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第十八話 『花・後編』 1. 孤独な叛乱



 その衝撃にメガル全体が震撼した。

 ドラグノフの駆る二足歩行兵器が、基地内の特設ブースを占拠したのである。

 多くの人間達がいまだ敷地内に取り残され、またドラグノフ自身が攻撃の意思を示さないため、メック・トルーパー達は遠巻きに様子を見守るだけだった。

 報告を受け、桔平が司令室から飛び出そうとする。

 それをあさみが引き止めた。

「待ちなさい、柊副司令」

「待ってられっか! こんな一大事によ!」ネクタイをむしり取る。「俺が奴を説得する」

 激情をぶつけるように睨みつける桔平を、あさみが顎を引いて見返す。

「……大量殺戮兵器が敷地内に持ち込まれたみたいなの」

「!」カッと両眼を見開いたまま、桔平の体が硬直した。「……んだって」

「詳しいことは不明だけれど、どうやらロシアからその類の兵器が持ち込まれた可能性が高い。ついさっき、ロシア支部の反対派をにおわせる組織から爆破予告があったわ」

「……どこに」

「わからない」

「……。ロシアは何て言ってる」

「そんな事実はない、だそうよ」

「……」桔平が考えをめぐらせる。「なんだ、このタイミングは。おかしいじゃねえか……」

「考えられるもっとも高い可能性は」

「……まさか」

「そのまさかよ」笑みの消えたまなざしで桔平を見据え、淡々とそれを口にした。「当初の三体には異常は見受けられなかった。遅れて到着した重武装ユニットか、或いはその後のウロボロスか。どちらにせよ、手引きする人間がいなければ、実現不可能なことに変わりはない」

「我々は一切関与していない」

 マカロフの声に二人が振り返った。

「どうだかな」値踏みするように桔平が突き放す。「考えたくもねえが、あんたらが仕組んだサプライズってセンも充分ありえる。むしろそっちの可能性の方が……」

「いや、彼の独断行為だ」

「!」

 マカロフは眉一つ動かすことなく、二人を見据えて続けた。

「ミス・シンドウ、ミスター・ヒイラギ。我々にチャンスをくれ。これはロシアの失態だ……」


 ドラグノフが基地を占拠してから約十分が過ぎようとしていた。

 マニュアルの記載によれば、ドラグノフの搭乗するバリエーションはメック・トルーパーの特装車両数台分以上のファイアパワーを謳い、その気になればものの数分でメガル全体を制圧するほどの能力を有していた。

 竜王の格納庫に近い場所でもあったが、ドラグノフの真意が読み取れぬ今、夕季らも迂闊には近づくことができずにいた。

「おい、どうなってんだ、夕季」

「……わからない」

「わからないって、てめえの師匠だろうが」

「……」

「きっと何か訳があるはずだよ」

「訳ってなんだ、光輔」

「……いや、それは……」

「あたしもそう思う」

 光輔と礼也が夕季へ振り返る。

 夕季は毅然としたまなざしで、ドラグノフが立てこもるブースがある一角を見続けていた。

「あたしが話してみる」

「ああ! てめえ、自分なら大丈夫だとかふざけたことぬかす気じゃねえだろうな」

「あの人は自分のことを鼠だって言った。もしそれが本当なら、追いつめられなければ牙を剥くことはないはず」

 あきれたように礼也が嘆息する。

「あのな、謙遜に決まってんだろうが。あんなバケモンみてえな鼠いるかって。どう見ても猛獣だろうがよ。熊とか虎とか、ガッツリ肉食らう系の奴だ。てめ、のこのこ出てって、かわいげねえそのドタマから食われても知らねえぞ」

「その時はお願い」礼也の顔を見つめ、夕季が淡々と告げる。

「お願いって、てめえなあ……」

「夕季、少しでいいから、あの人を引きつけてくれよ。俺は木場さんに頼んで、ここにいる人達をなるべく遠ざけてもらうから」

 夕季が光輔へ向き直った。

 光輔の顔つきが変わっていた。凛とした表情で夕季の決意を正面から受け止める。

「おまえがあの人と話している隙に俺達が竜王に乗り込む。竜王なら被害を最小限に抑えられるかもしれない」

「……」

「誰も傷つけたくないんだ」

「……。わかった」

 ふっと笑い、光輔が頷いた。

「おまえも無理するなよ。駄目だと思ったらすぐに引き返して来いよ」

「わかってる」

「よし」

「……」憮然とした表情で礼也が二人を見比べていた。「てめえら、人さしおいて、何勝手に話進めてやがんだって」

「時間がないから」

「行くぞ、礼也」

「おい、お、ちょっと待てって!……」

 その時、マカロフが指揮するロシア支部の部隊が駆けつけてきた。手際よく現場を仕切り、野次馬達の排除に努める。

「ああ、なんだ、てめーら!」

 いきり立つ礼也をアサルト・ライフルを手にした武装兵が押しとどめた。

 ぐっ、と顎を引き、決して退かない心で礼也が屈強な武装兵達に立ち向かう。

 そこでマカロフが、冷やかなまなざしで礼也を見据えながら一歩前へ出た。

「君達は下がっていなさい。危険だ」

「んだと!」

 滑り込むように駆け寄って来た木場が、二人の間に立ちはだかった。

「そういうわけにはいかない。ここは我々の管理区域だ」

 エネミー・スイーパーのメンバーを主として、メック・トルーパーの隊員達がそれに続く。

 一部では揉み合いが始まり、一触即発の様相を呈していた。

「ここでは我々の指示に従ってもらおう」

 木場が厳然と言い切る。

 しかしマカロフは譲歩するそぶりを微塵も見せなかった。

「これはロシア支部の不祥事だ。君達の手を煩わせることなく、我々だけで解決する」

「あんたらに彼が説得できるのか」

 その声に主だった人員が振り返る。

 桔平だった。

「今のロシアに彼の心をくみ取ることができるのか」

「その必要はない」

「何」

「彼は裏切り者だ。狡猾にも我々を欺き、反対派の凶事に手を染めてしまった。我々の信頼を逆手にとって。我々は正義の名のもとに、彼を粛清しなければならない」

「てめえ……」

 マカロフにつかみかかろうとする桔平を、懸命に木場が押しとどめた。

「放せ、木場!」

「やめろ、軽率な行動は慎め」

「うるせえ! この野郎ぺしゃんこにのしてやんねえと俺の気がおさまんねえんだ! 何が正義だ! 腹ん中、ぐっちゃぐちゃに黒ずんでやがるくせによ!」

「それをしてどうなる」

「うっせえ! 放せ、木場!……」


 ざわめき立つ周辺の状況を不審に思い、マーシャが窓を開ける。

 慌しく人が入り乱れていたが、そこからは外の様子が何もわからなかった。

「何かあったの、ママ」

 敷地内に緊急放送が鳴り響く中、愁いの表情でアレクシアがマーシャを抱きしめる。

「どうしたの、ママ。……痛い」

「マーシャ。イヴァン、もしかしたら帰って来れないかもしれない」

「! どうして?」

「……。お仕事で遠くに行くことになるかもしれない……」

 それから先は言葉をつなぐことができなかった。

 その様子にマーシャもただならぬ理由を感じ取る。

 アレクシアに抱かれたまま、マーシャがしっかりとしたまなざしで窓の外を眺めた。

「……。イヴァン、死んじゃうの?」

「!」

「死なないよね?」

「……」唇を震わせ、アレクシアが悲しげな瞳を揺らした。「お祈りしよう、マーシャ。無事イヴァンが帰って来れますようにって……」

「誰に」

「マーシャ……」

 戸惑いの表情を浮かべ、アレクシアがマーシャの顔を見つめる。

 マーシャは眉を寄せ、口を固く結びながらその顔を見返した。

「誰にお祈りすればイヴァンは死なないの? お祈りすればパパも死ななかったの?」

「……」

「イヴァンが言ってた。神様を騙そうとする悪い人達がいるから、神様は私達のことなんか見てくれないんだって。だから神様は私達のことなんか助けてくれないんだって」

「マーシャ……」

 流れ出た涙をマーシャが拭い取る。

 それからマーシャはキッと表情を正し、アレクシアへ背中を向けて駆け出した。

「マーシャ、マーシャ……」

 追いかける声が途切れ、悲しみの涙にまみれたアレクシアが膝から崩れ落ちていった。





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