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第十九話 『プライマル』 10. ヴォヴァルの最期

 


 ミシミシという音が聞こえてきそうなほどスタンドマイクを強く握りしめ、桔平は画面上の夕季に覆い被さった。

「勝手なことはするな。もっと慎重に……」

『信じて』

 表情も変えず、夕季が囁くように絞り出す。

『……今だけでいいから……。……お願い』

 そのまなざしに宿した決意に気がつき、桔平が目を細めた。

「どうするの。もう駆け引きは通用しないみたいよ」

 腕組みをしながら成り行きを静観するあさみを、ちらと横目で見やった。

「辞めるとか辞めないとか、そんなことで彼女の心が折れるとは思えないけれど、もうどうでもよくなったみたいね」

「……」

「もともと彼女は素行が問題視されていたわけだから、その気なら実績うんぬんは関係なくすぐにでも更迭できるわよ。私達にとって何より優先すべきなのは、ワンオフであることの希少価値よりも、組織の構造自体に悪影響を及ぼし、その根幹を揺るがしかねない不良因子を取り除くことだから」表情も変えずにしれっと言い放った。「人類全体のまとまりと協力を方々へ呼びかけているこの重要な時期に、身勝手な思いつきで道理を覆すような人間には大事を任せられない。そういう論法には私も賛成よ。ましてや身内なら、なおさらね。まあ、あなたが人のことを言えた義理じゃないでしょうけれど」

「……こっちゃ、いつだって腹切る覚悟はできてるぜ。クビでも何でも望むところだ」ギリと歯がみし、画面を睨みつける。「いっそ死ねって命令してみろよ。もろもろ全部被って、今すぐバケモンに特攻してやる」

「誰のために?」

「!」

 ふふん、とあさみが鼻でせせら笑った。

「どうして私が、わざわざあなたの喜ぶような条件を提示しなければいけないの。死ぬ気なんてこれっぽちもないくせに」

「……」

「あなた、彼らに人類や世界平和のために死んでくれって言える? 私は言えないわ。だってバカらしいもの。いくら功績を残して他人の記憶に刻まれたとしても、死んだ人間は二度とその世界に存在することはできない。記憶は残された人だけのものよ。それに、そこまでして守るに値する人間が、この世界中にどれだけ存在するの。みんなのためって言うけれど、そのみんなって、本当に望んで死んでくれる立派な人達より守られるべき存在なの。平和であることに気づかない人間が、平和を望んで悲しみにくれるかわいそうな人達に、いったいどれだけのものを分け与えていると言うのかしら。私にとっての世界は私の死とともに消滅するし、他人を守ることは己自身を守ることでもある。偽善や奇麗事を並べ立てるよりも、その方がわかりやすくていいんじゃない。あなたもそう思っているんでしょ」

「……おまえと一緒にするんじゃねえよ」

「あら、ごめんなさい。てっきりそうだと思ってたのに」いたずらっぽく笑う。「あなた前に、王様になりたいって言ってなかったかしら?」

「……」

「彼女、きっとあなたの決定に従うと思うわ。何故かはわからないけれど、あなたのことを信頼しているみたいだから。ただし、最後のわがままを見逃してあげたらだけど。矛盾してるみたいだけど、わかるでしょ? そういうの」ふいに真顔になった。「このまま利用するか、見切りをつけるか、はっきりさせてあげたらどう?」

「……」マイクを引き寄せ、回線を切りかえる。「おう、しの坊か。市内の住民は全部地下へ逃がしたか」

 腕組みをしたまま桔平を見下ろすあさみの口もとが、かすかに笑みをまとった。

「木場や鳳さん達にも伝えてくれ。メックはすべて陣場町周辺から撤退しろって」真っ直ぐに前を見つめるその瞳が光を放った。「そこが、決戦場だ!」


 ランスを真っ直ぐかまえ、ヴォヴァルが直進する。その尖端はガーディアンの身体の中心を目標として定めていた。

「夕季……」

 光輔が心配そうな声をあげる。

 夕季がそれをきっぱりと切り捨てた。

「まだ」

「まだって……」

「礼也、受ける準備をして。左の下に向けてかまえて、徐々に体勢を右側へずらして、横からラクダの首を切り落とすイメージで」

「……。あっちが本体だったてことか」

「……そう」

「おっし!」

 重心を落としてガーディアンが臥竜偃月刀を腰だめにかまえ、切先を後方へそらす。

 ランスの反対側から、懐を両断しようという狙いだった。

「これで考え違いだってんなら、こっちが真っ二つだな。この距離からじゃ、避けようがねえ」

「大丈夫」夕季の瞳が強い輝きを放つ。「そうはさせない」

 大質量のランスがガーディアンの胸もとを貫かんと襲いかかってきた。

 それを紙一重でかわし、臥竜偃月刀をなぎ払おうとするや、ヴォヴァルの巨体が発光し始める。

 直前で夕季がストップを告げた。

「礼也、刃先を引いて!」

「んな!」露骨に顔をゆがめ、礼也が夕季を返り見た。「何言ってやがる! 今さら! ラクダやんじゃねえのか!」

「いいから!」

 畏怖するように夕季を眺め、ギリと奥歯を噛みしめる礼也。

「礼也、夕季の言うとおりにしよう」

「光輔……」

 光輔の落ち着き払った態度が、礼也の迷いを払拭する。

 二人を眺め、夕季が声もなく頷いた。

「ったく、知らねえぞ、俺ゃ!」

 無理な体勢から強引に刃先を後方へ向けるガーディアン、グランド・コンクエスタ。

 ラクダの首を左側面に残し、すり抜けるようにヴォヴァルの盾の正面へと滑り出た。

 すると、いつの間にかヴォヴァルの発光は消滅していた。

「今!」

「今って?」

 夕季の切迫した叫び声が、再び礼也の心を惑わせる。

「早く! もう一度刀を前へ向けて!」

「なあろーっ!」

 不恰好な姿勢で、泳ぐように長刀を盾目がけて這わせる。

 しかしそのおもちゃのような盾へ刃先が触れようとする間際になっても、ヴォヴァルの身体は発光しなかった。

「やっぱり」夕季がぐっ、と顎を引く。

「おい、夕季、戻すのか!」

「戻さないで! そのまま振り切って!」

「盾だぞ!」

「いいから!」

 その一連のやりとりはごくわずかな時間に集約されていた。

 一瞬の判断の交錯。

 しかし迷いのない夕季の確信が、三人の心に充分な余裕をもたらしたのである。

 すれ違いざま、臥竜偃月刀を横一文字に振り抜くガーディアン。

 その位置関係が逆転した時、すべてが決していた。

 ヴォヴァルが左手に保持していた小さな盾が切りつけられ、上下に分断される。

 それが魔獣ヴォヴァルの最期だった。

 振り返る礼也達の眼前で、鈍色の巨体が音もなく大気中へ融けながら消えていく。

 同じ頃、振り切っていたガイア・カウンターから、発動を示すパターンが消滅しつつあった。

 動くこともままならず、その光景を畏怖するように眺める三人。

「あれが、……本体だったてのか……」

 礼也がごくりと唾を飲み込む。

 顔も向けず、夕季が頷いた。

「偶然当たった攻撃がヒントになった。盾を狙えばヴォヴァルの身体は光らずにダメージを受ける。たぶん、全身に受けた攻撃を盾からはね返していたからだと思う。その反対に、盾に受けた攻撃は、すべて本体へと通る」

「……やるじゃねえか。てめえのくせに」顎の下の汗を拭い取り、にやりと笑う。「そんなん、オッサンじゃなくたって誰も信じねえぞ」

 珍しく誉めようとする礼也に、夕季が複雑な様子で目を細めてみせた。


 マイクスタンドを放り出し、桔平がどっかと腰を下ろす。

「やるわね、彼女」

 あさみの呟きに、表情もなく目を向けた。

「ついでにうるさい政府の連中を煙に巻く方法も聞いておいたらどう」

 あさみは妖しげな笑みをたたえ、廃墟と化した街の風景を眺め続けていた。

「また特別予算を組まなくちゃね。あの子達にボーナスでもあげておく? 一億円ずつくらいなら役員の賞与カットで何とかなるわよ。功績と貢献度を考えたら、百億円でも安いくらいだと思うけれど。あなたのお給料から毎月差し引いておく?」

「……おちょくってやがんのか」

「そうとも言うわね」

「……」

「冗談よ。ちょっと言ってみたかっただけ。さっきあなたに言ったことは本音だけれどね」

「……。ざけやがって……」

 押し出すように発せられた桔平の声に、あさみが顔を向ける。

「空竜王のあんな貧弱な攻撃じゃ、すべてにダメージが通ってたかどうかもわからない。もしあの盾がヴォヴァルの罠だったら、今ごろ……」

「今ごろ世界が滅んでいたでしょうね」

「!」

 目を見開き注目する桔平に、あさみがいたずらっぽく笑ってみせた。

「どのみち駄目だったとしたなら、腹をくくって一か八かを実践した彼女達を誉めてあげてもいいんじゃないの。よくやったって言って、思い切り抱きしめてあげたら。嘘でもきっと喜ぶわよ。お金はともかくとして、それくらいしてあげてもバチは当たらないんじゃないの。それとも、本当に親心が出ちゃったとか?」

「何を……」

「幸運なことに、愚かな私達は選ばれた人達の活躍で、また人類滅亡の危機を回避できたわね。お祝いに回らないシースーでも食べに行く? あなたのお給料から差し引いておくけれど」

「……」

「これも冗談」ふっと表情を和らげ、桔平に背中を向ける。「後始末のことを考えるととてもそんな気にはなれないわ。今日はもう帰っていいって、彼らに伝えておいて。どうせ学校も臨時休校でしょうし、古閑さんも一緒に午後から代休出しておくから、何か食べに連れてってあげたら」

 部屋を出て行くあさみの声も耳に入らず、桔平が、ぐっ、と奥歯を噛みしめた。

「あのバカ野郎……」






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