第二十話 『絶望のトリガ』 5. 後手の対応
エア・スーペリアが遠く四百キロメートルを隔てた水代島へ急行する。
マッハの領域をはるかに超えた機体は海面を真っ二つに割り、水柱のカーテンを噴き上げた。
「夕季、もっと高く飛べ。それじゃ海上に影響が出る」
『大丈夫』無線を通じて夕季からの落ち着き払った声が返る。『ちゃんと計算してる。ギリギリだけど』
「計算してるって、おまえ……」
桔平の後ろであさみが妖しげに微笑んだ。
「すごいわね、彼女」
「当然です」桔平の横で忍が嬉しそうに胸を張った。「私の妹ですから」
「よけいなこと言うと邪魔なんじゃないかしら」
「あのな……」
「大丈夫です」忍がディスプレイを見つめながらにやりと笑う。「信用されているらしいですから、あの子」
得意げな様子の忍へ、桔平が恨めしそうな顔を向けた。
「……おまえは酒の席でどんどん信用をなくしてるんだがな」
「……あい……」
発動から約五分後、ガーディアンが到着した時、島民百六十人足らずの水代島は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
無数の黒い影に追われ、人々が逃げ惑う。
家屋は崩壊し、火に焼かれ、引き裂かれた車両が炎上していた。
「ち、遅かったか」礼也が歯がみする。「ありゃ何だ、インプか」
「ちょっと違う」夕季が礼也へ顔を向けた。「でもあのサイズなら、分散して戦った方がいいかもしれない」
光輔が頷いた。
「そうしよう。別々にやった方が早い」
ガーディアンが三つの光に分離する。
三体の竜王は黒い影を追って島中を駆け抜け、数分の後、すべてを殲滅させた。
そこでバジリスクの反応は途切れた。
地上に降り立ち、光輔と礼也が一息つく。
「何人、助けられたんだろうな」
恐怖と安堵に泣き叫ぶ生き残りの島民達を眺めながら、やるせなさそうに光輔が呟いた。
「一人も助けられないよりゃマシだって」
「そりゃそうだけど……」夕季がまだ空竜王から出てこないことに気がつく。「夕季は?」
「ああ?」礼也も空竜王へ目をやった。「感傷にひたってやがんのか。ガラにもなくよ」
「……」
光輔が無線で呼び出しをかけるが、返事はなかった。
心配になって二人が外側からハッチを開ける。
そこで見たのは、疲れ果て、パネルにつっ伏して寝入る夕季の姿だった。
「……肝据わってやがんのか、こいつは」
「……」
その後、鳳や木場らががん首を揃え待ち構えるブリーフィング・ルーム内で、一心不乱にケーキやフルーツを食べ続ける夕季の姿があった。
その食べっぷりに礼也が顔をそむける。
「よく食えんな、そんな甘いモンばっか。見てて気色悪くなってくるって。オエエ~だ」
夕季がちらと礼也を見やる。
「自分だって毎日同じ物ばかり食べてるくせに」
「ありゃ別格だろうが!」礼也が目を剥いて食いつく。「さっきだっててめえが甘いモンが食いたいっつったから、仕方なしに食わせてやったんじゃねえか! 不本意だったけどよ! あれがフレールのだったら、そうは簡単にいかねえとこだぞ! 感謝しとけ! てか、返せよ、てめえは!」
「……。おいしかった」
「お、おお……」
「不本意だけど」
「ああっ! ふざけんな! フレールの極上食ってからもっぺん同じこと言ってみやがれ! あまりのうまさにほっぺたげっそり落ちちまっても知らねえぞ!」
「落ちないと思う」
「でけえ口たたきやがって! ガイコツになってから後悔すんなよ!」
「……何言ってるの」
苦笑いの光輔。
ほっと一息といった様子のオビディエンサー達に比べ、木場らは深刻な表情で考察を重ねていた。
桔平と忍が書類を山のように抱え入室すると、バナナを頬張りかけた夕季の手が止まった。
「何か結論でも出たのか?」
木場のまなざしを真っ直ぐに受け止め、桔平が首を横へ振ってみせた。
「そうか……」
「こんな書類ばっか無駄にこさえて、必要なことはなんにもわかんねえ。あれで日本でもトップの頭脳集団だってんだから泣けてくる」
バナナをテーブルへ置き、夕季が食い入るように書類にかぶりつき始めた。
そのバナナをこっそりと抜き取る光輔。大沼に目撃され、あははは、と笑ってごまかした。
「朴さんも呼んだのか」
木場が桔平の隣にいた朴へ目を向ける。
すると朴は陽気な笑顔を木場へ向けながら言い放った。
「ゴリちゃん、久しぶり」
「頼むからそれやめて下さい……」
「貴重な資料が手に入ったんでな。あと、この人の仮説を聞いて、おまえらも判断してみてくれ」
桔平の推薦を受け、朴がややバツが悪そうに笑った。
「確定じゃないけどね」
「それ以前に、奴らのガチガチ頭じゃ、仮定にすらたどりつけねえだろ。コンピューターで予測できることしか信じられねえんだ」
「偉い人達、そのへんの技術屋の立てた仮説なんてまったく興味なさそうだったけどね」
「そのへんの技術屋が戦艦一発で沈めちまうようなバズーカ作れるかって……」
「僕が溶接の免許持ってないからバカにしてるんだよ、きっと。ミサイル作る時もハンダゴテだから、ハンデだよね」
「……ハンダでミサイル作ってやがんのか」
「嘘、嘘。ノーライセンスだけど平気で溶接しちゃってるよ。うまいもんだよ。たまに機械が爆発して電気落ちるけどね」
「ありゃ、てめえのせいか……」
「リフトとかも持ってないけどプロ級だよ。よく壁にぶつけるけど。教えてもらわなくても結構なんでもできちゃうもんだよ、あっははは!」
「いや、免許取りにいけよ。予算出すからよ……」
二人のやりとりを眺め、鳳がおもしろそうに笑った。
「技術屋と言うより、あんたの人格に問題がありそうだぞ、朴」
「ひどいね、鳳さん」鳳に顔を向け、朴が大笑いし返す。「あなたに言われたらおしまいだ」
「いや、俺の方こそおしまいだがな、がっはっは!」
「いや、僕の方こそおしまいだね、あっはっは!」
「いや、そんなことないだろ、がっはっは!」
「いや、あるね、あっはっは!」
「てめえら、いい加減にしやがれ!」
桔平の一喝に恥ずかしそうに笑い合う二人。
「鳳さん、落ち着いたら明日でもどう?」
「おお、いつもの店でな」
「ちょっと待て! てめえら!」
「いやいや、今はこんなこと話してる時じゃなかったね。ごめんね、桔平さん」
「仕事中だからな。ケジメはつけねえとな。すまん、柊。さあ、話を続けろ……」
「じゃなくて、俺も誘え、なろー!」目を剥いて訴えかける。「お願いだから!」
「桔平さん、本当に淋しんぼだね。ほっとくとウサギちゃんみたいに死んじゃいそう」
「ウサギちゃんてツラじゃねえだろ、こいつは。ウナギちゃんだな」
「ウナギちゃん! 違いないね、なんだかヌルヌルしてるし」
「だろ? ガッハハハ!」
「……いや、メタボが二人で何言ってやがんだろうな」
書類を読み終え、夕季が顔を上げる。バナナをくわえた光輔と目が合った。
「!……。あ、ははは……。勝手にもらっちゃった……」
「いいけど……」
桔平にうながされ、朴がプロジェクターを設置する。
「朴さん、頼む」
「あいよ、ウナギちゃん」
「あのな……」
それはたまたま島民の一人が撮影に成功した、最初の被害地となった島の惨劇の様子だった。
異変に気づいたカメラの持ち主が、機材を持ち出し撮影し始めたのである。
間もなくその持ち主自身も災難に巻き込まれ、放り出されたカメラが傾いたままの映像をワンフレームで映し出していた。
その内容に室内にいた全員が息を飲む。
「これは……」
思わず木場が声をあげた。