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第十七話 『花・前編』 2. 寒い国からやって来た男



「まさかあんたがうちに来てくれるとはな」

 司令室別室で握手を交わしながら、桔平が目の前の偉丈夫と向かい合う。

 転属者が新たに配属される場合、この部屋へと招かれるのはよほどの重要人物だけだった。

「ようこそ日本へ、マスター・ドラグノフ」

 桔平より目線一つ分高い偉丈夫が薄く笑みをたたえる。ガッチリとした体格ではあるが、欧米人としてはさほど大きくはない。木場の方が一回り大きいはずだった。

「君との決着をつけにきただけだ」

「何言ってやがる」バツが悪そうに笑う。「手も足も出ねえで半べそ状態だった奴に言うセリフじゃねえだろ」

 するとドラグノフがにやりと笑った。流ちょうな日本語でほころびを繕う。

「システマでは、だろう。君が独自のスタイルをもちい出してからは、私は一度も極めることができなかった」

「よく言うぜ。こっちゃあ逃げるので必死だったてのに」

「そんなことはない。私から逃げられる人間は世界中を探しても数えるほどしかいない」まなざしが光を放つ。「私を恐れずに向かってくる者もな」

 桔平が自嘲気味に受け答えた。

「逃げ切れねえなら懐に飛び込む。鼠が生き残るための最後の手段だ」

「同時にそれが私の弱点でもある」

「あんたも逃げるのはヘタそうだからな」

「……」初めてドラグノフの表情に変化が表れる。かげりが浮き上がり、声のトーンを落とした。「窮鼠は私の方だ。そう思って常に相手を攻撃し続けてきた。立ち止まった時が死ぬ時だからだ。私は誰よりも弱く、そして臆病者だからな」

「でっけえ鼠だな。猫が気の毒になってくる」あきれたように鼻で笑った。「ま、本当にやっかいなのはそんなモンじゃねえだろうがな」

「ふむ?」

「鼠でもライオンや象を打ち負かすことは可能だろう。だが、大地を追われた獣は海でたやすく溺れ死ぬ」

 一旦、会話が途切れる。

 それから何事もなかったようにドラグノフが続けた。

「まあ、短い間だがよろしく頼む」

「ああ、いいけどよ。大丈夫なのか、奥さんの方は」

「アレクシアのことなら心配無用だ。前から日本に来たがっていたし、日本語も話せる。いや、君よりも堪能だ」

「よけいなこと言い直してんじゃねえ……」

「ずうっと仕事が忙しくて、ろくろく旅行へも連れていけなかったからな。観光も兼ねての家族サービスというところだ」

「でもな、妊婦さんなんだろ。長旅させたり、知らない国に連れてきたりよ。いろいろあんじゃねえか?」

「二人きりで国へ残してくる方が心配だ」

「ま、それもそうか。いろいろ物騒だしな」

「知っているのだろう、キッペイ」

「んあ?」バツが悪そうに顔をそむける。「まあな。一応な。これでも副局長だからな」

「そうか……」ドラグノフが神妙な顔になった。「君が副局長になるなどとは夢にも思わなかった」

「……。まあ、そこんとこは俺も同感だが……」

「世も末だ」

「ほっとけ!」

「君を推薦するなんて、どこの愚か者の発想だ?」

「そこの愚か者だ」

 桔平が、くい、と顎をしゃくる。

 導かれたドラグノフの視線の先にあさみの微笑があった。

「……。素晴らしい英断だ。目も醒めるような大抜擢というところだな」

「てめえ……」

 タイミングを見計らうようにあさみが参入してきた。

「お話はすんだのかしら」

 二人があさみへと振り返る。

 するとあさみは妖しげな笑みをたたえながらドラグノフの顔を見つめた。

「あなたを歓迎いたします、マスター・ドラグノフ。メガルのためにこれからもその力を存分に発揮してください」

「シンドウ……」ドラグノフが深々と頭を下げた。「先だっての件では大変な迷惑をかけてしまった。ロシア支部にもカラシニコフへも、私から釘を刺しておいた。もうあのような間違いは起こさないと約束しよう」

「あら、何のことかしら? ここでは何もなかったけれど」

 冷やかなまなざしがロシア最強の戦士の心を押し戻す。

「単なる悪ふざけだったのでしょうね。ロシア支部が本気でメガルを包括しようとしたのならば、彼ではなくあなたをよこしたはずだから。私はそう理解していたのだけれど」

「……」

 二人の間合いに踏み込むように、桔平があさみの隣にいる細身の中年男性に目をやる。

「そっちの人は?」

「彼はミスター・マカロフ。ロシア支部の有能な技術者よ」

 穏やかな笑みをまとい、マカロフが一礼した。筋骨隆々のドラグノフとは比べるべくもなく、一般的な日本人と比較してもさほど違和感を感じさせず、いかにも頭脳労働を得意としていそうなタイプだった。

「ロシアで開発中の試作品を、技術提携の名目で何体かこちらで受け入れることになったの。テスト終了後、世界中の関係機関を招いてお披露目的なプレゼンテーションを実施する予定よ。彼にはその技術サポートをメインで務めていただくことになるのかしら」

「んな話、聞いてねえぞ」

「言ったはずよ」妖しげに笑う。「誰かさんはマスターの来日を伝えた時点で浮かれまくって、上の空だったような気もするけれど」

「……だったような気もするけれど」

 再度、あさみがドラグノフへと振り返る。

「マスター・ドラグノフにはそのテストパイロットをしていただく目的でこちらへ来ていただいたの。我々は最強の兵士や格技の教官としてより、むしろ優秀なパイロットとしての技量を買っていますから」

「心得ている、ミス・シンドウ」

「しっかしよお」大あくびをぶちかましながら、桔平がマカロフをちらちらと見やる。「百点取りそうな奴ってのは、どの国でもみんな同じようなツラしてやがんな。青白いっつうか、菜っ葉ばっか食ってるみたいなよ」

「そのとおりだ」ドラグノフが桔平に笑いかけた。「ちなみに彼は、私やアレクシアよりも日本語がペラペラだ」

「何!」

「よろしくお願いいたします」

 温厚そうな笑みを崩すことなく、マカロフが丁寧にお辞儀をする。

 桔平の顔がすっと青ざめた。

「こ、こつらこそよろすく……」


 メガル本部、メインホールで光輔が足を止める。

 横にいた礼也と夕季が怪訝そうな顔を向けた。

「んだ、光輔、早く行かねえとオッサンにネチネチやられっぞ」

「ん、ああ」光輔が振り返る。「あそこ、外人の子」

「外人?」

 光輔が指さす方向へ視線を向ける二人。

 ホールの中央付近で、小さな鉢植えを抱えた金髪の少女が立ちつくしていた。

「迷子かな?」

 夕季が思い出したように口を開く。

「そう言えば、今日ロシア支部から新しい人が来るってお姉ちゃんが言ってた」

「ロシアだ?」

「すごい人だって。メックの格技訓練の教官がどうとかって」

「誰だそりゃ。また特殊部隊の奴か? まさかドラグノフ大先生じゃねえだろうな」

「……そんな名前だったような気もする」

「何! マジか!」

「知ってるの?」

「知ってるも何も、ロシア支部最強の男だって」礼也のテンションが急上昇する。「陵太郎さんに格闘技教えたのも奴らしいってな話だ。熊を素手で倒しただの、牛を素手で倒しただの、クジラを素手で倒しただの、その手の都市伝説はつきねえ」

「クジラはないよね……」への字口の夕季へ光輔が顔を向ける。「あ、都市伝説か……」

「おし、ドラグノフを倒して、俺がメガル最強の称号をいただくとするか」

 ふん、と鼻息を荒げ息巻く礼也を、夕季は表情もなく眺めていた。

 二人をさておき、光輔が少女へ近寄って行く。少女の目線まで下りて顔を覗き込んだ。

 七、八歳、或いはもっと下か、透き通るような白い肌に整った顔立ちが際立つ。鮮やかなピンク色のワンピースと相まって花のように映った。

「こんにちは」

 光輔が笑いかける。

 すると少女はまばたきもせずに一瞥して、ぷいと顔をそむけた。

「……」

「わかってねえな、てめえは」

 おもしろそうに礼也が乱入してくる。

「ほれ」紙袋の中からメロンパンを差し出した。得意げな様子で光輔へと振り返る。「ガキなんてのはよ、どこの国でもみんなメロンパンが大好きなもんだ。覚えとけって」

「メロンパンってそんなに世界的なの……」

「ったりめえだ!」えへん、と胸を張る。「グローベル・スタンバードだ」

「へええ~」感心しながら夕季へ目配せした。「どういう意味?」

「……。たぶんグローバル・スタンダードと同じ意味だと思う……」

「それだって! まったく、わかれよ、てめえ!」

「へえええ~……」

 メロンパンをちらりと見てから、少女は再び顔をそむけた。眉に力を込め、鉢植えを強く抱きしめる。

 夕季と礼也の目が合った。

「んだよ」

「何も言ってない」

「……ちっこいてめえみてえだな」

「ぷち夕季ってとこかな」

 光輔が引きつるように笑う。

「いや、色が白えから、白夕季だな。んでこっちが腹黒夕季」

「メロンバカ」あきれたように夕季が吐き捨てた。

「んだあ、てめえちっとも工夫とかする気ねえだろ! 俺をバカにしてやがんのか、メロンパンをバカにしてやがんのかどっちだっての!」

「どっちも」

「てめえ!」

「グローベル・スタンバードってどういう意味?」

「きいいいぃ!」

「やめろって、こんなとこでさ……」

「マーシャ」

 呼びかけに少女が振り返る。

 光輔らが顔を向けると、身重のロシア人風の女性が少女を手招いていた。少女と同じく金色の髪に白い肌、顔には優しそうな笑みをたたえる。彼女は光輔達に気づき、軽く頭を下げながら笑いかけた。

「えれえ美人だな……」

「だね……」

「……」

「こっちのちんくしゃ女とはえれえ違いだな」

「……。バカメロン」

「ああ! 何つった!」

「まあまあ、二人とも……」

 夕季が光輔の耳たぶをつねり上げた。

「だだだ! なんで俺!」

「ムカついたから」

「おかしい! それおかしい!」

 マーシャが振り返り、夕季を見上げる。目が合うと照れたように顔をそむけ、母親の待つ場所へと駆け寄って行った。

 夕季もその様子をずっと目で追いかけていた。

 光輔の耳をつねったままで。

「でででで!」

「あ……」




 少しだけ募金をしてきました。残念ながら今の自分にはこれくらいしかできません……

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