第二十八話 『スクランブル・スクランブル』 5. 絶叫、お化け屋敷
光輔と茂樹は山あいの小川で釣りに興じていた。
さんさんと降り注ぐ陽射しに顔を焼かれ、表情もなく釣り竿を並べる二人。
やがて茂樹がぼそりと呟いた。
「釣れねえなあ」
「うん、さっぱりな。エサが悪いのかな」光輔が竿を上げて釣り針を眺める。「あ、エサ取られた……」
「マヌケめ」
「うんも~」
「……。なあ」
「ん?」
「古閑さん、今何してっかなあ」
「さあ。宿題でもしてるんじゃないの」気のない素振りで答える。「それか、メガルで訓練とか」
「夏休みなのにか」
「あいつは訓練生扱いだからな。週三回くらいは顔出してるはずだよ。でもいい方だよ。普通だと、土日のどっちかは完全に潰れるからさ」
「ふ~ん。おまえは」
「俺は呼ばれた時だけ」
「んで、暇そうなんだな」
「暇だから遊んでくれって言ったのおまえだろ……」光輔が苦笑いする。「部活は?」
「一日おきの朝連だけだ」
「うちと一緒だな」
「学生の本分は勉強だからな」
「そうだな」
「勝てねえわけだな」
「だよな」
「全然課題とかやってないけどな」
「俺もゲームばっか」
「ギャルゲーか」
「うんにゃ」
「貸すぞ」
「いや、いい」
「はまるぞ」
「なんでそんないい顔なの……」
「ふっ。お、きた!」
「マジ?」
竿をくいと上げ、茂樹がエサのついていない釣り針を睨みつける。
「……」
「ははは……」
「はあ~あ。メシでも食いに行くか」
「案外、メックの人達と昼メシでも食いに行ってんのかもしれないな。あいつ結構モテるから」
「やっぱ、 モテるのか!」
ガバチョと茂樹が食いつく。
それにたいした反応も示さず、竿を振りながら光輔が受け答えた。
「ああ、オヤジ世代に特にね。なんか不器用な娘みたいでかまってやりたくなるんだってさ。俺にはさっぱりだけど」
「ちっとも、さっぱりだけどじゃねえだろ!」
「はん?」
ヒートし始める茂樹に、光輔が不思議そうな顔を向ける。
「あれでモテないはずないっつってんの。ほっとかねえだろ、普通。何が、俺にはさっぱりだけど、だ!」
「そうか?」
「そうだろ。俺だってかまってほしくてしかたねーぞ!」
「そうか? ……何言ってんの?」
「あ~あ」竿の先を川に沈めてじゃぼじゃぼさせ、茂樹がぶーたれる。「俺も古閑さんとデートとかしてみてえ……」
「あいつ、変わりモンだぜ。短気だし」
「そういう属性も魅力の一つじゃねえか」
噛みつく茂樹に、光輔が苦笑いした。
「属性っていうか、突然ぶん殴られたりとかするんだけど」
「それでもいいって。ああ、ぶたれてみてえ。コラ~、早く起きれ茂樹ってばよ、ばしっ、あ、鼻血、てへっメンゴメンゴ、あ~、遅刻遅刻、っとか言っちゃって」
「いや、絶対そんなこと言わないから」
「そうか? 俺の頭の中じゃ、ちょいちょいそんな感じなんだけどな」
「そしたら別の人になっちゃうけどな」
「そうか? 最初はキャラわけしてあっても、結局は全部そうなるパターンがほとんどだぜ」
「ゲームの話?」
「ゲームの話だ」
「……」
「年齢別のやつも含めて」
「……おまえ、変わってるよな」
「おまえもだろ! 充分!」
「へ?……」
「へ、じゃねえよ! なんだ、その、なんで僕が、みたいな顔は!」
「いや、何言ってんの、おまえ」
「ふ~んん……」
「……釣れないな」勝手に身悶える茂樹から顔をそむけ、再び光輔が竿を上げてエサを眺める。「あ、また取られた……」
「……つれないよな、ほんと」
「隆雄んちでも行く?」
「てか、切ないよな」
「へ?」
「はう~……」ガバガバチョッと茂樹が泣きっ面を近づけてきた。「なあ、今度古閑さんとどっか行く時は、必ず俺も誘え! 頼む!」
「……へ?」
「頼む!」
「……。おお、わかった。絶対、おまえも誘う」
そう光輔が答える。とてもいい顔で。
「ほんとか、光輔」
「ああ、友達だからな」
「約束だぞ」
「まかせてくれ」
「友よ!」
「夕季~、山凌ランドに行こう」
玄関先でリュックを手にした光輔が、にこにこと笑顔を振りまきながらプレゼンテーションを開始する。
「季節イベントでお化け屋敷やってんだって。怖いらしいよ」
「嫌」
「またまた~。なこと言って、ほんとは怖いの苦手なんだろ」
「嫌いなだけ」
「またまた~。ほんとはさ……」
「行かない」夕季がキッと睨みつける。「課題しに来たんじゃないの!」
「いや、そうなんだけどね……」光輔が、う~ん、と首を傾げる。「どうしよっかな……」
「やる気ないのなら帰って」
「う~ん……、洋一達になんて言って断ろうかな」
「……」
「下で待ってるんだけど」
「……どうしていつもいきなりなの」
光輔ら四人は山凌ランドへとやって来ていた。
楽しそうにはしゃぐ光輔と楓の兄弟達。
対照的に、夕季の表情は複雑な様子だった。
「どうしたんだよ、浮かない顔して」
「……」ややむっとなった顔を光輔に向ける。「最近遊んでばっかりな気がする」
「おまえってばそんなんなの。意外」ほへ~、と光輔が驚いてみせた。「いくら俺でも毎日は遊んでないな。週に一日はコンビニくらいしか行かない日があるし。ま、ずっとゲームとかしてんだけどさ。だって、そんなにみんなつき合ってくれない……」
「違う!」
ぷい、と顔をそむけた夕季をにやりと笑い、光輔が洋一とほのかに耳打ちした。
「夕季、お化け屋敷が怖いんだってさ」
慌てて夕季が振り返る。
「違う、嫌いなだけ」
すると、いやらしそうに目をへの字型にゆがめ、にそにそと光輔が夕季を眺めた。
「またまた~。ほんとは怖いのがバレるのが嫌なんだろ? ツンデレでお化けが怖いなんてテンプレもいいとこじゃんか。一応美少女だしな、あっはっは!」
「違うってば!」
「またまた~……」
「光輔、お姉ちゃんに抱きつかれようとしてんじゃないのか?」
洋一の何気ない考察に、光輔の顔が一瞬のうちに凍りつく。
そこへほのかの追い撃ちが突き刺さった。
「光輔のエロガッパ・ツー」
「え!」慌てて否定する光輔。「違うだろ。なんで俺が、こんな奴に抱きつかれなきゃなんないんだよ。それで喜ぶとか、いったい誰得だよ」
夕季がジロリと目線を差し向けた。
その熱視線に焼かれ、再び光輔の全身が一瞬にして凍結した。
「……。抱きつかれたら体が粉々になりそうだから、勘弁ね」
「黙れ!」
「……あ、俺、危険だからみんなと離れてることにする」
山凌ランドのお化け屋敷は、そのクオリティの高さで有名だった。女子供をはじめ、屈強な成人男子の背筋すら凍らせると評判になるほどに。
多分に漏れず、楓の弟らも顔に恐怖の表情を刻みつけたまま、夕季の手を両方からぎゅっと握っていた。
それすら粉砕するほどのビックリドッキリが、次から次へと夕季らに襲いかかる。
「きゃああああー!」
場内に響き渡る悲鳴とともに、夕季の背中がビクリと反応する。
その声の主、光輔に後ろから抱きつかれて。
「あああああー! ひいいい!」
「! 光輔! 離れて……」
「やだもう、怖い! や~めてよー!」
「……」
「ちょっ、やだもうー!」
手をつなぎ、わいわいきゃっきゃと楽しそうに三人が館の外へ出て行く。
その後ろから距離を置き、恥ずかしそうに離れてついて来る光輔の姿があった。
くすくすとかすかな笑い声に引かれ、光輔が館の出口を恨めしそうに返り見る。
そのげんなりした顔は、明らかにヘコんでいた。
心配そうに振り返る夕季。と両側の無表情な二人。
「……」
「……」
「へたれー」
「!」容赦ないほのかの呟きに、光輔が真っ赤な顔を向けて飛びついた。「いや、だってすげー怖かったじゃん! おまえらもひいひい言ってたじゃん!」
「言ってないよ。わざとだよ」
「ちょう楽しんでました~」
「人のことさんざん馬鹿にしておいて」
「……」ぶすり夕季に突き刺され、それ以上何も言えなくなる。負けを認めざるを得なかった。「いや、まあ、俺が悪かったけどさ……。でも、なんでおまえ、平気なの!」
「お姉ちゃんとよくホラー映画観てるから」
「へ」
「朴さんから借りてきたDVD、すごくエグいのばっかり……」諦めたように、疲れきった顔をそむけた。「あたしは観るの嫌だけど、お姉ちゃんが好きだから仕方なく」
「ああ、そう、ふうん……」
「……てなことがあってさ」
コンビニエンスストアの前でアイスキャンディーにかじりつきながら、光輔が、いや~まいったまいった、という顔をしてみせる。
アイスキャンディーをくわえたまま、茂樹は点となった目を光輔に向け続けた。
あつかましいセミの鳴き声が会話に割り込んでくる。ジリジリと照りつける陽射しが、二人のアイスキャンディーをとかしていった。
「いや、ほんと、まいっちゃったよ」
「……」
「ほんと、俺の信用ガタ落ち」光輔、辟易顔。「だからさ、あいつとはお化け屋敷とか、もう絶対行かないって思ってさ……」
「おまえ、何やっちゃってんの!」アイスをガリガリと砕きながら、茂樹が目を剥いて光輔に噛みついていく。「あ、ハズれた!」
それを不思議そうに眺め、光輔が何事もなく受け答えた。
「何ってさ、桐嶋さんとこのちびっこと約束したから、夕季ビビらせてやろうって思ってお化け屋敷入ったのに全然怖がらなくて、逆に俺の方がヘタレ扱いでさ。ホラー映画観て耐性ついてるとか知らないし、やられた~って感じだよ、もう。ほんとさ、俺一人だけ恥かいたようなモンでさ、もう、やんなっちゃうよ。とんだ美少女戦士だよ。あ、やべ、とけてきた……」
「もうやんなっちゃうじゃないだろうが! こっちの方がやんなっちゃうだろうがよ、もう!」
「なんでおまえがやんなっちゃうの。行ってもないのにさ……」
「だから俺も誘えっちゅーに、もう!」
「なんで? あ、当たった! ラッキー!」
「うんも~!」
*
『いいか、一回こっきりだぞ』
モニター上の桔平の仏頂面に三人が注目する。
島の中央部へと到達したガーディアンの周囲には、幾十にも塗り重ねられた虫達の巨大なドームが構築されていた。
おそらくは隙間なく飛び交う群の密度に、針一本とてとどまるスペースはなく、ガーディアンの強度なくしてはこの世の何物も存在し続けられないだろう。
『掩撃破は必殺技の中でもとびきりだ。おまえらの負担もでかい。その後はなしだと思っとけ』
「その後にラスボス戦が待ってんだけどな……」
礼也の呟きに、桔平がぐっと眉間に力を込める。
『それが最後の最後だ。そこで駄目なら、俺達の負けだ。またどこぞの軍隊がヤベえミサイル準備してやがるらしい。それでもこれだけの範囲の大群を全部は駆除できないだろう』
「こんなところで核を使えば、本島にも影響が出る」
夕季の顔をまじまじと眺め、桔平がため息をついた。
『そのとおりだ。それに虫が退治できても、アバドン本体が残ってりゃ、また最初っからやり直しだ。結局日本が放射能をくらっただけの結果になる。この繰り返しで、すぐに世界中が放射能まみれになる。ヤベえのは、核だけとは限らねえがな。この作戦の重大さ、おまえら、わかるな』
三人が言葉を失う。
それを覚悟と受け取った桔平が、わずかに表情を和らげた。
『この一発は虫を一掃するためのものじゃない。アバドンを炙り出すためだ。他に方法がないのなら、開き直ってやるしかねえ。だがもしもの時は、一服入れるくらいのブレイクタイムは何とか作ってやる。ゲロ吐かねえ程度に思い切ってやれ』にやりと笑った。『みっちゃん、休憩中に食いたいモンあるか』
『プリン』
『プリン好きだな!』
億を超える虫の群の中、ガーディアン、グランド・コンクエスタが片膝をつきうずくまる。
胸の前で腕をクロスさせ、己を抱きしめるように震わせるや、ビリビリと大地が揺れ出し、地中深くから大いなるエネルギーが噴き上がった。
そのすべてを全身にとどめ、前を向いたその両眼を激しく発光させた。
「掩撃破!」
礼也の咆哮もろとも、直径十キロメートル以上の範囲に及ぶ、ドーム型のエネルギー弾を放射するガーデアン。
すると、一瞬のうちに島中を平らにならし、そこにあったあらゆるものが、ガーディアン以外消滅していった。
「……綺麗になったね」
「おお、綺麗にな……」光輔の呟きに礼也がのどを鳴らす。「虫だけでなく、草も木も雲まで、なーんもなくなったわ。これじゃ、街ん中で使えねえわけだ……」
「これでどれくらいの数の虫をやっつけたんだろ」
「……。!」軽い疲労感に見舞われていた夕季が何事かに気づき、目を見開いた。「光輔、礼也、前!」
「ああ!」
「え? ……うお!」
何もいなかったはずのその場所にそれはいた。
ガーディアンと同じサイズの巨大なそれが、ガーディアンのすぐ目の前に。