表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/133

第二十話 『絶望のトリガ』 8. 茶番劇

 


 不安げに見守る夕季を視界の隅へと追いやり、正座状態の桔平が携帯電話の着信に応じる。

「俺だ。……。あ、そうか。終わったか。んじゃすぐに……。お? もう編集しちまったのか。早いな。よし!」ポン、と膝を叩いた。「……。わかった、それでいい。……。おお、みっちゃんにも伝えといてくれ。ごくろーさん、ってよ……」

 通話を終え、桔平が朴へ顔を向けた。

「終わったってよ、撮影」

「うまくいったの?」朴も楽しそうに笑った。「さすが、雅ちゃん」

「……」ぽかんと注目する一団の中、忍がおそるおそる手をあげる。「あの、何の話ですか?」

 すると桔平がにこにこと笑いながら、嬉しそうな顔を向けてきた。

「今、撮影が終わったってよ」

「撮影?」

「おお、『メガル・クリーンナップ・キャンペーン!』用PRビデオだ。みっちゃんがドハマリだったってよ。さすがってとこだ」

「みっちゃん?……」

「おお、俺自らチョイスした。さすが、俺の見る目は確かだ」

「……。あの、すみません。もう一度最初から確認したいんですけれど。あの、さっきの話ですよね、メガルのイメージアップの」

「おお」

「あなたの未来を守りたい?」

「イエスッ!」

「……ついさっきまで夕季にやらせようって言ってた」

「イエスマイラブッ!」

「ラブ……。それをみやちゃんがやっちゃったんですか?」

「おお、だから、そうだって言ってんだろが。おまえも案外血の巡りの悪い奴だな。だから予約録画よく失敗すんだ」

「……。夕季にやらせるんじゃなかったんですか?」

「ああ!」正座のまま、ジロリと睨めつける。「考えてもみろ。そんな大事な役、こんな無愛想な奴にやらせられるかって。その点、みっちゃんならドンピシャだろ。あの世界一の笑顔こそが私達の希望です! ってな感じでだ」

「……」忍が真顔で桔平を凝視する。「さっきのは何だったんですか」

「からかってただけだ。おもしろそうだったから」

「……」

 茫然自失の夕季を桔平が見上げた。

「悪かったな、夕季。まあ、そういうことだから」へらへらと笑いながら気安く頭を下げる。「このとおり、謝る。な?」

「……」

 礼也と光輔が無表情な顔を差し向けた。

「やっすい土下座だな……」

「激安だね……」

 ようやく自分自身の現況を把握し、口をへの字に曲げる夕季。炎のように燃え上がる瞳と凄まじい目力で桔平を睨みつけた。

「……そんなマジに怒らなくても」

「真剣だったのに」

「……」

「やらなくちゃいけないって。嫌だけど、そう思って覚悟してたのに。本気だと思って。あんな顔で頼むから……」

「……いや、だからあれは……」泣きそうな顔で朴へ振り返った。「朴さんがやろうって言うからよ。おもしろそうだからってよ」

「違うね。言いがかりはやめて」両手を前へ突き出し、朴が懸命に否定する。「それ言ったの鳳さん。僕は賛成しただけ。おもしろそうだからって」

「意外な名前が……」

「……出てきやがったな」

 光輔と礼也がバナナをくわえながらぼそりと呟いた。

「バカ野郎、朴! 何を!」夕季をちらちらと見やりながら鳳が声を張り上げ、朴と桔平を睨みつけた。「夕季がやるかどうか賭けようっつったのは、柊、おまえだろ。そいつはおもしろそうだとかヌカしやがって」

「ふざけんな! あんたが、夕季がそんなことやるわけねえ、っつったから、俺は意地になってだなあ。不本意ながら」

「そうは言ってねえだろ。俺は夕季がそんなことOKしたら大雪が降るって言っただけだ。不本意だが」

「おんなじだろ!」

「ちっともおんなじじゃねえだろ!」

「僕は夕季ちゃんなら絶対にやってくれると思ってたよ。いい子だからね」

「てめえ、パックン、一人だけいい子になろうってハラか!」

「裏切る気か、朴!」

「裏切るとか、不本意だよ」

「ぬかせ、……んあ?」

 木場と大沼に両側から押さえつけられ、桔平が不安そうに二人を見上げた。

「おい、木場、沼やん、何しやがんだ」

「とりあえず、いっておけ」

「そうだな、夕季。柊さんは俺達が押さえておく」

「あれ、何を……」

「どっちに賭けたの?」

 木場から手渡された副司令専用ハリセンを両手で握りしめ、真顔でたずねる夕季。

「……」んんんん! と、ノドの調子を整え、すまし顔で桔平がしれっと答える。「おまえなら地球の平和のためにやってくれると思ってた」

「……」

「嘘だよ」朴が悪意のまなざしを差し向け、横やりを入れた。「桔平さん、あいつは単純だからすぐ騙されるって、笑って言ってた。げはははは! って」

「パックン……。……ちょっ!」

 声もなく、夕季がハリセンを頭上高く掲げ、垂直に振り下ろす。

 うなりをあげながら炸裂した一撃は、信じ難いほどの爆発音を辺りに響かせ、桔平のもっさりヘアーと新品のハリセンを縦に引き裂いた。

「あああああー! ものすごくイテえ! 信じられねえ!」涙目で夕季を睨みつけた。「てめえ、ふざけんな! 殺す気マンマンじゃねえか!」

「ふん」

「ふん、じゃねえ!」

「自業自得」

「てめえ!……」そっぽを向いた夕季からハリセンを奪い取った忍を見て、桔平の表情が恐怖にゆがむ。「何やってやがんだ、しの坊……」

「ついでに、一発、いかしてもらってもいいスか……」

 その迫力に、木場と大沼がごくりと生唾を飲み込んだ。

「……よし、いけ」

「殺すなよ……」

「沼やん……。いや、なんで……」青ざめた顔で忍へ振り返る。「おい、ちょっと待て、しの坊」

「自分で予約録画できないからって、すぐ人に頼んできてからに」

「いや、それは……」

「どうしてそんな簡単なことができないんですか!」

「……おまえだって充分できてねえだろ」

「また、そうやって、すぐ人のせいにする!」

「……。そりゃごもっともだけどな、信用してるからこそおまえにだな……」

「私だって録りたい番組あるんですよ!」

「……おまえのはアレじゃねえか、おバカのやつとか、フレンドリーなパークのやつとか、からくりなやつとか、どっちかってえとちょっとアレな感じの……」

「おもしろいじゃねえですか!」

「確かにおもしろいけどな……、あっ、そういや、ドラやんが誉めてたぞ。おまえはスジがいいって」

「そうですか!」

「……。日本人にしとくのはもったいないから、ロシア人にならないかって。いい殺し屋になるぞって。何言ってやがんだろうな、あのオッサンは……」

「考えておきます!」

「いや、もっと自分を大切にだな……」

「問答無用。お覚悟を!」

「ちょっ!」

 夕季の倍はあろうかという打撃音が室内に鳴り渡った。


 ブリーフィング・ルームへ雅とともにあさみが入室する。

 室内のその異様な光景に、パーフェクト・コールドの気持ちがわずかに後退した。

 鳳、桔平、朴の三人が正座をしながら愛想笑いを振りまく。その前には背中を向ける夕季がおり、遠巻きに冷たい視線を差し向ける木場らの姿が見受けられた。

「ふざけすぎだよ。今がどういう時だかわかってるの!」

「悪かった、夕季。機嫌を直せ」

「いや、もう、ほんと、二度としねえから」

「ゴメンね、夕季ちゃん。反省してるから」

「だからって、やっていいことと悪いことがある。人が何百人も死んでるんだよ!」

「鳳、一生の不覚だ」

「あんたは飲みにいくたんびに同じこと言ってるけどな……」

「酔っぱらうと必ず泣きながらそれ言ってるね」

「本当に悪いと思ってるの!」

「おお、まあ……」

「ああ、ああああ……」

「いたたまれなくなってくるね」

「もう何を信じたらいいのかわからない! 最低だよ!」

「確かにおまえの言うとおりだな。何やら非常に申し訳ない気持ちになってきたな……」

「最低とか言われると、なんか、すげえせつねえ気持ちになるな……」

「当たってるだけに、いたたまれない気持ちになってくるね……」

「何をしているの?」

 あさみが忍へ問いかける。

 忍は表情もなくあさみを見つめ返し、淡々とそれを口にした。

「口にするのも腹立たしい限りですが、とにかくあの人達が信用を失ったことは確かです」

「?」

 あさみと目が合い、桔平がバツが悪そうに顔をそむけた。

「どうしたの? 顔が真っ赤よ」

「どうしたもこうしたもこいつがヘタクソだから」忍を恨めしそうに見上げる。「剣道三段のくせに、いきなり顔面はねえだろ。このノーコンが。破壊力だけホームラン級のくせしやがって」

「まだそんなこと言ってるんですか!」

「ひいいいっ!」

「また揃って悪ふざけ?」

「バカヤロウ! そんなんじゃねえ!」桔平が言いがかりを否定し、夕季をちらりと見た。「いや、途中でやめてやろうかと思ったんだがよ、こいつがうろたえてるの見たらおもしろくなって、ついやめられなくなって」

「俺は違うぞ!」ビッグ・メタボリック、鳳順一郎が正義感あふれる顔を向けた。「こんな茶番、いい加減やめるべきだと止めに入ろうかと思ったんだが、こいつのこんなとこ見るの初めてだったから、ついつい、おもしろくなってきてな」

「ひどいね、二人とも」朴が胸を張って言い放つ。「僕は最初からかわいそうだと思って見てたんだけど、つい根がドSだからおもしろくなってきて」

「何それ! 本当に反省しているの!」

「いや、してるしてる! しまくりだ!」

「そりゃ、おまえ、もうよ!」

「ほんと、いたたまれない気持ちで身震いしてくるね……」

「最低だな、こいつら」

 ぼそりと呟いた礼也を表情もなく光輔が眺めた。

「おまえもなんだけどね……」

「最低だ! 貴様ら!」突然、仁王立ちの木場がドカンドカンと噴火し始める。「今がどんな時だかわかっているのか! 少しはわきまえたらどうだ!」

「……こいつに最低とか言われるとなんかハラ立つな」

「……おお、夕季に言われてもなんともないのにな」

「……顔の違いだね」

「貴様ら、本当に反省しているのか!」

「そんな怒るなって」

「そうだ、木場。場をなごますための冗談じゃねえか。ま、たしかに誉められた限りじゃないがな」

「そうだよ、ゴリちゃん」

「誰がゴリちゃんだ!」

「やべ、マジで怒ってやがる……」

 一連の流れを冷めたまなざしで受け止め、あさみがあきれたように桔平を見下ろした。

「いい加減にしたら? 話が進められないんだけれど」

「お、おお!」ようやく解放されたとばかりに、よろめきながら桔平が立ち上がる。夕季に睨みつけられ、泣きそうな顔をあさみへ向けた。「で、どうだった? 首尾は」

「そうね」満面の笑顔を向ける雅をちらと見やった。「素晴らしい出来だったと言っておこうかしら。このまま専属のイメージ・ガールに推薦したいくらい」

「ぶいぶい!」

 雅が桔平にVサインを送る。

「さすがだな、みっちゃん。それに比べて……」夕季の氷のまなざしの前に、痺れた足を引きずりながら、卑屈な笑みで逃げ出す桔平。「……夕季はとてもりりしいな。立派だと思うぞ、心から」

「嘘臭い」

「何! てめえ俺のことを信用できねえのか!」

「……」

「……。できない、かな……」

「ねえ、できないよねえ~」

「……みっちゃんたら、もう」

「うふふふっ!」

「とにかく、これからすぐにでもこのビデオを各媒体へ流すことにします」

 あさみの一言を受け、桔平の目が据わる。

「本当にいいんだな」

 静かにそう告げた桔平に、あさみが意味ありげな笑みを返してみせた。

「今さら何。それとも今になって怖気づいたのかしら?」

「ざけんな。もう後戻りできねえぞ、ってことだ」

「もとより承知の上でしょ」

 その顔を見据え、桔平もにやりと笑った。

「んじゃ、いくか」雅へ振り返る。「名づけて、『世界一の笑顔大作戦』だ!」

「おー!」雅が拳を突き上げた。

「クリーンナップ・キャンペーンはどこいったんだ……」

 礼也の呟きを光輔が受ける。

「おー、だって……」

「夕季」

 忍に肩を叩かれ、いまだ仏頂面の夕季が振り返った。

 淋しそうな様子で忍が見つめていた。

「元気出しなよ。またチャンスあるよ」

「……」

「残念なのはあたしも一緒だから……」






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ