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第二十一話 『二人の記憶(かけら)』 8. 傘を買いに

 


 光輔を軸に、礼也や茂樹らの話題を織り交ぜ、何とか二人の会話は成立していた。

 夕季の芯の強さをみずきが誉めれば、夕季が照れて顔をそむける。

 決して己を押しつけないその態度に、みずきは好感を持った。

 そうこうしているうちに駅前通りへとたどり着き、みずきがロールケーキの屋台を指さした。

「ここのロールケーキおいしいの。食べてこうよ」誘う言葉の中にも夕季を気遣う様子が見てとれる。「あたしおごるから」

「あ、あたしが……」

「いいよ、手伝ってくれたお礼」夕季に有無を言わせず押し切った。「おばさん、ブルーベリー二つね」

「はい、ありがとうね」満面の笑みで注文に応じた店主が、夕季に気づき声をかけた。「いつもありがとうね。今日はストロベリーじゃなくていいの?」

「あ、はい……」

 放心したようにみずきが夕季を眺める。

 バツが悪そうに夕季が身をよじった。

 駅前公園のベンチに腰かけ、ロールケーキにかぶりつきながら、みずきが夕季へ顔を向けた。

「古閑さん、常連さんだったんだ」

「……常連ってわけでもないけど」

 みずきに戸惑いの表情をちらと見せ、夕季もケーキに口をつけた。

「ストロベリーの方がよかった?」

「え?」真顔で見続けるみずきを、まばたきもせずに見返す。初めて食べたその味が結構気に入ったようだった。「たまには違うのも食べてみたかったから、ちょうどよかった。他、何がいいのかよく知らないし。これもおいしい」

「よかった。気に入らなかったらどうしようかって思った」目がなくなるほどの笑顔で見つめる。「ストロベリーの方がおいしいかもしれないけど」

「そんなこと……」

「あたしストロベリー食べたことないからわからないんだよね」

「……」

「どうかした?」

「……別に」

 夕刻も深まり日が傾き始める。

 昼と夜の人種が入れ替わり始める中、二人はいつの間にか惜しげもなく会話に時間を費やすようになっていた。

 ほぼみずきが話題の提供者となり、夕季がそれに相づちを打つ。

 みずきの持ち合わせるどうでもいい話題にすら、夕季はふんふんと真剣に頷いていた。

 その反応が嬉しくて、みずきの口がさらに滑らかにまわる。

「でね、祥子はつり目であたしはたれ目だから、二人でキツネとタヌキだって」

「……うん」

「あれ、つまらなかった?」

「ううん……」どう答えればいいのかわからない。正直、みずきの話題は夕季にとって、ほとんどが微妙なラインだった。「仲良さそうでいいなって」

「腐れ縁なだけだよ」ニンマリ笑う。「古閑さんもなんでしょ? 穂村君と」

「光、輔と……」

 複雑そうに眉を寄せた夕季を眺め、みずきがさらに嬉しそうに笑った。

「穂村君、言ってた。古閑さんがいなかったら、自分はとっくの昔に死んでるはずの人間だって。あいつは俺の命の恩人だ、って。詳しいことは教えてくれなかったけどね。だから、古閑さんのこと悪く言う奴は許さないんだって」

「……。そんなの……」

「みんな誤解してるけど、本当はすごく優しくていい人なんだって言ってたよ。性格はアレだけど」

「あれ……」

「あたしが言ったんじゃないから。穂村君だから」

「……う、ん」

 気を取り直し、みずきが続ける。

「ベタボメだよ。自分なんかじゃ逆立ちしてもかなわないって、いつもみんなに言ってる。羽柴君や曽我君達も、古閑さんのこといい人だって言ってたしね。あたしもそう思う」

「……」

 真っ赤に染まる。夕陽ではなく、夕季が。

「穂村君にとっての大切な友達なんだって。なんだかうらやましいな」

「……」

 困ったような顔を向ける夕季に、みずきが少しだけ淋しそうに笑いかけた。

「あたし、そんなふうに言われたことない」

「……。きっとみんなそう思ってると思う。口に出して言わないだけで」

「そうかな……」

「……」気持ちを引き締め、夕季が顎を引く。「光輔のこと、好きなの?」

「!」今度はみずきの顔が真っ赤に染まる番だった。

 ぐるぐると目をまわし、頭のてっぺんから湯気を噴き出し続けるみずきをまじまじと眺め、悪意のない夕季が真顔でたずねた。

「どこがいいの?」

「う~ん、そうやって聞かれちゃうと……」腹を決め、この際だとばかりに、ふうむと考えにふける。「う~ん……」

「……何となくわかるけど」

「でも、結局古閑さんだと勝ち目ないからな~」

「だ!……」再び夕季が攻め込まれ、次手に窮する。「……だから、そんなの全然ないってば」

「そうかな。はたから見てると穂村君、古閑さんのこと好きそうに見えるよ。古閑さんといる時、楽しそうだもの。穂村君、あまり自分から他の女の子の方へ寄って行ったりしないしね。たぶん古閑さんのことが好きなんだと思う」

 また淋しげに、はは、と笑った。

「……。だから、ありえない……って……」

 一方的な決めつけに困惑するばかりの夕季。

 その様子を好ましげに見守り、みずきが不安定な眉を揺らした。

「ほんと言うとね。あんまり穂村君のこと、好きでもないのかもしれない」

「……」夕季が目を伏せる。「ふ、うん……」

「あたしの知っている穂村君と、古閑さんの知っている穂村君って、たぶん違うから」

「……そうなの」

「うん。あたしの好きな穂村君はねえ、きっと古閑さんと一緒にいる時の穂村君」

「……」

「なんとなく、わかるでしょ」

 夕季の顔を見て楽しそうに笑った。

 偽りのないみずきの心情に触れ、夕季が表情を正す。それから気の毒そうなまなざしでみずきを見つめた。

「わかるけど、……理解できない」

「やっぱり!」

 すっきり晴れやかな顔を向け、みずきが、にははは、と笑った。

「でも古閑さんだと、負けちゃっても仕方ないかな、やっぱり」

「そんなことないよ……。あたしは篠原さんがうらやましい」

「あたしが? なんで?」

「……。うん……」

「?……」

 夕季が口ごもる。これ以上自分を晒せば、自己嫌悪で潰れそうだった。

「穂村君ね。中学の時、自転車のチェーンがはずれて困ってるあたしを助けてくれたの」

 みずきが話し始め、夕季が顔を向ける。

「祥子や羽柴君がらみでちょっと知ってただけで、ほとんど話したことだってなかったのに、わざわざ止まってくれて、どうしたの、って。時間ぎりぎりだったのに。結局間に合わなくて、二人とも遅刻しちゃったんだけどね。でも嬉しかった」

 前を見つめるみずきの表情は、遠い昔を懐かしむようでもあった。

 ふいに視線をおとし、少しだけ淋しそうな顔で、夕季が思っていたことをみずきが口にした。

「きっと穂村君は、あたしじゃなくて全然知らない人が困っててもそうしたんだと思う……」

 言葉もなく、先のみずきと同じく夕季が前を見据える。

「ねえ、古閑さんて……」

「ゆうきでいい」

「?」

 きょとんと見つめるみずきから顔をそむけ、夕季が照れながら口にした。

「ゆうきでいいよ」

 するとみずきが嬉しそうに笑った。

「う~ん、なんとなく呼びにくいな、ゆうきさんって」

「呼び捨てでいい。みんなそう呼んでるから。……呼びにくかったらいいけど」

「呼び捨てかあ。ちょっと抵抗あるな。やっぱり古閑さんって感じかな。だって私達なんかよりずっとレベルが上の人だと思ってたから」その時、夕季が淋しそうな顔をしたのにみずきが気づいた。「……じゃあ、ゆうちゃんて呼んでいい?」

「!」カアッと燃え上がる夕季の夕焼け顔。「そっちの方が恥ずかしい」

「そうかな。あたしは呼びやすいと思うけど」

「……そんな風に呼ばれたことないから」子供の頃、ある特定の人物から以外に。

「変わってるね。さんづけか呼び捨てだけなんて」

「篠原さん」

「あたしも、みずきでいいよ。呼びにくかったらいいけど」

「あ、……う」

 二人で、くすっと笑い合う。

 みずきのそれに比べて夕季の笑顔はかなりぎこちないものだったが、充分誠意は伝わってきた。

 暮れゆく空を見上げ、ふと夕季が淋しそうなまなざしを泳がせた。

「あたし、そんなふうに見えてたんだ。みんなを上から見てるみたいに……」

「違う、違う」慌ててみずきが否定する。「そんなことないよ、あたしが勝手にコンプレックス持ってただけだよ。古閑さん、何でもできちゃうから。一人でも。あたしは一人じゃ何もできない。古閑さん見てるとほんと、情けなくなってきちゃう」

 懸命に両手のひらを突き出して否定するみずきを眺め、夕季は自分が姉の忍へ勝手にコンプレックスを抱いていた頃のことを思い出していた。

「一人で……」また空を見上げる。赤く染まる大きな雲が緩やかに流れていくところだった。「みんながあたしのことを避けているのはわかってる。自分の方に問題があるから仕方ないけど」

「そんなんじゃないと思うよ。たぶん古閑さんと話したいなって思ってる人もたくさんいるはずだよ。あたしもそうなんだけどね。でも、とっかかりとか、なんだかいつも怒ってるみたいで怖そうだったから」

「怒ってないけど……」

「知ってるけど! ……嫌なの? みんなと話すの」

「……。そういうわけでも……」

「じゃ、話しかけてもいいんだ」

「別に……」

「怒らない?」

「うん」

「無視しない?」

「うん」

「絶対に? あたし結構ウザいかもしれない」

「……うん」複雑そうに眉を寄せた。「せっかく話しかけてくれてもうまく話とか合わせられないし、気を遣わせているみたいで、かえってそっちの方が……。だったら……」

「そういうこと言わない!」

「……。……は?」

「……とか言っちゃってさあ」取り繕うように愛想笑いをする。「考えすぎだよ。そんなのぜんぜんだから。あたしだって知らない人の前だとはずしまくりなんだから。でもぜんぜん平気」

「……う、ん」

「ほんと、大丈夫。……そう言えば、傘、出てきた?」

 夕季が首を振った。

「また買うからいい。結構お気に入りだったけど」

「明日、雨かもしれないって」

「……。とりあえずうちにあるので……」

「ねえ、見にいこっか。駅ビルの雑貨屋さん、まだやってるから。別に買わなくてもいいけど」

「……」

 戸惑いに硬直する夕季を置き去りにし、ふんふんと鼻息を荒げながら、その手を引いてみずきが歩き出す。

「行こうよ。あそこ、かわいいのあるよ。ストラップとかも」

「う、うん……」

「あたしもこのストラップ、そこで買ったんだ。かわいいでしょ」

 実にイッちゃった感じのサイケデリックな熊のストラップを、生真面目な夕季に見せつけた。

「……う、うん」

「古閑さん、どんなの付けてるの?」

 夕季が慌てて携帯電話を差し出す。

「何もつけてないよ」ストラップの部分をしっかり握りしめていた。

「ふ~ん」

 バイブ設定にしていた夕季の携帯電話がブルブルと震えるのに気づき、みずきが目をやった。

「電話だよ。取らなくていいの?」

「あ、いい」ちらと液晶を確認し、捨て置く。桔平からだった。「たいしたことないから」

「メール?」

「……たぶん」

「じゃ、行く?」

「……うん」少しだけ嬉しそうに夕季が笑った。

 いつの間にか、空に暗雲が垂れ込め始めていたことにも気づかずに。





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