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第十九話 『プライマル』 7. ヴォヴァル再発動



 夜半、他に人影もなくなったメック・トルーパーの事務所で、桔平が何度も机の引き出しを出し入れする。

 騒々しさに顔をゆがめ、書類をまとめていた木場が不愉快そうに振り向いた。

「何をしている」

「いや、ねえんだわ」

「何がだ」

「何がっておまえ!」キッとなって振り返る。「チョコに決まってんだろが!」

「……チョコなら昼間、義理チョコを山ほど貰っただろうが」

「それはそれだ。夕季からのがねえんだ」

「……」

「どうなってんだかよ。みっちゃんとかしの坊はちゃんとくれんのにな。みっちゃんのやつの中身は予想どおり激辛チョコだったがな。見たまんま真っ赤で、開けただけで匂いがすげえのなんのって。俺は一口食っただけでヒーハーだったが、インド人もびっくり、とか言いながら礼也と二人でバリバリ食ってやがったな。どうなってんだ、あいつらの味覚は」辟易顔の木場の目の前で、激甘コーヒーをぐびぐびと流し込む。「今年は波野ちゃんがいねえから、サプライズはあれ一個だけだったな。そういや去年波野ちゃんがくれた、ハンバーグの形したチョコはきつかったな。チョコだってわかってんのに、脳ミソはハンバーグとしか認識してくんねえ。チョコ味のハンバーグと認定した時点でアウトだった。手作りなのはいいが形もやけにリアルで、刻んだタマネギまで再現してあると思ったら本物入れてやがったしな」

「……」木場があきれたように顔をそむけた。「彼女はそういうのが苦手なんじゃないのか?」

「ん? 夕季がか? 冗談じゃねえ!」ぽっぽー、と頭を噴火させる。「ドラやんのとこにはわざわざ届けに行ったって話だ。昼に大事な会議ブッチして遊びに行ったら、野郎、自慢げに見せびらかしてきやがった」

「それで進藤が目をつり上げていたのか……」

「あの野郎は昔からああだ。ロシア人のくせに、セコくて汚ねえ。軍隊式に言うと、あのタマナシ野郎だ」

「昼間、同じようなことを俺も言われたが……」

「そういや、マーシャに教えてやったら、あのガキえらく気に入りやがって、メックの奴らに連発してやがったな」

「やはりおまえのせいか……」

「くそ、もうアメリカにモナカとか送ってやらねえ」

「……」

「ったくよ……」椅子に、どっかと腰かける。もう一度引き出しを開けた。「やっぱねえ!」

「何度見ても同じだ。俺達にはみっちゃんとの連名でくれたがな」

「あ~あ!」ふんぞり返る。「あの野郎、あんなに世話してやってんのに、義理チョコの一つもよこしやしねえとは」

「照れ臭いんだろう。親しい証拠だ」

「ちっとも嬉しかねえぞ。気持ちの問題だ。恥ずかしくっても勇気出して持ってくるところに男は萌えるんだろうが。別にあんたのために作ったんじゃないからね、たまたま大量に購入していた業務用の板チョコがしこたま余ったから、とか言って、いっしょ懸命こさえた手作りチョコ持ってきた日にゃ、駄目な男とか黒崎はメロメロだぞ。いや、俺は駄目な黒崎とは正反対のナイスガイだがな」

「貰ったら貰ったで、また気を遣うんじゃないのか。おまえ達はそういう関係じゃないだろ」

 桔平の眉がぴくりとうごめく。

「……ん~、ま、ちっとはギクシャクするかもしんねえが」

「彼女がそういったことをしなかったとして、おまえは彼女とのつき合い方を変えるつもりなのか」

「ああ? なんだ、そりゃ」

「もう彼女に何かしてやるのをやめるつもりかと言っているんだ」

「……。そういう訳じゃねえけどよ……」

「だったら気にするな。おまえ達の関係はそんなものがなくても充分成り立っている」

「……時々わからなくなるんだよな」

「……。何がだ」

「あいつが何を考えているのかとか……」

「……」桔平を見据え、木場が目を細めてみせた。「みっちゃんよりもか」

「バカ野郎、スケール違いを出すんじゃねえよ。……でもよ」ふうん、と鼻から憂いを噴き出す。北風に叩かれる窓の外に目を向けると、暗い空の彼方にけしつぶのような星が点々と浮かび上がっていた。「何だか最近、あいつのことがつかみきれないような気持ちになる。光輔や礼也達と同じようにぶったたいたら、簡単に壊れちまうような、なんか、そんな感じだ。もっと頑丈だと思ってたのに、意外と細っちいのに気がついちまったようなよ。結構わかってるつもりだったんだけどな……」

「それだけ絆が深まったということなんじゃないのか。他人なんてものは、知れば知るほど傷つけるのが怖くなるものだ」

「……。けっ、きいたふうな口たたきやがって……」

「どうでもいいが、少しくらい俺の仕事を手伝おうという気持ちにはなれんのか」

「なれねえな。これっぽちもだ」

「……こいつ」

「とは言っても、なんか割り切れねえ。しの坊はでっけえのくれたのに……」ちらと木場を見やった。「おまえもあれか? チョコバットンの駄菓子屋ケース入りのやつ」

「……いや」

「じゃ、なんだ。手作りか?」

「いや」桔平の目を見据え、きっぱりと言い放つ。「ジャッキーのDVDボックスだ」

「何!」桔平がガバっと起き上がってきた。「こないだ出たモンキーシリーズのやつか!」

「うむ」

「うむ、じゃねえ。てめえ、俺にも貸せ!」

「断る」

「いや、断るんじゃねえ……」

 その時、桔平を呼び出すためのホットラインが事務所内に鳴り渡った。

「おい、桔平!」

「おお……」


 緊急の呼び出しにより夕季が叩き起こされたのはその日の深夜だった。

「何、お姉ちゃん、緊急?……」

 スウェットを脱ぎながら夕季が忍へ顔を向ける。まだ眠そうな目をこすった。

 パジャマ姿の忍が真剣なまなざしを向けた。

「ヴォヴァルが発動したみたい」

「!」瞬時に表情が切りかわる。「いつ」

「桔平さんの説明だと、発動自体は明け方みたいだけど」時計を見上げると午前一時四十分を示していた。「公式な発令は迎撃体勢が完了してからだろうから、この時間だと街の人達の避難も難しいかもしれない。夕季」

「わかってる」神妙な様子で頷いてみせた。「なるべく街から引き離してみる」

「そう、頑張ってね」

「うん」暖房をともしていない部屋からの冷気に、ぶるっと身を震わせた。「うう……」

「寒いから、たくさん着てきなよ」

「ん……」

 テキパキと仕度を始めた夕季を、忍は頼もしそうに見守っていた。

「何か食べてく? 昨日の残りなら温めてあるけど」

「あ……」すんすんと鼻をうごめかせる。「……うん」

「じゃあすぐ……」

 ピンポーン。

「あれ、もう大沼さん来ちゃったの?」自分の格好に気づき、はっとなった。「ちょっと、夕季、出て。お願い」

「うん」

 玄関へと向かう夕季。

 ドアを開けるや、光輔の切羽詰った顔が飛び込んできた。

「光輔……」

「発動だって! いきなり!」

「……わかってる。寒いから、閉めて」

 さあっと風が通り抜けた。

「寒!」

「寒!」

 玄関先で光輔の声を聞きつけ、忍が慌てて飛び出してくる。

 入れ替わりに、寒さに震えながら夕季が奥へと逃げていった。

「駄目じゃない、光ちゃん、うちにいなきゃ。何かに巻き込まれて危険な目にあったら取り返しがつかないでしょ。桔平さんに怒られるよ。寒!」

「わかってる、わかってるんだけどさ」必死の形相。「腹減った。なんか食わせ……」

 光輔が言い終わる前に夕季が皿を差し出す。カレーライスだった。

「食べれば」

「カレェー! ラッキ!」むさぼるように食らいつく。「うま! うちに何もなくてさ、迎えが来る前にソッコーでコンビニ行こうとしたんだけど、レジに並んだらサイフ忘れちゃっててさ、うち帰ってたら時間なくなっちゃうし、もう大ピンチで、だったらここのが近いじゃんってさ! うま! 寒! ウマ!」

「……とりあえず中へ入りなよ」

「うんうん! うまっ! しぃちゃん、マジうま!」

「昨日の残りものだけどね。おかわりしてもいいよ」穏やかに微笑み、夕季へと振り返った。「夕季、もっかいご飯、チンするから待ってて」

「うん」

「あれ、これ夕季のだったの? ごめ……」パジャマ姿の忍へ目をやり、フリーズする。「そのパジャマ、誰? キョーヘーさん?」

 前面いっぱいのキャラプリントを忍が恥ずかしそうにカーディガンで隠した。「ユンピョ……」


 メガル基地内のブリーフィング・ルームでおのおののバトル・スーツに着替え、光輔ら三人が桔平と向かい合う。

 ヴォヴァル出現の予定時刻は午前六時前後と推定されていた。

 現在の時刻は午前三時。

 発動までに時間の余裕があったものの、万全を期して、メック・トルーパーが直接光輔と夕季を迎えに出向いていた。

「ふぁ~あ」

「あ~お……」

 あくびをした礼也と光輔を桔平が専用ハリセンで叩きのめす。

「ってえな!」

「しゃきっとしろ、しゃきっと」

「なこと言ったって、ほとんど寝てねえんだぞ。夜中の変てこなアニメ観てて、ようやっと寝ようかって思ったとこでジリリリーン! だ。シャレんなんねえぞ。パンチラとか白くなってて全然見えねえしよ、ざけんなって」

「そんな理屈がヴォヴァルに通用するか! 寝たぼけて返り討ちにあったって、誰も助けてくれねえぞ!」光輔を見やる。「おまえも寝てねえのか?」

「ええ、宿題があって」

「嘘つけ」

「本当ですよ! 本当に宿題があって! ……宿題があったんでやろうと思ってたら今いちやる気が出なかったんで、ゲームやってたら眠くなって、うとうとし始めたらすぐジリリリーン! て……」

「バカヤロが! 寝られる時に寝ておけっていつも言ってんだろうが!」

 もう一発ずつしばく。

「て!」

「た!」

 ふん、と鼻息を荒げ、桔平が夕季へ振り返った。

 他の二人とは違い、しゃきっとしたまなざしで夕季が見つめ返す。

「おまえは」

「十二時には寝てた」

「宿題は」

「やった」桔平を睨みつける。「関係ない」

 桔平が、ふん、と顔をそむけた。

「いいか。無理はするな。体調悪いんだったらすぐに言え。最悪倒せなくても、おまえらの無事帰還が優先だ」

「眠てえこと言ってんなって」親指で鼻をほじりながら、礼也が憎まれ口を叩く。「無理してでも倒しとかねえと、後々もっと面倒なことになるかもしんねえだろうが」

「バカ野郎!」

 桔平のイカズチがハリセンに宿る。

「ってえ! ささったじゃねえか!」

「そうしなきゃ今すぐにでもヴォヴァルが地球を壊滅させるって言うなら無理してでもやれ。俺からもお願いしてやる。だがな、ものごとには勝負どころってのがある。そこで命をかけてまでやるべきかどうか、しっかり考えてから行動しろ。それができねえなら、俺の指示に従え」

「無理をして竜王やガーディアンが行動不能に陥ったら困るから?」

 ぶすりと刺し込む夕季へ、桔平がゆっくりと顔を向けた。

「竜王じゃねえ。おまえらのかわりはいねえってことを自覚しろって言ってんだ」

「今は、でしょ」

「! ……んだと」

「他に竜王に乗れる人間が現れたら、私達は必要なくなるんじゃないの」

「夕季……」

 おろおろとうろたえる光輔の目の前で、桔平と夕季が睨み合う。

「竜王に乗れる人間は何人いたっていいだろうが」

「それはスペアとしてでしょ」いつになく、執拗に夕季が食い下がった。「もし私達よりうまく竜王を乗りこなせる人間がもっと現れて、私達がその中に埋もれたら、それでも今みたいなこと言ってくれるの」

「くだらねえことうだうだ言ってんな。はったおすぞ」

 ぎろりと夕季を睨みつけ、吐き捨てる桔平。

 顔をそむけ、夕季がぼそりと押し出した。

「……はりたおせば」

 それ以上何も言わず、桔平は三人に背中を向けた。

「仮眠室でスタンバっとけ。一時間前になったら起こしてやる」

 それから部屋の出口付近で足を止め、静かにそれを叩きつけた。

「もし嫌々やってんだったら、いつでも言ってこい。強制はしねえ」言いたくなさそうにつないでいく。「命張ってんだ。信頼がなくなったらおしまいだからな。そんなくだらないことで、おまえらを死なせたくない」

 桔平が出て行った部屋の中で、光輔が夕季の正面に立つ。心配そうな面持ちだった。

「何やってんだよ、おまえらしくもない」

 すると、ぷい、と顔をそむけたまま、夕季が淡々とそれを口にした。

「別に。ちょっと言ってみたかっただけ」

「でも、あんな言い方しなくたっていいだろ」

「……本当に私達のことを信用してくれてるのか、疑問だったから」

「信用してくれてるに決まってんだろ。俺らはともかく、おまえだけは信用してるって」

「だよなあ」どうでもよさげに礼也が二人の間に乱入してきた。「こいつにはぜってえ手え出さねえもんな。俺らはポコポコひっぱたくくせによ、あのオッサンは」

 メロンパンにガッツキながら、礼也が紙コップのコーヒーを流し込んだ。

「俺ゃ寝るぜ。おまえらも少し寝とけって。ま、好きにすりゃいいけどな」

 大あくびを引きずり、礼也が仮眠室へと向かう。

 その背中を目で追い、光輔も立ち上がった。

「俺も寝とこっかな」

 二人が去った後のブリーフィング・ルームに、夕季一人が取り残される。

 しばらくして、誰にも届かないような小声で夕季が呟いた。

「……だからだよ」





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