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第十九話 『プライマル』 11. プライマル

 


 朝の訪れとともに、世界はまたいつもどおりの光を取り戻していた。

 魔獣撃退に浮かれる基地内で、桔平は一人複雑な表情で無人のメック・トルーパー事務所に足を踏み入れた。

 憤りのように深く息を吐き出し、自分の席へどっかりと座る。

 眩しい陽射しを目を細め受け入れると、以前ドラグノフ達と交わした雑談が脳裏をかすめた。

『柊さんはさしづめ、できの悪い兄貴ってとこかな』

『なんだと、南沢、てめえ!』

『駄目駄目長男だな。俺達とは血のつながりのない、再婚した駄目な父親の連れ子の駄目な息子だ』

『駒田……』

『その意見には私も心から賛同する』

『おい、ドラやん』

『誰がドラやんだ……』

『だがな、柊、安心しろ。こんな腐れちょうちんみたいな兄貴でも、あいつは見捨てたりしないから』

『誰が腐れちょうちんだって、鳳さんよ……』

『哀れすぎて見捨てることができないんだろうがな。ガッハッハ!』

『あんたも充分哀れな部類だろ。再婚した駄目な父親ってのはあんたのことだぞ』

『何! 駒田、貴様! 許さんぞ! きーさーまー!』

『いや、もっと早く気づけよ……』

『あーみーまー!』

『おまえら、一応会議中だぞ……』

『そうですね、鳳さん。俺もそのとおりだと思います』

『何がだ、大沼!』

『沼やんまで……』

『……いえ、夕季のことですが』

『お、珍しいな、おまえ』

『彼女はそういう人間だ。いつだってそんな素振りも見せずに、俺達のことをちゃんと気にかけてくれている。だから俺達は、あいつのことを放っておけない。な、真吾』

『ッス!』

『俺達があいつのことを信頼している限り、あいつは俺達を裏切らないはずだ。もし夕季に何らかの迷いがあったのなら、それはおそらくは俺達の責任だろう』

『今日はよくしゃべるな、大沼』

『ええ、俺は彼女の尊敬する立派な先生ですから』

『おい、いいのか、柊、言わせっぱなしで』

『……』

『おい、柊……』

『……』

 ふと、机の引き出しがわずかに閉まりきっていないことに気づき、手をかけた。中を覗き込むと何かが奥に挟まっているのが見える。

 手を伸ばしそれを取り出す桔平。

 潰れたチョコレートの箱だった。

 表情もなく包装を破り取る。すると中から一枚のメッセージカードが現れた。

 そこには、こう書かれてあった。

『桔平さんへ』

『いつもご馳走してくれてありがとう。毎日忙しくて大変だろうけれど、体に気をつけて頑張って下さい』

『夕季』

 きらびやかな装飾も絵文字もない、飾り気のない、夕季らしいメッセージだった。

 物憂げに目を細め、もう一度桔平が深く息を吐き出した。


 満身創痍のオビディエンサー達が基地へ帰還する。

 が、その顔は降りそそぐ朝陽同様、晴れ渡っていた。

「ったく、てめえはまたガケップチしやがって。最初っからビーム撃っときゃよかったじゃねえか」

 礼也の悪態を夕季がいなす。

「こっちがそれを読んでいることが奴にわかったら、また逃げられると思ったから。あいつの本当のシールドはあの小さな盾じゃなくて、ランスと本体の方だった。あの長くて大きな槍と巨体にこっちの攻撃はすべて吸収され、弾き返される。それにモーションの大きい攻撃は隙も多い。反転されて、盾をガードされたらアウトだから」

「んで、最後に慌てて一発くらってみせたわけか。わざと」

「慌てたわけじゃない。……白々しいかとは思ったけど」

「俺らに考え読ませねえために、無理くり別のこと考えてやがったな。何が、ラクダだっての」

「……」

「え? どういうこと?」

 あまり参加できずにいた光輔がおそるおそるそれを口にした。

「どうしてそんなことする必要があんの?」

「わかんねえか、てめえは」

「へ?」

「おまえみてえな直結野郎がそれ知ってたら、意識してちらちらしちまうだろが。バレバレのテレフォンパンチになっちまったら、奴にスカッとかわされて、はいおしまいだ」

「……なるほど」

「ほんと、おまえはよ」

「……。どうせ俺はイエローなんだけど……」

 いじける光輔を尻目に、礼也がもう一度夕季へと向き直った。

「にしてもよ、何もあんなギリギリの攻撃でなくても」

「自信があった」

「嘘こけ。おっかなびっくりだったくせによ」

「……。そんなことない……」

「はあ!」

「あ、でもさ、桔平さん、かなり怒ってたような」

「おう、どやされっぞ、オッサンに」

 夕季の眉がぴくりとうごめく。二人へ顔も向けずに呟いた。

「平気。たぶん……。また謝ったふりするからいい」

「やっぱ、ふりだったのか、こいつ……」

「ちゃんと説明してからやればよかったのに。そうすればあんなに怒らなかったと思うんだけど」光輔がやれやれと言わんばかりに夕季を眺めた。「あ、それだと俺らにもバレちゃうか。確かにチラ見しちゃうかもな、俺……」

「……言いたくなかったから」

「何、意地んなってんだかよ」

「……」顔をそむけたまま、夕季がかすかに口を曲げてみせた。

「やっぱり一回きちんと謝っといた方がいいんじゃないかな。結構本気っぽかったし、本当にぶっとばされるかも」

「そりゃねえだろ。こいつはオッサンのお気に入りなんだからよ。逆に、よくやったって、頭なでなでしてもらえんじゃねえか」

「礼也がしてもらえば」

「ああっ!」

 皮肉たっぷりの礼也に、夕季がいつもどおりの受け答えをしてみせる。

 それから夕季が、ふっ、と表情を和らげた。

 淋しげな瞳を二人から遠ざけながら。

「私達に利用価値があるうちは、誰も本気で怒ったりはしない。でないと自分達が困るから。信用とか信頼とかも必要ない。結果さえ出していれば、文句を言う必要もないし。私達はただそれだけのつながりなんだと思う」

「いきなり何言ってんだ、てめえ」

「上辺では理解を示すようなことを言っていても、心の中では何を考えているのかわからないってこと」

「そんなのこっちだって同じだろって」

「……。そうかもしれない……」声のトーンを落とす。ため息をつき、続けた。「お互いの利害が一致しているから、かろうじてバランスは保たれる。実績を出し続けていれば、捨てられることもない。わかってるのはそれだけ。きっとみんなそう思ってる。あの人も。利用価値があるうちは、だけど。でも今はそれが一番大事なことなんだと思う……」

「はあ!」

 夕季のぼやきを咀嚼しきれないまま、腑に落ちない様子で光輔が首を傾げた。

「……そう言われてみれば、桔平さん、最近あんまり怒らなくなったかも」

「はあ! 何言ってやがる。ずっとイライラ怒りまくってんじゃねえか」

「あ、本気でって意味だけど」

「ホン気もウソ気もねえだろ!」

「うん、まあ……」

 自分の考えをうまく消化できずにいる光輔をちらと横目で見てから、夕季が目を伏せた。

「仕方ないよ」

「え?」

「もう、怒る必要がなくなったから。……他人のために」

「おまえよ……」

「もし本気で私達を降ろそうとしてるのなら、それも仕方ないことなのかもしれない。所詮私達は単なるプロトタイプにすぎないから。いろいろなプロジェクトが進行していて、私達のデータがそれにフィードバックされてることくらい知ってる。私達はその礎にさえなればいいはず。次へつながりさえすれば、なくなってもいい存在。……それだけでしかなかったってことだと思う……」

「……」

 その時、三人の心が緊張感につつまれた。

 真剣な面持ちの桔平が、近づいて来るのが見えたからだった。

 他の二人には目もくれず、無言で夕季の前に立ち、桔平が厳しい顔つきで見据えた。

 夕季も同じ表情でそれと向かい合った。

 その疲れきったまなざしを、眉一つ動かすことなく桔平が受け止める。

 夕季の目の下には隈が浮き上がっていた。極度の緊張状態が続いたせいもあったが、肉体的な疲労以外の何かが関係しているようでもあった。

 ふいに桔平がハリセンを取り出し振り下ろす。

 躊躇なく叩き込まれた一閃は、それまで聞いたこともないほどの激しい打撃音を撒き散らし、真っ赤な厚紙の束を夕季の頭頂でちりぢりに飛散させた。

 息をのみ、驚きに目を見開く光輔と礼也。

 何より、夕季のそれが一番大きかった。

 すかさず気持ちを立て直し、夕季が、キッと桔平を睨み返した。

 しかし桔平の表情は、わずかにもゆらぐ気配を見せなかった。それどころかさらに激しく夕季を睨みつける。

「今度勝手にあんなバカしやがったら承知しねえぞ」

 凄みのある声で、桔平が平坦にそう告げる。

 夕季は乱れた頭髪を正すこともなく、口を結び、ただ悔しそうに桔平の顔を睨み続けていた。

 互いに退くこともなく、今にも噛みつかんばかりの憤激をぶつけ合う二人。

 光輔と礼也は何もできず、黙ってことの成り行きを見守るだけだった。

 沈黙が気まずさを倍加させる。

 時の経過とともに、夕季の瞳の奥で感情がかすかに揺れ始めていた。

 やがて根負けしたように口を開く。

「……ごめんなさい」

 眉間に皺を寄せ、桔平が静かに夕季を見据える。

 背中を向け、去り際にぼそりと呟いた。

「メシ食いに行くぞ……」

 それから、足を引きずるように桔平が歩き出した。

 三人は沈黙のまま、その厳しく、どこか物悲しげな背中を見守り続けていた。

 しばらくして、夕季がその後を追って、とぼとぼと歩き始める。

 一度だけ手の甲で目尻を拭ってみせた。






                                     了

 お読みいただきましてありがとうございます。

 スローモーなペースで大きな展開もなく、ロボットものでありながらロボットもろくろくからめられず、その他もろもろ恐縮ですが、ゆるゆるっとまたお越し下さい。

 次話、『絶望のトリガ』へと続きます。



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