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第二十話 『絶望のトリガ』 9. オフィシャルな集団

 


 それから一時間と経たず、ありとあらゆるメディアへ向けて、メガルの活動報告を記録したトレーラー・フィルムのようなものが配信された。

 まず巨大な母体の中での単なる一部門として、『迎撃要塞メガル』がピックアップされた。

 ありきたりなメガルの日常。

 事務仕事、コントロール・センターの煩雑な様子。

 世界に展開する関連企業。

 国との密接なつながりを印象づけるやり取り、会議、要人との握手に抱擁。

 百を超える国々への技術提携と資金援助、救済、平和活動。

 その後、人類存亡を脅かす天変地異や、突然変異のモンスター群が紹介され、メック・トルーパーの訓練風景へと移行していった。そしてインプをなぎ倒す竜王の映像を経て、ついには巨大なアスモデウスを駆逐する禁断の巨大ロボットの様子にまで、モザイクもまじえずに触れていく。

 最後にスクリーン一杯の雅のバストショットへ切りかわった。

 背中までのストレートな黒髪に飾り気のない白いワンピースを身にまとい、目の前の人間へ訴えかけるように、真っ直ぐ見つめる雅の表情。

 それは普段の雅からは連想し難い、神妙で穏やかで、また優しげな問いかけでもあった。

『今、私達の地球が危機に晒されています。一人一人の見ない振りが、私達すべての大切な未来を蝕んでいきます。あなたの大切な人を、その未来を私達は守りたい。希望の架け橋を一緒に渡りましょう。平和の鐘を鳴らすのは、あなた自身です』

 そう語り、雅は目の前に現れた地球を抱きしめ、にっこりと笑いかけた。

 日本語に重ねて英語、ポルトガル語、中国語も同時に音声出力。地域によっては、フランス語、ロシア語、ドイツ語などのバージョンも放映され、その他多くの言語もテロップでカバーされた。民放各社は当然として、CS、衛星放送、加えて国営放送を中断しての連続放映、インターネットへの強制的な割り込み、全プロバイダを通じてのメール攻勢、街頭のビジョン占拠、街宣車でのダイレクトな広報と、日本中どこにいてもメガルの名を聞かない場所はないとさえ言えた。

 当然苦情が殺到したが、それでもメガルのメディア占拠は一向にとどまる気配すらない。

 まさに怒涛のメディア・ジャックとも呼べる展開だった。


「すげえな……」満天の星空のごとく光り輝く、雅の笑顔を大画面のスクリーンで眺めながら、なかば放心したように礼也が呟く。「イジワルさを笑顔で完全にカバーしやがった。これじゃ、かけらもねえ……」

「すごいでしょ」雅が嬉しそうにそれに答える。「もっと誉めてちょんまげ」

「まあよ……」後頭部をぽりぽりかきながら。「もともとイジワルを笑顔でコーティングしてたような女だからな。うってつけっちゃ、うってつけだよな」

「だしょ?」

 すると光輔と木場が何とも言えない顔を見合わせた。

「イジワルは必要ないスよね……」

「そうだな……」

 それに雅がムッとなった。

「わかってないなあ、光ちゃんは」両手を腰に当て、ぞんざいに仁王立ちする。「それって無駄なものが一つもないってことなんだよ」

「いや、イジワルは無駄だよね……」

「……無駄かもしれないな」

「木場さんまで! すどい!」

「仕方ねえだろ」やれやれと言わんばかりに、礼也がフォローを入れてきた。「こいつからイジワル取ったら、笑顔しか残らねえじゃねえか」

「残らないものね」

 またもや同じ表情で光輔と木場が二人を眺めた。

「それじゃ駄目なのかな……」

「いや、駄目じゃ……」

「駄目だよ、それじゃ!」

 意外なところから駄目出しが飛び込んできた。

 丸メガネのリトル・メタボリック、朴チーフ・メカニックだった。

「もったいないでしょ! ゴリちゃん」

「何言ってるんだ、あんたは……」

 得意満面の雅に、複雑そうな表情の夕季が近づいて行く。

「すごい、みやちゃん」

「あ、夕季」天使の微笑み。「ほんとは夕季バージョンを録ってから公開しようって、桔平さん達と打ち合わせしてたんだけどね。進藤さんに怒られそうだったから仕方なく我慢したの。シブる朴さんを鳳さんと桔平さんが慰めてた。やらせたいのはみんな同じだって」

「あいつら……」

「案外、夕季の方がばっちりだったりしてね」

「……どうして」

「どんなことがあっても動じない感じだし」

「……」

「……むしろさっきの狼狽振りをビデオに録っときたかったとこだな」

「いや、なかったことにしてあげようよ……」

 恨めしげに礼也と光輔を見上げる夕季を、雅が不思議そうに眺めた。

「でもね、あたしなんて慣れないことしてずっと緊張してたから、思わずつわっちゃいそうになっちゃった。結構ヤバかったんだよ。ほんと、カメラの前でしぃちゃんみたいにげーげーしちゃったらどうしようって、ずっと不安だったし」

「お宝だね、それは」

「やだあ、朴さんたら、もう」

「忍ちゃんの時は正直もうどうしようかと思ったけど、雅ちゃんならバッチ来いだよ」

「も~う、パックンたら、ド変態」

「きくね!」

「だしょ?」

「さすがに忍ちゃんの時は、みんなドン引きだったけどね」

「ねえ、ドン引きだよねえ」

「あっははは!」

「うふふふ!」

 木場と忍が情けない顔を見合わせた。

「問答無用だな……」

「……記憶がねえんスが」

「……。俺のズボンにぶちまけたこともか」

「ええっ!」

「ビールを」

「……」


「これで名実ともに日本一の笑顔だな」司令室別室で桔平がにやりと笑う。「でもって、何も起こらなければ、俺達は国民的ピエロだがな」

「国民的?」桔平を横目で見ながら、あさみが意味ありげに微笑んだ。「世界的の間違いでしょ」

「……違いない」恨めしそうにあさみを見やる。「これだけ派手にやらかしたんだ、海外のメディアだって黙ってないだろうな。メガルの利権に食い込もうとしていた輩が一斉に食いついてきやがるだろう。バッシングなんてかわいいモンかもな」

「正義の味方宣言、ってところかしらね?」

「これを境にメガルは触れてはならないパンドラの箱から、オフィシャルな存在へと変わった。憧れの職場であると同時に、世界中でもっとも敬遠される職場ともなったわけだ。バッシング、強請り、脅し、たかり。本当に後へは退けなくなったな」桔平が真剣なまなざしで、リピートされ続ける映像を見つめた。「今後メガルは政府の全面的な協力態勢のもと、国の公認機関として多くの足かせをはめられることになる。それは間違いない」

「表面上はね。力関係は今までどおり何も変わらない」

「だが俺達は公に国防省へと組み込まれるきっかけを作っちまった。こっちに好き勝手に介入できる口実もな。それとも、それも狙いどおりだったのか?」

「……」

「周到すぎる。まるでこの機会を待ち構えていたようだ。ビデオだってあらかじめ作ってあったんじゃないのか? ま、遅かれ早かれこうなってただろうがな。どのみち俺達もそれに便乗するしかなかった。お互いの利害が一致したってところか」

「そうね」あさみの表情は微塵も動かない。「願ったりかなったりってところかしら」

 その横顔をまじまじと眺め、再び桔平はディスプレイへと注目した。

「不用意なもの言いだな、おまえにしちゃ」

「あなたの発言もどうせ公にはできないでしょ」

「違いない……」桔平が大きく伸びをした。「ま、そうでもしなきゃ、奴が納得するはずもないだろうがな」

「……」ふいにあさみが表情を正す。「悪ふざけがすぎるんじゃないの」

「ん、さっきのことか?」

 先の夕季達とのやり取りを思い返し、桔平が苦々しげに笑った。

「一日も経たないほんのちょっと前に、三百人もの命が奪われたのよ」

「確かにな。不謹慎だったかもしれない。だが本音を言えば、そんなことでもしてなけりゃやってられんってところだ。たまたま小さな島の見知らぬ人達が襲われた。それを軽く考えるわけじゃないが、もしそれが俺達の住むところだったら、と思ったらな。目の前にいきなり見たこともない化け物が現れる。自分が逃げるだけでも精一杯なのに、身近な人間達まで守る余裕なんてあるのかって」

「……」

「戦争で頭のネジがぶっとんじまう奴らの気持ちも、何となくわかる気がする。あいつらに限ってそんなことはないだろうが、もし何らかの拍子にマイナスのトリガーを引いちまって、それこそ竜王の中に卵を産みつけられでもしたら、もうどうすることもできないだろう」

「らしくないことを言うのね」

「……。前に大きな地震が起きて、たくさん人が死んだよな。でも俺はそれをリアルに感じ取れなかった。車で一日走れば辿り着ける距離なのに。同じ国で、いつ自分達がそうなったっておかしくない状態だったのにだ。それでも自分が実際そんな目に遭遇しなけりゃ、結局は人ごとでしかない」

「三百人の命を救えなかったことを、あなたは自分の責任だと感じていたのではなかったのかしら」

「きっと、そう思い込もうとしていただけだ。心のどこかで冷めた目で見ている自分に気がついちまった。かわいそうだとは思う。だが自分がそうでなかったことの、安心の方がでかい。よその国の紛争や、飢餓や疫病で苦しむ人達を画面越しに観ていた時と同じだ。苦しむ人達を心のどこかで憂慮しながら、俺達は平気でバカなことを言い合い、笑いながら酒を飲む。自分だけはそうなりたくないと、嫌なことは頭の隅っこに追いやりながらな。だから、いざ自分達がそうなった時、何もできない。己の無力さを呪って、無様に慌てふためくことしかできない。昔、誰かが笑いながら、助けて欲しいのはこっちの方だ、って言ってたのを思い出した」

「……」あさみが目線を流し、ふう、とため息をついた。物憂げにショート・カットを揺らす。「毎日、世界中で多くの人命が意味もなく失われていく。彼らが死ななければいけなかった理由は、その国に生まれてしまったということだけ。それを見て、かわいそうだと思っても、実際に手を差しのべる人間はごくわずかでしょうね。たまたまテレビや雑誌で目のあたりにして心を動かされたとしても、それを閉じた瞬間に別の話題で笑い合うことができる。まるで、映画の中の架空の登場人物が死んだ時と同じ感情ね」

「……。正直、不安になる。この先もっとシビアな展開になった時、自分が自分でいられるのかって。最後まで自分が信じたことを貫きとおすことができるのか、守らなければならないものを守りきれるのかってな」

「確かにね。こと今回に限っては、重苦しい気持ちこそが弊害になる。楽観的であることの方が望ましいでしょうね。でもさっきのあれは、悲壮感が怒りの感情に置き換わっただけで、マイナスのままだけれどもね」

「そう言いなさんなって……」ふん、と憤りを押し出す。「確かにメリハリは必要だ。だが笑顔を忘れた人間はささいなことで簡単につまづき、そのくせ立ち上がるのにも多くの時間がかかる。誰もがおまえみたいに信念だけで生きられるわけじゃない。神妙な顔して何もせずに悲しんでるだけでいいってんならそうするぜ。そっちのが楽だからな」

「……」

「ま、んなこた、悪ふざけの言い訳にもならねえけどな」

「ならないわね」

「それはそれだ。奪われたものは必ず取り返す。それが戻らないものなら、きっちりカタをつけるだけだ」

「……。大変ね。偽善者は」

「お互い様だろ」まなざしの奥に決して揺るがない光を宿した。「偽善も貫けば正義になる」

「どこまで騙しとおせるかしらね」

「そりゃ、誰に言ってやがんだ?」

「……」ディスプレイの雅を見つめ、あさみがかすかに目を細めた。「根っからポジティブな人なのね。どんな時でもあんなに明るく笑っていられるなんて。本当、彼女が羨ましいわ」

「昔の自分、見てるみたいでか?」

「……。笑えないわね」

「別に笑ってほしいわけじゃない。無理やり笑ったところで、何の意味もねえからな」桔平が胸ポケットからタバコを取り出し、口にくわえた。「人間なんてその気になりゃ、どんな時だって笑うことができる。家族の葬式の時だってな」

「……」

「どんな時でも明るく、か……」

「ここは禁煙よ」

「おっと」桔平が立ち上がる。「外で吸ってくる。カウンターに反応があったら教えてくれ」

「ええ……」

 桔平が部屋を出る。

 その時、絶望へのアラームが鳴り渡った。

「おでましか……」タバコをくわえたまま、桔平が半分だけ顔を出す。「一服する余裕も与えてくれねえとはな。おまえそっくりだ」

「禁煙するいいチャンスだと考えたら」

「……実にポジティブな発想だ」






 お読みいただきましてどうもありがとうございます。

 あいかわらず読みづらくて、もうしわけありません……

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