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第二十話 『絶望のトリガ』 4. 焦り


 光輔ら三人は竜王のコクピット内で待機していた。

 発動の予定時刻まであと約二十分。

 出撃のゴーサインが出るまで、ハッチを跳ね上げた状態でそれぞれのリラックス方法を取り入れ待ち続けるのだ。

 夕季は携帯プレーヤーで好みの音楽を聴き、光輔は携帯ゲーム機でゲームに興じる。

 しかし二人の表情には笑顔も余裕もなかった。

 礼也もディスプレイに映し出した衛星番組を睨みつけながら、イライラと腕組みを続けた。

 三人とも緊張の色を隠せず、神妙な面持ちでその時がくるのを待ちかまえていた。

 格納庫のドアを開け、息を切らせながら忍が現れるや、途端に、むっとした表情で礼也が立ち上がった。

「遅い!」

「ごめん、ごめん。なかなか抜けられなくってさ」乗降用のラダーを登り、礼也へ紙袋を手渡す。「はい、これ。メロンパン」

「手遅れになるとこだったっての」奪うように引ったくり、礼也は早速メロンパンにがっつき始めた。「ふんろんよほ……、んぐふ!」

「ほら、礼也、ジュース、ジュース」

「んぐふうっ!」

 じろりと夕季が睨めつける。

「人にものを頼んでおいて、何、その態度は」

「んがあ!」

「いいって、夕季」忍が楽しそうに笑った。「こんなもんで喜んでくれるなんてかわいいもんじゃん。ね、礼也」

「ほんなもんふぁ、なんら!」

「あっははは! 怒った、怒った」

 釈然とせず、夕季が口をへの字に曲げる。

 その様子を眺め、忍が微笑ましげに目を細めた。

「夕季」

 忍が放ったパックの飲料水を夕季がキャッチした。

「頑張ってね、夕季」

「あ、うん。ありがと、お姉ちゃん」

「ねえ、しぃちゃん、俺のは?」

 光輔にせかされて振り返る忍。

「ああ、ごめん、ごめん。光ちゃんのはハンバーグカレーだったね」荷物を掲げ、そそくさとステップを降りていった。「大丈夫なの? こんな時にこんな重そうなの食べちゃって」

「平気、平気」

「中で吐いちゃ駄目だよ。掃除するの大変らしいから」

「あ、うん。……そう言えば、しぃちゃん、こないだの飲み会でまた酔っ払ってげーげーやったってマジ?」

「またってどういうこと!」

「なんでいきなりキレんの……」

 何気ない話題に光速で反応した忍に、光輔が若干引く。

 それを眺め、夕季が少しだけ眉を寄せた。

「お姉ちゃん、またやったの」

「……」

 残念そうに目を閉じ、忍が憤りのようなため息を吐き出す。

「あのね、またとかじゃなくてね……」夕季を見つめ、ほんとにもう、と腰に手をあてた。「そういう根も葉もない噂で言いがかりつけるの、やめてくれないかな」

「違うの?」

「違う、ってば……」

「……ごめん」

「いいっ、けどねえ……。今って、そういうこと言ってる時じゃないでしょ。出撃前だっていうのに、みんなちょっと真剣みが足りないかなと思って。……人もたくさん死んでるのに。ねえ、夕季」

「……うん、確かにそうかも」

「……。さっき自分だってげらげら笑ってたのに……」

「! それは、それだし……」

「……それ?」

「そうだ!」恨めしそうに光輔を眺めていた忍が、思い出したような振りをして、ポンと手を叩く。「こんな時でなんなんだけど、あれどうしよっか!」

 夕季がそろりと顔を向けた。

「みやちゃんのこと?」

「うん。やっぱり何かやってあげようかなって思ってるんだけど」

「……それこそ今決めなくてもいいことだよね」

「光ちゃんてば……」

「でももう時間もないかも」

「……まあ、確かに。明日だもんな」

「ああ、いらねえだろ、んなモン」

 みなが礼也の発言に注目した。

「なんか欲しいモンあるか、って聞いてやったら、お金ちょうだい! とかヌカシやがったしよ。そういうガラでもねえんじゃねえか」

「確かに、お祝いとかにしちゃうと、みんなにつっこまれて居心地悪いかも」光輔がもっともらしく補足する。「あいつはボケまくりたいみたいだからね。そういうの結構苦痛だったりするかも」

「まあ、そうなんだけどね……」忍がせつなそうに眉を寄せた。「でも、ああ見えてみやちゃん、案外淋しがりだからねえ」

「……あたしもそう思う」

「あんな感じだけど、裏じゃ結構泣いてるかもよ」

「ああ! んなタマじゃねえだろ、ありゃ」かじりついたメロンパンをぶらぶらさせ、身振り手振りの礼也が目を剥いて訴え始めた。「よけいなことやんなくたっていいって。いらねえって。いじわるでカウンターされるのがオチだ。ガキじゃねえんだし、そんな見え透いたゴッコなんぞで喜ぶかって。前にオッサンの車に一緒に乗ろうとしたら、『同乗するなら金をくれ!』とか言いやがった。二人でアホみてえに喜んでやがったが、こっちゃモトネタすらわかんねえ」

「……。自分だって桐嶋さんからチョコ貰って喜んでたくせに」

「ふざけんな、てめえ! んなモンで俺が喜ぶわきゃねえだろ」

 ギッと礼也が夕季を睨みつける。

 それを夕季がギギッと睨み返した。

「喜んでた」

「ああああ!」

「やめろよ、おまえら」

 間に入ってきた光輔に、ギリリッと撃ち放つ礼也。

「てめえもそう思ってやがんだな!」

「いや、思ってないって……」

「チョコごときで俺が喜ぶかって! 俺が喜んでたのは、あいつがプレミアムメロンをくれたからだ!」

「……あ、喜んでたのは事実だったんだ」ハンバーグを喉に詰まらせる。「んっが、ふんぐっ!」

「たりめーだっての!」

 ピーピーピー、と呼び出し音が竜王内に響き渡る。

 モニターをオンにすると、桔平の顔が飛び込んできた。

『おい、そろそろ準備を、……っておまえら、何食ってやがる!』

「いや、出撃前に軽くよ」

「そうそう」

『そうそう、って光輔、てめえガッツリ食ってんじゃねえか! うちのバーグカレーは安くてボリューム満点で有名だぞ。そんなんで竜王ぶん回して、またしの坊みたいにげーげーしちまっても知らねえからな!』

「またってどういうことですか! そんなこと、この子達に言わなくたって!」

 忍の叫び声に桔平が反応する。

『お、しの坊、そんなとこで何やってんだ。忙しいんだから、早く戻って来い』

「はいぃ……」

「お姉ちゃん」

 夕季が厳しい顔で忍を見据えた。

「……あいぃ」

 こそこそっと忍が格納庫から逃げ去り、夕季達が仕切り直す。

「何か新しい情報は?」

『ねえ』きっぱりと言い切った。『何の手がかりもねえ』

「それでどうする気なの」

「また打つ手なしかよ……」

 礼也の皮肉を桔平が受け止める。

『打つ手はある』

「どうすんだって」

『発動五分前になったら外に出て集束しろ』

「どこで?」礼也があきれたように吐き捨てた。「どこでどうなるのかもわかんねえのに、集束だけしてどうすんだっての」

『だからだ』

「ああ?」

 桔平が夕季に注目した。

『グランドじゃない。タイプ・スリーでいく』

「空の上から見張って、場所がわかったらすぐに対応するの?」

『それもある』

「?」

『おまえ、前に言ってたろ。エア・タイプにはサーチ能力があるって』

「うん……。そう。了解」

 夕季達に蚊帳の外へ追いやられた筋肉脳の二人が、おそるおそる参入してくる。ポカン、とした顔だった。

「おい、俺らだけでわかってんじゃねえって。もっと光輔でもわかるように優しく説明してやれって」

「……いや、確実にわかってないよね、おまえも」

「んなのはどうでもいいって!」

「おまえさ……」

『バカのおまえらにもわかりやすく説明してやろう』

「んだ!」

「ひど……」

 ネクタイを締め直し、桔平が、んんんんっ、とノドの調子を整える。

『いいか。これからおまえらはタイプ・スリーに集束して、空高く飛び上がるんだ。んで、発動寸前に集中して索敵を開始しろ。羽根が落ちるようなかすかな物音も聞き漏らすな。バジリスクの気配を少しでも感じ取ったら、ソッコーでそこへ向かえ。位置さえ特定できれば、監視衛星が追従してサポートする。朝と同じ条件ならば、一、二分がリミットだろう。以上だ』

「なる」

「そういうことか」

「って、進藤さんが言ってたんだね」

『! んだ、てめ、夕季! こら!』

「なこったろうと思ったけどな」

『てめ、礼也!』

「俺らのことさんざんバカにして、結局自分だって丸パクリじゃないすか」

『……光輔、おまえまでそんなふうに言わなくても』

「光輔、礼也、もう行くから」

「ああ」

「おう!」

『……。おう、頼んだぞ……』桔平が気を持ち直す。『うまくやったら、みっちゃんもオススメ、城ノワールおごってやるから』

「パス」

「あの、俺も……」

「フレールの極上メロンにしとけって」

『おまえら……』


 空を、雲を、真上に貫き、ガーディアン、エア・スーペリアがメガルのはるか上空で翼を広げ滞空する。

 発動まで残り時間はあとわずか。

 夕季が目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませると、それに二人が続いた。

 正確な脳内時計が時を刻む。

 ふいに活目し、夕季が眉間に力を込めた。

「ダンディライアン」

 夕季の提唱とともにガーディアンが自身を抱くように腕をクロスさせ、翼を大きく上下、前後左右へ展開する。

 さながら種子を抱く白いタンポポのごとくに。

「サーチ」

 無数の種子となった思念の糸が放射状に飛び散り、広域にわたる網となって地上を覆いつくしていった。

 ガーディアンの中で竜王のサポートを介して、夕季が神経を集中させる。

 そこでは夕季自身の持ち合わせた情報処理能力と精神力の高さも手伝い、集積化を極めた最新のコンピュータやレーダーをも凌ぐ凄まじいまでのスペックが具現化されていた。

 数千キロメートル先の針が落ちる音と、対極にある場所で蟻が這い回る物音を聞き分け、その優先順位を瞬時に確定させていく。そして天文学的な数字の羅列を取り込んでは組み替え、置き換えるそれは、コンマ数秒の間に一人の人間が一生かかっても使い切れないほどの記憶をとどめる作業に酷似していた。

 夕季のこめかみを汗が伝う。

 力を込め続ける眉間が痙攣し始めた。

「夕季……」

「黙ってて!」心配して声をかけた光輔を一声で制する。「集中できないから」

「……ごめん」

 光輔を眺め、礼也が、シーだ、という仕草をしてみせた。

 発動の予定時刻が過ぎる。

 五秒経過。

 十秒経過。

 三十秒経過。

 一分、経過……

 そこで夕季はかすかな異変を感じ取った。

 メガルより南西約四百キロメートルの距離に小さな反応。そしてその反応はしだいに数を増しつつあった。

「桔平さん」夕季が叫ぶ。「水代島に避難命令を出して! 今すぐ!」

『わかった!』疑う素振りも見せず、桔平が夕季の進言を受け入れる。『おまえらは今すぐそこへ向かってくれ』

「了解!」





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