第十九話 『プライマル』 4. 義理チョコを買いに
彩り鮮やかな街並みを光輔は軽やかに歩いていた。
光輔の隣には雅と夕季の姿が見える。
三人そろっての下校は珍しかった。
バレンタインフェアに浮かれる街の風景を、浮かれまくる雅がスカートをひるがえしながら飛び跳ね振り返る。
「今から夕季と義理チョコ買いに行くんだけど、光ちゃんも行く?」
「荷物持ちで?」
「うん」朗らかに笑う。「帰る時、一つ持ってってもいいから」
「……なんか切なくね? それ」
「おんなじ、おんなじ。今日か明日かの違いだけだよ」
「明日も会うのに……」
夕季がちらと光輔を見やった。
「羽柴君達、よかったの?」
「ん? ああ。断っといた」涼しげなまなざしを差し向ける。「夕季が嫌がってるからって言ったら、納得してた」
「……」
「ねえ、嫌だよねえ~」
「……」
「茂樹は悲しそうな顔してたけどさ。あいつはまだおまえの本性とか知らないからさ」
「……」真顔を雅へと向けた。「みやちゃん、こいつにもチョコあげなくちゃいけないの?」
「こいつって……」
引き気味の光輔を捨て置き、雅が楽しそうに笑った。
「一応ねえ、義理だから。一人だけあげないと嫌な娘って思われちゃうし」
「どうでもいいけど」
「一番安いのあげとけばいいじゃん。箱が潰れちゃったやつとか」
「うん」
「いや、なんか、女の子の嫌な部分がてんこ盛りなんだけど……」ドン引きの光輔。
「まあ、夕季。明日は特別な、スペシャ~ウデエイだから」
夕季からの反応が得られないまま、雅がさらに押し込もうとした。
「スペシャ~ウデエイ」
「……」
「え~、なんでそんなに上から目線なの~」
「いや、俺には困ってるようにしか見えないんだけど」
腕組みをし、頬を風船のように膨らませて、雅が夕季を睨みつけた。
「もういい。夕季なんてもう一緒にラーメンとか食べにいってあげないから。おなかがすくまで」
「……」
「またすぐそうやってスネた顔してからに! かわいい!」
「いや、俺にはすごく悲しそうな顔してるようにしか見えないんだけど……」
「もう、光ちゃんはすぐそうやっていじわるなこと言ってからに! かわいい!」
「いじわる……、かわいい?」光輔が悲しそうに眉を寄せた。「おまえってクラスで浮いてない?」
「何をゆー!」
「おおっ!」
「バイ、ショージムラカミ」
「……びっくりしたな、もう」
「おお、シンスケできたか、やるな、光ちゃん」
「いや、何言ってんの……」
「光ちゃんにひどいこと言われた! ショック!」
「……あ、確かに言い過ぎたかも」
「確かに浮いてるけど!」
「やっぱ浮いてんじゃん……」
「そんなことより何より、光ちゃんなんかに言われたのがショックなの! びっくりしたなあ、もう! 光ちゃんのくせにな~まいきだぞお~! 」
「誰の真似?……」
「もういこ、夕季。ラーメン食べにいこ」
「う、うん……」夕季がほっとしたように頷いた。
「いいの! それで!」
「……」
「あ、今日、光ちゃんのおごりね」
「え、なんで俺が! ……て、俺も誘われてたの?」
「ええ! 大丈夫なの? 桔平さんなんてメールすると仕事抜け出してでもおごってくれるんだよ。呼んでもないのに来る時あるし。ウザす。もういい、桔平さん呼んじゃうから」楽しそうに振り返る。「あ、光ちゃん、何食べたい?」
「いや、俺はおなかがいっぱいで。おなかよりむしろ胸が……」
「夕季は?」
「あたしもやっぱり行くところが……」
「じゃ、ベトコンラーメンだね」
「こいつ、聞く耳ないな……」
「……」
「えっと、桔平さんのメアドは……」メールを打つ。一分とたたずに返事がきた。「早っ! すぐ来るって。すごく大事な会議中だけど」
光輔と夕季が顔を見合わせた。
「……。あの人って貯金とかあるのかな」
「たぶんないと思う……」
篠原みずきは一人で洋菓子店のワゴンセールを吟味していた。
かたわらに車両が停まり、中から下品な顔がのぞく。
桔平だった。
「お、光輔の彼女じゃねえか」
カアッと顔を赤らめ、弾かれたようにみずきが振り返る。
すると助手席に座る雅がたしなめにかかった。
「そういうこと言っちゃ駄目。だから桔平さん、女の子にもてないんだよ」
「はっはっは。相変わらずみっちゃん、平気で男心を真っ二つに引き裂きやがるな」
「うん、天然だから仕方ないよ」
「天然なのに自覚してんだな!」
雅は光輔らと別れ、荷物運び兼、お食事代係として桔平を呼び出したのである。
二人に近寄り、みずきが頭を下げる。
「あの、こんにちは」
「今からベトコンラーメン食べに行くんだけど、一緒に行く?」
「いえ、まだ用があって……」
「じゃ、後ろに乗ってね」
「人の話、聞いてないですね……。……ベトコン?」
「おいしいんだよ。また今度行こうね」
「あ、はい……」
みずきの持つきらびやかな包み紙へと目をやる雅。
「光ちゃんにあげるチョコレート?」
「!」
「いや、みっちゃん。人のこと言えねえだろ。デリカシーねえなあ」
「ええ~、桔平さんには負けるよお。デリカシー・ゼロだもんね。カロリー・オフみたい。さすがってとこ」
「なんか、けなされてるみたいだな」
「明らかにけなしてるんだけどねえ~」
「あ、やっぱそうか!」
二人にぐいぐい押し込まれ、言葉もないみずき。
それを見て雅がおもしろそうに笑った。
「あ、この人、桔平さん。ひいらりんでいいよ」
途端に桔平が嬉しそうに躍り上がった。
「あのね! いいけどね! 女子高生が俺のことそう呼んでくれるんならさ!」
「やったね、ひいらりん」
「おう、まあ……」
「無理です」
「無理か! そうか、無理か!」
「残念でござる」
「かたじけねえ……」
しゅんと肩を落とす桔平。気を取り直して、みずきと向かい合った。
「名前、何だっけか?」
「あ、篠……」
「みずきちゃんだよ」
みずきの存在をさておき、二人が勝手にかけ合いを続ける。
「呼びづらいな。よし、ニックネームつけてやるよ。俺はネーミングの達人だからな。こう見えてもネーミング・センスの塊なんだぜ。藤原のカタマリだ!」
「今のでセンスゼロってバレちゃったね~」
「俺こそがネーミング・ハンターだ! またの名を、ネーミング娘ともいう。娘、って、オッサンなのになあ!」
「オッサンなのにねえ」
「ちなみに歴代の最高傑作は、親友につけた『鼻毛大臣』だ」
「もう最悪だあ~」
「……」みずきの顔から血の気が失せていく。「あたしはそのまんまの方がいいかな……」
「そのまんまみずきか? なんだかネガティブすぎんだろ。思い切って攻めていこうぜ」
「じゃ、あたしからね」
「お、先攻はみっちゃんか。ところでいつの間に対戦形式になったんだ?」
「……」
「ん~と、みずきちゃんだから、みずぴーとかかな」
「なんだそりゃ、ぴー、って。ぴーとか、芸がねえだろ、芸が」
「そう?」にんまり笑う。「はい、次どうぞ」
「みずぷー、ってのはどうだ?」
「ぴーがぷーに変わっただけだよね。フリくさいなとは思ってたんだけど、思った以上に芸がなかったね。ちなみに自分はぺーなんだよね」
「おう。ぴー、ぷー、ぺーはあだ名の基本だ」
「ぺーは名前なのに一緒になっちゃったんだね」
「ガッツリな」ドヤ顔でみずきへと振り返った。「よし、どれでも好きなオプションを選べ」
「……」ひと時のフリーズ。「ええー!」
「あれ、不評!」
「納得の結果だよねえ~」
夕季は光輔らと別れ、ドラグノフの入院する病院へと向かっていた。
そこはメガルの系列経営下にあり、多額の資金援助のもと、最新の設備と環境が完備されていた。過去の反省を活かし、緊急時においても柔軟に対応できるシステムと、重要人物を外敵から守るセキュリティが重厚に構築されていたのである。
メガルの敷地内にある病棟も一通りの設備が整ってはいたが、あくまでも緊急的、簡易的なものであり、静養のためには環境面においてもこちらの方がはるかに優れたものだった。
夕季が個室の入り口でドアをノックする。
ハンガードアを開き顔を出すと、ドラグノフの嬉しそうな笑顔が出迎えた。
「ユウキ、来てくれたのか」
充分な陽が射し込み、十畳以上もある明るい室内を、きょろきょろと夕季が見回す。
小物入れの上にはプリムラ・ジュリアンの花が飾られ、ミーシャの手書きで『パパへ、早く良くなって』とメッセージが添えられてあった。
「ミーシャは?」
「さっきまでアレクシアと来ていたんだがな。もう一度呼ぶか?」
「いい」ドラグノフにうながされパイプ椅子へ腰かける。「いつ退院できるの」
「ん?」半身の体勢で、かたわらの小物入れに置かれてあった箱を夕季へ差し出した。「あと二週間くらいか」
箱の中から小さな包みを夕季が取り出す。
高級モナカだった。
「お茶ならそのポットの中にある。すまないが勝手にやってくれ」
「ありがとう」
ポットから茶を注ぎ、紙コップの一つをドラグノフへと手渡した。
「すまない」
「二週間で治るの?」
「完治という訳にはいかないが、アレクシアがまだ動けるうちに向こうへ行っておきたいしな」
包みを開き、ドラグノフがうまそうにモナカを頬張る。
「ふん……」夕季が淋しそうに目を伏せ、かぷっとモナカへ食いつく。「甘……」
「うまいだろ。日本茶とのマッチングは最強だ。向こうへも送らせるよう、キッペイに頼んでおいた」
「ふうん……」上目遣いにドラグノフを眺め、茶をすする。「……苦」
ドラグノフが表情を和らげる。我が子を見守るようなまなざしを夕季へ差し向けた。
「そんな顔をするな、ユウキ。私もミーシャも君と別れるのはつらい。だが、離れているからこそ得られるモノもある。君もミーシャも、きっとさらに成長できるだろう」
「……。お父さんみたい」
するとドラグノフがあきれたように笑ってみせた。
「君のパパはオートリだろう。私も主張したのだが、それだけは譲れないらしい。私は君のオジさんということに決まった。一見外国人風だが生まれは名古屋市だ」
「……いつの間に」
「こないだの会議でそう決まった。コマダとミナミザワが君のお兄さんを名乗り出ていたな。オーヌマは君の担任の先生で我慢するそうだ。クロサキは近所の危ないアイドルオタクという設定で落ち着いた。給料のほとんどをグッズにつぎ込み、同じCDをジャケットごとに何枚も買うらしい。彼だけリアルと設定にまったくギャップがない」
「……。もっと、仕事の話とかしないの?」
「仕事の話は五分で終わった。それから延々一時間君の話だ。キバを君の義理の兄ということにしたら、茶を持ってきたシノブがパニックになっていたぞ」
「……」
「君は彼らに人気があるな。うらやましい」
夕季が顔を赤らめる。ドラグノフを睨むように顎を引き、ズズと茶をすすった。
「ちなみにキッペイは、もっともできの悪い、父親違いの兄ということで全員が納得した」
「……できの悪いというところまでは納得できる」
「ハラショーだ! ユウキ。彼だけオートリと血がつながっているそうだ」
「……」
ドラグノフが表情を正す。
「この間は大変だったな」
ヴォヴァルのことだと気づく。
夕季は先のヴォヴァルとの対決を思い返していた。
*
ヨロイ騎士を思わせるヴォヴァルの風貌が、太陽の光に反射して妖しく揺らめいていた。
白銀の翼を颯爽と展開し、空戦特化型ガーディアン、タイプ・スリー、エア・スーペリアがヴォヴァルへと挑みかかっていった。