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第十九話 『プライマル』 5. ヴォヴァルとの対決



 魔獣との間合いの手前で踏み止まり、細身の身体を覆いつくすほど巨大な翼を展開し、エア・スーペリアが滞空した。

 ヴォヴァルは巨大なランスを右の脇にかまえ、左手には小さな盾をビールジョッキを持つように持ち上げている。

 微動だにしないそのたたずまいが、警戒心のみを上積みさせていった。

「どうする、夕季。動く気配がないけど」夕季の左側から光輔がうかがう。「なんか、不気味だな」

 反対側から礼也が身を乗り出した。

「んなの決まってんだろ、いきなり必殺技だ!」

 夕季が顎を引く。

 数千メートル下に山凌市の街並みが浮かび上がっていた。その周辺には、山、海、田畑が幾重にも取り囲む。

 瞬時にもっとも影響を及ぼさないであろうポイントと進入角度を割り出し、百手先の戦略へとつなげた。

「……探ってみる」

「てめえ!」

 両手を腰の辺りから開き、ガーディアンが手首を上へ向ける。まるで相手をしなやかに抱擁しようとするかのようだった。

 が、夕季が眉間に力を込めるや、その誘いはまやかしだったと気づかされる。

 裏返った手首の付け根から、鋭い針のような光がヴォヴァル目がけて撃ち込まれたのである。

 ローズ・ピアスと名づけられたその攻撃はエア・スーペリアの基本技の一つで、手首から一直線に射出されるレーザー状の針が遠方の敵をも正確に貫く仕様だった。

 ヴォヴァルの表層に真っ赤な光が吸い込まれていく。

 その刹那、鋼色の全身が激しく発光した。

 目くらましの後、攻撃を受け、逆にガーディアンがのけぞる。夕季の動体視力と反射神経の良さ、エア・スーペリアの特化したスピードにより、かろうじてその直撃から免れられていた。

「なんだ、ありゃ……」

 ちりちりと焼かれる肩のラインをなぞりながら、惚けたように礼也が呟く。

 その後を光輔が受けた。

「……速すぎて何も見えなかった」

 ヴォヴァルは先と同様、その場で身動き一つせずに滞空していた。

 夕季が唇を噛みしめる。

 アクセスの瞬間を見逃してしまっていた。暴力的な光の照射に邪魔をされたとは言え、攻撃が避けられたのか、弾かれたのか、はたまた吸収されたのかをまったく確認することができなかった。それは探るための一手が無駄に終わったことを意味していた。

 引き続きヴォヴァルに動く意思がないことを確信し、夕季が次の行動を選択した。

「次、行く」

 そう言うや、ガーディアンの手首がせわしく展開し、裏側から片刃の曲がりナイフが飛び出してきた。それぞれの手でつかみ、クロスしてかまえる。

 リリィ・オブ・ザ・バレイと呼ばれるブーメラン状の一対の刃物は、羽根のように軽く薄いが、この世のあらゆる物質を粘土のごとくに切り裂くスペックを持ち合わせていた。

 司令室で遠方から中継される画面を凝視し、桔平が椅子を弾き飛ばしながら立ち上がった。

「やめろ、夕季! もっと慎重にいけ!」

 桔平の怒声も心奥まで達せず、無防備状態のヴォヴァルへガーディアンが切りかかっていく。

 刃先がヴォヴァルの間合いを侵す頃合いで、再びその全身が太陽のように発光した。

「うあ!」

「ぐお!」

 弾き飛ばされ、空中で踏み止まるガーディアン。

 叫び声をあげ身をそらした二人に対し、夕季は瞬きもせずにその状況に抗い続けていた。

 胸もとの切削痕を畏怖するように眺め、こめかみを汗が伝う。

 それは一つの仮定を立ち上げたことを意味していた。考えたくもない結末が脳裏をかすめ始める。

 だが夕季はそれを確定へと導かねばならなかった。

「次」

 夕季が静かに告げると、ごく自然に光輔と礼也が口もとを引きしめた。

「必殺技だね」

「やる気か、てめえ」

 それに夕季は答えない。

 ただ真っ直ぐにヴォヴァルを見据え、淡々とそれを口にした。

「ポジションチェンジする」

「はあ!」礼也が語気を荒げる。「何言ってやがんだ。このままのが威力でけえだろうが! なんでわざわざ……」

「五十パーセントの出力で、攻撃した後、すぐにブラクトで防御することをイメージして」

「……」

 有無を言わせぬ夕季の真剣な表情に、二人が思わず息を飲む。

 言われるままにポジションチェンジを終えると、サイドの光輔と礼也の位置と、胸部の装飾部分や全身に走り抜けるラインの発光色が入れ替わっていた。

 攻撃主体の陸竜王への依存から、防御に重きを置いた海竜王からのサポートを選択したためである。

「行く」

「おう!」

「おっし!」

 ヴォヴァルよりさらに上昇し、両腕を大きく広げ、ガーディアンが反り返る。胸の装飾部分がコロナのごとくに散乱光を放ち、バチバチと音を立てハレーションし始めていた。

「やめろ、てめーら! 無茶すんじゃねえ!」桔平がスタンドマイクを握りしめ絶叫する。こめかみを嫌な汗が伝い落ちた。「引き返せ! そいつはなんかヤベえ!」

『……まだ』

「んだと、おい!」

 前だけを見つめる夕季のまなざしは揺るがない。

『おい、夕季、いい加減に……』

 言う間もなく、鋼板に集束した光の塊はパルス波を従えながら、稲妻のごとくに急激に敵へと襲いかかっていった。

 ヴォヴァルの発光を待たずに、すぐさま夕季が叫ぶ。

「礼也! 光輔!」

 一瞬のうちに、白銀の翼がガーディアンを巻き込むように包み込む。ブラクトと呼ばれるその防御法は、まるでチューリップのつぼみのようだった。

 直後に凄まじいエネルギーがその表層へと差し向けられた。

 強固なつぼみをくの字に折り曲げ、ガーディアンは数千メートルも吹き飛ばされ、落下していった。

「ぐおっ!」

「ああっ!」

 顔をゆがめインパクトに蹂躙される礼也らに対し、夕季は活目したままそれを受け止めていた。

 人影途絶えた沿岸部の集落地域へ突き刺さり、大地を揺るがし、大穴を穿つ巨大なつぼみ。

 防御を解き夕季が空を見上げると、はるか彼方の高空では無傷でそこにとどまり続けるヴォヴァルの姿があった。

 無力なる人類を、哀れみのまなざしで見下ろす優越者のごとくに。

 やがてヴォヴァルのシルエットが跡形もなく消えてなくなる。

 消滅ではなく、カウンターの待機を示すゾーンに針をとどめながら。

 安堵のため息をもらす光輔らとは別に、夕季の脳裏には複雑な想いが渦巻き始めていた。

 夕季の中で確信とともに一つの感情が湧き上がる。その深層までたどりつくことは容易だった。

 もはやヴォヴァルが、自分達を敵とすら見なしていないということも。

『バカ野郎、言わねえこっちゃねえ! おい、大丈夫か!』

 桔平の焦ったような呼びかけだけがいつまでも耳の奥にこだましていた。

『おい、しっかりしろ、おい……』


          *


「どうした、ユウキ」

 ドラグノフの呼びかけに夕季の心が呼び戻される。

「別に」不思議そうに覗き込むドラグノフにちらと目を向けた。「ちょっと、ぼーっとしてた」

「それは見ればわかる……」

「……」顔を伏せ、膝の上でぎゅっと握りしめた拳を夕季が見つめた。「手も足も出なかった」

「仕方がない。今度はうまくやれ」

「……うん」

 すると安心したようにドラグノフが、ふっと笑った。

「キッペイが君のことを心配していたぞ。私もそうだが。君は危なっかしくて見ていられないそうだ」

「……」

「君は大人なのか? 子供なのか?」

「……何それ」

「並の大人では到底太刀打ちできないほどの甲斐性と精神力を持ちながら、時おり、まるで十七歳の少女のような感性が見え隠れする。まったく不思議な感じだ」

「……」

「まあ、十七歳だと言っても誰も信じないだろうがな」

「……十六だけど」

 思いつめたような表情で、凝視する拳を夕季がさらに強く握り締めた。

「……。信用……」

「?」

「……なんでもない」

「……」

 ドラグノフの顔を見つめ、神妙な様子で夕季が口を開く。

「ねえ、もし相手が自分からは一切攻撃してこないとしたら、どうすればいい」

 その問いかけにドラグノフはしたり顔で即答してみせた。

「何もしなければいい」

「……」

「相手にその意思がないのなら、無理に戦う必要はない」

「……。放っておけば、いずれマーシャを殺しにくるってわかっていても」

「その時はマーシャを守ればいい」にっこり笑いかけた。「簡単なことだ」

「……」

 狐につままれたような表情で硬直する夕季をおもしろそうに眺め、ドラグノフはモナカを丸ごと口へ押し込み、講釈を続けた。

「何も思い浮かばない時はシンプルに考えることだ。何重にも張り巡らされた策が、単純に押し込んでくるだけの相手に敗れることもある……。ハラショーだ! モナカ! ……大事なのは相手の精神的な質量に圧倒されず、挑み続けることだ。ん、っぐ!」夕季から茶のおかわりを受け取る。「ぷふ~。……すまない。強い相手と戦う時、わたしがまずどこを狙って攻撃するのか、わかるか?」

 夕季が首を振った。

「心だ」

「!」

「一撃で相手の心をへし折れば、それ以上戦わずにすむ。こちらも無駄なダメージを受けなくてもすむからな。策をろうする者にとって一番厄介なのは、諦めない相手だ。叩いても叩いても向かってくるファイターだ。己を信じ、他者を信じ、すべてを犠牲にしてでも守り抜こうとする信念だ。ゲリラ戦などで物量に勝る大国が、旧式な装備しか持たない小国を攻め切れないのも、その覚悟の差だろう。抗わなければ未来のない身の上と、安全な場所から数式のみで作戦を練り上げる立場の相違。自分達の自由を勝ち取るために決して振り返らない者と、戦うこと自体に疑問を感じながらトリガーを引く者の温度差は大きい」

「……」

「諦めずに挑み続けていれば、やがてうっすらとでも見えてくるものもあるだろう。完璧でない限り、必ず綻びはある。針の穴ほどの綻びだとしてもな」

「……」ドラグノフに注目したまま、夕季がぐっと顎を引く。「心も弱点もない完璧な相手だったら?」

「その時は諦めろ」

「……言ってることが違う」

 ドラグノフがおもしろそうに笑った。

「どんなに頑張っても不可能は可能にはならない。覆せるのは限りなく不可能に近い可能性までだ。それがかなわなくとも、誰も君達を責めたりはしないだろう。その責任を他人に押しつけるような人類ならば、滅んでしかりだ」

「……すごいこと言う」

「だがもし相手が完璧な防御を誇っているだけだとすれば、チャンスが一つだけある」

「!」

 夕季の顔つきが変わったことに気づき、ドラグノフがにやりと口もとをつり上げた。

「相手がアクションを起こす瞬間を見逃すな。防御以外の行動を起こす時、そこに必ず隙はできる。焦りは禁物だ」表情を和らげ、笑う。「キッペイもそう言うはずだがな」

「……」

「彼も私が戦いたくない人間の一人だ。とにかくやり方がセコくて汚い。軍隊式に言えば、あのクソ野郎だ。おっと、口がすべった。彼には黙っておいてくれ、向こうへモナカを送ってもらわなければならない」

「……」ドラグノフの顔をしげしげと見つめながら、夕季がカバンから小さな包みを取り出した。「これ」

 途端にドラグノフの目尻がだらしなく下がり始める。

「お、私にくれるのか。チョコレートだな」

「早いけど。マーシャには明日メガルで渡すつもり」

「そうか。気がきくな。ギリでもありがたい」しばらく嬉しそうに包みを眺め、夕季へ目を向けた。「キッペイにも渡すのか?」

 すると夕季が顎を引いてかまえた。

「……あの人とはそういう感じじゃないから」

「そうか」夕季からのプレゼントをまじまじと眺める。娘を気遣う父親のような顔だった。「これは彼には見せられんな」

「……。だって、絶対変なこと言うし……」

「そんなことはないと思うがな」

「……」

 ドラグノフが、ふっ、と笑った。

「きっと喜ぶぞ。ああ見えて彼は淋しがりやだからな。私が鼠なら彼は兎だ」

「……二人ともそんなにかわいくない」

「……。そうか……」淋しそうに窓の外へ目を向ける。「君はキッペイが言っていたとおり山猫だな。山ネコ娘だ」

「……うるさい」





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