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第十九話 『プライマル』 1. イエロー・ポジション

 


 メック・トルーパー事務所から通路を経て、休息コーナーのすぐ横に小会議室があった。

 それは別名、『説教部屋』とも呼ばれていた。

 説教部屋の入り口付近でへの字口の桔平が仁王立ちして睨みをきかせまくる。

 その前で光輔らが並んで立っており、にこにこと笑顔を振りまく雅が楽しそうに見学していた。

 仏頂面の夕季にちょっかいをかけ返り討ちにあう光輔の横で、礼也が大きなあくびを撃ち放つ。

 その時イカズチが窓ガラスをビリビリと震わせた。

「てめえら、わかってんのか!」

「いや、わかってるってよ」こともなげに礼也が言う。さらなる大口を開けながら。「ふあ~あああっ!」

 それが桔平の怒りのツボをさらに刺激した。

「んだ、その態度は! あんなに無茶すんなっつったのに、てめえらはもう、後先考えずに突っ込んで行きやがって。せっかく新型になったってちっとも意味ねえだろが。奴が、ひゅっ、と消えちまったからよかったようなものの、あのままならやられてたぞ。てめえらがぶっ飛んで街の被害もえれえこっちゃだし、国の奴らはここぞとばかりになんもかんもこっちのせいにしてぶーぶー言ってきやがるし、また特別予算組まなくちゃいけないわね、あ~あ、ってあさみが嫌味言ってきやがるし、しの坊は頼んどいた番組間違えて録画しやがるし、楽しみにしてたのに、ったくよ。人死にとか出なかったからよかったようなもんだが」じろりと睨みつける。「毎度毎度、勝手なことばっかしやがって。ひっこみつかねえことにでもなったら、どうするつもりだったんだ!」

「いや、そこはよ、桔平さんのスペックで何とかしてもらおうかなって」

「ああ、知らねえぞ、俺は! 勝手なことするなら先に一声かけとけ。それで俺が駄目だって言ってからにしろ! そしたら俺は関係ねえ」

「なんだ、そりゃ。単なるタイムロスじゃねえか」あきれたように礼也が吐き散らす。「行く気もねえのにとりあえずコンパ誘っとけって言ってるようなモンじゃねえか。てめえだけ逃げる気マンマンでよ。メンドくせえ」

「屁理屈を言うな! 都合のいい時だけ、人あてにしやがって。減給になったらおまえらから請求するからな!」

「あのなあ……」

「すいません」光輔一人がおろおろとうろたえていた。「俺があの時止めていれば……」

「ざけんな! バトルモードになるとおまえが一番イケイケじゃねえか! いい加減にしろ! 普段はイエロー・ポジションのくせしやがって!」

「イエロー・ポジションて……」

 夕季へと向き直る桔平。

「おい、夕季。おまえ、なんで技の名前言わねえ」

「は?」

「そのとおりだって!」途端に礼也が興奮し始めた。「普通叫ぶだろ。お約束だって! じゃねえと、次何やんのかわかんねえだろが!」

「いや、だいたいわかってるけどね」

「黙ってろ、光輔!」ギッと睨みつけた。「視聴者のみなさんが納得できねえだろうがってことだ!」

「おまえ何言ってんの……」

「そんな恥ずかしいことしたくない」

 返す刀で礼也が夕季を睨みつける。

「はあ! ふざけんな、てめえ! それで熱血のテンション限界まで盛り上げて、魂のコスモをしこたまバーニングさせんだろが!」

「くだらない」

「てめえ!」

「メモ渡すから、礼也が叫べば」

「んなあっ!」

「もういい、鬱陶しい」

「きいいいっ!」

「そういうことじゃねえだろ」むっとなって振り向いた二人の顔を眺め、長く深いため息を桔平がもらした。「わかっててもあえてそれを口にすることで、おまえら同士の確認にもなる。声出し確認は基本中の基本だ。特に安全面においては、レベルの高い奴ほど恥ずかしがらずにきちんとそれを実践してる。それに確認は何度やったっていいんだ」

「そんなの必要ない」夕季が口を尖らせる。「ガーディアンの意思の疎通はそんな低レベルな共有じゃない。あの中にいれば、光輔や礼也が何を思っているのかだって……」

「てめえらの中ではわかってるのかもしれんが、こっちはてめえらが何やろうとしてんのかまったくわからねえんだ。助言もできねえじゃねえか」

「そんなの……」

「くだらないとか言わせねえぞ。てめえらだけで戦ってるわけじゃない。てめえらの方からはわからない状況だってあるはずだ。もしガーディアンのビームの先に民間人の避難場所があったらどうする。うん百、うん千の人間ぶっ殺しといて、事故ですから平気ですって言えるのか! 言えねえだろ、おまえは特に。どうせ、わちゃわちゃ泡くって、自滅するのが関の山だ!」

「……」

「とにかく次にやろうとしていることをこっちにも明確に伝えろ。恥ずかしいんなら、小さな声ででもいい。言え。その後、礼也と光輔で合唱しろ」

「ふざけんなって!」

「それは恥ずかしい……」

「三人でオブラートでもかけとけ」

「ビブラートだろって。素で間違えてんじゃねえ!」

「……おまえ、よくわかったね」

「ったく、どいつもこいつも」

「さっきから文句ばっかり」桔平と同じく、への字口で夕季がぼそりともらす。「少しはこっちのこと信用したら」

「んだと! どうやって信用しろって言うんだ! 俺の言うこと無視して、勝手なことばっかしやがって。信用してほしいんだったらそれなりの行動をだな……」

 黙り込んでしまった夕季を、やれやれと言わんばかりに桔平が見下ろす。

「ったくよ、かばうのにも限界あるって覚えとけ。これから俺はおまえらの尻拭いで明日まで拘束だ。説明旅行でお泊りだ。何つって言い訳すりゃいいんだっての。あ~、頭がいてえ」

「ごまかす方法を考えた」

「何!」

「四つ」

「四つも!」

「言わないけど」

「言わないけど!」桔平が凄まじい形相で夕季を睨みつけた。「そう言わずに試しに一つだけ言ってみな。怒らねえから」

「嫌だ。言わない」肝の据わった顔つきで夕季が桔平を睨み返す。「どうせ言うだけ無駄だろうし」

 ぐむむむ、と噴き上がり、振り返りもせずに桔平が雅へ手を突き出した。

「みっちゃん、あれ」

「は~い」

 にこにこと笑みを浮かべながら、雅が真っ赤に塗られたハリセンを桔平に手渡す。そこには雅の字で『桔平さん専用』と描かれてあり、頭から湯気を出して怒りまくる桔平の似顔絵まで添えてあった。

 ベシ、ベシと続けざまに光輔と礼也を打ちつける。

「いたっ!」

「ってえな!」

 それからしばし夕季と睨み合った。

「……」

「……」

 静かに時だけが流れていく。

 痺れを切らし、口を開いたのは礼也だった。

「おいどうした。やれって」

「わかっている!」

「……」

「……」

「だから、やれってよ!」

「……」桔平のこめかみを汗が伝う。何かに気がついたと言わんばかりに、ポンと手を叩いた。「いや、そう言えばこいつには、おまえらが暴走しないように見張りを頼んだんだったかなあ~。考えてみりゃ、一人だけ負担が多くて大変だよな~。これはポイント割引きしねえとまずいだろ」

 バチバチと両目ウインクを夕季へ浴びせかける。

 すると夕季は眉も動かさずに冷たく言い放った。

「頼まれてない」

「もしもし、夕季ちゃん……」

「どうもすみませんでした」

「いや、そっぽ向いて言われてもな……」

 あきれ顔の礼也。

「女子高生相手にびびってんじゃねえって」

「びびってなどいない!」

「じゃ、いっとけって」

「いったろうじゃねえか!」

 意を決して桔平が振り下ろしたハリセンは、へろへろと漂い、夕季の頭の上で、ペシ、と小さく弾けた。

 すかさず桔平からハリセンを取り上げ、夕季が思い切り振り放つ。

 ビュンと風を切り裂いたそれは桔平の頭上でバシッと音を立て、ぼさぼさヘアーを割り、真っ赤なハリセンをビリビリに引き裂いた。

「あ~あ、桔平さん専用なのに~」

 雅へうんうんと頷きながら桔平が背中を向ける。

「また新しいのを頼む」

「あいあいさ~」手のひらを突き出した。「ごひゃくえん!」

「ひゃっきんだろ……」

「お駄賃です!」

「お駄賃! 子供? お駄賃、高!」

「かたじけない」

「かたじけ?……」

 収まらないのは礼也だった。

「待て待て、おかしいだろ!」

「何がだ。破れたら使えねえだろうが。これじゃ実力の半分も出せねえ。また新しいの買ってきてから改めてだな……」

「じゃねえだろが。何が、うんうん、だ。なんであんたがこいつに返り討ちくらってやがんだってことだ」

「一発ずつだろ。お返しじゃ仕方ねえ。連帯責任だからな。作戦参謀としてあえて受け止めた。あえてだ」

「んじゃ俺らにもやらせろって」

「てめえは手加減とかしねえだろが!」

「今のが手加減してたのかって。明らかに火力が違ってんだろ。百発分の威力は楽勝にあったって」

「一発は一発だ。それ以上でも以下でもねえから、決して負けたわけじゃねえ」

「んなこまけえプライド、どうでもいいって。いい年こいたおっさんが、女子高生相手に負けて帰って来てんじゃねえぞ!」

「負けてねえぞ、俺は! アウェーであることを考慮してもイーブンだ。断じて」

「どこがイーブンだ。顔削ってるだろ。鼻真っ赤だぞ、あんた」

「どうりで昼間から星がちらつくわけだ。くそ!」

「あっち向いて言えって」

「いや、あのな……」

「卑怯じゃねえか」

 キッとなって桔平が礼也を睨みつける。

「ごちゃごちゃやかましい。こいつの場合、おまえらと違ってぶっ叩くと頭が悪くなる危険性があるだろうが。勉強できる奴の脳みそは、おまえらみたいなクルクルパーなのとは作りが百パー違うんだ、百パー。同じなのはパーのとこだけだ、このクルクルパーどもが。こいつの頭を三等分して、おまえらに割り振ってようやく三人分だ。おまえらはゼロだからな。ゼロ、ゼロ、三百だ。それがこいつの頭が壊れたら、ゼロ、ゼロ、ゼロになっちまうじゃねえか。トリプルパーだ」

「ムカつくな、んのやろー」

「でも全部否定できないのも確かだね……」

「そのとおりだ。確かに見かけはアレだが、中身は結構デリケートにできてんだ、これでも。ちょっとしたショックでスフレみたいに崩れちまうかもしれねえ。そしたら俺が困る。あ~、困る。想像しただけでド困りだ」

「嘘こけ! 適当なことばっか言って逃れてんじゃねえって」

「マジだ。その証拠におまえらにはもうチャンスはねえ」

「なんのチャンスが……」光輔が悲しそうに顔をそむけた。「ま、体育コースだけどね」

 桔平と礼也の言い争いは続く。

「全部リーダーのおまえがちゃらんぽらんのせいだ」

「はあ! いつ俺がリーダーになった。リーダーはこいつだろ。認めてねえが」

「嫌。礼也でいい。認めてないけど」

 爆心地が礼也対夕季へとすりかわった。

「いや、てめえだ。まさか自分がピンク・ポジションだとか思ってねえだろうな。ああ! いっちょ前によ。そんな貧乳で凶悪なピンク、記憶にねえ! 安いパンチラで人気とろうって魂胆か!」

「知らない。礼也で我慢するからいい。本当は嫌だけど」

「我慢するたあなんだ! てめえ!」

「……。貧乳って言った!」

「言ったがどうした!」

「謝れ!」

「謝らねえ!」

「謝らないとあのことみんなに言う!」

「待て、それは待て!」

「なんのことだかわかってるの!」

「いや、わかってねえが!」

「ねえ、夕季、あたしピンクがいいなあ。ピンクやる」誰からも相手にされていないのに、一人で雅が躍り上がる。「ここから先は危険だから、あなたは下がっていなさい。貧乳禁止です」

「みやちゃん……」

「いいわね、いくわよ! とう!」

「あて!」光輔が顔をゆがませた。「雅、スネに入ってる……」

「かたじけない!」

「へ?……」

 すっかり蚊帳の外となった桔平が光輔へ目を向ける。

 光輔が卑屈な笑みを浮かべ、再び顔をそむけた。

「まあ、俺はイエロー・ポジションですし……」

「まあな……」




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