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第二十八話 『スクランブル・スクランブル』 2. 新品の水着

 


 夏休みだというのに特にやることもなく、夕季はやや退屈を持てあましていた。

 課題の類はすでに完結しており、机に向かい、すべきことを探りながら顔を窓の外へと向ける。

 七月のうだるような暑さの中、開け放たれた窓から、耳障りなセミの鳴き声が不協和音を奏で続けていた。

 忍がいる時ならばいざしらず、朝からテレビ番組を観る習慣もなく、手持ち無沙汰でパソコンや携帯電話を手に取ることもしない。

 じりじり押し寄せる暑さを扇風機の微風で耐えしのぎ、つまらなさそうに専門書の類に手をかけようとしてやめた。

 それが小川秋人から借りたコレクションに向かいかけた時、ふいに携帯電話の着信音が鳴った。

 光輔からだった。

「何?」

 心の内は見せず、無愛想に突き刺す。

 すると光輔がわずかに引き気味の様子で、第一声を送りつけてきた。

『あ、夕季。プールいこ』

「……。光輔と」

『うん。あ、え~と……』

「いかない」

『ええ~! ……やっぱり?』

「うん」

『どうしても?』

「どうしても」

 光輔の背後で、ぼそぼそと他の声が聞こえ始める。

 それらに告げるような、角度の違う光輔の声が聞き取れた。

『行かないってさ』

「……」

 再び光輔の方向が夕季へと向けられる。

『いや、今、すぐそこまで来てるんだけどさ。桐嶋さんとこのちびっ子達と。……。うん、お姉ちゃんやっぱり駄目だってさ』

 最後の方は楓の兄弟達に告げたものだった。

『ええ~!』という残念そうな叫び声が夕季の耳まで届く。

 夕季が窓の外を見ると、通りの向こう側に光輔らの姿を確認した。

 三人ともハーフパンツにリュックやビニール・バッグを持ち、いかにもこれからプールに行きます、といったいでたちだった。

『前に約束してさ。おまえも誘おうって言うから』夕季に向けて手を上げる。『……。ほら、だからこないって言ったろ』

『いこうよお、お姉ちゃん』

 光輔の携帯を受け取った洋一がねだるようにもの申す。

 その横で、麦わら帽子をかぶったほのかが、光輔によじ登ろうとしていた。

「……う、ん」

『ほのかも出る~!』

『こら、やめれ。いや、そこ、触っちゃダメ……』

『じゃ、もうジョト触らしてあげない』

「……」

 洋一の何気ない言葉に夕季が絶句する。

 焦ったのはむしろ、光輔の方だった。

『バカ、あいつにそういう冗談は通じないぞ。本当に二度と来なくなるぞ』

『ええ! 嘘、嘘! 今のなし!』懸命に弁解し始める洋一。『ごめんなさい。また来てね』

『もれなくジョト触らしてあげる~』

『だから、そこ触っちゃダメだってば!』

 二人とも、心から夕季に嫌われるのを恐れているようだった。

 夕季が物憂げにため息をつく。

「……。ちょっと待ってて」

 その年は特にセミの鳴き声が激しいようだった。


 市民プールのプールサイドに光輔と夕季の姿があった。

 二人のまわりで水着姿の楓の兄弟達がはしゃぎ駆け回る。

「こら、走っちゃ駄目」

 光輔が両脇に抱えた浮き袋をひったくるように奪い、奇声もろとも二体の小魔獣は子供用プールへとダイブしていった。

「ったく、しょうがないな……」

 何気なく顔を向けた光輔と夕季の目線が合致した。

 何故か恨めし気に見上げている夕季を、光輔が不思議そうに眺める。

 夕季は鮮やかなブルーのワンピースの上に、日焼け防止用のTシャツを羽織り、短パンを着用していた。うかがえる限り、極めてシンプルでオーソドックスなタイプの水着だったが、それでも人目に触れるのをためらっているふうにもみえた。

「何」

 沈黙にたえきれず、夕季が口を開く。

 すると光輔がはっとなって取り繕うような笑みを浮かべてみせた。

「いや、水着持ってたんだ。俺、てっきりスク水で来るかと思ってた」

「……」

 微妙な夕季のリアクションに焦り、補完計画に迷走し始める光輔。

 助け舟は思わぬところからやってきた。

「光輔、早く来いよ」

「早くしろよ、てんめ~」

 ガラ悪くからんできたのは、品行方正な楓の弟達だった。

「もたもたするな、光輔」

「どタマかちわるぞ」

「……お姉さんの前でもそういうこと言ってんの」

「言うわけないだろ、バーカ!」

「お姉さまの前ではすごくいい子~!」

「ああ、だろうね……」

 安心したような、辟易したような、といった光輔の表情。とりあえず現状からの脱却には成功したようだった。

「荷物置いてくるから、待っててな」

「早く、早く」

「あたしが持ってくから、光輔、いきなよ」

 ぼそりと告げた夕季に三人が振り返る。

 が、洋一とほのかの反応は、夕季の想定していなかったものだった。

「お姉ちゃんもいこうよ」

「イルカさんが待ってますがな」

 ほのかがぐいと差し出した巨大なイルカの浮き袋が鼻っつらにヒットし、思わず夕季が顔をしかめた。

「ふぐ! ……あたしは、荷物を見てるから」

「ええ~!」

「えええ~!」

「……」

「いってくれば?」

 困惑の表情の夕季が振り返ると、またもや光輔が卑屈な笑みを浮かべていた。

「俺が先に荷物番するからさ。後で交代しようよ」

 どこか楽しそうにほくそ笑んで見えるその様子に、夕季がカチンとなって口を曲げた。

「あたし……」

「いこ、早く」

「早く~」

 洋一に腕を引かれ体勢を崩したところに、ほのかのイルカアタックが夕季のヒップにヒットした。

「あ……」

「こんなの着てちゃいけないんだよ」

 Tシャツと短パンを洋一に指摘され、夕季が眉を八の字に寄せる。

 反論の間も与えられず、ほのかのさらなる攻撃が夕季を見舞った。

「とっとと脱ぎなさいな」

 短パンに手をかけられ、夕季の口がへの字にゆがむ。当然眉間の皺は寄りっぱなしである。

 それでも心根の優しい夕季は、子供相手に感情をあらわにはできなかった。

「やめて、ほのかちゃん……」

「ほらほら~」

「あ!」

 イルカを放り出し、ぐいぐいと両手で短パンを引っ張るほのかに対し、夕季は困ったような顔のまま小さな抵抗を続けるだけだった。

 きっ、と振り返ると、光輔はなすすべなくその成り行きを傍観していた。

「光輔!」

「……」はっと我に返る。「いや、俺に怒られても……」

「お願い、助けて!」

「ははは……」

「はははじゃない!」


「あ~!」

 遊び疲れてビニールシートに身体を投げ出した光輔が空を仰ぎ見る。その眩しさに目を細め、顔をそむけた。

 隣には膝を抱えるようにうずくまる夕季の姿があった。

 足の親指をもぞもぞとうごめかせ、恨めしそうに光輔を盗み見た。

 何気なく顔を向けた光輔の視線と、夕季のそれが合致する。

 すると夕季の方がバツが悪そうにそっぽを向いた。

 不思議そうに夕季を眺める光輔。

 ふと夕季が水着姿であることを今さらながらに意識し始め、光輔の心臓がトクンと音を立てた。

 思いのほか華奢な体つきと、すらっと伸びた白く長い四肢に、はからずも心を奪われてしまったのである。

「!」

 そろりと顔を向けた夕季と目が合い、光輔が取り乱す。

「あ、あっ……」

「……何」

「いや、その水着、高そうだなって。通販?」

「……。何言ってるの……」

「何言ってんだろうね!」

 むくれるように再び顔をそむける夕季。

 すると光輔がさらに浮き足立ち始めた。

「いやいや! いいよ、それ。なんか、新品ぽいし。今日初めて着るとか?」

「……だから何」

「いつ買ったの」

「……。去年」

「……。へえ……」

 気まずい沈黙に真夏のプールサイドが凍りつく。

「光輔ー」

「光輔~」

 もはや救いの主にしか見えなくなった小魔獣達を歓迎し、弾かれるように光輔が立ち上がった。

「あ、俺、こいつらとジュース買ってくるから。夕季、何がいい」

「コーラー」

「オレンジュ~」

「おまえらもいくの!」


           *


 本島から遠く隔てた無人島の中心で、ガーディアン、グランド・コンクエスタがどっしりと根を張って待ち受ける。

 大陸にもっとも近く、虫達の進行経路とメガルを結ぶ網図から、もっとも早い一陣が通過するであろうと計算された決戦場だった。

 桔平からの通信を三人が受け取った。

『どうだ、様子は』

「まだなんも見えねえよ」

 礼也からの報告を受け、桔平が嘆息してみせる。

『悪いがこれから先はサポート抜きだ。戦闘機も戦艦も奴らの前じゃ無力に等しい。バケモノ相手ならミサイルも通用するが、ちっぽけな小さな虫けらに手も足も出ないとはな……』

 メック・トルーパー所有の潜水揚陸艇が島の近海で待機していた。指揮を執るのは大沼だったが、支援部隊というより、不測の事態に備えて身を呈して光輔らを救出するのが彼に課せられた任務だった。

「大沼さん」

 夕季の呼びかけに大沼が回線を開く。

『大沼だ。何だ』

「今どこにいるの」

『島から五百メートルほど離れた場所だ。三分以内におまえ達と接触可能だ』

「もっと離れていて。巻き込まれるかもしれないから」

 顎を引いてかまえた夕季にならって、光輔と礼也も表情を引き締めた。

 その様子に、大沼がふっと笑みをたたえる。

『わかっている。おまえ達なら海でも空でもどこへでも行けるからな。俺の役目は疲れてくたくたになったおまえ達を回収して、冷たい飲み物を与えることだ』

 光輔がひょっこりと顔を出す。

「カキ氷、あります」

『ある』

「何言ってんだって」

「いや、だって……」

「メロンパンは!」

『ああ、ある』

「この暑いのにメロンパンて……」

「ああ! ここで言うとこのメロンパンは、冷やしメロンパンのことだ!」

「それっておいしいの?」

「マズいに決まってんだろうが! バカか、てめえは!」

「何言ってんの……」

 緊張感のない二人を横目に、夕季が小さな吐息を漏らした。

『どうした、夕季』

 大沼の落ち着いた態度に、夕季がまあいいかという気持ちになった。

「……。イチゴミルクとかは……」

『ある!』




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