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第二十八話 『スクランブル・スクランブル』 4. クワガタ捕獲作戦

 


 出校日の下校時に、ふいに夕季から呼び止められ、光輔が振り返った。

「光輔、話がある」

 夕季の顔つきは神妙かつ極めて真剣だった。

 ただごとならぬその様相に、光輔が心を決める。

「何?」

 二人のバックに嵐が巻き起こり白波が荒れ狂う、までもなく、夕季はやや困った様子でそれを口にした。

「クワガタってどうやって採ればいいの。教えて」

「……。またなんで」

 拍子抜けしたように光輔が、ははは、と笑う。

 すると口を曲げ、ついでに困惑しきった表情で、夕季は眉をハの字に寄せた。

「洋一君達と約束した。どこに行けばいいの」

「……」ふいに光輔が、何かを思いついたように、ぽんと手を叩く。「あ、そうだ」

 怪しげに光る光輔の邪眼に、夕季は嫌な予感がし始めていた。


 午前八時、光輔と夕季は楓の弟と妹を連れ、近くの山までやって来ていた。

 木々が生い茂り日陰となった一帯へと足を踏み入れる。外界はすでに激しい陽射しにさらされており、そこは別世界のようだった。

「ほんとはもっと早い時間がいいんだけどさ……」夕季が眉をひそめているのに気がつく。「どしたの、夕季」

「……」困ったような顔を光輔に向けた。「なんだか……」

 それを遮るように、ほのかと洋一が騒ぎ出す。

「うわ、きたねえ!」

「変な匂いがする!」

「ああ、木とか土の匂いだろ。日陰だしさ、葉っぱとか腐ってるようなのもあるし」

「腐ってるの……」

 こともなげに笑い飛ばす光輔とは対照的に、免疫のない夕季はやや引き気味なスタンスだった。

 それでもと覚悟を決める夕季の心情もいざ知らず、洋一とほのかは楽しそうに湿った葉っぱを投げ合い始め、そのとばっちりが光輔や夕季に降りかかってきた。

「こら、やめれ! うあっ、口に入った!」

「ちょっと、……口に入った」

 夕季がビクッとなる。振り返るとほのかが夕季の背中に抱きついていた。

「ほのかちゃん……」

 戸惑う夕季と、見守る光輔らの目の前で、ほのかがかぐわしげに鼻をくんかくんかさせる。

「おい、何やってんだよ、ほのか」

「葉っぱの腐った匂いがする!」

「……」

「は、は、は……」


 木漏れ日に眩しそうに手をかざし、後ろを返り見る光輔。

 わいわいきゃっきゃと楽しそうにはしゃぐ洋一やほのかに対し、夕季はなんとはなしに元気がない様子だった。

「ここ見てみようぜ」

「う~ん!」

 洋一達が新たな獲物を求めて探検を続ける。

 そこへ光輔が待ったをかけた。

「それじゃないって」きょろきょろ見まわし、一本の木に狙いを定めた。「くぬぎのさ、こういうさ、じゅくっとした木の方がいる確率高いんだよ。この穴の中とか見てみな。蜜とか出まくってるだろ」

「へえ~」

「よく知ってるね」感心しながら夕季が注目する。

 それを察知し、光輔の目がキラッと光った。

「夕季、約束は守れよな。クワガタ十匹と交換で数学の問題集」

 神妙な様子で夕季がコクリと頷いた。

「なんかいたー!」洋一に抱えられ、穴に手を入れたほのかが小さな拳をズバンと引き抜く。「とったどー!」

「小クワガタだな」ちらと夕季を見やる。「……まず一匹目」

「……」

「なんか動いたー! なんかいるー、そこー!」

 夕季を見上げ、ほのかがわめき散らす。

 指さす先は夕季の目の高さより上で、洋一やほのかでは手の届かない場所だった。

「お姉ちゃん」

「……うん」口もとをムンと結び、夕季が枝を手に取る。おそるおそる棒でつつくと、穴の中からゴキブリがかさかさと這い出してきた。「!」

 目を見開き、般若のごとき形相で一歩退く。声も出せず、ドキドキと心臓の音が高鳴り続けていた。

「あっはっはっはー!」

 光輔の爆笑振りに、キッとなって夕季が振り返る。

 だが凍りつく表情のまま数歩退いた光輔は、夕季の真剣な顔つきにくすぐられ、再びこみあげる笑いを押さえることができなかった。

「……は、は、は」

「!」

「は……」

「いい加減に……」

 凄まじい形相で夕季が目からビームを放つ。

 その時、木にかけた光輔の手の上を、ササササとムカデが這いつたっていった。

「ぎゃあーっ!」

 涙目になってぶんぶんと振り払ったムカデが、光輔の手の甲から夕季の前にポトリと落ちる。それをじっと眺めたまま、夕季が何も言わずにプチンと踏み潰した。

「……ぁぁぁぁぁ……」

 声にならない光輔の叫び。

 顔を上げた夕季と目が合っても、光輔は恐れおののくのみだった。

「……何もソッコー殺さなくても」

「嫌いだから」

「ただムカデに生まれたというだけなのに……」

「……。仕方ないから」

「……こんな美少女じゃ、ちっとも萌えない」

「何言ってるの……」


「う~ん」

 二時間も経過しようとした頃合い、粘り続ける光輔に、夕季がちらと目をやる。

「もう帰ろう、光輔」

 すると光輔が名残惜しそうな顔を向けてきた。

「いや、まだ。ヒラタ採るまで」

「……。もう十匹以上採れたからいいじゃない」

「コックウとノコばっかだろ。約束したんだよ、あいつらにヒラタ捕まえてやるって」

 いまだきゃっきゃとはしゃぎながら木々の間を駆け続ける洋一らを視界におさめ、光輔が涼しげに笑う。

 あきれたようにため息をつき、夕季が頼もしそうにそれを眺めた。

「ねえ、ヒラタクワガタ、まだ~?」

「あなた、まだ~?」

「無理言っちゃ駄目だよ。光輔だって一生懸命やってるんだから」

 洋一達からの催促に難色を示した光輔を見やり、夕季がフォローに入る。

 しかし不服そうな洋一の口から飛び出してきたのは、夕季にとって想定外のものだった。

「でも、光輔が言い出したんだよ。ヒラタ捕まえるかわりに、俺達からお姉ちゃんに頼んでくれって。なあ」

「ええ、まあ~」

「わ、バカ!」

 夕季の目が点になる。

「……何を?」

「ん~、なんだったかな、ほのか」

「ええ、おぼえてませ~ん」

「……」

 だいたいの察しを立て、心持ちがっかりした様子で、夕季が光輔へと振り返る。

「……。……何だったかな」

 引きつり顔の光輔が夕季から顔をそむけた時、洋一の頭上に眩しいまでの電球が点った。

「あ、思い出した! お姉ちゃんに英語の宿題見せてくれるよう頼んでくれって」

「光輔っていい奴だよね~、ってセリフ付き!」

「ええ! そんなこと俺が……」

 大げさに光輔が驚いてみせる。

 もちろん夕季には通用しなかった。

「言いそう」

「……。よし、わかった」何もかもを捨て、裸一貫開き直る。「ああ、言った。言ったさ。認める。その上で駄目もとで言ってみるけど、見せて」

「やだ」

「やっぱり!」即答に撃沈、そして消沈。「……光輔ピ~ンチ」

「ねえ、ヒラタは~?」

 すがるように見上げる洋一とほのかに、げんなりした顔を向ける光輔。

「いや、もう、すべて……」

「光輔」

 すべてを言い終わる前に、夕季がストップをかけてきた。

「そういうの、あたし嫌い」

「……」

 進退窮まり、やけくそになった光輔がとにかく覚悟を決めた。

「わかったよ、探せばいいんだろ、さがせば。……なんだよ、自分だって理不尽にムカデ踏み潰したくせに」

「……」

「ああー! わかったから、その足で俺を踏み潰そうとするな! 一応美少女なんだから!」

「……違うから」


 お目当てのヒラタクワガタまで無事ゲットし、満足げな洋一らの後から光輔と夕季が続く。

 夕季が横からちらと光輔を見上げた。

「光輔、今日はありがとう」

「いや、いいって。俺も結構楽しかったから」光輔が楽しそうに笑った。「腹減ったな。何か食ってく?」

「あたしおごる」

「いいって。俺出すから。あ、あのファミレスでいいか」

「……。宿題……」

 その時、予期せぬノイズが乱入してきた。

「ああーっ!」

 二人の視界に、すごい剣幕で茂樹が突入してくるのが見えた。

「何やってんの、おまえら! デート!」

 その一言に光輔と夕季の目がつり上がる。

「バカ、そんなんじゃないって」

「きぃ~っ!」

「……こんにちは」

「あ、古閑さん、こんにちは」一瞬で表情を入れかえ、にこにこと笑う自分なりの好青年に変貌した。「今日も暑いね。なんでだろうね」

「……うん、夏だから」

「あ、そうか、さすが」

「何が……」

「あ、エロじじいだ」

「出やがったな、エロじじい」

「黙れ、ちびっこども!」

「夕季と、桐嶋先輩の弟達連れて、クワガタ採りに行ってたんだよ」

「何やってんだ、てめーは!」あっけらかんな光輔に、一瞬で、ぐむむむ、と残念な顔に変わる。「いいなー! 俺も連れてけよ、おまえわあー!」

 げんなりする。光輔と夕季が。

「いや、朝早かったし、迷惑じゃんか……」

「五時にはすでに起きてるっつうの!」

「嘘こけ。十時になっても起きてこないって、おまえのおっかさん言ってたぞ」

「だまされるな! おっかあの術中にはまってんじゃねえ! 俺の起床能力は元気なエロじじい並みだ。いや、別にエロじじいじゃなくてもいいけどな! あ~あ、俺も行きたかったなあ。クワガタ、めっちゃ好きだっつうに」ちらちらと夕季の方を確認しながら続けた。「いいな~、俺も古閑さん達とクワガタ採りたかったな~。がっくし」

「ショッキングなシーン満載だったぞ。特に美少女とムカデのコラボが……」

「光輔!」

「?」

 ハテナ顔の茂樹に夕季が向き直った。

「そんなに好きなの?」

「それはもう、大好き」

「んじゃ、また今度行くか?」

「おし、絶対だぞ」光輔のナイスアシストに茂樹がビシッと親指を立てた。「よし、古閑さん……」

「そうだね、二人で行ってきなよ」

「……。……もしもし」

 予期せぬオウンゴールに開いた口が塞がらなかった。

 そんなことなどおかまいなしの夕季が、続けざまにシュートを叩き込む。

「そんなに好きなら、あたしみたいな邪魔者がいない時に、二人だけで思い切り採ってきた方がいいよ」

「……それ意味ないんだけど……」

「意味?」

 光輔が表情のない顔を茂樹に向けた。

「ちゃんちゃん」

「……ぶひ~……」

「エロガッパなんてこっちからお断りだ」

「光輔とエロガッパの二人きり~」

「光輔と二人でなんざ、こっちもお断りだ!」

「おまえさ……」


           *


 多くの虫達を駆除し、踏みつけ、ガーディアン、グランド・コンクエスタが疾走する。

 逃げるわけではなく、あえて虫の群隊を誘導するように、ゆるやかに移動を心がけていた。

 誘引物質を発する、島の中央付近目ざして。

 視界を遮る霞の壁をガーディアンが横一文字に切り裂く。

 横殴りの刃は確かに壁にめり込んだはずなのに、それが通り過ぎた後は何事もなかったようにもとの形を維持していた。

 続く二撃目も三撃目も同様の感触に、ガーディアンが一旦退く。

「どうなってやがる……」

 呟いた礼也を横目でちらと確認し、前を向いたまま夕季が口を開いた。

「下を見て」

「ああっ!」

 夕季に言われるまま礼也が足もとへ目をやる。ガーディアンの周辺には、無数の虫の死骸が山となって積み重なっていた。

「こりゃ……」

「この塊は信じられない密度の虫達で作られている。おそらくグランドの一振りで、数万単位の虫の死骸が地面へ落ちているはず」

「だから、びちゃびちゃっと土砂降りの雨を切りつけているような感じになったんか……」

「……。やっぱりここでよかった」

 常のプログラムとは違い、今回は無数の虫達との戦いが予測されており、それを駆逐することにより尋常ならざる死骸の山が発生する。ガーディアンが倒した数と同じ質量の虫の死骸が積み重ねられるのである。街中なら実にそれだけで公害であり、それを回避するための決戦島でもあった。

 虫が好む匂いを人工的に抽出し、その効果を何千倍にも高めた物質で島中を覆ったため、メガルへの道筋をわずかにずらすことに成功したのである。

「……やっぱり光輔の作戦でいくしかないのかも」

「……」夕季の呟きを受け、礼也が雅へと顔を向けた。「どうだ、いけそうか?」

『それしかないんだよね』にっこり笑う。『どーんといってみようよ、どーんと!』

「どーんとって、おまえ……」

『どーんと! ……おほ、おほっ!』

「言わんこっちゃねえ……」




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