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第十九話 『プライマル』 8. 無敵の魔獣



 午前六時。

 二月のこの時間帯はまだ陽が出ておらず薄暗い。

 すでに光輔ら三人は、ガイア・カウンターが算出したヴォヴァルの出現予測ポイントまで到達していた。

 前回と同じ出現パターンならば、ほぼ確定のはずである。

 陸竜王のコクピット内でスポーツドリンクを流し込んでいた礼也が、呼び出しがかかり、ディスプレイのスイッチを入れ、ボトルをホルダへ収める。

 仏頂面の桔平が画面に現れるや、待ちかまえていたように悪態をつき始めた。

「まだ来ねえのかよ」

『焦るんじゃねえ。焦ったら奴の思うツボだ』

「わかってるけどよ」もう一度ボトルへ手をかけた。「いい加減ジレてきやがった」

『でもさ』

 光輔の声が聞こえ、礼也が回線を切りかえる。

 画面の端に光輔の不安そうな顔が飛び込んできた。

『あんなハイパー・アーマー着たのとどうやって戦う? こっちの攻撃見切って、すぐにカウンター合わせてくるしさ』

「眠てえこと言ってんな、てめえ。んなの、出たとこ勝負だ」

『あ、やっぱり……』

『礼也』

 桔平の押し殺した声に礼也が眉をうごめかせた。

『いつまでもバカなこと言ってんじゃねえ。てめえ、本当に竜王から降ろすぞ』

「わかってるってよ。冗談だ」面倒臭そうに耳をほじる。「無茶はしねえ。とりあえず探るだけだ。んで、チャンスがあったらブッ込む。それでいいんだろ」

『……。いいな。くれぐれも勝手な真似はするな』

「わかってるって」

『光輔もだ』

『わかってます』ドンと胸を叩く。『今度こそイエローに徹します』

『夕季』

『……』

『夕季、返事をしろ!』

『……。はい、すみません』

『……』

 画面の隅で光輔一人がおろおろとうろたえていた。

 礼也が、はああ、とため息をつく。

「何やってんだかよ」

 ちゅう、とドリンクを吸い込んだその直後、万里を走る破砕音とともに空が割れた。

「来やがったか……」

 礼也が口もとを引きしめ、己の敵を見定めた。


 薄闇の冬空に浮かび上がるように、ヴォヴァルがその姿を白日のもとに晒す。

 大空目がけ飛び上がる空竜王を背後に、無人の街へ降り立った魔神を礼也が迎え撃った。

 まずはバーン・クラッカーで牽制。

 挑発のつもりだったがヴォヴァルは先回と同様微動だにせず、続けてその鋼色の仮面目がけて渾身の一撃を貫き放とうとした。

 灼熱の炎塊が到達せんとする刹那、ヴォヴァルの全身が怪しげな光を放ち始める。

 その時、夕季が待ったをかけた。

「駄目、礼也!」

 夕季の叫び声に気をとられる礼也。

 次の瞬間、陸竜王は凄まじい衝撃を受け、幾棟もの家屋をなぎ倒しながら後方へと吹き飛ばされていった。

 真紅の両眼に怒りの炎を宿し、瓦礫の中から陸竜王がのっそりと立ち上がる。

 見上げればヴォヴァルは先と同じ状態でその場にとどまり続けていた。

「てめ、夕季、よけいなこと言いやがって。気が散っちまっただろうが!」ギリと歯がみし、ヴォヴァルを睨みつけた。「集束だ。グランドで一気にカタつけてやる」

 すぐさま、夕季から二度目の待ったがかかる。

『駄目、礼也』

 礼也が画面を立ち上げると、夕季の真剣な表情が飛び込んできた。

「何言ってやがる。相手、ただのでくのぼうじゃねえか。タイプスリーじゃイマイチ迫力不足だったが、グランドならグイグイ押し込めるって」

『勝てない。……絶対』

「んだと!」

 いきり立つ礼也だったが、いつになく自信なさげな夕季の様子に毒気を抜かれたようだった。

「……訳言ってみろ」

 礼也に問われ、空竜王の中、静かに夕季が語り始める。

「半信半疑だったけど、今ので確信を持った」ぎゅっと口もとを結ぶ。「今、礼也を吹き飛ばしたのは、陸竜王と同じ攻撃だった」

『んだと!』画面越しにわかるほど礼也が目を剥き、身を乗り出してきた。『どういうこった! そりゃ!』

 やや顎を引き、夕季が続ける。

「空から全部見てた。陸竜王の攻撃が当たる直前で、まるで鏡のようにヴォヴァルからクラッカーが伸びてきた。当たると思った瞬間に、礼也の目の前にそれが突然現れたって言った方が正確だと思う。たぶん、前回あたし達がやられた時も同じ。ヴォヴァルは相手の攻撃をすべて跳ね返す。遠くからの弱めの攻撃ならば、何とか前みたいに致命傷を避けられるかもしれない。でも避けるのはほぼ不可能だと思う。いくら反応速度が優れていても同じ。それが強ければ強いほど、速ければ速いほど、あたし達はより深く自分を窮地に陥れることになる」

『……。無防備状態の自分の急所チョイスして、思っくそ攻撃してたってことか。どうりで凄まじいわけだって……』

 オープンチャンネルとなったその謎解きを、多くの者が耳にし、そして絶望する。

 光輔も、あさみも、木場も、そして桔平も。

「いったいどういう仕組みだ……」

 顎の下の汗を手の甲でぬぐい取る桔平に、顔を向けることもなく、あさみがぼそりと呟いた。

「それがわかるくらいならば、きっとプログラム自体が人類への攻撃を諦めるでしょうね」

「……」

「自動反射装置かよ。カラミティじゃあるまいし、反則だろ。結局、自分がくらう前提の、腰の引けた攻撃しかブッ込めねえってことじゃねえか……」コクピットの中、礼也が身悶える。「何か方法はねえのか。このまま見ているだけじゃ、奴は倒せねえぞ」

『手を出すな』

 桔平の押し殺した声に、三人が一斉に振り返った。

 あっけにとられる三人を画面越しに睨みつけ、重々しい表情で桔平は続けた。

「今はまだ奴からの攻撃はない。無理してわざわざ削られる必要はねえ」

『だが、もし奴が打って出てきたらどうすんだって』

「何とか打開策を見つけるんだ。それまでは静観しろ」

『何とかって、どうするの』

 夕季が肝の据わった声で桔平に食らいつく。

『いくら考えても方法は見つからない。このまま行動を起こさなければ、いつまでも何も変わらない』

「じゃ、どうするつもりだ。行動起こして玉砕してりゃ、結局何も変えられねえぞ。それどころか取り返しのつかない損失が重なるだけだ。さっきも言ったはずだ。おまえらの損失イコール、人類の敗北だってな」

『……探ってみる』

「てめえ、くだらねえこと考えてんじゃねえぞ。自分がやりゃ何とかなるって発想が一番はた迷惑なんだ。自信がねえなら許可しねえ」

『やってみなければわからない。空竜王は三体の中でも一番攻撃力が低いから、被害も最小限ですむ。光輔と礼也はそれをよく見て、何かわかったら教えてほしい』

「待て、夕季」覗き込むあさみを肩で押しのけるように、桔平が前のめりになった。「すぐに遠隔操作でミサイル撃てるよう手配する。それなら被害もねえ。それでいいだろうが。勝手に無意味なことすんな!」

 画面中の空竜王が突然街へ降り立つ。周囲を見渡し、タンクローリーを頭上に掲げると、再び飛び立っていった。

「おい、夕季!」

 桔平の呼びかけを無視し、夕季が上空からヴォヴァル目がけてローリーを投げつける。

 ガソリンを満載したタンクはヴォヴァルへ激突して大爆発を起こした。

 しかしヴォヴァルは光らない。

 空竜王も無傷のままだった。

「……どういうことだ」

『ヴォヴァルはこっちの攻撃をすべて見切る。自分に対して効果のない攻撃は、はなから相手にもしない。これでも無意味だって言うの』

「……。戦艦、一発で沈めるミサイルが、てめえのより貧弱だってのか」

『……ヴォヴァルに聞いてみれば』

「……」

「彼女の理論が正しければ、ミサイルは発射装置ではなく、差し向けたこちらへ返ってくる可能性もあるわけね」腕組みをし、桔平を横目で流しながら、あさみが意味ありげに笑う。「もっとも、対艦ミサイルくらいではここの防壁はビクともしないでしょうけれどね。そんな貧弱な攻撃がヴォヴァルを本気にさせるとは到底思えないけれど」

「……」

 黙り込んでしまった桔平から目線をはずし、ふいにあさみが真顔になった。

「少なくとも竜王ならば、ものの数分でメガルを瓦礫の山に変えることができる」

「……」

 無言のオープンチャンネルから顔をそむけ、夕季が眉を寄せる。

「誰かがやらなければいけない」上ずるようにそれを口にした。「誰かが犠牲にならなければいけないのなら、あたしが……」

『集束だ、バカ野郎!』

「礼也……」

『てめえ一人で何ができる。てめえのとりえは目がいいくらいなんだからよ、俺らに任して、まん前でしっかり見とけ!』

「……」

『やるしかないだろ』光輔が乱入してくる。『とにかく今はやってみるしかない』

『だな』二人を見比べ、礼也がしようがない、と言わんばかりに笑った。『どうせおしおきされんのは俺らだけだ。おまえはそのかわいげのない目つきで、漏らさねえで弱点探っとけって』

「……うるさい」

 七色の光を従え、三体の竜王と三つの心が集束する。

 地上戦特化型ガーディアン、グランド・コンクエスタがヴォヴァルの前へ立ちはだかった。

 同じ表情の三人のまなざしが、同じ方向をしっかりと見据える。

「臥竜偃月刀だ! おい、どっから突っつく」

「頭!」

「俺もそう思……」

「しゃっ!」両腕を張り、二人を押しのけるようにぐいと身を乗り出す。「とりあえず突っついてみるって!」


 数分の後。

 街には打ち伏せられ片膝をつくガーディアンと、無傷のままその場にそびえ立つヴォヴァルの姿があった。

 誰の目から見ても、ダメージの差は明らかだった。

 司令室でスタンドマイクを握りしめ、桔平が撤退命令を下す。

「わかっただろう。やみくもに突っかかっても、自分が傷つくだけだ。撤退しろ」

『冗談じゃねえ……』

「何だと!」

『まだ一ミリも削ってねえ。このままで終われるかって。なあ、光輔』

『……もう少しで何とかなりそう、……な気がするんだけどな……』

 煮え切らない二人に桔平がごうを煮やす。

「おい、夕季」

『……はい』

「何かわかったか」

『……。まだ……』

 桔平が口もとをゆがめる。

「撤退か継続か、おまえが決めろ。もし判断を誤ったら」眉間に力を込める。「今日限りオビディエンサーから降ろす」

『!』

 桔平の決断に慌てたのは光輔と礼也だった。

「ちょ、ちょ、桔平さん……」

「おい、つまんねえ冗談言ってる場合じゃねえだろ」

『冗談じゃない。本当に降ろす。おまえらもだ』

「……」礼也が夕季へ振り返る。「本気みてえだな、オッサン」

 夕季は何も言わず、ただヴォヴァルを睨みつけていた。

「撤退しよう」

 光輔の提案に礼也が頷く。

「だな。今、無理くり、かたあ、つけなくても……」

「まだ。今やめても、何も対策が立てられない」

 拒否を告げる夕季に二人が言葉を失う。

「今奴が動き出したら、誰も守れない。何もできずに大切な人が死ぬのを黙って見ていなければならない。そんなの嫌……」

 その意志の強さに礼也が目を細めた。

「ブレイクだ」

「!」目を見開き、夕季が顔を向けた。「礼也、どうして……」

「勘違いすんな。最初の作戦に戻るだけだ」ぐぐい、と睨みつける。「俺が人柱になるって」

「……」

「仕方ねえ、つき合ってやる。嫌だけどよ。おまえはカウンターくらわねえ場所からしっかり見てろ。でもって、確実に弱点見つけとけって。したら、オッサンも文句ねえだろ」

「でも……」

「判断はリーダーの俺が下す!」

「……」

「……認めちゃったね」

「あんでもねえって! ちょっと言ってみたかっただけだ!」

「あ、やっぱり……」

「そのかわし、あのバカぶっ倒したら、図書券だけでなく、シースーでもおごっとけって話だ!」

「回らないやつ?」

「はあ! 回ってるやつに決まってんだろが!」見下すように光輔を睨みつける。「プリンやババロアのねえ寿司屋なんざ、寿司屋じゃねえ!」

「……本気でそう思ってんの?」

「バーカ! 言ってみたかっただけだって!」

「……。俺、結構納得しちゃってたんだけど……」心配げな夕季を返り見て、光輔が卑屈な笑みを浮かべてみせた。「心配するなって。礼也がやられたら、次、俺がやるから。嫌だけど」

「おう! 続いとけって!」腑に落ちない様子で首を傾げる。「てめ、俺がやられたらとはなんだ!」

「いや、ちょっと言ってみたかっただけ……」

「はああっ!」

「礼也、光輔!」

 夕季の呼びかけに二人が目を向ける。

 音もなく、ヴォヴァルが動き出すところだった。

「今度は奴の攻撃権ってわけか……。ブレイク、取りやめだ!」

 仁王立ちのガーディアン目がけ、巨大なランスを振りかざし、ヴォヴァルが突進を開始した。





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