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第十九話 『プライマル』 2. ブラックなカフェオレ

 


「まったくまいっちまうよなあ」

 光輔らを帰した後、メック・トルーパー事務所で桔平が悪態をつく。

 日はすでに落ち、難しそうに書類とにらめっこする木場が心のこもらない受け答えをしていた。

「普通、頭のいい奴ってのはやる前から何でもわかっちまうから、無茶はしねえもんだがな。あいつは頭いいくせにあきらめが悪いからたちが悪い」

 雅が自販機の紙コップを盆に載せ、やって来た。

「おまたへ。ブラックとカフェオレでござる」

「お、サンキュ、みっちゃん」

「おお、すまん」

 二人と向かい合うようにちょこんと腰を下ろし、楽しそうに笑いながら雅もカップの一つを口にした。

「夕季のこと?」

「おお」真っ赤に光り輝く鼻を押さえながら、桔平が涙をちょちょぎらせる。「おおイタ」

「大分?」

 雅が、ちょん、と指先で触れた。

「つ!」

「痛いの痛いの飛んでけ~」

 すると桔平が真顔になった。

「あれ、治った?」

 すかさず雅が、ビン、と弾く。

「あだ!」

「う~む、やっぱり駄目だったかあ」

「ほ?」

「桔平さん、依然としてイタイ人のままだからなあ。さすが」

「いや、それ違う意味に聞こえる……」

「そのままの意味だけどねえ~」

「あっはっは! 相変わらずみっちゃんはいじわるだよなあ」

「かたじけない」

「かたじけない?……。まあ、かわいいから許しちまうけどな。ブサイ子だったら腹パンして息の根止めてるところだ」

「よかった、かわいくて命拾いしちゃった」

「くそ、また自分で言いやがったな」

「かたじけない」

「いや、意味わかってねえだろ……」

 桔平がコーヒーをすする。眉間に皺を寄せ、引出しからフレッシュとシュガースティックを取り出した。

 かきまぜて一口。首を傾げ、もう一組追加した。

「ほんとよ、何とかなんねえもんかな」

「そのカフェオレのこと?」

「なあ。こんだけ入れねえと、ほとんどブラックだぜ。どこがカフェオレだっちゅうの」

「おまえの味覚はおかし……」

「おかしいのはてめえのツラだ!」

 ぐむむ、と口をつぐみ、木場が桔平を無視する。

 そんなことなどおかまいなしに桔平は続けた。

「やることやってるからいいってなモンでもねえだろ。光輔はともかく、礼也も夕季も、あれじゃ誰も認めてくれねえぞ」

 雅が目を丸くする。うるうると尊敬のまなざしだった。

「すごいよねえ、桔平さんって、みんなのこといろいろ考えてくれてたんだあ」

「まあな」ちらと木場を見て、誇らしげに胸を張る。「持って生まれた性分ってえか、こいつみてえなだらしねえ奴とか、ツラも生き方も不細工な奴ら見てるとほっとけねえんだよ」

「む!」

「生まれついてのリーダー体質みてえなもんだな。まったく損な役回りだぜ」

「立派な考えだよねえ~」意地悪そうに桔平を見つめた。「ほんとに人間ってどうして自分のことだけ見えないんだろ」

「だよな、俺も思うぜ。みんなそれぞれがしっかりしてくれりゃ、他人がどうこう考えなくてもすむってのに」

「ねえ、微妙な感じだよね~」

「ほんと、かたじけねえよな」

「何言ってんの?」

「……」

 コホン、と桔平。

「ああ見えてよ、奴らも結構デリケートなとこあるからな。ムズかしい年頃なのは確かだが、そんな不安定な年代の奴らに、こんな重要なこと任せちまっていいのかって、正直疑問に思う」

 それに木場が頷いた。

「俺も同感だ。実際、彼らに背負わせるには荷が重過ぎることだらけだろう」

「まあよ、四十になっても五十になっても、頭ん中ガキみてえな構造の奴もいるからな。精神年齢だけなら俺らと大差ねえ気もするし、若いからって、一概には言い切れねえがな……」

「おまえが言うかあっ!」

 鼻面をビシッと指差す雅に、桔平の目が点になる。

「……。何、そのツッコミ」

「あれ?」

「あれって……」

「いや、正しい」木場が重々しく頷いてみせた。「みっちゃんが言わなければ俺が言うところだった」

「おまえが言うか……」

 背もたれに体重を預け、桔平が大きく伸びをする。顔をゆがめ目を向けた窓には、本棟や滑走路からの明かりが淡く浮かび上がっていた。

「結局よ、どれだけ一生懸命何かやったって、あんだけ伝えるのがヘタクソじゃ自分らが損するだけだ。歴史ん中にゃ、間抜けな君主に仕えてたせいで出世できなかった名将がワンサカいるんだからよ」木場をちらと見やる。「俺やおまえみたいにな」

 その言葉に木場がカチンとなる。

「俺のことは知らんが、おまえが何故そうなる。メガルの副局長というポジションがどれだけの影響力を持っているのか知らんわけでもあるまいに。おまえのキャリアからしたらできすぎだ」

「ねえ、分不相応だよねえ~」

「いや、そこまでは言ってないが……」

 あきれたように桔平が木場を眺めた。

「あのなあ、こんな置き物みたいなポジション、誰が真に受けるかってえの。ハリボテだ、ハリボテ。ハリー・ボッテーと皮肉の司令部屋だ」

「マイナス五百点」

「……相変わらずキビしいな、みっちゃん」

 木場が同じ顔で桔平を睨めつける。

「例の大臣の辞任騒動はおまえのしわざだというもっぱらの噂だぞ」

「あ~、ありゃ、あさみだ。あの方不謹慎ですね、って総理に書面つきつけたらしい。前々から胡散くせえ輩だとは思ってたけどよ、協力資金だ何だ、受け取るもんだけしっかり受け取りやがって、ちっともこっちのために動きやしねえ。しかも陰でうちの批判とかしてやがったからな、信用できねえったらねえ。あさみの奴、鼻で笑って相手にもしてねえと思ってたら、しっかりカウントしてやがった。問題発言で隙見せたら、ここぞってばかりにのどもとかっ切りにいきやがったからな。お~、こええ。後から確認の電話がかかってきて、俺は、そうですね、って言っただけだ」

「タモさんに言うみたいに?」

「何言ってんだろな、この娘は……」

「そ~ですね!」

 桔平が苦虫を噛み潰した顔になった。

「所詮あさみの気分次第で、俺達は今すぐにでもどっちにも転ぶ。もっと深く潜りゃ、あいつだって火刈の手のひらの中だ。誰も俺のことを副局長だなんて思ってねえよ。正規職員の奴らにとっちゃ任命職なんざ、いちげんさんの客将か山師くらいの感覚だろう。しばらく辛抱してりゃ、そのうちいなくなっちまうだろってな具合でよ。んだから、おまえがやったってゴリラがやったっておんなじだ」

「何故俺とゴリラを引き合いに出す」

「ああ、んなの、同類項だからに決まってんだろが。それともカブって使った俺のミスを指摘してやがんのか! 相変わらずキビしいな、てめえは! ツラに似合わず!」

「な!」

「ねえ、あたしは? やってもいい?」

「んあ? みっちゃんはプリティだから一日メック隊長だな」

「やたっ!」

「で、おまえは万年ゴリラだ」

「……」

「今マウンテン・ゴリラと万年をかけてたのに気づいてもらえなかったね~」

「あ、そうか!」

「あ、やっぱりかかってなかったんだあ」

「いや、かけてた。すげえかけてた。つゆだくぐらいかけてた」

「やれやれ、ちょっと甘い顔するとこれだ」

「……キビしいな、みっちゃん。かわいいツラしてからに」

「なによ、かわいいことが罪だと言うのなら、私はかわいくなんてなくていい!」

「どんだけ……」

「だって小悪魔ですから。逮捕しちゃうのだっ」エア拳銃をかまえ、フラットな胸を寄せてウインク。「ちゅうの!」

「いや、今一つキャラが定まってねえようだが……」

「ねえ、そんなのどうでもいいから、ベトコンラーメン食べにいこ。礼也君も呼んでくるね」

「相変わらず、すげえ強制終了っぷりだな……」桔平が椅子の上でふんぞり返る。「まあいいか。ヴォヴァルの反応もすっかり消えちまったし、今度カウンターに出るまでは平常時扱いだ。おまえも行くか?」

「出張はどうなったんだ」

「んあ?」木場へアホヅラを差し向ける。「復興資金の全額援助でチャラになった。とある政党の呼びかけに賛同してってことにしてな」

「そうか……」眉間に皺を寄せながら腕組みをした。「被害額も規模も楽観視できんレベルだし、ことあるごとにこの調子ではやっとれんな」

「おお、キリがねえ。いくらメガルがケタはずれの資金力を持ってたとしても、いつか底をつくだろうよ」

「いっそのこと、山際や海浜地域に決戦用のスペースでも設けて誘導するか」

「ウルトラ広場みたいなか?」

「……なんだ、それは」

「あれじゃねえか。都会のド真ん中で五十メートルの特撮ヒーローと怪獣が、建物を壊さずに飛んだり跳ねたりできるっていう不思議な特設ステージだ」

「ふざけるな!」

「おおっ!」

「おまえは少しくらい真面目に話ができんのか!」

「いや、でも、そういうこったろ?」

「違う!」木場が頭のてっぺんから湯気を噴出しながら、桔平を睨み倒した。「俺が言っているのは、ガーディアンと魔獣が街を壊さずに格闘できるように、街のはずれに飛んだり跳ねたりできるそれ用の特別なステージを設けたらどうだってことだ」

「……同じじゃねえか」

「ぜんぜん違う!」

 二人が同時に雅へと振り返った。

「ん? う~ん……」難しい顔で雅が腕組みをする。「ドロー!」

「ドロー?……」

「お、おお……。まあ、順当なジャッジだな」

「だしょ?」にっこり。「ケンカしちゃ駄目だよ」

「だってよ」

「む~ん……」

「そんなくだらないことでねえ~」

「……む~ん」

 駄々っ子を見守るような表情で雅が笑ってみせた。

「まったく、もうすぐバレンタインなのにねえ~」

「おお。まったく関係ねえけどな」

「スペシャウデエイなのに?」

「スペシャウデェイェイなのにだ」

「ふ~ん……」雅が切なそうに目を伏せる。「今年は桔平さんにあげるのよそうかな」

「いや、なんで……」

「だって」

「だって、おかしい。あげとこうぜ、そこは……」

「む~ん」

「む~ん?……」






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