季がぶら下がるように急激なターンに持ち込む。

 その直後、翻ったスカートの軌跡を飛び越えながら、インプが視界の隅を滑り抜けていった。

 数メートル先で、激突した車両をブレーキがわりにしてインプが踏みとどまる。

 夕季との直線距離は約十メートル。

 次の最速のダッシュは、確実に夕季の背中へと到達するはずだった。

 顔を向け、みずきとの位置関係を再確認する。

 みずきは遠巻きに心配げな様子で、夕季の行動を見守っていた。

 前傾姿勢で照準を定めた黒インプを真正面に捉え、夕季が持っていた携帯電話の液晶部分をバキ、バキと九十度ずつ捻る。手応えのあるクリックの後、ホールドボタンへ親指を這わせた。

「篠原さん、伏せて!」

 夕季の呼びかけを受け、一瞬反応が遅れたみずきが慌てて柱の陰へと身を隠した。

 みずきの安全を見届けたため夕季の次手も遅れ、飛び込んで来たインプをダイビングでかわすのがやっとだった。

 弾かれるように吹き飛び、インプが巻き散らかした残骸を全身に浴びる。

 ダメージは思いのほか深く、もはや立ち上がることすらかなわずに、片膝立ちの状態で夕季はインプと向かい合うこととなった。

「古閑さん!」

「出てこないで! 下を向いてて!」

 インプのダッシュのしかかりを待ち受けるように、夕季が携帯電話をコア目がけて突き出すように差し向ける。そしてぎりぎりのタイミングで、その親指に力を込めた。

 気化ガスに圧されて射出された小さく薄いプラスチックの板は、一直線にインプのコアの中へと吸い込まれ破裂した。

 眩いばかりの閃光と熱風から逃れるために手をかざす夕季。

 対照的な闇が場内に訪れる頃、そこでうごめくものは何ものも存在していなかった。

 そろりと目を開けると、人の形をした黒い塊がぼろぼろと崩れ落ちていくところが見えた。

 携帯電話の液晶部分には粒子化したオリハルコンが封入されていた。人体に影響を及ぼさないレベルのそれは極めて微弱なものであり、今のようにコアへとピンポイントで撃ち込まなければ効果は望めない。むしろ使用する側にとっては、目くらましの閃光の方が危険であると言えた。

 今にも倒れそうなほど疲労困憊し、呼吸困難となった夕季がぜえぜえと喘ぐ。腕をだらりと下げ、両膝でかろうじて姿勢を維持していた。

 液晶部分の外側だけが抜き取られた携帯電話を握りしめ、薄暗いコンクリートの天井を夕季が仰ぎ見た。

「古閑さん」

 泣きそうな表情でみずきが駆け寄ってくる。

 それに返す余裕は今の夕季にはなく、みずきの顔を眺めながらぐらりと目を裏返らせ、脱力するように崩れ落ちていった。

「古閑さん、古閑さん!……」





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