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第十八話 『花・後編』 2. 最悪のシナリオ



 メック部隊とロシア支部強行班は睨み合ったまま、何の進展もなく時だけが過ぎようとしていた。

 痺れを切らしたマカロフが部隊へ指示を出す。

「これより十分の後、全部隊でブースへの突入を試みる。先に私が陽動部隊とともに二号機を奪取し、三号機の遠隔操作に成功したら、一斉に砲撃を始めろ」

「は!」

「勝手なことはさせねえぞ!」

 木場に羽交い絞めにされた状態で桔平がマカロフを睨みつける。

 木場もそれに続いた。

「そうだ、勝手なことはさせん!」

 決死の様相で桔平が振り返った。

「てめえは放しやがれってんだ!」

「いや駄目だ。おまえにも勝手な真似はさせん」

「あのな……」

 ホットラインからの呼び出しがあり、ようやく桔平が解放される。

 あさみからだった。

「何の用だ。今は取り込み中でおまえなんかと話しているヒマは……」一瞬にして桔平の顔色が変わった。「ドラグノフが俺と話したいだと!」

 大声にそこにいる全員が振り返る。

 司令室別室の窓越しに騒動を見下ろし、あさみが含んだような笑みでそれを告げた。

「あなたと二人きりで話したいそうよ。くれぐれも慎重にね」

 あさみの瞳が妖しげな光を放った。

「……ああ、承知した」通話を終了し、桔平が木場へと向き直る。すでに冷静さを取り戻していた。「だってよ」

「……。桔平」

「ああ、わかってる」マカロフをちらと見やり、木場へと念を押す。「おまえはそれまでこの百点野郎を押さえておいてくれ……」


 メック・トルーパーの誘導によって野次馬達がぞろぞろと退いていく。

 連絡用車両へ向かう桔平を夕季ら三人が引き止めた。

「桔平さん」

「まだいやがったのか、てめえら。早く避難しろ……」

「何言ってんだって」桔平の声をかき消して礼也が言う。「あんなチンケなロボット、俺らが出てきゃ一発だって。メンドくせえこと言ってん……」

 桔平が礼也の胸倉をつかむ。ぐい、と引き寄せ、押し殺した声を捻り出した。

「つべこべ言ってねえで言うことを聞け」

 その迫力に礼也が口もとを引き締める。

 他の二人もただならぬ状況を感じ取ったようだった。

「いいか、てめえら。俺がいいって言うまで動くんじゃねえぞ」

「どうして」

 桔平が振り返ると、一歩も退くことなく真剣なまなざしを向ける夕季の姿があった。

「どうしてもだ。死にたくなかったら言うとおりにしろ」

「死に……」

「他の奴らと一緒に本館の地下へ避難しろ。竜王は作り直しがきくが、おまえらの替わりはいない。頼む……」

 礼也を突き放し、桔平が歩き出す。

 毒気を抜かれた礼也達はただその場へ立ちつくすだけだった。

 放心状態の二人を交互に眺め、夕季が顎を引いた。

「本館へ行こう。あそこなら……」

「頼むってよ」

「言ったねえ」

 礼也と光輔が顔を見合わせる。

「……。礼也、光輔、本館で……」

「死ぬってどういうこった?……」

「なんで俺らが……」

「……」


 特装車両後部コンテナの通信スペースで無線機を手に取る桔平。ここでは司令部からのコントロールにより指定回線以外のアクセスはブロックされ、外部からの干渉は理論上不可能だった。

 入り口付近には様子をうかがう木場とマカロフの姿が見えた。

「……。俺だ」

 神妙な面持ちで第一声を押し出す桔平。

 対して、ドラグノフは極めて落ち着き払った様子でそれに受け答えた。

『キッペイか。他の人間の避難はすんだのか』

「……ああ、あらかたな」

『そうか。早く全員を避難させてくれ。できれば君の周りの人間達もすべて』

 木場をちらと見やってから、桔平がドラグノフに応答した。

「大丈夫だ。ここには俺を含め、死んでも文句を言うような輩は残っていない。あんたんとこのうらなりは知らないがな」

『彼ならば気にする必要はない。どのみち私の監視を怠れば彼は粛清されるのだからな』

 余裕めいたドラグノフの口調が冗談なのかどうか判別できず、桔平が口をつぐむ。

 それを見透かすように、ドラグノフは笑みを含んだ調子でつないでいった。

『これから私が話すことを君達の記録へ残せ。まずは嘘偽りが一切ないことを私は母なる祖国へ誓う』

「何言ってんだ……」

 戸惑いを隠せない桔平を一人置き去りにしたまま、ドラグノフの独唱が始まった。

『私のこれまでの功績はすべて自分を高く売るためのものだ。何も持たずに生まれた私達貧民層にとって、地位と財力は功績や名声以上の意味を持つ。誰もがそう思うはずだ。そして私は、私がロシア支部で得られるすべてを、すでに手にしてしまっていることに気がついてしまった。あとは立場を変えるしか何ら望むべくもない。しかし私は、身売りするにはいささか信頼を積み上げすぎてしまった。体制に不満を持つグループへ自分を売り込むためには、それなりの手土産が必要だったのだ』

「……」

 インフィニティのコクピット内でドラグノフが無線機を握りしめる。一度だけ静かに目を閉じ、活目して続けた。

「我が弟、ニコライを抱き込んだのは私だ」

『! ドラグノフ……』

「家族の命をたてに、私がニコライを脅して悪事を働かせた。ロシアには主流派と反対派の他にもう一つ別のグループがある。彼らを戦わせ、潰し合いの後に実権をすべて収めようとする野心的なグループだ。私の価値をどこよりも高く見積もったグループでもある」

「いい加減にしろ!」

 マカロフが叫ぶ。

 桔平を押しのけ、マカロフが無線機を奪い取った。

「愚かなたわ言はやめろ、ドラグノフ! 我々を煙に巻こうとしているようだが、貴様の背反行為を我々は決して見逃さない。我々は命にかえても貴様を……」

 それ以上マカロフは言葉を積み上げることができなかった。顔面にヒットした桔平のバックブローによって、数メートルも吹き飛ばされてしまったからだ。

「貴様!」

 見向きもしない桔平の背中目がけ、拳銃を差し向けるマカロフ。

 が、それはすぐさま、木場のまわし蹴りによってコンテナの隅へと弾かれていった。

 衝撃に震える右手を押さえ畏怖するように見上げるマカロフを、木場が修羅の形相で睨みつける。

「失せろ」

「……」

 ギリと歯がみして、マカロフが車外へ出て行った。

 その様を一瞥し、桔平がぼそりと告げる。

「続けろよ、ドラグノフ」

『……ああ。すまない、キッペイ』

「よくそんなでたらめ、次から次へと出てくるもんだな」

『!』

「夜も寝ねえで一生懸命考えたんだろうが、そのシナリオには重大な欠点がある」

『……。どういう意味だ……』

「センスがねえよ。そんなツマんねえジョークじゃ救いがねえだろ。それじゃ笑うところも泣くところもねえ。ヌキどころがねえ、どこぞの同人雑誌と変わんねえ。最悪だ」

『……』

 ふざけたふうでもなく、真剣なまなざしで桔平がそれを口にする。

 木場もまた、同じ表情でことの成りゆきを見守っていた。

「ロシアにはそんなグループは存在しない。あるのは凪野派と反凪野派だけだ。そしてニコライを取り込んだのは、反凪野派じゃない。反凪野派のしわざに見せかけた、凪野派の連中だ。あんたを仕向け、反凪野派を一掃しようとした、奴らの策略だ。そのためにニコライは、あんたや家族の命をたてにとられ、懐柔された。全部知ってんだろ、あんたも、そしてニコライもな」

『……』

「彼は、あんた達を守るために、血まみれの臓腑を吐き散らす思いで国賊を買って出たんだろうよ。えげつねえことしやがる。悪いのは奴らだ。あんたが責任を感じるようなことじゃない。それをよ、わざわざ家族の前で見せつけるように悪党ヅラかましやがって、何やってやがんだ、いったいよ。でけえ図体して、けなげっつうか、なんつうか。何が、手にしてしまっていることに気がついてしまった、だか……」

『キッペイ、木場を大切にしろ』

「?」突然話題を切り替えたドラグノフに、桔平が不可解そうな表情になった。

『彼は決して君を裏切らないだろう。信じてさえいればな』

「……」苦虫を噛み潰したような顔になる。「もう、すでに一回裏切られてんだけどな……」

 静かに耳を傾けていた木場の表情が暗く濁った。

『ならば信じる気持ちが足りなかったのだろうな』

「んあ?」

 コクピットの中、ドラグノフがふっと笑う。

「かけがえのない人間というのは、何があっても必ずどこかで引き合うものだ。君にはそういった人間がまだ近くにいる。私にもニコライがいた。だが、彼はもういない」

『……』

 無線機を握りしめ、やるせなさそうに桔平が眉を寄せた。

『私がニコライを追いつめてしまったのは事実だ。汚れなく、花のように祖国を輝かせることができたはずの男から、私という無粋な存在が生きる権利を奪ってしまった。未来を摘み取ってしまった。彼の家族から大切な笑顔を奪ってしまった。私のせいでな』

「ふぬけたことヌカシてんじゃねえぞ」

『……』

「だったら、牙剥く相手、間違ってんじゃねえのか」

『……間違ってなどいない』

「?」

『私の乗るこの機体には、細菌兵器が積載されている』

「んだと!」

 無線機を握る桔平の手に力が込もる。

 木場が眉間に皺を寄せた。

「細菌兵器だってよ……」

 車外で盗み聞きをしていた礼也と光輔が、信じられないと言わんばかりの顔を見合わせた。

「やべえんじゃねえか、マジでよ……」

「やばいかもしれない……」

 夕季は何も言わず、二人の会話を聞き取ろうと集中していた。

 ふいに機内でドラグノフが悲しげに表情を曇らせる。

「この機体に一定のショックを与えると、システムが作動する仕組みになっている。それは何一つ破壊することのない静かな爆発だ。すみやかに建物をすべてシャットアウトすれば、ここの人間達は誰一人傷つかずにすむだろう。付近住民も早急に避難させれば、どうということもない。だが一旦接触すれば苦しみ悶えた末に確実に死に至る恐ろしいウイルスでもある。そして今後一ヶ月以上に渡り、この敷地内の施設は何一つ使用できなくなる。プログラムの発動を控えてそんな事態に陥れば、君達がどんな立場となるか想像するに難しくはない。それが彼らの狙いだ。退避の名目で混乱に乗じてドラグ・カイザー三機を鹵獲し、役立たずの日本から実権を奪い取る。責任問題を前面に立てて、本部の移転と実権の譲渡を要求する算段だろう。それが今回のクライマックスだ」

『……』

「ジョークだ。そんなものなど存在しない。万が一にもな」

『ドラグノフ……』

「私はこれからこの機体を駆って、なるべくここから遠くへ逃げることとする。君達へのブラフがばれ、退路を失ったためだ。おそらく私の裏切りを許せない同志達が、私を駆逐すべく攻撃してくることだろう。私は死にもの狂いで逃げ続け、海の彼方で機体もろとも爆発することになるかもしれない」

『……。おまえ……』

「キッペイ。一つだけ願いを聞いてくれ」

『……なんだ』

「私は裏切りを重ね続けた救いがたい愚か者だ。だがニコライの家族には何の罪もない。彼女達をこの国で保護してくれ。私の謀略をメガルへ通告した、ニコライの功績として」

『……』

『ざれ言はそこまでだ!』

 突然の怒号にドラグノフが、桔平が、夕季らが振り返る。

 特設ブースの中から起き上がった別の機体が、ドラグノフの前へ立ちはだかっていた。

 そして機動特化型のコクピット内で、正義を謳うマカロフがメガル中へ轟くほどの憤怒を叩きつけた。

 その狂気を孕むまなざしもろとも。

「ドラグノフ。裏切り者の貴様を処断する!」





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