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第二十一話 『二人の記憶(かけら)』 OP

 


 広大な部屋の入り口で、彼は直立の姿勢で微動だにしなかった。

 大窓から射し込む光の加減によって、重厚な黒檀の机を隔てて椅子に座る男の表情がよく見えない。

 ちらと目線だけをくれ、それから男が表情の読み取れない笑みを向けた。

「そうか」

 かたわらに秘書と屈強なSPを数名従え、かつてはその部屋の持ち主であった年配の人物が緊張の面持ちを崩さずに即答した。

「今後、いかように……」

「わかった」

 彼の言葉を遮るように男が一瞥する。

 ごくりと音を立てて生唾を飲み込んだ彼から目線をはずし、その男、火刈聖宜は抑揚のない口調でそれを告げた。

「もう下がっていい」

「は……」

 わき目も振らず彼が退室していく。

 入れ替わりに一人の人物が入室して来た。

 そこに最初から火刈しかいなかったかのように。

「資料を持って参りました」

「そこへ置いてくれ」

 淡々とことを告げ事務的に用をすませるその人物を眺め、火刈がタバコを取り出し口にする。

 その時、彼女が動きを止めた。

 気配だけで、火刈が微笑んだことに気づいたからだった。

「何か」

「君の興味が私にあったとは、と、今さらながらに思っただけだ」

 躊躇なくそう答えた火刈に対し、平然と職務を遂行しながら、彼女もごく自然と次の言葉をリリースしていた。

「不服でしょうか」

「いや、感謝している。おかげで工程をいくつか早めることができた」入り口へ目線を配り、ぼそりと続ける。「彼にはかわいそうなことをしたがな」

 そこに感情の類は存在しない。

 彼女もしかりだった。

「仕方がありません。誰しもが収まるにふさわしい場所があります。あの方のような無能な輩には、今のポジションですら相応とは言いかねますが。それにメガルを追われたあなたを受け入れるポストが必要でしたので、むしろ絶好の機会であったとも」

「とりあえず、現時点で私はそうであると認めてもらえたということか」

「はい」

「進藤や柊も」

「現時点では」

 淡々と発する彼女の背中に不敵に笑いかけながら、火刈は背後から差し込む陽射しをさえぎろうと手をかざした。

「何もかわらない。表立ったことは今までどおり、すべて彼らが執り行ってくれる。変わったのは立場だけだ」

「……。体制は」

「あと二年ほど続けさせる。それまでには答えが出るはずだ」

 深く煙を吐き出し、半分以上も残ったタバコの先を灰皿へ押しつける。

「ようやく肩を並べることができた。ようやく……」

 椅子ごと振り返り、火刈はその陽射しの眩しさに目を細めた。

 彼女は無駄もなく動かし続けていた手を休め、火刈の横顔に注目し始めていた。

 何も感じておらず、或いは何かを奪い取ろうと隙をうかがうようなまなざしで。

「これで誰にも気兼ねせずに堂々とトップ会談ができる。世界を二つに割るこの場所で」

 火刈が顔を向け、初めて二人の視線が合致した。

「白々しいとでも言いたそうだな」

「お互い様です」

「信じてはもらえないだろうが、私は彼のことが大好きなのだ」

「凪野博士のことですか」

「彼と私は驚くほど同じ思想を共有している」

 頷こうともせず、ただ焦点の読めぬ視線を火刈が投げかける。

「すべての人間を救おうなどとおごった考えは私達には存在しない。人が人である以上、それは不可能なことだからだ。むしろその想いが強いがために思想だけが一人歩きし、それゆえに人々が殺し合ってきたことも数々の歴史が証明している。だが私も彼も、互いの想いを宗教に結びつけるつもりなど毛頭ない。多くの人間達の命を犠牲にし、それ以上の命が救えればいいと考えているだけだ。おそらくは私よりも、彼の方がより強く。迷いもなく、おそれもなく、真偽を使い分け、淡々と平然とそれを繰り返す。惜しむべく特別なものなど一切ないがごとくに。私利私欲を超越し、ただこの世の愁いを浄化するためだけに彼という人間は存在している。その崇高なまばゆさに触れれば、私の心はときめきを隠すことすら忘れてしまう。まるでおもちゃを与えられた子供のような心地だ」

 火刈がにやりと笑った。

「彼ほど信頼のおける人間はいない。信頼しているからこそ互いに刃を向け合い」こけた頬で瞬きもせずに窓の外へと手を伸ばした。「存分に殺しあうことができる」

 まるで光をつかもうとせんばかりに。





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