第二十話 『絶望のトリガ』 10. 西へ
竜王に乗り込んだ光輔達へ、ディスプレイ越しに桔平がハッパをかける。
『発動予定時刻まであと三十分だ。手順は先回と同じ。出現場所が特定でき次第、そのエリアへさっきのCMを集中的に流すからな。夜中だろうが明け方だろうが関係ねえ。いいか。今メガルには莫大な損害請求と苦情が数え切れないほど殺到している。だが、恐怖の感情よりは、怒りの感情の方が全然マシだ。とりあえず、それを帳消しにできるのはおまえ達だけだということを覚えておけ』
「知るかって」バナナを頬張りながら礼也が悪態をつく。「みんなのための緊急放送なんだろ。だったらオールオッケーでいいじゃねえか」
『そうはいかねえのが世の中のややこしいとこだ。恐怖映画観て後ろ振り返ったらそのバケモノが出てきたなんて、誰が信じる。事実だったとしても、公言するわけにもいかねえだろが。それじゃ余計に不安をあおるだけだ。俺達はうたい文句どおりに、みなさんの安全を守りました、誉めてください、としか言いようがねえんだ』
「やってらんねえな」
『同感だ。自衛隊の各方面隊と全国の警察関連には、すでに総出で待機命令がかけてある。日本中どこで発動しても、一分以内に何かしらが対応できるシステムを整えた。離れ島だけは対応しきれねえから、適当なこと言って順ぐりに本島へ避難させているがな』
「国民全部避難させりゃいいじゃねえか」
『一億ウン千万が一斉に避難すりゃ、暴動と変わんねえぞ。それにな、今回の場合、人がまとまればまとまるほど、敵の規模が増大する。避難所で不安の種が蒔かれれば、一瞬のうちに閉鎖空間が地獄に変わるぞ』
「絶望しなきゃいいんだろうが。コンサート会場とかにタダだからって一万人集めて、カリスマ・ロッカーに勇気が出る歌とか歌わすとかよ」
『そのカリスマ・ロッカーがまっ青になって、いの一番に逃げ出してみろ。バジリスクの招待客で、あっという間に会場の観客は倍増だぞ』
「んなの、最悪じゃねえか。絶対すんなよ」
『だから、しねえって言ってんだろうが。一番理想的なのは、一人一人が誰の目にも触れない場所でポツーンとおとなしくしてることだ。悲鳴すら他人に届かない場所でな』
「それこそ不可能じゃねえか……」
『不可能なことだらけだ。そんだけ追いつめられてんだよ、俺達は。恥ずかしいことに、毎回毎回おまえらだけが頼りだ。おまえらの働きいかんで、メガルが破産するかもしれねえって思っとけよ』
「……。んじゃよ、今度こそちゃんとしたボーナスを……」
『それは考えている』
「マジか!」途端に礼也の表情がきらめきを増す。「図書カード五千円分じゃねえんだな?」
『ああ』えへん、と桔平が胸を張った。『なんと図書カード、一万円分だ』
「……だろうとは思ったけどよ」
『何! 不服か!』
「いや、もういいって」海よりも深いため息をつく。「あんたに期待した俺がバカだった。もうなんも望まねえ。絶望のスイッチがガッツリ入っちまった」
『待て! 待て!』慌てて両手を突き出す柊副司令。『絶望は駄目だ。非常によろしくない。もっと希望に満ちあふれた感じでいっとけ』
「ってもよお、そんなんじゃちっともやる気出ねえし」
『わかった、わかったから、他に何か考えておいてやるから、もっと朗らかにだな……』
「いい加減にしたら」
「ああ!」
ぶすりと突き刺す夕季に、礼也が不機嫌そうな顔を向けた。
「今はそういうの、冗談にならないってわかってるでしょ。いい加減にして」
「てめ、いい子ぶりやがって!」
「やめろよ、二人とも」うろたえた様子で光輔が間に入ってきた。「こんな時に内輪もめなんてしてないで、一緒に希望の掛け橋を渡ろうぜ……」
「ウゼえこと言ってんじゃねえ!」
「そんなすどいこと……」
「うるせえ、てめえはバナナでも食ってろ!」
「……いや、そんなん言われても……」
「今はバジリスクを撃退するのが先決でしょ。もっと真剣になったら」
「ああ!」礼也が空竜王のコクピット内を覗き込む。「そんなチョコやらアメちゃんやら大量に持ち込んで、何が真剣だ。てめえこそ遠足気分じゃねえだろうな」
「これは……」夕季がバツが悪そうに顎を引いた。
すかさず桔平の助け舟が乱入してくる。
『バカ野郎! 頭使うと甘いモンが食いたくなるもんだ。てめえらみてえな、脳みそまいっちんぐの奴らには、一生わからねえだろうがな。なあ、夕季』媚びるように笑いかけた。『夕季、期待してるぞ。こいつらは頼りになんねえ。おまえだけが頼りだ。あとでご褒美やるからな。おまえだけ図書カード二万円にしてやる。あと、ケーキも買ってやる。大好きな苺のいっぱいのったやつだ』
「……」
「おい、俺らは?」
『知るか! 腐ったバナナでも食ってろ!』
「はああ!」
「……そんなん言われても……」
『悔しかったら、てめえらもちっとはまいっちんぐの脳みそ使って役に立ってみせろ! なあ、夕季』
「最低だな……」
「最低だね……」
「史上最低……」
『おまえまで……。史上?……』
うぐっと飲み込み、桔平が気持ちを切り替える。
『とにかくだ。平和の鐘を打ち鳴らせるのはおまえらだけだと言うことを、よく肝に銘じておけ。頼んだぞ!』
「おーよ!」
「了解!」
「よし、ともに鳴らそうぜ! 平和の……」
「ウゼえぞ!」
人類の命運を担う三つの希望が今立ち上がった。
エア・スーペリアを集束し、夕季らがダンディライアンを展開させる。
先とはうって変わって真剣な表情で、光輔や礼也も夕季のサポートに努めた。
夜の闇の中、月明かりを背に受けて、三人は気味の悪いほど静かな下界を見下ろしていた。
「!」ふいに夕季が目を見開く。「そんな……」
「どうした、夕季」
そのただならぬ様相に、礼也が私情を交えない真摯な表情で振り返った。
「わかったのか」
「……大阪」
「何!」
その報告を司令室特設スペースで受け取り、桔平は顔を引きつらせた。
「ったく、最終決戦って言やあ、大都市か。芸がねえな、プログラムってやつも」
「くだらないことを言っている場合じゃないでしょ」まなざしに力を込め、あさみが忍へ指令を下す。「至急、関西方面隊へ連絡を」
「はい」
「くれぐれも、私達からの指示があるまでは動かないでと伝えてね。軽率な行動は、余計な不安をあおるだけだから。それから関西方面に集中的に例の広報ビデオを、途切れることなく繰り返すように流して」
「はい、わかりました」
「水代島ではガーディアンが駆けつけるまでのたった六分間に、二十人以上が殺された。あと一分到着が遅れたら、その倍死んでたかもしれねえ」桔平が生唾を飲み込む。「今度は周辺地域も含めて百万単位が密集する大都会だ。その一分で何人犠牲になるか……」
「ガーディアンは?」
「もう向かってる。だが距離がありすぎる。五分やそこらで行ける場所じゃねえ」顎の下の汗を拭った。「スピードだけなら空竜王単体の方が勝る。そっちにかけるか……」
「……。空竜王一機で関西全域に散らばった一千万以上もの敵を捌けると思うの?」
「……無理だ」
「なら、地続きの本島をどこかで完全に分断して、緊急エリアだけを隔離するという、本部の案を採用してみる? もうすでに準備は完了しているみたいよ」
「その外側の人間がそれを知り、不安に感じたら、また新たな絶望の連鎖の始まりだ。この国に、誰の目にも触れずにそんなことができるポイントがどれだけある」
「……。いいの?」
「何がだ」
「決断が遅れれば遅れるだけ、より事態の収拾はつかなくなる。いずれどこかで責任を負わされるのならば、被害を最小限に押さえ込む方法を選択することも、私達に課せられた使命じゃないかしら」
「その英断をもって、俺達は英雄になる。世界を救うために、数千万の命を切り捨てた英雄にな」
「……」
息をのみ、忍が二人のやりとりに注目していた。
「……とりあえず、西日本を切り捨てるという案は保留にします」
「ボツだ、んなの!」
ガーディアンから送信される映像をギリリと睨みつける。
流れる雲の合間、眼下の夜景が星空のように瞬いていた。
「あとは可能性を信じるしかない。あいつらの……」
最初の反応が確認されてから、間もなく一分が経とうとしていた。
そしてその反応は、恐るべき速さで侵蝕し続けていた。
全速力で黒い空を切り裂いていたガーディアンが、ふいに飛行を停止する。
「!」礼也が夕季へ振り返った。「何やってやがる、てめえ!」
「……間に合わない」夕季のこめかみを汗が伝う。「バジリスクの卵がもの凄い勢いで増殖し始めている。このままだとあたし達が着く前に、大阪の街は人口と同じだけのモンスターで埋めつくされる。それをきっかけに絶望はあっという間に日本中へ広がっていく。そうなったら、もう手がつけられない……」
「んだと! 諦めたってのか! ふざけんな!」
「ここでやってみる」
「!」
モニターに桔平の顔を呼び出した。
「桔平さん」
『わかった。許可する。くれぐれも慎重にな』
「わかってる」
『長期戦の可能性もある。ペース配分には気をつけろ』
「了解。礼也、光輔、協力して」
切羽詰まった夕季のまなざしを受け、光輔と礼也が重々しく頷く。
その覚悟をくみ取り、夕季もしっかりと頷いてみせた。
「ダンディライアン」
関西方面へ向け、更なるサーチを展開する夕季。それは夜の繁華街を地獄絵図に塗り替えた数千もの絶望のモンスターと、今もなおひっきりなしに産み落とされるバジリスクの卵をすべてとらえていた。
夕季が眉間に力を込める。
千、万、十万……。
激痛に耐えかね、光輔が頭を抱えた。
「うわああっ!」
「光輔、もう少しだけ頑張って」
「……く」
「ホールド」
張り巡らされた目に見えない糸が、次々とバジリスクのモンスターにからみついていく。
同時にガーディアンの翼が、億を超えるその羽根の一つ一つが、まるで意志を持つようにうごめき始めていた。
「ボールサム・クラッカー!」
その掛け声を契機に羽根の先から光が迸り、それぞれが狙いを定めた矢となって標的へと飛び立っていった。
「届くのか?」
「届く」眉間に力を込め、夕季がぐっと前を見据えた。「ぎりぎり」
「ぎりぎりかよ……」
無数の黒い影に追われ、悲鳴をあげながら夜の大都会を人々が逃げ惑う。
どよめきが暗き川を波立たせ、煌々と光り輝き幾重にも交差するネオンライトに照らされながら、死に物狂いで人が人を押しのける。
我れ先と大量の人間が走り続けるさまは、異様な光景でもあった。
小さなシュプレヒコールに感化された見物人達が次々と参入し続け、街全体を抱き込むような思わぬ大暴動へと発展する。そんな様子にも酷似していた。
人が人を押し倒し、車で撥ね、我が身を庇うがためのみに弱者を蹴落とし、命からがら遁走する。
阿鼻叫喚の地獄以外に形容する言葉が見つからないその現状を、誰が咎められると言うのか。
何故なら、一人一人が生き延びることで必死なのだから。
駆けつけた警官隊や自衛隊の眼前でも、影は際限なく膨張し続けていた。
広がる負の感情。
そして絶望。
大切な何一つ守る手立てがなく、すべてを投げ捨てた母親が泣き叫ぶおさなごを抱きしめ、飛びかかる二体の魔物の前へその身を差し出した。
しかし、誰もがなす術なしと己の不幸を嘆き始めた頃合いで、それらは突如として瞬時に蒸発していったのである。
闇夜に溶けるように、まるでそこに何もなかったかのように。
ガーディアンが放った遠距離攻撃が、そこにいるすべてのモンスターを撃破したのだ。
広域に的を分散させたため、一つ一つの威力は弱い。だが黒い影を消滅させるには必要充分な攻撃力だった。
何が起こったのかも理解できずに、訪れた静粛の中、人々はただ呆然と立ちつくすのみだった。
かたくなに目を閉じていた先の親子が、おそるおそる顔を上げる。
そこに被せるように、大型ビジョン一杯の雅の笑顔が街を見渡していた。
『みなさんの味方、メガルです……』
見上げれば空を覆うほど巨大な雲が、大阪の街に黒く立ち込めていた。