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第十八話 『花・後編』 4. 約束



 足裏のローラーを可動させ、ドラグノフのインフィニティがメガルの滑走路を滑り抜ける。

 アイセンサーによる機器の切り替えとスロットル開閉、感圧式のハンド・マニュピレータ操作を目まぐるしく展開し、独立した個々の動作をまるで生物のように滑らかに連動させ続けた。

 一世代前までのシステムでは、移動をしながらの攻撃、並びに情報の収集や処理などを一般的なパイロットがこなせるまでには、一年以上の訓練期間を必要とすると言われていた。バランスサポーターやオペレーションシステムの最適化により、操作自体はそれほど難しいものではなくなったが、回避行動を取りながら攻撃までこなせるパイロットは、わずか一握りしか存在していなかった。事実上実戦においては、外部からのサポートなしでは運用不可とまで囁かれるほどだったのである。水も食料も頭部の貨物スペースに積載できるのに、単独での使用がままならない。それがドラグノフの言う、インフィニティの欠陥部分でもあった。

 がしかし、ドラグノフやマカロフといった秀でた熟練パイロットの手にかかれば、この二体のように恐るべき兵器へと変貌する。

 まさに無限の可能性を秘めた、悪魔の戦闘兵器だと言えた。

 戦闘においての見極めに長けたドラグノフではあったが、優れた操縦技能を持つマカロフの前に銃撃を避けるのが精一杯で、なかなか海際へと展開することができずにいた。

 それどころか機動性に優れるマカロフは常にドラグノフの先へと回り込み、むしろメガルの懐深くへと押し込もうとしていた。

「く!」

 コクピット内で歯がみし、ドラグノフがヘッド・アップ・ディスプレイと外部カメラの状況を何度も見比べる。

 銃を取り上げられ片腕ももがれた今、他に武器となりそうなものは何一つなかった。動きもマカロフの機体にははるかに及ばない。

 それをあざ笑うかのごとく、マカロフの攻撃は執拗に追従し続けてきた。

 一瞬の機会を得て、倒れ込みながらドラグノフが先ほど弾き飛ばされたライフルを左手でつかみ取る。

 すぐさま反転し、片膝立ちの体制で左手を突き出し、マカロフ目がけて発砲した。

 弾道が正確にコクピットの中心を射抜いていく。

 だが軽く脆いプラスチックの模擬弾は、その表層にかすかな傷を残しただけで四方八方へ飛び散るだけだった。

「無駄だ、ドラグノフ!」マカロフが勝利を確信して叫ぶ。「祖国の誇りを汚した国賊よ。弟もろとも、異国の地で灰となれ!」

 ふいに背中に衝撃を受け、マカロフが振り返る。

 メック・トルーパーの気密装甲車が、機動特化型インフィニティの動力ユニットを銃撃していた。

 下半身を固定したまま上半身だけを百八十度回転させ、一瞬で相手車両と正面から向き合う。腰に回転軸を持つインフィニティならではの芸当だった。この特殊機動がある限り、インフィニティにはどの角度からの死角も存在しない。

「バカ者どもが!」マカロフが怒りと狂気に満ちたまなざしを差し向けた。「このウロボロスがどれだけの価値を持つものなのかわからんのか! 貴様らクズの命をいくら寄せ集めても、遠く及ばん!」

 マカロフの集中攻撃を受け、装甲車が黒煙を上げながら活動を停止する。間髪おかず、中から乗組員が慌てて飛び出してきた。

「死ね!」

 逃げ出す乗組員目がけ狙いを定めるマカロフ。

 それを阻止しようと別の車両が射線上へ突入した。

「バカが! 何台来ても同じことだ!」

 すぐさま撃破。続けざま、背後から接近する複数の車両をローラーによる旋回機動でかわし、側面から蹴りつけ横転させた。

「直進兵器がこのインフィニティにかなうものか。……!」

 本能で危険を察知し、マカロフが周辺を探り始める。

 振り向いた眼前に、カメラアイを発光させたドラグノフのインフィニティがぬうっと現れた。

「ドラグノフ!」

 高機動型インフィニティの頭部へ銃口を突きつけ、声も発せずドラグノフが連射する。プラスチックの模擬弾とは言え、一点に集中したエネルギーはメインカメラのレンズを粉々に砕き、マカロフの視界を奪うことに成功した。

「くそ! 前が!」

 弾切れとなったアサルトライフルを放り捨て、ドラグノフがマカロフの機体へ腕をからませる。蛇のように滑りこませ肘を折り、無差別に銃撃を続ける右腕をそぎ落とした。

 背中を蹴りつけ、うつ伏せになったマカロフのインフィニティをドラグノフが踏みつける。

 それからマカロフから奪い取ったライフルで残った手足を弾き飛ばした。

 それですべてが決着した。

 コクピット内で深く息を吐き出すドラグノフ。

「キッペイ。すまなかった。早くこの機体の処理を……。!」

 信じられない光景に再びドラグノフが活目する。

 偵察型インフィニティが彼の目の前に立ちはだかっていた。


 防護服のフード越しに桔平が、くわと目を見開く。

「なんだ、ありゃ……」生唾を飲み込んだ。「誰が操縦を……」

 ドラグノフが銃を新たな刺客へと差し向ける。

 だが数瞬早くダッシュした偵察型インフィニティはまたたく間にドラグノフの眼前まで詰め寄り、右腕のヒートカッターを振り下ろしたのである。偵察任務として訪れる敵地で岩や樹木、建物や戦車まで、ありとあらゆる障害を取り除くエクスカリバーだった。

 左腕を切り落とされ、ドラグノフの駆る機体がマニュピレーターとしての機能を完全に失う。体当たりを仕掛けたところを左腕のパワー・ヴァイスに阻まれ、万力のようなその圧力で頭部を拘束されることとなった。

「くそ……」

 策に窮したドラグノフが周辺を見渡す。メック・トルーパーの作戦車両はすべてマカロフによって行動不能状態へと陥っていた。

「キッペイ……」目を細め静かな口調で、歴戦の勇士が覚悟を並べ立てる。「万策つきたようだ。君達は安全な場所まで避難しろ。私は君達からなるべく遠く離れるよう努力してみる」

 無線機を握りしめる桔平。

「ふざけんな、てめえ!」くぐもる声がもどかしく、フードを毟り取った。「何カッコつけてやがる。最後まで生き延びる方法を模索しろ! そう言ったのはてめえだろうが!」

『今がその最後だ』

「な!……」

『だが勘違いをするな。私は終焉の時が訪れるまで諦めはしない。最善の結果を得るための努力をする。たとえこの身にかえても』

 インフィニティのコクピットの中、ドラグノフが満たされたように笑った。

「キッペイ。追いつめられた鼠が何故猫に立ち向かっていけるのかわかるか」

『……何を』

「生への執着ではない。死を覚悟するからこそ、かなわない相手でも食らいつくせると錯覚するのだ。チャンスは一度きりしかない。たとえ猫がそれで命乞いをしてきたとしても、心変わりすれば間違いなく食い殺されるからだ。だから鼠の心に迷いはない。私は最後まで抗う。誰にも望まれず、この不毛な命を持てあました、せめてもの償いとして」

『おい、てめえ……』

 金きり音が声をかき消す。

 ハッチを溶かし、ヒートカッターの刃先がドラグノフの目の前に突き出してきていた。

 目を細め、誰にも届かない声をドラグノフがつないでいった。

『こんな血にまみれた手で家族を抱きしめることはできない。私にできることなど、もう何もない……』


 シャッターの下りた本館ロビーできょろきょろとせわしく周囲を見回しながら、夕季はマーシャの手を握りしめていた。

 他の職員らがモニタリングする画面上で状況をうかがい見ようと視線を向ける。

 拘束され、ブレードを突きつけられたドラグノフのインフィニティが、必死の抵抗を続ける様子が映し出されていた。

「ユーキ」

 涙でくしゃくしゃになった顔をマーシャが差し向ける。

 夕季はわずかに眉を揺らしたが、画面から目をそむけることなく成り行きを見守り続けた。

「イヴァンを助けて。イヴァンは悪くない」ふるふると唇を震わせた。「悪いのは私……」

「……」

「お願い、ユーキ、イヴァンを助けて。ちゃんと言うこと聞くから。いい子になるから。もう二度とお花捨てたりしないから……」

 人目もはばからずマーシャが大泣きし始める。

 周囲が何ごとかと振り返ったが、ロシア語でわめき立てるマーシャの叫びは誰の心へも伝わらなかった。

 夕季を除いては。

「……イヴァンのことを、パパって呼ぶから……」

「約束だよ」

「!」

 はっ、と顔を上げ、マーシャが夕季を見上げる。

 夕季はモニターに映し出される光景をひたすら見続けていた。

 涼しげに笑みをたたえながら。

「約束だよ、マーシャ」


 残された右腕の下腕で偵察型インフィニティの肘を折り、ヒートカッターを遠ざけようとドラグノフが試みる。

 だが姿勢の不安定さからくるパワー効率の違いは如何ともしがたく、なかなか状況を覆すことができなかった。

 重心を落とし前傾姿勢を取るも、クラッチした左腕のアームに引き剥がされる。

 ドラグノフがローラーを全開で逆回転させると、少しずつ二体が元の場所から離れ始めた。

 そしてその行為に心血を注ぐごとに、刃先はドラグノフの喉もとへと近づきつつもあった。

 高熱にドラグノフの皮膚がちりちりと焼かれていく。

 凄まじいまでの精神力で信念を貫いてきたが、そろそろ限界も近いようだった。

『アレクシア、マーシャ……』意識が朦朧とし始める。『必要とされる一つの命が生まれ、引き換えに不要な命が一つ消えていく。私の死はその限りないサイクルの一片にすぎない。さらばだ、妻よ、娘よ。そしてまだ見ぬ命よ。悲しまないでくれ。……愛している』

 鼻つらへ狂気の刃が迫る。それは数秒を得ずして、ドラグノフの胸もとを貫くはずだった。

 が、しかし、目を閉じたドラグノフのもとへそれが届くことはなかった。

 予期せぬ状況に戸惑いながらも、ゆるやかに瞼をこじ開けていく。

 そこで展開された光景にドラグノフが言葉を失った。

 彼の視界からブレードが遠ざかっていったからである。

 そして切り開かれたハッチの隙間から覗く、燃え上がる勇者の両眼が赤く光り輝いた。






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