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第十七話 『花・前編』 1. 正月騒動



「光ちゃん、お餅食べる?」

 キッチンから忍が呼びかける。

 するとこたつの前であぐらをかいていた光輔が嬉しそうに顔を上げた。

「食べる、食べる」

 その対面で正月番組を観ていた夕季が露骨に顔を歪ませる。

「いくつ焼く?」

「十個」

「そんなに食べられるの?」

「いける、いける。な?」

「……」

 W眉毛で光輔を睨みつける夕季。

 顔を出し、忍が夕季に確認を求めた。

「夕季も十個でいいの?」

「そんなに食べられない」

「大丈夫だって」にゃははは、と光輔が笑う。「綾さんだったら五十個は楽勝だよ」

「綾さんと一緒にするな!」

 大きなビニール袋から餅を取り出す雅へ振り返り、忍が不思議そうな顔を向けた。

「あの子達、いつからあんなに仲良くなったの?」

「不思議だよねえ」にんまり笑う。「ま、目的は他にもあるみたいだけどね。あたしも十個食べよ」

「……」

「光輔、それもうやめれば」

 夕季のたしなめるような声に二人が振り返る。

 光輔はこたつの上で、持ち込んだロボットのプラスチック模型を作っていた。

「課題やりに来たんじゃなかったの」

「いや、だってそこのコンビニに売ってたんだぜ。ついちょろっとさ」

 爪切りでパーツを切り取り、切りカスをパチパチと飛ばした。

「パチパチ飛ばすな!」

「後で掃除するって」パチリ。

「また!」

 やれやれ、と言わんばかりに雅と忍が顔を見合わせる。

「全然その気もないみたいだけどねえ」

「いいじゃない。お正月くらい」

「まあねえ」

「いいな~、こたつ。俺も買おっかな~」

「買え! 二度とうちに来るな!」

「ええ~!」

 マンネリ気味のお笑い番組が終わり、正午前のニュースが始まる。これといった事件もなく、有名神社の参拝者の集計と各地の積雪の様子が映し出されていた。

「そう言えば雅、なんで昨日お泊りしてったの」

「ん?」雅が顔をのぞかせた。「夕ご飯食べてからみんなで一緒にテレビ観てたら、なんだか帰るのがメンドくさくなっちゃって。一人でテレビ観ててもなんか淋しいしね。お正月なのに」

「さびちーぽだな、おまえ」

「まあねえ。夕季と警視庁トゥエンティフォー観たんだよ。ね」

「……うん」

「元日からそんなのやってたの……」

「しぃちゃん、また録画間違えちゃったんだよ。ほんとはかくし芸が録りたかったのに、裏番組のそれ録っちゃったの。マチャーキ観るの朝から楽しみにしてたのに、ほんとおっちょこちょいだよね。ね」

「ねって言われても……」忍が悲しそうな顔になった。「……確かにヒデちゃんは観たかったけどね」

「すごかったよ。警察だ、手をあげろ! 二十四時間以内に自首しろ! すいません、ちょっとだけ時間を下さい。四十秒で支度しな! 二十四時間っつったじゃねえすか……。そんなこと俺が知るかあ! ちくしょう、これでもくらえ! ドカ~ン! うわあ、そんなものをどこに! 素晴らしい! げははは、これで貴様らも終わりだ! バババババ! ちゅど~ん! どっか~ん! もう大迫力」

「……そんなシーン、一つもなかったけど」

「くそっ、観たかったな!」

「だから、そんなのなかったってば……」あきれ顔の夕季。

「ぎゃあ~! 見ろ、人がゴミのようだ! いい娘だねえ~」

「それ、後でやってたアニメと混ざってる」

「おばさま」嫌がる夕季の手を握り、光輔へ突きつける。「ハウス!」

「……ハウス?」

「……みやちゃん」

「あれ、違ったかな? あ、しぃちゃん、録画してたよね。あたしもっかい観たい。ねえ、しぃちゃん、後で観ていい?」

「いいけど」

 上機嫌の雅を尻目に、光輔がつまらなさそうにため息をつく。

「だったら俺も呼んでくれればよかったのに。茂樹達、親戚の相手とかでかまってくんないし、他の部屋の奴ら、みんな実家とかに帰っちゃったしさ。今、下宿の中、俺一人だけなんだよ。昼はまだよかったんだけど、一人でカップ麺食べながら仮装大会とか観てたら、なんか淋しくなってきちゃってさ。なんか泣きそうになっちゃって」

「人のこと言えないよねえ」

「うん。あんまり淋しかったんで、仕方なく夕季にでも電話しようかと思ったんだけどさ、メンドくさくなっちゃって、まあいいやって。そんなことならしとけばよかったよ。てかさ、気をきかせて夕季からかけてくれればよかったのに。冷たいよなあ」

「……」

「あたしは夕季のタンスの中にお泊りグッズのスペース設けてもらったから、いつでもフリーパスだけどね。夕季ってさ、こんな顔してパン……」

「みやちゃんてば!」

「ん? 手羽?」

 光輔がポンと手を叩いた。

「あ、じゃあ俺も服とか持ってこよっかな」

「持ってくるな!」

「でもさ、お風呂とか入った後にまた同じパンツ履くの嫌じゃない?」

「泊まる気マンマンだね、光ちゃん」

「みやちゃん、着信拒否ってこれでいいの?」

「おっけ~」

「誰のを拒否設定にしたの?」

「ヒントいち。その人の名前聞いたら光ちゃんがショック受けることうけあいです」

「わかった!」

「桔平さんじゃないからねえ」

「……あれ。じゃ誰だろ……」

「ヒントに。とりあえず夕季に聞いてみたら? 電話で」

「なんで目の前にいるのにわざわざ電話しなくちゃいけないんだよ。変なの」

「ねえ~」

「……」

 楽しそうに笑う雅の目の前で光輔が大アクビをした。

「でもさ、他にやることないの? 宿題とかさ」

「三年生はそういうのないからね」

「あ、そっか。いいよな、三年は。俺らなんてどっちゃりあるんだぜ。冬休みなんてあっという間なのに、こんなペースで全部終わるか心配になってくるよ。なあ、夕季」パチパチパチリ。

「だからやりなってば!」

「や、夕季が先にやってくれないと写せないし……」

「もう帰れ!」

「まあまあ夕季」忍が助け船を出す。「光ちゃん、お餅たくさん持ってきてくれたんだから」

「ああ、調子にのってもらいすぎちゃったからさ。木場さんがダンボール一箱分、車で運んできてくれた。夕季達も新春餅つき大会来ればよかったのに」

「別名、酔っ払い大会だけどねえ~」

「あ、しぃちゃん。ブー観ていい?」

 光輔の思いつきに忍が反応する。

「いいけど。今デッキの中に他のが入っているかも」

「おいす」レコーダーからディスクを抜き取り、座布団の上へ置いた。

 キッチンで餅に海苔を巻きながら、雅が思い出したように告げる。

「そう言えば光ちゃん。年賀状のあたしの名前、雅じゃなくて、『雑』になってたよ」

「え、マジ?」不思議そうに首を傾げる。「……違うの?」

「おんなじ、おんなじ。ざっちゃんって呼んでねえ~」

「ざっちゃんって、呼びにく……」

 忍が参入してくる。

「そう言えばうちのも、古閑のガの字違ってたよ。『間』になってた。忍も『認』めるって字になってたし」

「余分なものつけちゃったんだねえ~」

「え、マジ! ……て、同じ字?」

「だからね……」

「あたし、『季』の字が、『い』になってた」

 真横から夕季がぶすりと突き刺す。

「い?」

「委員長の『委』」

 見つめ合う二人の時が制止した。

「あれ? あって、る?」

「あってない」

「……。まあまあ、今時ちゃんと年賀状出すだけでも立派じゃない」

「全然ちゃんとしてないじゃない……」

「あたし、喪中葉書出したのに」

 雅のツッコミに苦笑いの光輔。

「あ~あ。りょうちゃんいたら、コテンパだな」

 途端にテンションが下がり出した雅の様子を見て、忍が複雑そうな表情になった。

 それを察知し、焦ったように立ち上がる光輔。

「あ、そういう意味じゃなくってさ……」

 バキッ、とプラスチックが割れるような音がした。

 おそるおそる光輔が足もとを確認する。

 デッキから取り出した忍のディスクが見るも無残に折れ曲がっていた。

「……」キッチンへ青ざめた顔を向ける光輔。「……ごめん、しぃちゃん」

「?」ゆるやかに忍が振り返る。そして光輔が手に持つコレクションのなれのはてに気づいた。「……。ぎゃあああー!」

「……ぎゃあっ、って。ごめん。弁償する」

「……いいけどね。また買えば……」すっかり復活した雅の隣で、忍のテンションが地の底まで落ちていく。「初回限定版だけどね。でも通常版でも中身は同じだから。今なら安いし……」

「あ、ははは……」

 ピンポーン!

 両手いっぱいのレジ袋をぶら下げ、桔平と木場が突入してきた。

「あけおめ~!」

 雅が笑顔で出迎える。

「あ、おめでとう~、桔平さん、木場さん」

「あ、明けましておめ……」

「お、みっちゃん達も来てたのか」光輔を軽くスルーし、顔面蒼白の忍に目を向ける桔平。「ん、元気ねえな、しの坊」

「何でもないっす……」

「あそ」

 レジ袋を手渡し、木場が真顔で忍と向かい合った。

「忍、悪いがまたDVD貸してくれ」

「いいですけど……」

 その時、桔平の絶叫が部屋中に響き渡った。

「ああー! おまえ、何やっちゃってんの! ジャッキー、バキバキじゃん! あ~あ」

「……」

 状況を確認し、うつむいたままの忍へ向き直る木場。

「これ今日借りていこうと思ったんだがな」

「すいまっせん……」

 割れたディスクを木場が手に取る。

 途端に桔平ががなりたてた。

「こら、木場! おまえはディスクの裏面、素手で触んなっつってんのに、何回言わせんだ!」

「おお、すまん」

「俺はそういう無頓着なのが大嫌いなんだ」厳しい顔つきで忍へ振り返る。「しの坊ももっとちゃんと管理しとけ。大事に扱わねえから、そうやってすぐに割っちゃったりするんだろうが」

「……あい」

「ねえ、雅、お餅まだ~?」光輔がのん気な声をあげた。「オラ腹減っただ」

 忍が震える拳を握りしめる。

 夕季には忍にかける言葉が見つからなかった。

「お、餅か、俺も食うぞ。三十個くらい焼いてくれ。おまえもそんなもんでいいだろ」

 桔平が木場に確認をとる。

「そんなに食えるか」

「綾っぺだったら百個くらいは楽勝だぞ」

「綾音と一緒にするな」

「餅、そんなにねえですし……」ぼそりと忍。

 心配そうに見つめる夕季の目の前で、忍が「ちっ」と吐き捨てた。

「……」

「おう、そうだ、光輔。おまえ、年賀状めちゃくちゃだったぞ」いきなり缶ビールを取り出し、桔平が駄目出しをし始める。「俺の名前が『冬詰平』になってたぞ。なんだ、つめへいって。よく届いたな」

 負けじと光輔が迎え撃つ。

「桔平さんだって、穂村が『稲林』になってましたよ」

「何! マジか。イナバヤシ? よく届いたな……」

 炭酸飲料を手に取り、木場がじろりと桔平を睨めつけた。

「俺のは『休場』になってたぞ、いい加減にしろ!」

「なんだと! てめえ! わざとだ! よく届いたな」

「嘘をつくな。なんだ『きゅうば』ってのは! 間違える方が難しいだろ!」

「ああ! てめえ、キューバ知らねえのか。カリブ海にある、野球が強い国だ」

「それと俺の名前とどういう関係がある!」

「木場、きば、キーバ、キィーバ! キィゥバ、キィゥーウバ!」ぐっと睨みつける。「チューバ、だ!」

「残念」皿いっぱいの餅を抱えて雅がやってきた。「一番大事なところでかんじゃったね」

「ことすもよろしくおぬがいします、って書いてあったぞ! 全部ひらがなだ! 貴様は小学生か!」

「こんな立派な小学生がいるか!」

「どこが立派だ!」

「どこがって、新年早々いきなりシモネタ言わせる気か!」

「何故すぐシモネタを言おうとする!」

「仕方ねえじゃねえか!」

 光輔と夕季があきれたような顔を見合わせる。

「俺のもそうなってたかも」

「うちのは、よろすくおねがいじます、になってた」

「……わざとなんだけど」

「そう言えば、あたしの名前、雅じゃなくて、邪悪の『邪』になってたよ」

「あたしは、夕香になってた」

 雅と夕季が残念そうな顔を見合わせた。

「誰だ、それ……。よく届いたな……」

「じゃっちゃんって呼んでねえ~」

「じゃっちゃんって、呼びにくいだろ……」

「お姉ちゃんのは『怒』るって字になってたし」

「いいじゃねえか、よく怒るし」

「そんなに怒ってまっせん!」

「……まあ正月だからな」

「喪中葉書出したのに」

「まあまあ、今時年賀状出すだけでも殊勝じゃねえか。そこんとこはもっと評価されてもいいだろ」

「まあねえ。桔平さんって、好きなこと以外はてんで駄目な人のテンプレだからねえ」

「あれ、なんかすごい辛口トーク! 正月早々そこまで……」

「だって」

「いや、おかしい。みっちゃん、だっては、おかしい」

「みやちゃん」夕季が真顔で雅を睨みつける。「気持ちいい。もっと言って」

「おまえ、そんな、そっと愛の言葉をささやくみたいに!」

「ささやいてない!」

「ないよねえ」

「お、ヴァン・ダムじゃないか」

 こたつの上の作りかけの模型を木場が手に取った。

 光輔が楽しそうに笑いかける。

「そこのコンビニで売ってたんすよ」

「コンビニ限定カラーか。まだ売ってたか?」

「結構。木場さんも作るんすか」

「まあな。ジャン・クロード専用カラーのやつなら作った。おまえエアブラシとか持ってるのか」

「なんすか、それ……」

 夕季が忍へと近づいていく。

 忍はオーブンへ餅を投入しながら、ぶつぶつと独り言を呟いていた。

「みんな、帰ってくんねえかな……」

「……」夕季が切なそうに眉を寄せる。「お姉ちゃん。あたし、お餅買ってくる」

 弾かれたように忍が振り返った。

「あ! ああ、ああ、お願い。あとお醤油も買ってきて」

「うん」

「あ、俺も行く」光輔が立ち上がった。「俺んちから持ってくるよ。まだまだいっぱいあるから」

 夕季が動きを止めて光輔を睨みつけた。

「……。なんで?……」

「……別に」

「あ、ついでにパンツも買ってこよ……」

「泊めないからね!」

「……自分ちで使うためなんだけど」

「……」

「……」

「おうおう、相変わらず仲いいな、おまえら」

「桔平さん、始まったよ」雅がこたつへもぐり込む。桔平らが持ち寄ったレジ袋を覗き、目を輝かせた。「あ~、あたし愛のスコーノレ飲も」

「おうおう、飲め飲め。ポッテチンとかキノコの古里も食えって」

「やたっ」

「おい、木場、見ろ。あら~、だってよ!」涙を浮かべ、画面を指さす。「あら~、だってよ! あら~って、く、苦しい!」

「き、き、き、桔平、あんなところに落ち、落ちて……」木場も呼吸困難になり、涙を浮かべる。「ぶは! は! はっ! く、苦しい、死ぬ……」

「みっちゃん、見ろ、見ろ、あら~、って……」

「あっははは、あら~、だって!」

「こ、光輔……」

「……」

 光輔が怪訝そうに雅の顔を眺める。

「何がそんなにおかしいの?」

「ん?」満面の笑みで雅が振り返った。「わかんない」

「……」

「なんかしちゃったりなんかしちゃったりして~だってよ!」

「ぶっははは!」

「あっははは!」

「……」

 缶チューハイを差し上げ、キッチン目がけて桔平が声を張り上げた。

「おい、しの坊、一緒に飲もうぜ! しこたま買ってきたからよ」

「あ、はい! ただいま参ります」ようやく忍の機嫌が直ったようだった。大皿に満載の焼き餅を抱え、ダッシュする。「ただちに!」

「ただちに、って、おまえ……」

「まだお昼前だけどねえ~。あ、グーミン、ゲット!」

「また飲みすぎんじゃねえぞ」

「大丈夫です。これでも自制心は強い方ですから」

「ホントか? おまえ、こないだの忘年会で、酔っ払って黒崎にトウロウ拳かましてたの覚えてねえだろ」

「ええっ!」さあっと血の気が引いていく。「……初耳なんスが……」

「わあ、見たい見たい。しぃちゃん、やってみせて」

「やめとけって、みっちゃん、危ねえぞ。黒崎の奴、こいつの地獄突きが喉ぼとけにバシバシ入って、呼吸困難になってやがったからな。あいつはなんだか白目剥きながら喜んでやがったけどな。おかしな野郎だ。その後、鶴の拳、とか叫んで飛び上がって、畳の上で思いっきりひっくり返って大変だったんだぞ」

「あ、はは……。その節はどうも……」

「次の日、頭の後ろ痛かったろ? なんでかわかんなかったんじゃねえのか?」

「ええ、てっきり寝違えたんだとばかり思ってましたが、意外なところから真実を知りました……」

「おまえ、ずっこけた時パンツ見えてたぞ。黒だった」

「黒なんて持ってません!」

「んじゃ何色だったってんだ」

「たぶん青です。……。ぎゃああああーっ!」

「ぎゃあああ、って……」

「セクハラです! 訴えますよ!」

「おまえが自分からべらべらしゃべったんじゃねえか」

「でも、でも、卑怯じゃないですか!」

「卑怯もひったくりもねえな。だいたい、おまえなんかにセクハラしたってしょーがねえだろが」

「ちっともしょーがありますよ! てか、そんなふうに言われたらせつねーでしょーが! 女として!」

「ふざけんな。女だったらシモネタの一つも言ってみやがれ」

「真面目な顔して何バカなこと言ってるんですか! 涙が出そうですよ!」

「ああん? 元はと言えば、おまえの酒癖が悪いのがいけねえんだ」

「そんなの仕方ないじゃないですか!」

「お! 開き直りやがったぞ」

「そんなこと言うのなら、もうお酒なんて飲みません!」

「言いやがったな、このやろう! 後で嘘でしたとかヌカすんじゃねえぞ!」

「言いません。女に二言はありません!」

「後で後悔するなよ!」

「後で後悔とは、おかしな言い草ですね。ちゃんちゃらおかしいです」

「何がおかしい!」

「上を見上げたとか頭痛が痛いとかと同じレベルの間違いです」

「どっちも正解じゃねえか」

「ははぁ~ん。小学生レベルの国語ですけれど、桔平さんには難しすぎましたかね」

「いや、難しくねえ。むしろ知ってた! 知っててあえて使った!」

「嘘ですね」

「嘘じゃねえ!」

「負けたくないから必死ですね。嘘つきは最低です」

「何! 俺が最低だと!」

「ええ。史上最低です」

「史上最低だ! 上等じゃねえか!」桔平が膝をポンと叩く。「よし、気に入った。まあ、飲め飲め」

「長いフリだったねえ~」

「あ、じゃあ」

「結局飲んじゃうんだよねえ~」

「まあな、正月だからな。な、しの坊」

「ええ、正月ですから。あ、すみません」

「かんぱ~い」

「かんぱ~い」

「あたしもかんぱあ~い」

 玄関であきれ顔の夕季へ、木場が一万円札を手渡した。

「これで飲み物と菓子も買ってきてくれ。何か欲しい物があったらついでにいいぞ。それから……」

 夕季がじっと注目する。

「もし割れたのと同じDVDがあったら買ってきてくれ」

「……」

「どうしても今日観たいんだ」

 光輔が表情もなく二人を眺めた。

「……。しぃちゃん、喜ぶかも」

「……。木場さん、お姉ちゃん、あんまり飲ませないで」

「わかっている」悲しい出来事を思い返すように目を伏せ、木場が重々しく頷いた。「俺も鼻の穴に指を突っ込まれるのは二度とゴメンだ」

「……」

「ヴァン・ダムは?」

 光輔と木場が見つめ合う。

「……。三つ頼む」

「三つ……」

 軽やかな足取りでコンビニへと向かう光輔。

 少し引き気味に夕季が続いた。

 満面の笑みで光輔が振り返った。

「なんかさ、おまえんちっていいな」

「……」

「茂樹んちもそうだけど、人が集まるうちってうらやましい」

「うちに集まるわけじゃない。みんな、お姉ちゃんに会いに来てるだけだよ」

 夕季が顎を引く。

 すると光輔はおもしろそうに笑って続けた。

「そっかな。そればっかでもないと思うけど」

「……ちゃんと課題やりなよ」

「わかってるって……」





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