第十八話 『花・後編』 5. マスターからの伝言
ドラグノフと向かい合う体勢で、陸竜王が偵察型インフィニティの右腕を抱え、引き剥がす。
その咆哮と礼也の雄叫びがシンクロした。
『不要な命なんざ、一つもねえんだってよ! ったく、わけわかんねえなあ!』
礼也の叫び声に、停止していたドラグノフの意識が呼び戻される。
「何をしている、レイヤ!」
『んなこた、どうでもいい! 俺的にぜひともあんたに駄目出ししてえことがあって、わざわざ参上つかまつった! あんた、自分の娘のこと全然わかってねえな!』
「!」
『あいつの大好物はボルヒチだかボルハチだかじゃなくてメロンパンだ。親ならちゃんと気づいとけっての! 本当、救いようのねえダメ親父だって!』
「……」
陸竜王の両眼が輝きを増していった。
コクピットの中から礼也が激情を噴き上げる。
「好きでもねえモン無理やり食わせようとするから、あんなバカ女みてえにヒネくれちまうんだって。あんたにゃ悪いが、ボルヒチよかメロンパンの方が百倍うめえ。あのチビ助に直接聞いてみなってことだ! 瞬殺されてやったのもそんな哀れな部分が透けてて、何やらかわいそうで本気モードが出せなかったせいだ。決して実力負けじゃねえ。それは認めるが、もう二度と相手はしてやんねえぞ! どっかの誰かとどっこい大作でギャグはイテえしよ、中身も丸カブりだし、そんなこともわかんねえようなクソ親父なら、娘に嫌われても仕方ねえって!」眉間に力を込め、ぐっと睨みつけた。「以上だ!」
偵察型の胸に背中を押しつけ、礼也が両足をドラグノフの肩へかける。そのまま伸び上がるようにドラグノフを蹴り飛ばした。
ヒートカッターが引き抜かれると同時に、ヴァイスで固定されたドラグノフのインフィニティの頭部が飛散する。
「光輔!」
吹き飛んだドラグノフの機体を、海竜王のクローがコントロールした。
「俺はボルシチ結構好きなんだけどさ!」
空高く放り上げ、子供が大人を抱えるようにキャッチした。衝撃が海竜王の足首まで強化コンクリートの滑走路へめり込ませる。
「メロンパンよりはうまいと思うよ」
『ふざけんな!』
「……あと、おまえが人のこと、嫌われるとか言っちゃ駄目だと思うよ」
『うっせえ、ハゲ!』
「ハゲって……」
抱えた腕をひねり、陸竜王が偵察型インフィニティを投げ飛ばす。
その勢いでヒートカッターを装着した右腕が肩からもぎ取られていった。
間髪入れず、体勢を立て直し左腕のヴァイスでつかみかかろうとする相手を、バーン・クラッカーの乱れ撃ちが粉砕した。
「奴ら、また勝手な真似を……」送信機を握りしめ、桔平が歯がみする。「おい、木場!」
『すでに確保ずみだ』
桔平が行動不能となった高機動型インフィニティへと目を向けると、偵察型の無線操縦器を放棄したマカロフが、木場らに拘束されコクピットから出てくるところだった。
『キッペイ……』
ドラグノフのくぐもった声が聞こえ、ようやく桔平が胸を撫で下ろす。
「おい、何とかなったようだな」
『いや、まだだ』
「なんだと、どういうこった!」
『どうやらダメージを受けすぎてしまったようだ。間もなくこの機体は活動を停止する。それが発動キーとなって、ウィルスが流れ出す仕組みだ』
「……」桔平が音を立てて唾を飲み込む。「だったら今すぐ出てこい。すぐに光輔達に……」
『不可能だ。ハッチがイカれてしまった。無理やり引き剥がせば機体が損傷し、その場でシステムが作動するだろう。もう時間がない。早く私を洋上ドックまで誘導してくれ』
「……。なんだってんだ、ここまでやっといて!」
憤怒のままに桔平が拳を無線機へと叩きつける。
それを見透かすように、ドラグノフの静かな覚悟が空間へ広がっていった。
『仕方がない』
損壊し活動停止状態の機体の中、ドラグノフが満足げに笑った。
「君達はよくやってくれた。私は満足だ……」
『そんなの認めない!』
夕季の声に反応し、顔を上へ向けるドラグノフ。
空竜王が空から飛来し、その青白い眼光でドラグノフを照らしていた。
インフィニティもろとも海竜王を背中から抱え上げ、空竜王が飛び立つ。
その様子を確認した桔平が声を張り上げた。
「よし、ナイスだ、夕季、そのまま海へ出ろ。一キロほど先に試験用のドックを待機させてある。そこへそのわからず屋を放り込んじまえ」
『了解』
「おまえの合図でゲートを閉じる。飛散防止剤も手配済みだ。外部へはもれねえ」桔平が口もとを引きしめた。「頼んだぞ、夕季」
『了解……』一拍の間。『必ず助けます』
「好きにしろい!」
インフィニティと海竜王をぶら下げたまま、空竜王が加速し始める。
一刻の猶予もないはずだった。
「何故だ。何故君達はそこまで……」
宙吊り状態でドラグノフが夕季へ問いかける。
「私は生きていてはならない人間だ。君達にもわかるだろう。私がいればこの先必ずまた……」
『私は認めない』
ドラグノフの世迷言を夕季がすっぱりと断ち切ってみせた。
『もしあなたが何らかの罪を背負ってそれを償いたいと望んでいるのなら、愛する家族のために生きるべきだと思うから。どれだけ汚れても、どれだけみすぼらしくても、ただ捨てるためだけにその花を切り取る権利は誰にもないはず』
しかしドラグノフの心は動かない。
「君の両手が自分でも嫌になるほど汚れていたとすればどうだ。それでもその手で可憐な花を摘み取ろうと思うか。血にまみれてしまった悲しい花びらを美しいと思えるのか」
『そうしなければその花が枯れてしまうと言うのなら、私はそうする』
「摘み取ればどのみち枯れてしまうのにか。それはエゴだ」
『枯れるかもしれない。でも植え直せばまた光を求めて伸び上がるかもしれない。その花が自ら咲き開くことを望むのなら、私は迷わず手をさしのべる。かわいそうだからという理由で可能性を否定してしまうことこそ他人のエゴだ。見守ることがつらいから、苦しいから、ただそこから逃げるために目をそむけているだけだ。私はたとえどんな姿になっても、それを見ていてくれる人がいる限り生きていたい。みすぼらしい私の姿を見て、それでも笑ってくれるのなら』
カッと見開かれるドラグノフの両眼。夕季の声に重ね合わせるように、ニコライの言葉を思い返していた。
「……。どうやら、迷いがあったのは私の方らしいな。だから私は小さく、弱い……」淋しそうに目を伏せる。それからかたわらへ置いた花の束を見やった。ミーシャから貰ったものだった。「……私の、負けだ」
『もうすぐドックへ着きます。頑張って下さい。アレクシアやミーシャや、新しい命のためにも』
ドラグノフが嬉しそうに笑う。それは何ごとにもとらわれない、心からの笑みだった。
「だが、もう遅い」誰にも届かない声でそう呟く。「すべてが……」
腹部の傷を押さえ、ドラグノフが静かに目を閉じた。
しごく満足げに。
桔平達は突堤へと繰り出し、総出で沖の様子をうかがっていた。
一足先に機体から抜け出た礼也の横で、泣き続けるミーシャをアレクシアが抱きしめていた。
風を切り裂く翼音を従え、空竜王が地に降り立つ。
ハッチを開け一人で機体から降りる夕季の姿を見て、ミーシャがさらに泣き声を上積みさせた。
困ったような顔になり夕季が目線をはずす。
「おい!」
桔平の声にそこにいる全員が一斉に振り返った。
視線の先で、海の中から海竜王がその黄橙色の光をのぞかせていた。
そして高く掲げたその両腕には、ぐったりと横たわるドラグノフの姿が見えたのである。
すすり上げるようにミーシャがえずき始める。
「ミーシャ。マスターから伝言がある」
夕季に呼びかけられ、くしゃくしゃの顔をそろりと向けるミーシャ。
すると夕季は顔も向けずに淡々とそれを口にした。
「お花を台なしにしてごめんなさい、今度からは大切にします、って」
「!」
弾かれたようにミーシャが海へと振り返る。
徐々に近づき、次第にあらわとなるそのシルエットの中、海竜王に抱かれながら、茎と葉だけになったプリムラ・ジュリアンを小さく掲げるドラグノフの疲れた顔がミーシャ達の方を向いていた。
「イヴァン……」
ミーシャが号泣する。
嬉しそうに微笑み涙ぐむアレクシアに優しく抱かれながら。