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第十八話 『花・後編』 3. インフィニティ



「どうなってんだ……」

 まばたきも忘れ、礼也や光輔が立ちつくす。

 夕季が心配そうに眉を寄せた。

 今、彼らの眼前で、メガルの技術の粋を結集した二体の人型機動兵器が激突しようとしていた。

「貴様ら、何をしている!」

 木場の怒鳴り声に光輔がすくみ上がる。

 おそるおそる振り返ると、鬼のような形相で三人を見下ろす偉丈夫の姿があった。

「早く逃げろと言ったはずだ!」

「だってよ」こともなげに礼也が返す。「おっさん、冗談だっつってたじゃねえか。だったら俺らがちょちょいと……」

「本物だ」

「……」

「本物の細菌兵器があの機体には搭載されている。そしてマカロフは、一番安全な場所からそれを起動させるつもりだ。自分の仲間達すら捨石にしてな」

 絶句する三人。

「……んじゃ、竜王に近づくこともできねえじゃねえか」

「桔平さん、このことを言ってたのか……」

 夕季が、うん、と頷く。

「早く本館に行こ……」

「ユーキー!」

 振り返る夕季。

 今にも泣き出しそうな表情でマーシャが走り寄って来るのが見えた。

「マーシャ」マーシャを抱きとめ、夕季がその顔を見つめる。「ここは危ない。早く逃げて」

「イヴァンを……」

「!」

「イヴァンを助けて!」顔をくしゃくしゃにしながらマーシャが夕季にしがみついた。「お願い、助けて……」

 小さな体を抱きしめ、夕季が対峙する二つの巨影を睨みつけた。


 ブースをなぎ倒し、二機のインフィニティがあいまみえる。

 それぞれのマニュピレーターには、竜王用のサブマシンガンよりも大口径のアサルトライフルがマウントされていた。

 全身にチョバム装甲を施したドラグノフの重装備型がゆらりと前へ出た。

 それに呼応するように、両手で銃をかまえたまま腰を深く落とし、陸竜王さながらマカロフのインフィニティが足裏のローラーでダッシュする。一瞬でドラグノフの視界から消え去り、真横へと位置取った。

 両眼を爛々と光らせ、ドラグノフの機体が反応する。

 繰り出された左腕をかい潜り、マカロフが銃底でドラグノフのみぞおちの辺りを突き上げた。

 よろめき、後退しながらもなんとか踏み止まるドラグノフ。咄嗟に反応し、攻撃の軸をわずかにそらしたおかげだった。

「さすがだな、ドラグノフ」機動特化型インフィニティの中、取り憑かれたようにマカロフが笑う。「パイロットとしての技量は貴様の方が上だ。だが機体の性能差は埋めようもない。その鈍重な機体では私をとらえることはできない」

 重装型のコクピット内部で、ドラグノフが顎下の汗を手の甲で拭った。

「やめろ、マカロフ。この機体を破壊すればどうなるのかわかっているのか」

『何も起きはしない』

「!」

『そのまがまがしいまでの重装備はすべてダミーだ。このガンも貴様の持つものと同じく模擬弾だ。広範囲に渡って爆発を巻き起こすものや、無関係な者達を危険に晒すものなどどこにもない』

 ドラグノフのコクピット目がけ発砲したマカロフの銃弾が、防御のために突き出した重装備型の銃をその右手ごと吹き飛ばしていった。

「やはり実弾か……。やめろ、マカロフ」ドラグノフが決死の様相でマカロフを制しようと試みる。「それ以上の衝撃を加えれば機体が……」

『心配するな。コクピットを狙えば被害は最小限に抑えられる』

「マカロフ! 貴様、自分が何をしようとしているのか、わかっているのか!」

『わかっている』

 マカロフがにやりと笑った。

「インフィニティを一機失うのは痛いがやむをえない。裏切り者を処断し、速やかに事態を収束させるのが最優先だ」その瞳の奥に妖しげな光を宿らせ、マカロフが謳い上げる。「これ以上近づかなければ、他の誰も害をこうむることもない。貴様の機体だけが爆発したとしても、巻き添えを食う者はいないだろう。ましてや、我々の同志が細菌兵器の危険に晒されることなどあり得もしない。そんなものははなから存在しないからだ」

 苦渋の決断を迫られるドラグノフ。

「キッペイ! 早くそこから逃げ遅れた人間を避難させろ! この基地内の者だけではなく、付近住民すべてだ!」ギリと奥歯を噛みしめた。「私の機体には細菌兵器が組み込まれている。機体の破壊と同時にそれらは巻き散らかり、風に乗って広範囲へ広がるだろう」

 途端に基地内がパニックのるつぼと化す。

「早く館内へ避難しろ!」

「だから、とっとと竜王に乗ってりゃよかったのによお!」

 避難をうながす木場へ振り返り、礼也が憎まれ口を叩いた。

「今さらそんなことを言って何になる! 本当に死ぬぞ、おまえ達!」

 礼也が口をつぐむ。

 脅えるマーシャを抱きしめ、まばたきすらせずに夕季が木場を見上げた。

「何か方法はないの」

「……。実験用の爆破施設に封じ込めるか、機体そのものを爆風で吹き飛ばすしかない」夕季の目をまっすぐに見つめ、木場がしっかりとした口調で言い切った。「それでもある程度の飛散はまぬがれないだろう」

 全員が言葉を失う。

 硬直してしまった夕季らを不安げに眺め、マーシャが捨てられた仔犬のような声を絞り出した。

「……イヴァンは? イヴァンはどうなるの?」

「マーシャ……」

「イヴァン、死んじゃうの? ……そんなのやだ」マーシャが泣き始める。「やだ、そんなのやだ……」

 マーシャの体を抱きしめる夕季。何もできない不甲斐ない自分を睨みつけるようでもあった。

 互いの顔を向け合うこともなく、光輔と礼也が同時に口を真一文字に結んだ。


「やめろ、マカロフ!」連絡用車両内で無線機を握りしめ、桔平が懸命にマカロフへと呼びかける。「それ以上そいつに手をかけるな! 本当に取り返しのつかないことになる!」

『大丈夫だ』

 無線機を通して押さえのきいた声が響き渡った。

『ブラフだ。そんなものなど存在しない』

「バカ野郎! そんな確証どこにもねえ! 勝手なことして関係ねえ奴らまでわざわざ危険に晒してどうする!」

『これはテロだ。テロを見過ごすことは祖国の理念に反する。些細な暴力にいちいち屈していたら、いつまでたっても理想へは到達できない』

「はあ! ちっとも些細じゃねえだろ! てめ、何わけわかんねえこと――」

『ロシアにも感応指数に秀でた人間が大勢いる。優れた科学者も人材も数え切れないほど存在する。君達より優れ、君達よりも祖国を尊び、神を信じ、この世の行く末を愁う、この世界の核となるべき人種だ。それなのに日本だけが権利を独占しようとする。忌むべき地だという曖昧な理由だけで、ドラグ・カイザーを三機とも我が物顔で占有する。不公平だとは思わないか、ミスター・ヒイラギ』

「……」

『表向きは従順な我々の中にも、崇高な理念と、リスクを承知であえて望むべき確かな思想がある。決して譲れぬ誇りと理想があるのだ。すべてに従うわけにはいかない。特に今の日本には』

「……。てめえ……」

「桔平!」

 木場に呼びかけられ、桔平が振り向いた。

「木場、そっちはどうだ」

「今、鳳さんの先導で、気密装甲車両を手配させた。インフィニティ相手にどこまで通用するかわからんがな」

「ドラグノフの援護くらいにはなるだろう。なるべく二体を引き離し、マカロフの野郎を押さえ込むんだ」

「わかっている」訝しげな表情でブースへ目をやる。「桔平、インフィニティの活動時間はどれくらいだ」

「無限マイナス一時間」

「無限!……」

 しれっと言い放つ桔平に、木場が絶句する。

 すると表情も変えず、ため息混じりに桔平はつけ加えていった。

「カタログスペックではな。実際は六十日ってとこだ。水増しがハンパねえ。原子力空母の連続運用にもはるかに及ばない、とんだインチキスペックだ」

「だが必要充分な作戦可能限界だ」

 木場と顔を合わせ、桔平が重々しく頷いてみせる。

「違いない。たった一機で戦況をひっくり返し、食料も燃料の補充も必要としない単独兵器が、六十日も戦場を闊歩すんだからな。考えたくもねえ」

「試験用のドックは」

「あさみに手配させた。そこまで運んでいく手段が厄介だがな」応答のなくなった無線機を機材に押しつける。「いざとなったら、俺がホバーを操縦してでも差し向ける」

「いや、俺が行く。おまえには他にすべきことがあるだろう」

「やらせてくれ。あいつも俺の数少ない友達の一人なんだ」覚悟を決めた表情で桔平がブースへと目をやった。「親友にあんな悲しそうな顔されたら、ほっとけねえだろ」

 木場には何も拾い上げることができなかった。

「あいつらは?」

「避難させた。いつまでも渋ってはいたが、無理やりにな。防護服を着せろだ何だ言っていたが、防護服ではふいの爆発に対応しきれない上、竜王の格納庫へ向かうにも必ず危険区域を通らなければならない。そんなリスクはおかせん」

「すまん。助かる」外の様子をうかがいつつ腕組みをする。「あいつらを一人でも失ったら、こっちの負けだ。俺達がどうなろうと、あいつらを失うわけにはいかない。当の本人達は納得できんだろうがな」

「わかっている。さあ、おまえも防護服くらい着ておけ」

「ああ……」

 銃撃音に振り返る二人。

 目と鼻の先で、譲れない二つの異なる思惑がぶつかり続けていた。







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