第二十話 『絶望のトリガ』 7. クリーンナップ・キャンペーン
「……といった感じだ」
一通り説明を終えた後で桔平が全員を見渡す。
光輔らは何も言えず、ただその自信満々の顔を眺めるだけだった。
「……それ、大丈夫なんすか?」
「大丈夫も何も、もうプログラムも俺達がしていることも周知の事実だ。今さらもったいぶる必要なんてねえだろ」
「でもそれって……」
「引っ込みはつかなくなる」木場が重々しく頷いた。「もう後へも引けない。俺達は本当に逃げ場所を失う」
「そんなモン、はなからねえだろ」
迷いもなく言い切る礼也に全員が注目した。
「竜王みてえな得体の知れねえモン好き勝手イジくって、ガーディアンまで呼び出してバケモンと戦って、街ぶっ壊して、他の奴らにはできねえことのオンパレードだ。感謝されてんのかバッシングなのかも区別がつかねえ。一般人から見たら、俺らもプログラムも同じくらいの厄介モンだって」
「一理あるな」鳳が受ける。「何ごともなく平穏に暮らすことを望む人間にとっては、争うこと自体が悪だ。いいも悪いも関係ない。立ち向かうから争いが生まれる。抗うから争いがなくならない。助けてくれてありがとうなんて感情はない。むしろそうなる前に手を打たなかった俺達が悪い。そんなイメージだろうな」
「だからと言って、メガルのコマーシャルを大々的に打ち立てるというのはいきすぎな感じが……」
「いいかもしれない」
静かに告げる夕季に木場が顔を向けた。
「鳳さんや礼也が言うように私達のイメージはおせじにもいいとは言えない。得体の知れない組織が、自分達で呼び込んだ怪物と勝手に戦って、何も知らない人達を巻き込む。そう思われているような気がしてならない。情報が少ないから、疑心暗鬼になっている部分も大きいと思う。隠しているから余計に怪しい匂いがするのも否定できない。理解を求めるわけじゃないけど、今後の活動に影響のないレベルの情報開示を行って、私達の存在に不安を抱く人達を安心させてあげるのもいいかもしれない」
「いいこと言うじゃねえか、夕季。おまえはさすがだな!」
手放しで桔平に誉められ、夕季が照れ臭そうに顎を引いた。
「ただ一つだけ問題がある」
「なんすか?」
「さっきは大丈夫だっつったが、今よりも確実に足かせがキツくなるってことだ。特に学生組のおまえらはな。日常生活に支障が出るものと覚悟しておいた方がいい。だから、おまえらにも了承を求めた」
わずかに身がまえる夕季と光輔。
「いいんじゃねえか」鼻に親指をねじり込みながら、礼也が大あくびをぶちかました。「俺は今までどおり好き勝手やらしてもらうけどな」
「だから、それができなくなるっつってんじゃねえか!」
「おおっ!」思わずビクッ。「刺さったって!」
「オビィであることはまだ隠しとくにしろ、おまえらが何らかで関係者だってのは、そこいら中にバレちまってるからな。その全部に口止めってのは無理だろう。今までどおり、メックのファーム・メンバーでとおすしかねえな」
「……あの」
バナナをくわえたまま、光輔がおそるおそる手を上げる。
「なんだ、光輔」
「もし俺らがオビィだってことがバレたら、どうなっちゃうんすか?」
「そりゃおまえ、そこいら中のオモシロくねえって奴らからマトにされんだろうな。メガルを良く思ってない奴らなんて、ワンサカいやがるからな。最悪、命の保証はねえ」
「……スーツ着て学校行っていいすか」
「んあ?」
「オモシレえ」ぶるぶると力をみなぎらせ、礼也が不敵に笑う。「全部返り討ちに……」
「てめーは黙ってろ!」
「んだあ!」
すっかり沈黙してしまった光輔を、桔平がじろりと見やった。
「まさかおまえ、ツレとかにベラベラ喋ってねえだろうな」
「……。そんな、ベラベラだなんて……」
「ん?」
「ははは……」
「ふん」続けて、真顔でかまえる夕季へ目をやる。「おまえ~、は大丈夫、だよな」
「……」
「友達いねえから……」
「黙れ、この嫌われ者!」
「おおっ! きくっ!」
桔平が口もとを引きしめ、改めて礼也ら三人を見渡した。
「で、どうする?」
「ああん? どうするも何も、他に方法がねえんだろ?」
「まあな」
「だったら聞くなって」
「まあ、そうだけどな……」
向かい合う礼也と桔平の眼前で、夕季が静かに手を上げた。
それをちらと見て、桔平がおもしろそうに笑う。
「てことで、夕季、礼也、鳳さんと朴さんはこの案に賛成だな」
大沼が音もなく手をあげる。
それを横目で見て、忍もならった。
「沼やんとしの坊も賛成か。光輔、おまえは?」
「俺も賛成でいいす」
「あとは木場か」
「……」
「あの……」おずおずと忍が申し出る。「こんな大事なことを、本当に私達だけで決めてしまっていいんでしょうか」
「責任逃れしか考えてないアンポン達が何百人集まったって、クソの役にも立たねえよ」ざっと全員を見渡した。「少なくともここにいる連中は、自分達にとって何が一番大切なのかわかってるはずだ。てめえの発言の尻拭いを他人に押しつけるような、くだらない輩じゃねえ」
「そうかも知れんな」木場が頷いた。「わかった。賛成する」
「よし! 全員賛成。文句なしだな」桔平がにやりと笑い立ち上がった。「早速プロモーションビデオの撮影に移ろう」
「今からか」
「当たり前だ」じろりと木場を睨めつける。「次の発動までに、日本中にメガルのクリーンなイメージをアピールしとかなきゃならねえ。今はまだ反応がねえが、バジリスクは突然やってくるかもしれないしな。その前になんとしてでもコマーシャルを流す。テレビ、ラジオ、インターネット、携帯会社に連絡してメールも送らせる。街宣車も用意させる。バジリスクの反応が確認された地域には、徹底的に集中放送し続けてやる。名づけて、『メガル・クリーンナップ・キャンペーン!』だ」
「クリーンナップて……」光輔がバナナを口へ押し込んだ。「ふんがふん……」
「ちなみに台本もすでに完成ずみだ」丸めた小冊子を高く掲げる。きらめくライトに照らされ、キラキラと光り輝いた。「ドアップで画面を見つめながら、『あなたの未来を守りたい。正義の味方メガルです』でにっこり笑ってバッチグー!」
「……誰がやるんですか」
「ああん!」桔平がしようがない奴だと言わんばかりに、光輔を睨みつけた。「んなの、夕季に決まってんだろが」
一瞬の沈黙。
その後全員が夕季へと振り返った。
「……」状況を把握し、夕季の表情がみるみるゆがむ。「やだ!」
「やだじゃねえ、やるんだ。このプロモーションビデオで実際にプロモートされるのは、主に竜王やガーディアンに乗るおまえらだ。今後の活動にもかなりの制限が出るだろう。だから、おまえらには断る権利があると言ったが、たった今満場一致で……」
「反対!」
「……一瞬で手のひら返しやがったな。いやいや、ちょっと待て、もう一度考え直せ。もうおまえには断る権利がない……」
「やだ。絶対やだ」泣きそうな顔で身をよじる。「やだ、やりたくないもの!」
「いや、絶対やれ」
「絶対やだ!」
「聞き分けのないことを言うな」毒々しく真っ赤に塗られたハリセンを頭上へ掲げた。「この三倍強い新副司令専用ハリセンで思い切りぶっ叩くぞ」
「いい。それでいい。やりたくない。ぶっ叩けば!」
「わがまま言うな。空竜王から降ろすぞ」
「いい。もう降りる。やりたくないってば! もう!」
「案外脆いな、おまえ……」
光輔と礼也が顔を見合わせた。
「本気で嫌がってるね」
「もう、だってよ。なんかおもしれえな」
「俺はかわいそうな気がしてきたけど……」
「いや、それはねえ」礼也が悪魔の笑みを浮かべる。「てめ、地球の未来がしこたまかかってるってのに、正義の味方として、わがまま言ってんじゃねえ。ハラくくって存分に恥かいてこいって」
「嫌だ! 嫌だってば!」半べそ状態で礼也を睨みつけた。「も~う!」
「も~う?……」
やれやれとばかりに、桔平が腰に手をあてた。
「んじゃ仕方ねえ。しの坊やれ」
「ええ! どうして私が!」桔平に投げやりに告げられ、忍が少しだけ戸惑いをみせる。まんざらでもなさそうな表情だった。「……まあ、やれと言われればやりますけどね。どうしてもと言われれば。仕事ですし」
「お姉ちゃん!」
夕季に助けを求められ、忍が咳払いをしながら前へ出た。
「おほん! んんんんっ! 仕方がありませんね。妹がこんなに嫌がっているのなら、私が……」
そのよこしまな心を、桔平の淀んだまなざしが叩き落した。
「バカ! 冗談に決まってんだろ! おまえみたいな酔っ払いのすっとこどっこいにやらせるわけねえだろ!」
「な!」忍の瞳が潤み始める。「……すどい」
「ふざけんな! イメージアップっつってんのに、日本中の人達がドアップで見ている前で、またゲロゲロやられてみろ。そりゃもう取り返しつかねえぞ。わかってんのか。放送コードどころの話じゃねえ。事故だ事故。メシ食ってる最中に観てる奴がいたらどうすんだってことだ。苦情の雨あられだ。ついでにすっころんでパンツでも見せようってハラか。マヌケなおタカラ振りまいて、ネットアイドルにでもなりてえのか? お茶の間のお父さん達は大喜びかも知れねえが、そりゃおまえ、いただけねえぞ。ああ!」
「……もういいっす」
「お姉ちゃんをいじめるな!」
「いやいや、いじめてねえけどな……」
忍を撃ち落とし、桔平が再び夕季へ詰め寄る。
夕季が身をのけぞらせながら最後の抵抗を試みた。
「どうしてあたしがやらなきゃいけないの!」
「オビディエンサーが訴えかけた方が説得力あるだろ」
「オビィかどうか、そんなの見ている人にはわからないじゃないの!」
「気持ちの問題だ」
「じゃあ光輔か礼也でいいじゃない!」
「こういうのは可憐な美少女って相場が決まってんだ」そろりと目線をそらす。「おまえが可憐な美少女に見えるかどうかははなはだ疑問ではあるがな」
「知らない! やりたくないってば!」
「おい、夕季」ふいに桔平が真顔になる。「冗談抜きだ。嫌なのはわかってる。だが誰かがやらなければならないんだ。こうしている間にもカウントダウンは確実に進んでいる。人類滅亡への秒読みがな。綺麗ごとを言うつもりはない。世界中の人間を救おうなんて、所詮そんなの不可能だ。でもな、ここにいるおまえや、おまえの目の前にいる人間だけは守りたい。それが俺の本音だ。おまえにこんなことを無理に押しつけるのは俺も心が痛い。それでもやらなければならないんだ。憎みたければ俺を憎め。嫌われたって仕方がない。それを承知で頭を下げる」てらいもなく、夕季の前で土下座をしてみせた。「頼む、夕季」
「……」夕季が真剣なまなざしで桔平を見つめる。泣きそうな表情のまま、口もとを真っ直ぐ結んだ。「……。マーシャと一緒なら……」
その時、桔平の携帯電話の呼び出し音が鳴った。