第二十話 『絶望のトリガ』 12. 樹神雅
カウンター反応の消滅を確認し、静まり返った司令室の中、桔平が背もたれに身をゆだねる。
誰もが疲れきっていた。
「ったくよ……」早々に悪態をつく。「こんなこと繰り返しゃ、人類なんて簡単に死滅するぞ……」
ヘッドフォンを置き、薄笑みを浮かべながら忍がゆっくりと振り返った。
「大変な騒ぎですよ」
「ん?」
「インフォメーションセンターには、あの娘は誰だって問い合わせがひっきりなしだそうです」
「……みっちゃんのことか?」
「はい」
「仕方ねえよな。あの笑顔だもんな……。ついにメガルからアイドルの誕生か」力なく笑い、すぐさま真顔になる。「……デビュー曲は『雅のイージー・ワールド』で決まりだな」
「……」
「……。おまえ今、もし自分がやってたらなあ、って思ったろ」
「……そんなこと思ってねえっスよ。これっぽっちも……」
「嘘こけ。そういう顔してんぞ」
「どういう顔ですか。私はただ、もし自分だったらこうやってたかも、って思ってただけですよ」
「思ってんじゃねえか……」
ふと思い出したように桔平が立ち上がる。
それから不思議そうに目で追う忍を置き去りにしたまま、何も告げずにダッシュで室内から出て行った。
直通エレベーターに乗り込み、存在しないはずの地下五十階まで桔平が一気に駆け下りる。
そのまなざしに不安を刻みつけ、扉が開くのももどかしく飛び出していった。
石像状態のガーディアンの足もとへ辿り着いた時、見慣れた人影を確認し、慌てて駆け寄っていく。
「おい、大丈夫か!」背中を丸めてうずくまる雅を、心配そうに覗き込んだ。「みっちゃん、どうした!」
するとゆるやかに雅が顔を向けた。
青白く生気のない表情に無理やり笑みを浮かべながら。
「……大丈夫。急に産気づいちゃっただけ……」
「バカ言ってんじゃねえ!」笑う余裕もなく、すぐさま雅を抱き起こす。「ほら、つかまれ」
「うん……」
よろめき崩れ落ちるその細い身体を、桔平が片手で受け止めた。
「バカ野郎、こんなんなるまで無理しやがって」
「大丈夫だよ、ほんとに。ほら、元気ハツラツ」
「どこが元気ハツラツだ、幽霊みたいな顔しやがって。ちっとも笑顔になってねえぞ。今にもゲロ吐きそうじゃねえか」
「……せめて美しく死にそうって言ってよ」
「アホ! 勝手に美しく死なれてたまるか! 吐くモン吐いてすっきりしちまえ! ほれ、背中さすってやるから吐け!」
「セクハラだよ」
「やかましい。そういうこた、セクハラされるような魅力的な女になってから言え」
「そういう言い方って、デリカシーなさすぎ。だからモテないんだよ」
「……どっちがだって」
「史上最低かも」
「それ、はやってんのか?……」
いくらかの時間を要し、何とか雅が呼吸のリズムを整える。
それを見届け、桔平が腰を落として背負おうとした。
「ったくよ。ただでさえ負担がでけえってのに、無理はするなってあれほど言っといただろうが」
「うん、わかってたんだけどね……。夕季、ほんとにハンパないよ。ついていくのがやっとこで、ずっとまいっちんぐ状態だった」
「あいつは特別だ。あんなもんに合わせてたら、普通の人間はパンクしちまうよ。光輔や礼也の百倍は頭動かしてやがるからな」
「それ以上かもしれない……。でも、光ちゃんも礼也君も頑張ってついていってた。ひーひー言ってたけど。だったら、あたしもちょっとくらいは無理しなくちゃ。みんなが一生懸命頑張ってるのに、一人だけ楽できないよ……」
「……。だったら、もちっとペース配分とか考えろよ。体力ねえんだから」
「まあねえ。最近走ったりとかし出したんだけどね。でもね、やっぱりね……」
「てめえだけの体じゃねえんだぞ」
「だよね。こんな役立たずなのに、今いなくなるとみんなに迷惑かかっちゃうし」
「バカやろ。心配させんなって言ってんだ」
「……うん」疲労困憊で目を開けることもできず、雅がうわ言のようにか細い声を絞り出した。「海より深く反省……」
「……」ようやく桔平が、続けていた厳しい表情をわずかにゆるめる。「今度こんな無茶しやがったら、真ん中分けできるまでハリセンで思い切りぶっ叩くからな。覚えとけ」
「……。夕季、怒ってたよ。あんなに強く叩かなくてもいいのに、って」
「いや、あれは……」
「あの人は大層大人気ない、って」
「大層……。あの野郎、まだ根に持ってやがったのか。あれからさんざんおごってやったってのに」
「いつかぶっ殺すって言ってた」
「マジか!」
「心の中で」
「……。ここでそんなこと言われてもシャレになってねえんだけどな」
「大丈夫、そこまではわからないから」
「……」
「いろいろなことが一度に入ってくるから、それをさばくのに精一杯で。……きっとみんなの中で、あたしだけが何もわかってないんじゃないかな」
桔平にしがみついたまま、にへへへ、と雅が笑った。
「……。悪かった」
何気ない桔平の呟きに、眠そうな雅がゆるりと反応する。
「何が?」
「正直、ここまでえげつないとは思わなかった。甘く見てた」
「謝られるようなことなんてされてないよ」
「いや、違う。薄々ヤバいってことわかってたのに、止められなかった。わかってたのにな……」
「止めなかったんでしょ?」
「!」
「今ここでやらなくちゃ、絶望を止められなくなるから。それが約束だから……」
「……」
「桔平さん、ありがとう。約束守ってくれて」
「……」桔平が遠い目をする。「こんな時でもこんなに明るく、か……」
「……」
「おまえさんがいなけりゃガーディアンが動かないってことを他の奴らが知ったら、どう思うだろうな」
「あたしなんていなくてもガーディアンは動くよ。今はまだやりかたがわからないだけ」
「同じことだ」
「……。光ちゃん達には言っちゃ駄目だよ、絶対」
「約束だからな」むん、と口を結ぶ。「ぶっ倒れるまではな」
「そんなの聞いてないよ」
「今決めたんだ」
「駄目だよ。後付け設定はズルい」
「だったら、ぶっ倒れねえように気をつけるんだな。よく肝に銘じとけ」
「……は~い」目を閉じたまま楽しげに笑い、桔平の背中に、ぼすっと顔を押しつけた。「わっかりました……」
「よし。今日は素直だな」
「ん……」
「……」
「……。……おえっ」
「……」
「……」
「……。……おえっ?」
「……」
「……」
「……」
「……今なんか出さなかったか?」
「出ました」
「……出たのかよ」
「ちょっとだけだよ」
「いや、言ってくんねえと……」
「言ったよ、今」
「あのな……。……ま、ゲロ吐くまでよく頑張ったってとこだな」
「そんなもの出てません」
「……じゃ、何が出たんだ?」
「お宝」
「お宝?」
「しぃちゃんとは違うの」満足そうに笑う。「国民的アイドルですから……」
「……そういやさっき、しの坊もそんな顔してやがったな」桔平が、ふっと表情を和らげた。「とにかく、よく頑張ったな。ご褒美に何か買ってやるよ」
「ほんと?」
「ああ。何が欲しい?」
「んん~……」
うっすら目を開け、嬉しそうに雅が考えをめぐらせる。
その答えを桔平もまた、嬉しそうに待ちかまえていた。
「……」
「……」
「……車」
「……。……クルマ?」
「クルマ」
「……」
「……」
「……おもちゃのやつ?」
「四人乗れるやつがいいです」
「……」
「ナビも」
「……」
「あと、アルミホイルがついてたらカッコいいかも」
「アルミホイールな……」
「……それでもいいです」
「……」
「……。……おええっ」
「……今、肩んとこで口拭ったろ」
「はい」
「……」