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第二十一話 『二人の記憶(かけら)』 7. 気まずい二人

 


 とある放課後、夕季らは校長室で担任達も交えての話し合いに呼び出されていた。

 重要事項の確認も含め、細かな取り決めを徹底させる。

 礼也は呼び出しに応じず、終了後光輔はクラブ活動に合流したため、夕季一人が帰路につく。ふと弁当箱を忘れたことを思い出し、教室へ向かった。

 そこで誰もいない教室内で、こまごまと動き続けるみずきの姿を確認した。

 どうやらいくつかの机を使って、配布用のプリントを仕分けしているようだった。

「何やってるの」

 何気なく夕季が声をかける。

 するとみずきは笑いながらそれに受け答えた。

「プリント分けとけって。先生が」

「……。どうして篠原さんがやってるの」

「さあ。なんだか頼みやすいみたい、あたしって」

 そう言って、みずきが黙々と作業を続ける。

 夕季が壁時計を見上げると四時を過ぎていた。山積みの束を見るに、まだまだ終わりそうにない。

「これとこれ、閉じればいいんだね」

 みずきが顔を向けると、正面に夕季が立ち、プリントの束に手を伸ばすところだった。

「いいよ、あたしやるから」焦ったように手のひらを押し出すみずき。「古閑さん、帰って。ありがと」

 それでも夕季はやめようとしなかった。

「篠原さんだけがやるのはおかしい」顔も向けず夕季がぶすりと突き刺す。「自分達のことだから、みんなでやればいいよ」

 静かな迫力に圧され、みずきが困ったような顔で両手を引き戻した。

「あ、うん……。ありがと……」

 それから二人は、時おり確認するために言葉を交わす他は会話もなく、黙々と作業をこなしていった。

 それはみずきにとっては耐えがたい時間でもあった。

 やがて作業が終わり、みずきが大きく伸びをする。

「あ~、やっと、終わった」様々なことがらから開放され、晴れやかな笑顔を夕季に向ける。「早くすんでよかった」

 その顔をまじまじと見つめながら、夕季が立ち上がった。

「じゃあ」

「あ、ありがとう」

「……うん」

 夕季が昇降口へと向かう。

 しばらくして、背後から小さな足音が追いかけてきた。

 みずきだった。

「待ってえ、古閑さん」

「?」

「駅まで一緒に帰ろ」

「……」


 駅までの並木道を夕季とみずきは並んで歩いていた。

 ちらちらとみずきが夕季の様子をうかがう。

 会話はなかったが、夕季がさほどかまえた表情でないことを確認し、みずきはほっとした。

 むしろ夕季の方が気まずさを持て余しているようだった。

「ポニーテール、やめちゃったの? 似合ってたのに」

「ん……」ふいにみずきに話しかけられ、夕季の反応が遅れる。「……うん」

「どうして」

「……変なこと言う人がいるから」

「変なこと?」

「うん……」顔をそむけて、口をへの字に結ぶ。「ネコ娘とか……」

「……。そっか……」

「……」

「曽我君?」

「……違う」

「だってね、曽我君、萌え萌えだって言ってたよ」

「もえもえ?」

「うん。すぐ変なこと言うんだよ」ツーテールの根元を指でつまんで揺らす。「あたしじゃ、ツインテールがかわいそうだって。ふざけるな、っていう感じだよね。あんニャローのくせに」

「ふ、ん……」

「……。古閑さん、身長どれくらいあるの?」

「……百六十一か二」

「そんなもんなの? 五ぐらいあると思ってた。姿勢がいいから大きく見えるんだよね」

「……。篠原さんは?」

「あたしは五十三……」

「へえ……」

「……てん五ぐらい。調子がいい時はたまに四になる」

「……」

 おざなりの会話が途切れる。

 みずきのレスポンスが悪いのは、夕季の受け答えのせいではなかった。夕季の一言一言が思いのほか新鮮だったからである。

 決して愛想が悪いわけではなく、一つ一つを丁寧に返すその様子に、夕季が真面目すぎるからだということを、みずきは改めて知った。

 同時にそれがみなに誤解される原因であることも。

「古閑さんって、『夕季』っていうんだよね」

「うん」

「あたしも同じ『き』がつくけど、中身は全然違うよね」

 ふいに夕季の顔に淋しそうな影がちらつき始める。みずきの言葉の端々に、どことなく疎外感のようなものを感じていたからだった。

 しかし並んで歩く二人にはたいして共通の話題もなく、弾むことのない会話はすぐに途切れてしまっていた。

 今さらになってみずきは夕季を誘ったことを後悔していた。

 それは夕季も同じだった。

 やはり居場所の違う人間同士は、距離を置いてつき合うのが好ましいことを痛感させられる。

 長い長い帰り道の、いたたまれない時間。

 救いの手を差し伸べたのは、意外でも何でもなく、当然と言うべきか光輔の話題だった。

「古閑さんって、穂村君とつき合ってるの?」

 夕季が驚きに背筋をピンと伸ばす。

 みずきに見せた、初めての素の反応だった。

「なんでっ! ……そうなるの」

「……。なんでそーなるのっ? ……きんちゃん?」

「……え」

「あ、なんでもない。……だって、なんだか仲良さそうだし」

 取り繕うように笑って顔をそむけたみずきの表情は、どこか淋しげに映った。

「……。そんなの絶対ない。昔から知ってるだけ」

「……でも前にチュウしようとしてたよね」

「いつ!」

 食いつきどころか、目を剥いてぐいぐいと迫ってくる夕季の有様に、みずきが先とはまるで違う類の戸惑いをみせ始める。

 夕季の顔をちらと見て、おそるおそる、そしてぼそぼそとそれを吐露した。

「去年の夏くらい。あたしが顔を見せたら、古閑さん慌てて行っちゃったから……」

 眉間に皺を寄せ、懸命に去年の夏頃を思い起こす夕季。何とか思い当たる節にたどり着き、はっとなった。

「違う! 全然!」

「……」

 心持ちいじけた様子で、みずきが顔を向ける。

 そのまなざしは夕季の否定をまるで信じておらず、淋しそうな様子がひしひしと伝わってきた。

 困ったように眉を寄せる夕季。それから仕方ないと言わんばかりにそれを口にした。

「信じないと思うけれど……。あの時あたし、光輔に殴られようとしてたの」

「……」みずきの目が点になる。「どうして?」

「誤解して光輔のことを一方的に殴っちゃったから。三発くらい。だからけじめのつもりで」

「……。ふうん……」一旦納得したように頷き、すぐにはっとなった。「はああっ!」

「……」夕季が口を結ぶ。「やっぱり信じてない。だから言いたくなかったのに……」

「だって……。ケジメって……。ううん……」今度はみずきが困った顔をする番だった。「スケ番? 古閑さんって」

「違う!」

 訴えるように否定する夕季に、みずきが表情もなく注目する。

「なら、どうして穂村君のこといじめちゃったの?」

「いじめてない!」

 真顔の夕季と向かい合い、みずきの心が後退した。

「……おねがい、睨まないで。怖いから」

「……睨んでないよ」恥ずかしそうに、そして悲しそうに目線をずらした。「こういう顔なの……」

「……。そういう顔なら、仕方ないよね……」一瞬の沈黙の後、みずきがぷっと吹き出す。「あっははは!」

 おかしくてたまらないといったふうだった。

 その無神経な反応に夕季がムッとしかける。だが不思議とそれ以上の感情は込み上げてはこず、ごく自然にふっと笑うことができた。

「あ~、古閑さん、笑った」みずきが夕季を指さして騒ぎ立てる。「あたし古閑さんが笑うとこ初めて見た。レア~」

「……」今度は思わずムッとなり、慌てて表情を引き戻す夕季。

「ごめん、気を悪くしないでね」

 明らかに気を悪くしたであろう夕季に、みずきが取り繕う。

 その様子に不快そうな反応もせずに、夕季はもう一度小さく笑ってみせた。

 それを見て、みずきも嬉しそうに笑った。

「じゃあ、穂村君とはキスしてないんだね」

 すっかり打ち解けた様子で、みずきが夕季の心の中を覗こうとする。

 が、それに対しての夕季のリアクションは実に微妙なものだった。

 何かを思い返すように夕季が考え込む。

「……」

「!」みずきの顔から血の気がすう~っと引いていった。「ええっ!」

 再び警戒心をちらつかせ、みずきが牽制の一手を仕掛けた。

「初キッスってどんな味なんだろ」ちら。

「……」

「……。古閑さんはどんな味だと思う?」ちらちら。

 依然として光輔と夕季の仲を疑っている様子だった。

 そんなかけ引きも露知らず、考えにふける生真面目な夕季。

「……さあ」

「たとえば、こうかなって感じでもいいから、言ってみて」引き出しにない知恵を無理やり絞り出そうとした。「あたしはね、ミント味かな」

「……」首を傾げ、夕季が深く考える。そしてようやく経験値を導き出した。「……血の味」

「へえっ?」

 風が吹き抜け、薄桃色の花びらが舞う。

 二人が顔を上げると、道の際に桜の木が見えた。

「あ~、きれい」みずきが顔をほころばせる。「お花見したいね~。今度みんなでしよっか。曽我君達も古閑さんとまた一緒に何かしたいって言ってたし」

「……ん」

「あ、人がたくさんいるとこ、嫌いだっけ?」

「……嫌いじゃないけど苦手」

「だよね。みんなよく喋るし、聞いてるだけだと退屈かもね。みんないい人達なんだけど」屈託なく笑う。「曽我君とかにも、穂村君みたいにガンガン言ってあげると喜ぶかも」

「……無理」

「……ムリだよね」

 舞い落ちた桜の花びらが、優しげに夕季の肩を叩いた。






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