第二十一話 『二人の記憶(かけら)』 10. 取り残された二人
司令室特設スペースで、別名『桔平スペシャル』と呼ばれる激甘コーヒーをガブ飲みしながら、桔平が地団駄を踏み続ける。
その様子を横目で見やりながら、あさみが淡々と口を開いた。
「思ったより早かった……」
「おまえの勝ちだ!」
「……」あきれモードのあさみ。「別に勝ち負けは関係ないでしょ」
「いや、俺の負けだ。俺の考えが甘かった。ちくしょう!」
スクリーンへ目を向け、あさみが嘆息した。
「状況は?」
あさみへちらと振り返り、スクリーンと連絡端末を何度も交互に見比べ忍が報告する。
「長岡地区を中心に土色のインプが多数出現したとの報告がきています。身の丈は二メートル前後。比較的中心街なので、各地に散らばったメックも迅速に集結して、討伐に向かっています」
「長岡地区……」あさみが目を細める。「結構人口が密集している地域ね。住民の避難状況は?」
「九割方完了しているものと思われます。避難指定区域も徐々に拡大しつつありますが、連絡を聞き逃したり逃げ遅れた人達は、発見次第メックや警察、消防隊員などが救助に当たっています」
「そうね。引き続き人命救助を優先させるよう伝えておいて」
「はい。ただインプの数が多すぎて、そこへ人員を割くのは辛いのが現状です。攻撃対象がそれぞれ小さな群体を形成しながら広範囲に渡って出没していることもあって、徐々に対応に遅れが出始めています」
「陸竜王と海竜王は?」
「陸竜王はすでにメックと合流しています。メックの手薄な場所からサポートに当たっているようです。海竜王は放置車両に足止めされるロスもあったため遅れていましたが、あと十分ほどでオビディエンサーと合流できるとのことです」
「そう」
「司令。たった今、プログラムが確定されました。プログラム名はグーシオン。それから、インプの数が千を超えたとの報告です」
「……」
「はあ!」
桔平のがなり声に二人が注目する。
そこには噛みつかんばかりの勢いでホットラインに吠え立てる桔平の姿があった。
「てめえ、今まで何してやがった!」
柱の陰に身を潜め、夕季が桔平との連絡を試みる。
『てめえ、なんで電話に出やがらねえ! 電源切ってやがったろ。うろうろ動きまわりやがるから、GPSが反応してても見つけらんねえだろって話だ!』
スピーカー越しの大声に、顔をしかめながら夕季が耳から携帯電話を遠ざけた。
『おい、聞いてんのか、てめえ! 返事をしやがれ! ああっ!』
口をへの字に曲げ、電話を見つめる。その眉がかすかに揺れた。
「……ごめんなさい」
『……。いや、そう素直に謝られても……』
夕季の後ろから、みずきが心配そうにその様子をうかがっていた。
インプの姿を確認し、二人はビルの非常口から地下駐車場の中へと逃げ込んでいた。
『で、今どこにいる』
「長岡駅のビルの地下で、同級生の人と一緒に閉じ込められてる」
『同級生?』桔平が不思議そうに復唱する。『女子高生とか? おまえが?』
「……」
『や、すまん。おまえにオッサン以外の友達がいたのに正直びびった』
「友達っていうか……」
『あ、だよな、やっぱ』
「……」すぐさま気を持ち直す。「そんなことどうでもいい! 外にインプがいる!」
『おう、わかった。すぐにメックを向かわせる』
「空竜王もおねがい」
『わかった、届けてやる、待ってろ。もう一度場所の確認をするぞ……』
司令部は異常な緊迫感につつまれていた。
インプの数が際限なく増え続け、発動から三十分足らずで、その数は五千を超えたと確認されていた。
カウンターと連動されたスクリーン上には、群体としての対象が表示される。近似値で表示されるため正確な数は確定し兼ねたが、誤差も含めると一割程度は前後するものと予想されていた。
過去の教訓を活かし、一年前からは装備もかなり向上しているため、メック・トルーパーの戦力は比較にならないほどアップしていたが、絶対数の差は如何ともしがたく、広範囲に渡って出没する敵に四苦八苦していた。
「数がどんどん増え続けています。メックも特捜車両をフル活動して応戦していますが、住民の救助にも人員を割かなければならず、対応が追いつきません」
忍からの報告に、腕組みをするあさみがかすかに眉を揺らす。
「竜王は?」
「礼也が一人でよく頑張っていますが、拡大するエリアの端から端への対応に追われて……。今、大沼主任から、穂村光輔と合流したとの報告がありました」
「……海竜王の現在地は学園だったわね」
「はい」
「メックを避難地域の中心部に集結させて、その外側に二体の竜王を東西に分けたエリアに配置。基本的にインプの対応は竜王にさせるように伝えて。メックは中央寄りの安全確保をメインに、救助活動の支援と竜王のバックアップ。インプの出現個所がわかり次第、こちらから指示を送ります」
「はい」
「空竜王はどうした?」
あさみよろしく気難しい表情で腕組みをする桔平を横目で確認し、別窓のスクリーンで忍が状況を確認する。
「踏み切り事故による渋滞で足止めされています。長岡駅まで距離約三キロ。特設レーンへも多くの一般車両が紛れ込んでいる模様です」
「何やってやがんだ! ったく。迂回ルートは?」
「迂回ルートを選択すると三十分以上のロスになりますね」
「なんでそんなにかかる!」
「放置車両による妨害がひどいみたいです。それ以外のルートを選択すれば必ずインプの密集地帯を通り抜けることになりますが、それでも十分も短縮できません」
「困ったわね、こんな時に」
黙り込むあさみと桔平を、忍が眺める。
「私が長岡まで救助に向かいます。湾岸ルートを選択すれば小型車両ならば二十分とかからずに到着できると思いますし」
「単独行動は許可できないわ。危険すぎる」
厳しい表情で見つめるあさみに、忍が言葉を失う。
「俺が行く」心配そうな顔を向ける忍に、桔平が、ふん、と鼻息を荒げた。「俺なら一人でも百人力だ。問題ねえ」
それを受けてあさみが重々しく頷いた。
「そうね」忍を見つめ続ける。「他の人員を割いている余裕はないし、今古閑さんに抜けられたら情報処理が滞るわ。副司令にお願いしましょう」
「はあ……」
「おうよ」腕組みをし何も言わずに状況を見守るだけのショーンを、桔平がちらと見やった。「ここはおまえらに任せとけば何とかなる。俺なんか抜けたって影響ないだろ」
「そうね」熱いまなざしで忍だけを見つめた。「あなたに抜けられると困るの。副司令なら抜けても影響ないから」
「う~ん……」気を取り直し、桔平が忍へ指示を送った。「おい、しの坊、夕季に俺が向かうって連絡しとけ」
「はい」
「車の手配も頼む」
「はい。装甲車両でいいですか」
「そんなのいらねえ。なるべくスピードが出るやつがいい」
「大丈夫ですか」
「当たんなきゃいいだけだ。三倍の速度で飛ばしてけば、十分とかからねえ」
「はい。気をつけてくださいね」
「おうよ。そういや朴さんとこにチキチキマシンみたいのがあったな。あれで行くか?」
「……はあ?」
「ミサイルみたいな形してやがったが、まさか空飛んで爆発したりはしねえだろうな」
「……本当にそれでいいんですか?」
「一人で本当に大丈夫?」
眉一つ動かさずに腕組みを続けるあさみに、桔平も同じ表情をしてみせた。
「問題ねえ。長岡なら近くに木場達がいるかもしれないし、合流して何人か連れて、夕季を救出してくる」もう一度、忍へ向き直った。「そんからな、後で光輔か礼也のどっちか近い方に、空竜王のトレーラーに向かうよう言え」
「はい?」
「十分後に空竜王を長岡駅の近くまで届けるように言っといてくれ。ロスは出るが、今の状況は竜王なしじゃ覆せねえ。先に夕季と合流できるならそれでもいい。もちろんインプ退治が優先だ。無理なら仕方ねえ。俺はメックと合流したらそのままインプの討伐に加わる」
「はい」
「そう。頼んだわよ、副司令」
「おう、任しとけ」部屋から出かかった桔平があさみへ振り返る。「それよか、後のことは頼んだぞ」
「大丈夫。ここも改修されてかなり強化されているわ。インプ程度なら、隔壁と防壁をかいくぐってくるまでに一時間はかかる計算よ。それ以上の敵は想定外。そのかわり、合流後何かあればすぐに空竜王をよこして。それで取り返せるはずよ」
意地悪そうな笑みを浮かべるあさみを、桔平が頼もしげに眺めた。
桔平が部屋を出てから、間を置かずにあさみが忍へ顔を向ける。
「古閑さん、なるべく障害が少ないルートを検索して、その都度副司令に教えてあげてね」
「はい」
「竜王やメックへの伝達は私が……」
「私がやります」
「そう」頼もしげに笑う。「お願いしようかしら」
その時だった。
「僕が出します」
おそるおそるあさみと忍が振り返る。
すると腕組みをし、鼻息を、ふん、と荒げながら、ショーンが二人を見下ろしていた。
「……。あなたはまだ研修期間だから見学を……」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょうが」
「……」
「僕がやります。大丈夫です。彼女には副司令に確実に情報を伝達する義務がある。これ以上の負担をかけると、パンクしてしまいますよ。中途半端な責任感が一番事故を呼び込みやすいのです」
「……それじゃ、竜王への連絡係をお願いしようかしら」
「任せてください!」ふん、と空気砲を排気口から噴き出した。「僕が彼らに適切な指示を出します」
あさみと忍が、あっ気にとられたような顔を見合わせた。
「彼女の指示に従って伝えてくれるだけでいいから……」
「大丈夫です!」自身満々に胸を張る。「僕は情報処理能力と判断能力の高さを評価されて、ここへ配置されました。先ほどからみなさんの仕事ぶりを拝見しておりましたが、もっと効率的にできる方法がおぼろげに見えてきたところです。いえ、決して彼女が駄目だなどと言っているわけではありません。僕ならばこうする、と言っているだけです。まだ不慣れなのでうまく伝えられるかどうか不安ですが、思っていることをすべて出せれば、現状よりも円滑に進められるようになると思います。慣れれば彼女のサポートに頼らずに、一人でここの職務をこなせるようになるはずですが、それまではご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いいたしまする」
あさみと忍が困ったような顔を見合わせた。
「……。ご丁寧にどうも……」
「……。謙虚な方ですね……」
「そうね……」
「ええ……」
「それほどでも!」
通話を終え、夕季がみずきへと振り返る。
「大丈夫。すぐに助けが来るから」
それにみずきが頷いた。
「今、穂村君に連絡した。穂村君もすぐ来てくれるって」
「光輔が……」
ポカンと見つめる夕季に、みずきが不思議そうに首を傾げてみせた。
「どうかした? もう連絡しちゃってた?」
「全然思いつかなかった……」
物音に気がつき、二人が咄嗟に振り返る。
薄明かりのともる場内の入り口付近で、影が揺れたように見えたからである。
言葉をなくし、思わず息をのむ。
それは赤いモノアイを薄闇に爛々と浮かび上がらせ、駐車場のスロープを塞ぐように立ちはだかっていた。