第二十話 『絶望のトリガ』 3. バジリスクの反応
「くそ!」
司令室別室で桔平が拳を机へ打ち当てる。
その背後には腕組みをしながら冷静に様子をうかがう、あさみの姿があった。
「なんで気がつかなかった」ギリと奥歯を噛みしめる。「これじゃ何のためにスタンバってたのかわかんねえだろ!」
「仕方がないでしょ」
平坦にそう告げるあさみへ、目を向ける桔平。
その視線を表情もなく受け止め、淡々とあさみは続けた。
「これまでのパターンに照らし合わせれば、この地域に的を絞って迎撃態勢をとることがもっとも確率が高いことは、誰もが承知していたはず。それ以外のイレギュラーな必要性のすべてに考慮するのは困難を極めるし、現実的に見て対応も不可能だわ」
「だが、勝手にプログラムに偏見を持って、緩くかまえてたのも事実だ。俺達が自分達の過去の失態を掘り下げて、考えうる限りの局面を想定していたら、もっと危険性を示唆できていたのかもしれない」
「結果論ね。私達がいき当たった発動からたどって、あの島の人達が全滅するまでおおよそ十三分だとの報告があったわ。直径七キロの島の三百人以上の島民のすべてがこと切れるまでの所要時間よ。本島から約二十キロ。メガルからは三百キロ以上離れた場所なのに、たった十三分で何ができたと言うの?」
「空竜王なら何とかなる」
「彼らは誰一人携帯電話すら手にしていなかった。逃げるのに必死で、他のアクションを起こす時間も余裕もなく、次々と殺されていったの。誰がそれを私達に伝えられるのかしらね」
「……」
「バジリスクは私達の想像をはるかに超えている。あなたが求める猶予すら私達には与えられないのかもしれない。他人のことなんてかまうことすらできない状況。個人個人が逃げ延びることだけで精一杯なのだとしたら、もはや打つ手もない」
「……じゃ、どうしろってんだ。このまま手をこまねいて、俺達以外の他の人間がやられるのを黙って見てろってのか」
「それしかないでしょ」
眉一つ動かさず冷淡に告げたあさみに、桔平が言葉を失う。
それを見てなお、まるで当然のことだと言わんばかりにあさみは続けた。
「私達にできることは今までどおりここで待つだけ。ここへプログラムを誘導し、被害を最小限に押さえながら確実に殲滅する。それがここを決戦場に仕立て上げた、私達の懸命な判断よ」
「……よくそんな冷酷なことが言えるな」
「……」
「目の前で家族や大切な人間が殺される人達の身にもなってみろ。何もできずに、助けを求めて泣きながら死んでいく者の身になってみろ。自分には関係ねえとでも思ってやがんのか。でなきゃ、そんなこと口にでき……」
「じゃあどうするの?」
「!」
「いてもたってもいられないなら、あなたが何とかしてみる? 世界中の人間を救いたいから、困っている人達すべてを助けるためにやみくもに走り回ってみたらどう。ここを放棄してね。一睡もせずに走り続けて、きっと何もできないままあなたの肉体と精神は破滅するでしょうね。それで満足ならばそうすればいい。私は止めはしないわよ」
「そういうこと言ってんじゃねえだろうが!」
あさみを睨みつけ、桔平が砕けよとばかりに机に拳を叩きつける。
だがあさみは相変わらずの冷静さを保ち、それを静かに受け止めるだけだった。その表情にかすかに哀れみをたたえながら。
その時、司令室からの呼び出しがかかった。
桔平を見据えたまま、あさみが内通電話を手に取る。
「はい」報告を受け、わずかに眉を寄せた。「……そう、わかったわ」
会話の内容に注目する桔平に、あさみが目線で合図を送った。
「バジリスクの反応が確認されたそうよ。予定時刻は午後四時」
「んだと!」桔平が立ち上がる。「あと二時間もねえだろが!」
「朝の発動から数えても約六時間。このペースで少しずつ削っていくつもりかしらね。私達の手の届かない外堀のエリアから」
「……」
「……。古閑さん。木場主任と鳳主任をこちらへ呼んで。大沼主任も。オビディエンサーには三十分後にもう一度ブリーフィング・ルームへ集合するよう伝えておいてもらえるかしら。長期戦の可能性が出てきたわ。今日から彼らをしばらくこちらで拘束することになりそうだから、学校の方へも連絡をお願いね。あと」内線電話で忍へ的確に指示を与えながら、あさみが桔平をちらと見やる。「樹神雅をまた例の場所へ……」
ブリーフィング・ルームの大型デスクの前でパイプ椅子に座り、光輔らが神妙な面持ちで時がすぎるのを待つ。
作戦指示用のスクリーンにはまだ何も表示されておらず、予定の時刻がすぎても桔平もあさみも現れなかった。
「まだ、帰れないのかな」光輔がぼそりと呟く。「今日ゲームの発売日なんだけど……」
「知るかって」礼也があくびを放った。「てめえは気楽でいいな。どっかでプログラムが発動したって話だぜ」
「え、マジ!」光輔が身を乗り出して礼也に注目する。「何も言わないから、俺、待機だけで、てっきり不発だと思ってた」
「さっき鳳さんやゴリラえもんがアワくって上がってったぜ。なんだか、シャレんなんねえ様子だった。俺ら、当分このままかもな」
「マジで……」
光輔が視線を伏せてため息をつく。
それに夕季が顔を向けた。
「バジリスクは反応が小さかったからショート・プログラムじゃないかって言われてたけど、とんでもない考え違いだったみたい」
「またヴォヴァルみてえなのじゃねえだろうな」
夕季と礼也が顔を見合わせる。
「あれはもう勘弁してほしい……」夕季が悲しげに目を伏せた。「……まだ頭がひりひりする」
「俺もごめんだっての!」ばりばりと頭をかきむしりながら、礼也が悪態をつき始めた。「この先あんなのばっかじゃねえだろうな。やってらんねえぞ。もっとこう、頭とか使わねえで力だけでねじ伏せられるような奴は来ねえのかよ」
「頭で何とかなるうちは、まだましかも」
「ああ!」
「そのうちきっと、何をしても歯が立たないようなプログラムもやって来るはず。ガーディアンだけでは到底対抗しきれないような次元の違う敵が。その時どうしたらいいのか、今のうちに考えておかないと……」
「んなの、力で押し返してやりゃいいだけじゃねえか!」
「……。一振りで地球を真っ二つに割るような奴だったとしても?」
「……そんな奴をどう考えりゃ倒せるって……」
「わからない」夕季が口もとをキッと結んだ。「でもいつか、そんな日がくるような気がする……」
「……」礼也が腕組みをする。「くそ、こんなことならフレールで買いだめしてくりゃよかった。ちょっと出かけて……」
「無理。許可がおりないうちはここから出られない」
「……。んじゃ、光輔、おまえ行ってこいよ」
「なんで俺が」
「ゲーム買いに行きてえんだろ。そのついでにちょろっとパシってこいっての」
「……てか、おまえ、俺をなんだと思ってんの?」
「てめえ、何様だ!」
「それ全部お返しするけど……」
「んだあ!」頭をかきむしる礼也。「そうだ。桐嶋に頼んで……」
「今は部外者は立ち入り禁止」夕季がじろりと礼也を睨めつけた。「どのみち避難勧告がまだ解除されてないから、市内のお店はどこもやってない」
「ったくよお!」
「……それ、先に言ってよ」
メールの着信に気がつき、夕季が確認する。
「誰?」光輔が覗き込む。「しぃちゃん?」
「うん……」夕季が腕を引き、光輔を睨みつけた。「あれ、どうする、って」
「雅のこと?」
「……うん」
「……このままだと食い込みそうだね」
「……」
「そうだ!」突然、礼也がひらめく。「しの坊に頼んでメロンパンを……」
夕季と光輔が冷やかな視線を礼也へ向けた。
「……いい加減にすれば」
「……俺もそう思う」
「な!」
バツが悪そうに礼也が顔をそむけた。
「……食堂から持ってきてもらおうと思ったんだが、まあいいか……」
「……。ごめん。ちょっと言いすぎた」
「俺もごめん」
「……いや、そっちの方が実にせつねえ感じなんだが……」