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第二十八話 『スクランブル・スクランブル』 9. 月明かりの下で

 


「あとは島ごと焼き払っておしまいだな……」

 椅子の背もたれに深く身をうずめ、桔平がいつもの調子で呟く。

 ちらと顔を向けると、いつものように愁いを帯びた表情であさみが視線を海の彼方へと泳がせていた。

 ミッション無事終了の知らせを受け、携わった数知れない人間達が満足感と歓喜に酔いしれる。

 その中で、核となる存在の桔平らだけは、毎回得体の知れない不快感に見舞われるのだった。


 喫煙ルームで桔平が一息つく。

 小さな物音に耳を傾け、その音の主、あさみに目をやった。

 カップのコーヒーを自動販売機から取り出し、桔平が座るソファの一番離れた場所へ腰を下ろす。

 音もなくコーヒーをすすり、虚ろなまなざしをあさみが泳がせた時、根競べで負けを認めるように桔平から口を開いた。

「どういうからくりだったって」

「ん?」

 あさみが楽しそうに桔平を眺める。

「結局、アバドンが巨大ゴキブリの幻でも作ってたってのか」

「違うみたいよ。対策本部の見解だと、ガーディアンの背後にいたアバドンが瞬時に周辺の虫達を結合させて、巨大なアレを作ってたって」

「はん?」

「ガーディアンの死角になる場所で、膨大な数の虫達を細胞レベルで結合させて、一匹の巨大ゴキブリを作ってたんじゃないか、ですって。本来なら生物として存在できないくらいの大きさらしいけれど、昆虫の強固な外殻がそれをなんとか形にさせてたんだろうって言ってたわ。だからそこにいただけでろくに活動もできなかったし、斬った感じも一匹の虫そのものだったらしいわよ」

「……全部一緒くたにして、富士山クラスのゴキでも作っときゃいいのによ。そしたら一発で終わる」

「どれだけ大きくても虫は虫だものね。ガーディアンなら一撃で粉砕するでしょうね。それにあのサイズでも、おそらくは動いた瞬間に自分の重みで潰れていたかもしれない、とも言っていたわね。そんな私達にとって都合のいいこと、わざわざするわけないでしょ」

「だから、なるべく俺達が嫌がるようなモン、チョイスしてきやがったわけか……」桔平がふうむと考える。「ムカデじゃなくてよかったぜ」

「よかったわね」

「昔、顔噛まれて、お化けみたいに腫れ上がったことがあったからな」

「すごい顔だったわね」

「台所で見つけていじめてたら、夜中に天井から落ちてきて仕返ししてきやがった。逆恨みしやがって」

「すごい逆恨みよね」

「おかげでゾンビにかじられる夢見たじゃねえか。あの三年坊、日頃の恨みとばかりにからかってきやがって。ぼこぼこにしてやったけどな」

「顔中、ムカデに噛まれたみたいになってたわね。かわいそうに」

「自業自得だろ」

「後で木場さんに怒られて謝ってたものね、あなた」

「そういや、アイスおごらされたな……。なんで木場達にも!」

「ごちそうさまでした」

「あ!……」

 深く吸い込んだ煙を桔平が一直線に吐き出す。

「実際、たった数分のできごとだったが、その短い時間で、どんだけの命を奪ったんだろうな、俺達は」

「虫でしょ」

 表情も変えずに、あさみがコーヒーをすする。

 すると桔平があきれたようなまなざしを向けた。

「でも一つ一つが俺達と同じ命だ。あれがもし人間のものだとしたら……」

「虫は虫よ」淡々と告げ、ズズっとコーヒーをすすった。「あなたの好きな明太子だって、一口分の中にいったいどれだけの命が詰まっているのかしら」

「それはおまえ、食物連鎖って言うか、弱肉強食ってえか……」タバコの火を灰皿に押しつけ、ぼりぼりと頭をかきむしった。「つまんねえ女だな。ったく」

「そんなの今に始まったことじゃないでしょ」

「はん?」

 カップをテーブルの上に置き、表情もなく桔平を見やる。

「私達は自分達の都合のためだけに、全人類の何倍もの命を奪った。それを人類のエゴだと言うのなら、生きていることすらエゴになる」ニヤッと笑いかけた。「私達は自分達が生き延びるためにエゴを貫き通す。それでいいじゃない」

「……」

 ぶすっと顔をゆがめたまま、桔平がコーヒーを買いに立ち上がる。選択したのは、ミルク二倍、砂糖三倍の、桔平リクエストボタンだった。

「たかだか虫の集団に、俺達はここまで追いつめられた。それは事実だ。人間なんざ、弱っちいモンだな」

「そうね」

 ドリップ中の映像を見続ける桔平を、あさみもおもしろそうに眺めていた。

「人類はこれまでに数知れない生物を絶滅させてきた。捕食のためのみならず、その環境を奪う上でも。絶滅危惧種の保護なんざ、おかしな話だ。宇宙人が勝手に侵略して滅ぼした地球人を、ヒューマニズムという利己的な理由で囲って、無理やり檻に閉じ込めて監視しようとするようなモンだからな」

「学術的な観点だけじゃないの、そんなの。たった一人だけ生き残った最後の人類が、何を求めてその先も生き続ければいいのかしらね」

「いや、それでも俺は寿命が尽きるまでは意地でも生き続けるけどな」

「自分が何言ってるのかわかってる?」

「本能には逆らえねえだろ、結局」カップを取り出す。「ま、この世の理が生存競争になぞらえたものならば、それに敗れた種族は種としての寿命がつきたものとしてみる方が自然なんだろうな。有史上でもっとも他の種族に甚大な被害をもたらした生物は、間違いなく人類だろ。それを取り除いて、地球に本来の平穏を取り戻そうとするプログラムを、俺達は責められるはずもないよな。地球にとって何より深刻な害虫は俺達なんだからな。アチッ!」

 舌を出し、ふうふうあえぐ桔平を、あさみが意味ありげな笑みをたたえ眺める。

「つまり、一歩間違ってたら、あの島に築かれた死骸の山は、私達の方だったかもしれないって言いたいの?」

「そういうわけでもねえがな……」ふうふうしながら、激甘コーヒーを注ぎ込む。「もし天敵というものがこの世界からなくなったのなら、とんでもない勢いで地球を覆いつくすのは俺達なんじゃないのかって、ちらっと思っただけだ」

「それはありね」

「ねえからやってらんねえんだよ」

「?」

 不思議そうに見つめるあさみを横目で流し、諦めたように桔平が笑ってみせた。

「人類の天敵は外敵じゃないからな。病気だとか、権力争いみたいなもんだろ。そんじゃ永遠に天敵なんてなくならない」ぐいっと一気飲みする。「人間だけだろ。自分達自身が天敵なんて……」


           *


 月夜に照らし出され、光輔と夕季は祭りの帰り道を並んで歩いていた。

 人通りも途絶え、車も滅多に見かけない裏道で光輔が大きく背伸びをする。

「あー、楽しかった」それから笑顔で夕季へと振り返った。「夕季、どうだった」

「……ん」返答に困り、少しだけ顎を引く。「……」

 あらかじめそれを予測していたように、光輔が、ははっと笑って前を向いた。

「やっぱ、つまんなかったか。もともとあんまり乗り気じゃなかったしな」

「そんなことないよ……」

「茂樹や篠原はおまえが来てくれたから喜んでたけどな」

「……それなりに楽しんでたよ。……結構新鮮だったし」

「じゃ、なんでそんな浮かない顔してんだ」

 ぼそぼそと返した夕季を、光輔が不思議そうに眺める。

 すると重々しい口をこじ開けるように、夕季がその問いかけに答えてみせた。

「あたしは、ここにいてはいけない人間なんだと思う」

「……。はあ! 何それ? なんで?」

 素っ頓狂な声をあげる光輔に、夕季がまた顎を引いて続けた。

「あたしと光輔は違う。あたしは光輔みたいにできない」

「できてるよ。……何ができてるのか、よくわかんないけど。おまえ、時々変なこと言い出すよな。ポエム?」

「違う……」

 光輔が首を傾げる。

 夕季にとってそれも想定内のリアクションであったのか、今度は淋しそうに月明かりへ目線を向けた。

「自分の置かれた立場も、すべきこともわかってるつもり。でもこのままこんなところにいたら、いつか心が折れそうで。そうなったらあたしは……」

「折れないって」

「!」

 朗らかな光輔の声に夕季がはっとなって振り返った。

 それを見透かすように、光輔は笑って先へとつないだ。

「夕季が今の自分を嫌いにならないなら、だけどさ」

 その笑顔に夕季の視線が引き込まれる。

 夕季は、かつて自分自身が嫌いだったことを思い出していた。

 それが今の自分とは違うことも、光輔の言葉のおかげで気づいたのである。

 夕季が、ふっと笑った。

「光輔って強いね」

 途端に光輔が慌て始める。

「強いのは夕季の方だろ。俺は一人じゃ何もできない。メンタル弱いから。みんなが近くにいてくれないと力が出ないんだ」

 そう言って夜空を見上げた光輔を、夕季はまばたきもせずに見つめ続けた。

「みずきも同じことを言ってた」

「篠原も?」

「だからあたしは、光輔達みたいにはなれないのかもしれない……」

 再び夕季が顔を伏せる。

 その淋しそうな表情をまじまじと眺め、光輔が心の中でもやもやしていた何かをしぼり出そうとした。

「なんだかうまく言えないんだけど、夕季、前より穏やかになったのかな。でもトゲトゲしてた時より強くなったような気がする。一緒にいて頼もしいって思う、俺は。頼りになるのは前からだけどさ」夕季に直視されていることに気がつき、慌てて顔をそむける。「きっとみんなもそう思ってるはずだって。今のおまえをさ、みんなが求めてたからだと思うよ、多分。そういうのおまえが感じ取ってたのかどうかはわからないけど、自然でもわざとでもそういうふうになったんなら、おまえは必要な人間なんだよ。みんなにとってさ」

 すごいことを言ってしまったとばかりに、光輔がボリボリと後頭部をかきむしる。

 が、それに対し、夕季は何ら特別な感情を表に出すことなく、淡々と自分の考えを差し出した。

「人間の本質は変わらないと思う。そう見えるのは、きっと環境の違いで考え方が行ったり来たりしているだけだよ」

「だったら、もともとこういう感じだったってことなんじゃないか。おまえがさ」

 即答に振り返る夕季。

 光輔はおもしろそうに笑いながら、夕季の顔に注目していた。

「なんちゃってさ」

「……」

「はは……。虫が大発生してるんだってさ。プログラムのしわざだったりして」

 取り繕うように光輔が話題を振る。

 夕季はややテンションを落した様子でそれを受け止めた。

「何でもかんでもプログラムのせいにするのはよくないよ」

「そりゃそうなんだけどさ。でも何がきたって大丈夫だろ。今の俺達なら」

「……」

 それから二人はしばらく夜空を眺めていた。流れる雲に月明かりが見え隠れする。

 口数は減ったが、二人の心は晴れやかに澄み渡っていた。

「あのさ」

 ふいに何ごとかを思い出し、光輔が切り出す。

「桐嶋さんがお誕生会してくれるって」

 光輔を見つめたまま、夕季の思考がしばし停止する。

「……。誰の」

「おまえのに決まってるじゃん」

「……」

 夕季の顔が真顔になった。せつなそうに眉を寄せ、すがるようなまなざしを光輔へと向ける。

「……どうしよう」

「……いや、やってもらえば?」

「でも……」

「いいじゃん、別に」

「そんなこと言われても……」

「何、ちょっと困った顔でそわそわしてんの……」

「だって……」

 優しげな月明かりに照らされ、二人の影が夜道に踊るように映った。







                                       第三部完


 お読みいただきまして、ありがとうございます。

 話数も増え、あらすじもみっともないことになってきましたので、ここらでちょっと区切りたいと思います。またすぐに再開しますので、忘れないでいてください。

 そろそろ最終ステージの構想も固まってきました。それが一大ムーブメントを起こすという妄想に励まされながら、駄文を積み上げていく予定です。よろしければまたお付き合い願います。

 どうもありがとうございました。



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