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第二十一話 『二人の記憶(かけら)』 9. 忍び寄る影

 


 司令室特設スペースで桔平が歯噛みする。

「くそ、夕季の奴、電話に出やがらねえ。カバンの中にしまってやがるな」

 その横顔をちらと見やり、あさみが腕組みをしながら口を開いた。

「困ったわね。一刻も早く彼女とコンタクトをとらないと」

「駅の方に向かったみたいだが、なんなら迷子のアナウンスでも流してもらうか?」

「そうね。学校からということにして、連絡をとらせてみようかしら」

「……」軽口にも真顔のままのあさみに、桔平が苦虫を噛み潰す。「まだ確定したわけじゃないから、そんなに気にしなくてもいいんじゃねえのか」

「でも観察記録によれば、一瞬だけどカウンターが反応したって言うわ」

「わずかにだろ」桔平が、ふん、と鼻から排気した。「誤差の範囲内だろ。用心に越したことはないが、避難勧告を撒き散らすにはまだ足りない」

 その言葉にあさみが反応し、じろりと桔平を睨めつけた。

「フィロタヌスの時と似た反応なの。あの時もほぼノーモーションで発動した。ショートプログラムの可能性も高いけれど、その類だと常にこんな感じで発動することを想定しておいた方がいいかもしれないわね」

 窓の外へ視線を向け、血のように紅く染まる空を見通す。

「それとも、また同じ過ちを繰り返したいの?」

「んなわけねえだろ。とりあえずメックだ。偽装車両で市内をパトロールさせる。おい、しの坊」忍へと振り返った。「礼也と光輔は?」

 忍が顔を上げ、受け答える。

「礼也は待機室ですでにスタンバッています。光ちゃ、光輔は学校に戻しましたので、こちらからの指示待ちでトレーラーと合流させる予定です。空竜王も夕季と連絡が取れ次第いつでも出動できると、大沼主任からの報告がありました」

「……別に光ちゃんでもいいっつったじゃねえか」あさみの顔を見やる。「なあ」

「そうね、柊副司令」ぶすりと突き刺した。「今すぐ二台を出動させて。陸竜王はどうとでもなるとして、避難勧告を発令した後では交通がマヒする可能性が高いわ。サイズがサイズだから、特設レーンは確保できても、アクセスポイントへの合流に手間取るかもしれない。かといって行き違いもロスになるでしょうから、空竜王の方は彼女の行動範囲から予測して、もっとも効率よくアクセスできるポイントまであらかじめ向かわせるよう伝えて、柊副司令殿」

「……。ということだ、古閑副局長補佐兼副司令補助殿」

「はあ……」

 はは、と忍が繕い笑いをする。

 その隣で、やり取りの一部始終を仏頂面で眺めていた人物がいた。

 背はあまり高くないが筋骨隆々で、鋭いまなざしと太い眉毛に力がみなぎる。きっちり横で分けた髪型に浅黒い顔とやや大き目の鼻の穴が特徴だった。

 波野しぶきの後任、小田切ショーンだった。

「古閑君」太い腕を厚い胸板の前で絡み合わせ、ふんぞり返るように忍を見下ろす。「スタンバッて、っていう言い方は変じゃないかな。スタンバイしています、もしくはスタンバイ中です、と言うべきだよ。何も難しい言葉を使えと言っているわけじゃない。どんなに小さなことでも丁寧に取り行うべきだと言いたいんだ。言葉一つにしても、もし行き違いが起これば大変な結果を招くことになりかねない。ここは選ばれた人間だけが職務に就くことを許される極めてストイックな職場だし、それだけ重要なセクションだと僕は理解しているつもりだよ。それに加われたことを誇りにも思っている。たとえ緊急時でなくとも、常に緊張感を持って臨むべきだと思うよ」

「はあ……」

 桔平がこそこそと忍へ耳打ちする。

「おまえ、できない子だと思われてるみたいだぞ」

「ええ、ひしひしと伝わってきます」こそこそと忍が返す。「別にいいですけれど……」

 そんなことなどつゆ知らず、自信万満にショーンは続けた。

「そうですね、司令」

「そうね」あさみが顔をそむけた。「わかった? 柊副司令」

「……かてえな、あんちゃん」

「副司令、それはどういう意味ですか!」

「いや、そのな……」

「頼もしいわね」辟易顔で助けを求める桔平をあさみがおもしろそうに眺める。「この際、副司令の再教育も小田切副主任にお願いしようかしら」

「おいおい」

「分不相応で心苦しい限りですが、どうしてもとおっしゃられるのなら取り組み姿勢くらいは」

「おいおい……」

「シモネタ禁止ですね」

 忍と桔平が情けない顔を見合わせた。

「セクハラもか?」

「それを私に聞くこと自体が間違っているとは思いませんか」

「いやそうなんだけどよ。女の子に直接こんなこと聞けねえじゃねえか。いくら俺でも、それくらいの常識はあるぞ」

「……なんかムショーにムカついてきたんスけど」

「なあ、なんかテンション下がってきたよな……。気晴らしに飲みに行くか? 木場も誘って」

「……。いいですけど、酔ってセクハラとかなしですよ」

「いや、それはぜってえねえだろ」

「どうしてですか!」

「いや、だってねえだろ、ほら」

「ほらって!」

「仕事中に私語をしたり愛称で呼び合うのは感心しません。ましてやこの司令室という戦うためだけに設けられた場所においては、一つの無駄でさえ……」

「はいはいはいはい!」


 夕季とみずきは駅ビルの構内で雑貨屋巡りをしていた。

 ショッピングモールほどの店数はないが、多くの学生が足を運ぶため、若者向けのアイテムは結構豊富だった。

 とある店先で足を止め、お目当ての傘だけに限らず、様々なグッズをみずきが物色し始める。

「あ~、これいいよ。このストラップ欲しい~」

「……」

「古閑さんだとどんなのがいいかな。迷う。あからさまにキャラものとかは駄目だよね」

「……まあ」

「だよね。さっきのお店でエルバラのとかあったけど、あんなの誰が買うんだろ」

「……」夕季がぎゅっと自分のストラップを握りしめた。

「あ、そうだ、傘見なくちゃ」

「……」

 みずきに手を引っ張られ、ぐいぐいと夕季が引きずりまわされる。ほんの数時間前までは、言葉すらろくに交わせずにいた関係とは思えないほどだった。

 戸惑いを浮かべながらも、まんざらでもなさそうな顔を夕季がする。

 雅以外で、友人とこんなふうに買い物に興じたのは初めてのことだった。

「!」

 盗まれたものと同じ傘を見つけ、夕季が手に取ろうとした。が、その手はみずきに引っ張られ、むなしく空を切ることとなった。

「見て、あれ」

「……」

「あれなんか古閑さんにピッタリ……」

 突如として、構内にアナウンスが響き渡る。

 市内では聞きなれた、避難を促す緊急放送だった。

「……。どうしよう……」

 我先に出口へと押し寄せる人の群を眺め、みずきと夕季が顔を見合わせる。

「あたし、連絡を取ってみる。可能性がありますって言ってるだけだから、たぶん大丈夫だとは思うけれど。……篠原さんはどうする?」

「……あたしは、家に帰りたい」うるうると瞳を潤ませた。「こんなところにいたくない」

 この近辺の住民達は、異変に対しては他の地域よりもはるかに敏感になっていた。幾度もの異形の輩からの襲撃を目の当たりにしていたため、それもしごく当然だった。たとえ誤報であったとしても、染みついた恐怖心は簡単に払拭できはしない。

「……」夕季が腕時計で時間を確認する。「まだ次の電車に間に合うかも。篠原さんのうちの方なら避難区域からはずれているはずだから、その方がいいかもしれない」

「……。古閑さんは?」

「あたしは様子を見ながらここで待ってる」

「危ないよ。一緒に行こう」

「そういうわけにはいかない……」

 力なく、それでもはっきりと夕季が告げる。

 するとみずきの表情が、夢から醒めたようなそれに変わった。

「……そうだったよね。古閑さんは正義の味方だったんだよね。あたし達とは違うから……」

「……。ホームまで一緒に行くから」

「うん……」

 今度は震えるみずきの手を取り、夕季が先行して走り出した。


 駅ビルから駅の構内へと続く通路は、パニック状態の人ごみでごったがえしていた。

 大半が外へと向かう群であり、反対方向を目指す夕季とみずきはその波に押し戻され続けていた。

「や、だっ!」

 我先と他人を押しのける恰幅のいい中年男性に、みずきが突き飛ばされる。

 脱落した弱者に誰も手を差しのべる余裕すらなく、流れ続ける人ごみは濁流のようにみずきと夕季を分断していった。

「あうっ!」

「篠原さん!」

 ぶつかり、当たり、時には押しのけ、夕季がみずきのもとへと向かう。一心不乱に脱出をはかる青年の肘がこめかみにヒットし、夕季が苦痛に顔をゆがめた。それでも目ざす方角からわずかにも目をそらすことはなかった。

 もみくちゃになり、今にも泣き出しそうなみずきを夕季が身をていしてかばう。

「篠原さん、大丈夫?」

「う、……うう……」

「……」

 ようやくホームへとたどり着いた二人が見たのは、走り出した列車が小さくなっていく光景だった。

「……」

 放心するみずきを夕季がちらと見やる。

「大丈夫。迎えを呼ぶから一緒に……」

 二人の心配をよそに、高らかに緊急警報が鳴り渡った。

 今度はまごうことなき、最優先の危険レベルを告げるものだった。

 ホームの端に立ち、夕季が街を見回す。

 広告看板越しに眺めるロータリーの奥から、構造物の間隙を縫うように押し寄せる土石流。

 それは遠く彼方から群を成して迫り来る、異形の集団だった。

「古閑さん……」

「……」

 土色のインプの群勢を確認し、夕季がみずきを連れて再び構内へと戻る。

 駅ビル店舗区域の入り口は防犯用の柵状シャッターが下りていた。

 その奥を覗いても人の気配はない。

 察するに、すでにすべての人員が避難済みの様子だった。

「あたし達も早くここから出よう」

 真剣な夕季のまなざしに、みずきも黙って頷いた。

「どこへ逃げるの?」

「この辺りだとシャトー・高垣の地下が避難用のシェルターに指定されてるはず。もう閉まってるかもしれないけど、あたしのIDがあれば入れる」

 指定避難所へ行けば、IDカードで使用許可のおりる武器もいくらか用意されているはずだった。

「……」みずきが心配そうに眉を寄せる。「そんなことしたら古閑さんがメガルの人だってばれちゃうよ」

「今はそんなこと言ってる場合じゃない。それにこの街にもメガルの関係者はたくさんいるから、心配しないで」

「……」

 みずきの目をしっかりと見据え、夕季が顎を引く。

「……。あたしがオビディエンサーだってことは……」

「言わないよ」訴えかけるようにみずきが夕季と向かい合った。「絶対言わない。そう羽柴君達と決めたんだもの。古閑さんや穂村君が困るようなことはしたくないから。だから信じて」

「……」顎を引いたまま夕季が少しだけ表情を和らげる。「わかってる」

 するとみずきの顔がほっとなった。

「よかった、信じてくれて……」

 夕季も同じ表情になった。

「だからあたしのことも信用して……」

「してるよ、最初から!」

「……」

 見つめ会う二人の時が静止する。

 やがてどちらからともなく、ふっ、と笑った。

「行こう」

「うん」

 その時、ガリガリガリ! と金属を引き裂くような不快音が響き渡った。

 二人が目を向けると、ビルの入り口から黒く大きな爪がにょっきりと伸びてくるのが見えた。

「!」

 そして土色のインプは赤いコアを妖しげに光らせ、その領域へと足を踏み入れてきた。






 お越しいただきましてありがとうございます。あいかわらず脱線続きですが、まったり読んでいただければ幸いです。謝々。

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