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第二十八話 『スクランブル・スクランブル』 6. 桐嶋家のバーベキュー

 


「臨場感と備長炭ってなんか似てるよな」

 コンロの炭をうちわで激しくあおりながら、汗だくの礼也が振り返る。

 その笑顔を、楓は無表情に見つめ返した。

「普通は思ってても口には出さないけどね」

「んだ、てめえ!」

 近所の河原に、ジョトラッシーを含めた桐嶋一家と、光輔、夕季らの姿が見える。

 楓の提唱により、バーベキュー大会が行われていた。

 コンロ等の施設はあらかじめ常備されている場所でもあり、あとは食材の類を持ち込むだけでよかった。

「ほらみろ、早くも真っ赤っかじゃねえか。いきなしバーストモード突入だ」

 バシバシと親のかたきのようにうちわをスイングし続ける礼也が、ドヤ顔で楓に振り返った。

「やっぱ俺の前にゃ、コンロもかたなしだな。ごほごほっ……。ったくよ、おほっ! 炎なんてのは、俺の、ごほほっ! 子分みてえなモンだからな、ぐほっ、リクリュウからしたら、こんな火なんざ、こわっぱも同然、ぐおっほっ!」

「涙目で何強がってるの。今にも吐きそうな顔になってるよ……」

「いや、ここで引いたら負けだろ」

「目が真っ赤だよ。すごく」

「マジか! うあ! ちょっとかわってくれ。目がいてえ! 俺の目があっ!」

「やりすぎだよ。もう」

 金網の上に肉を敷き詰めながら、あきれた様子で楓が言う。

 顔を洗いに共同の手洗い場へ向かった礼也を、光輔と夕季も楓と同じ表情で見送った。

 もう一人、緊張の面持ちで直立するその男も。

「おい、光輔」

 その男、曽我茂樹に呼ばれ、光輔が何気なく振り返る。

 洋一とほのかにマジキックをくらい続けながら、茂樹は無表情で次の言葉を発した。

「霧崎先輩が来るなんて聞いてないぞ」

「おまえが来るってのも聞いてないぞ……」

 夕季らと近所のスーパーに買い出しに出向いた際、偶然茂樹に見つかり、ぎゃあぎゃあ騒ぐので仕方なく連れてきたのだった。

「おまえ、つめてえじゃねえか」

 凶悪な二人の連続攻撃を顔色一つ変えずに受け止めていた茂樹が、少しだけ悲しそうな顔になった。

「あんなに俺も誘うとか言っときながらさあ。ほんとさあ! もうさあ!」

「いや、そうなんだけどさ。桐嶋さん達と一緒だから、知らない奴連れてくと迷惑かなって思って」光輔がばつが悪そうに後頭部をかく。「それに夕季も一緒だったし……」

「いや、だから誘うんじゃねえの~! もしもし!」

 その時、ほのかの見舞ったクリティカルが、茂樹の最重要ポイントに直撃した。

「うっ!」

 その叫び声に、ジョトと戯れていた夕季が振り返る。

 すると茂樹は股間を押さえるのをやめ、無理やり引きつる笑顔を夕季に向けた。

「な、きくだろ」

「きく……」

 あぶら汗を顔に浮かべ、ツンツンヘアーをだらんと垂らした茂樹が光輔に目を剥く。

「……おまえ、いつもこんなのくらってるのか」

「ああ」

「これは、たまらん……」

「とおっ!」

「ううっ!」

「とったど~!」

「……とられた」

「こら、ほのか、やめなさい!」

 楓がストップをかけに入ると、股間を押さえながらも茂樹が笑みを作ってみせた。

 そのあぶら汗に縁取られた笑顔にやや引きながらも、楓は兄弟達の蛮行をたしなめにかかった。

「駄目でしょ、乱暴しちゃ。……お兄ちゃん、いた、いたい、……痛がってる、じゃない……」

 その卑屈な笑顔を目の当りにし、素直に言葉が出てこなかったのだった。

「いいんだよ、こんなの」

「こら、洋一! なんてこと言うの!」

「だってエロガッパなんだよ、こいつ」

 攻撃の手を緩めることなく真実のみを述べた洋一に、楓の目が点になった。

 すかさずパンチをともなうほのかのフォローが入る。

「いつもエロいことを言っていたいけな子供達をドン引きさせとりますがな」

「うっ! きく~!」

「とったどー!」

「……とられた。二つとも……」

「……。そんなひどいこと言っちゃ、……ダメでしょ」お姉さんらしい態度を崩さず、楓がなんとか衝撃を受け流す。それから腰を折る茂樹に気の毒そうな顔を向けた。「ごめんなさいね、ほんとに」

「いえ、まあその……」

 股間を押さえながら、苦しそうに茂樹が目を剥いた。

「……そんなことより顔がドン引きしてるんすが」

「あ……」

「ほんとだ、ドン引きしてるー! エロガッパに!」

「ドン引きびー! のびちゃったー! ガッパ、エロがっぱー!」

「……ごめん、なさい」

「はは、は……、いいんすけど……」

「……」


 楓に取り分けられ、みなが紙皿の料理に箸をつけ始める。

 もっと肉をくれとゴネる光輔と、それをたしなめる礼也を、楓は複雑そうな笑顔で見守っていた。

「はい、古閑さん」

 楓から手渡された皿をじっと眺め、表情もなく夕季が顔を上げる。

 それを楓の笑顔が出迎えた。

「もっとお肉、いる?」

 眩しい微笑みに押し返され、何も言わずに夕季はそれを受け取った。

「いえ……。ありがとうございます……」

「?」

「……」

 まじまじと皿の中を凝視すると、肉と焼き野菜がバランスよく盛られた端に、ピーマンの四半切りが二つ鎮座していた。

 ひたすらピーマンを睨みつける夕季。

 光輔を挟み、反対側で頬いっぱいの食物を頬張る茂樹が、それに気づいて不思議そうな顔になった。

 あいも変わらず、肉だ、焼きそばだと、騒ぎ立てる光輔と礼也。

 それを眺める楓の表情はしごく楽しげだった。

 そろりと光輔の様子を横からうかがう夕季。

 そして夕季は、隙をみて、光輔の皿に自分のピーマンをパスしたのだった。

 その光景に、ガビーンと衝撃を受ける茂樹。

「ん?」

 自分の皿の様子がどこか不自然なことを感じ取り、光輔が首を捻る。

 夕季は口をもふもふとうごめかせながら、不自然な位置で箸をカシカシと交差させ、心配そうに光輔の動きをうかがっていた。

「ま、いっか」

 ほっと一息の夕季の反対側で、口を開け、箸を止めたままの茂樹が、再びガビーンとなった。

「あのさ、焼きそばって……」

「焼きそばは最後だってのがわかんねーか、てめえは!」

 不用意な光輔の発言を、口から肉をはみ出させた礼也が叩き落とした。

「汚いよ、礼也君……」

「はあ~んっ!」

「いや、ソースだけどさ、この袋に入ってた粉のやつも使いたいなって思って」

「それは俺も賛成だって! てめえは!」

「なんで怒ってんの……」

「あの安っぽい味こそが綾さんの焼きそばそのものだろ!」

「あ、やっぱり?」

「残念ながらな!」

 やれやれとみなが二人のやり取りに注目する。

 そのわずかな隙を狙い、光輔の皿から茂樹が先のピーマンをついばみ取った。

「ん?」

 違和感に気づき、光輔が皿の中を凝視する。

 ふと顔を向け、どこか腑に落ちない様子の光輔をドキドキと見守っていた夕季が、いたたまれず口を開いた。

「……。どうかしたの」

「ん?」腑に落ちない顔を夕季に向ける。「いや、なんだろ……」

「……」

 わけもわからずに目線を茂樹へとスライドする光輔に、夕季もならった。

 茂樹と目が合う。

 茂樹は真顔で二人を見つめながら、口をもふもふと動かし続けていた。

 はてな顔の光輔を、それぞれの思惑を抱きつつ、両隣の二人が注目し続ける。

「……ま、いっか」

 どうでもよさげに、光輔は皿の肉に手をつけ始めた。

「でさ、焼きそばなんだけど……」

「てめえはまだそんなこと言ってやがんのか! ぶっとばすぞ!」

「礼也君、お皿、こぼれてるよ」

「あ~、黄金のタレがシャツについたじゃねえか、光輔!」

「知らんがな……」

 ほっと胸を撫で下ろす夕季、と真顔の茂樹。

「ピーマン、嫌いだった?」

 はっとなって夕季が顔を上げると、申し訳なさそうに見つめている楓の笑顔があった。

 途端に夕季の顔が真っ赤に燃え上がる。

 同時に茂樹のそれも炎上した。

 楓は反対側から全部見ていたのである。

 夕季を眺め、楓が困惑したように、はは、と笑った。

「言ってくれればよかったのに」

「……すみません」

「謝らなくてもいいけど……」

 それから楓は、もふもふと真顔で食べ続ける茂樹を、残念そうに見つめた。

「……。ピーマン、もっと食べる?」

「……うぶぁい……」もぐもぐ。「……ひょっとしてドン引きしてます?」

「……ごめんなさい」

「いえ、謝らなくてもいいすけど。かえって……」


「なんか、二、三日にいっぺんくらい、桐嶋さんちに行ってるような気がするな」

 楓の家からの帰りがけに光輔が呟き、夕季がピクっと反応する。

 学校からのついでならばともかく、ジョトに会いに行くためだけに楓の家を訪問する勇気が夕季にはなく、洋一達と遊びに行くためという口実を、よく、立てていた。

 結果的に光輔を利用する形で。

 自分を慕ってくれる洋一やほのかすら、犬を触るための理由にしていることに自己嫌悪を抱き、夕季が反省する。

 そろそろ、しばらく控えようかと思い始めていたところでもあった。

「ま、洋一達と遊ぶのおもしろいからいいんだけどさ。桐嶋さんもゲームうまいしさ」やや表情を曇らせる。「……負けるとあんなにムキになるとは思わなかったけど」

 リアクションに困り戸惑いがちの夕季に、光輔が屈託のない笑顔を向けた。

「おまえもジョトが触れて一石二鳥だろ」

 夕陽の差し込む電車内で、真っ赤に染まる光輔の横顔を夕季が眺める。

 光輔は楽しそうに笑いながら先につなげた。

「なんかさ、あいつら、弟や妹みたいなんだよな。ほら、俺達ってさ、みんなの中で一番下だったじゃんか。だから下の兄弟がいたらあんな感じなのかなって思ってさ。だから礼也もよく顔出しに行くのかな。ひょっとして、陵ちゃんや綾さん達って、俺らのことあんなふうに見てたのかな。……?」まばたきもせずに注目する夕季に気がついた。「……なんか変なこと言った、俺」

 ぐむむむと口を結び、夕季が顔をそむけた。

 その様子に、不思議そうに首を傾げる光輔。まあいいか、と思い直し、穏やかな笑顔で車内の広告を眺めた。アウトドアの雑誌広告に目がいき、キャンプもいいななどと考え始める。

 その時、夕季が静かに口を開いた。

「光輔、課題のことだけど……」

 ん? と光輔が顔を向ける。

「見せてくれるの?」

 夕季がわずかに顎を引いた。

「……みんなで一緒にやればいいかなと思って。わからないところとか、すぐに調べられるし」

「なんだ……」

 途端にガッカリ顔になる光輔に、夕季がムッとなった。

「嫌ならいい」

「いや、嫌じゃない、助かる、すごく助かる!」焦ったように光輔が取り繕い始める。卑屈な笑顔で夕季に全面降伏した。「ちょろっと見させてくれると、もっと助かるけど」

「……」

「なんちって……」今度こそ完全降伏。

 気を取り直し、夕季が話を戻した。

「みずきも呼んだり」

「あ、茂樹呼ばないと、またスネるかもしれない」

「曽我君……」心配そうに眉をひそめる。「大丈夫かな」

「大丈夫だよ。おまえの前でなら、必死にやるって」

「……あたし、そんなに怖い?」

「俺はね、俺は怖いけど、あいつは変人だから大丈夫だと思うよ」

「……」

「……いや、ちっちゃい冗談言うたびに真顔で睨まれても」

「睨んでない」

「いや、睨んでるし」

「睨んでないってば」

「いや、睨んでるってば」

「睨んで……」

 ガタンゴトンと揺られながら、二人を乗せた列車は目的の駅へ到達しようとしていた。


           *


 急激に開けた視界の中、ふいに現れたアバドンの姿に礼也らが面食らう。

「でけえ……」

 それはガーディアンと同じくらいの大きさのゴキブリだった。

「あれが嵐の中にまぎれてたってのかよ……」

「吐きそう……」泣き言を言う。光輔が。「夕季、頼む。おまえゴキブリ・バスターズなんだろ」

「……」

「俺もだって。あとは特別にてめーにまかせた」

「礼也まで……」夕季が口もとを引きしめる。「あれはあたしも嫌」

「だよね……」

「とりあえず、斬っとけって!」やけっぱちの礼也が覚悟を決める。「後でキレイに洗ってやるからよ!」

 ガーディアンが臥竜偃月刀を横になぎ払う。

 すると巨大ゴキブリは真っ二つに裂け、体液を四方八方にまき散らしながら跡形もなく崩れ落ちていった。

「やった! ……うええ」

 光輔が歓喜と辟易の声をあげる。

 だが夕季は、腑に落ちない様子の礼也の表情に気がついていた。

「手ごたえが変だ」顔をしかめる礼也。「斬ってるのに斬れてない」

「なんだそれ……」

「るせえ! とにかく妙な感じだって!」

 呟いた光輔を一喝で押しのけ、礼也が再び正面を見据えた。

 予感どおり、虫嵐の消滅もなく、カウンターの終了宣告も届かない。

「やっぱ、まだ…… !」

 キョロキョロと見回し、三人がそこでまた巨大なゴキブリを確認した。

「またかよ」

「予想通りだね」

 再びアバドンと向き合い、礼也がギリと歯を食いしばる。

「雅」モニターに雅を呼び出した。「一発かます。ちょいと辛抱しろ」

『いいよ』

 弾劾蒙衝打の熱線が巨大ゴキブリの中央を大きく穿ち、勢いのままに内部からめくりあげていく。

 本体の消滅はそのまま空間の一掃へと導かれていった。

 が、一瞬の後にそれはすぐさま再構築されていく。

 刹那だけのぞいた青空も、また虫だらけの大気に蝕まれていったのだった。





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