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第二十八話 『スクランブル・スクランブル』 1. G・バスターズ

 


 その時、教室中が絶叫地獄へと変貌した。

 休憩時間の光輔らの前に突然ゴキブリが姿を現したのである。

 逃げ惑うみずき達。

「きゃーやだー!」

「あっちいけ!」

「いや~!」

 最後のは曽我茂樹だった。

 阿鼻叫喚の地獄絵図に晒され蹂躙される集団をあざ笑うかのように、黒い悪魔は悠々と室内から飛び出していく。

 その様は誰にも縛られずに我が道を闊歩する、まさにアンチェインと呼ばれるに相応しいほどの堂々たる態度だった。

 パシン!

 廊下で何かを叩きつける音が鳴り響く。

 みなの視線が集中する中、教室の後ろの入り口から片足ケンケンで一人の少女が入室してきた。

 静まり返るその景色に違和感を覚えながら、ティッシュでつまんだアンチェインの屍をゴミ箱の棺おけで弔い、スリッパを手にしたまま、またケンケンで教室から出て行く。

 一連の動作を無表情に淡々とこなす人物を、クラス中が畏怖のまなざしで見守っていた。

 スリッパを手洗い場で清め、再びクラスへと戻った少女を襲ったのは、視線と言う名の集中砲火だった。

 ふいに湧き起こる拍手に夕季が顔を向ける。

 教室中がスタンディングオベーションの一大ムーブメントとなり揺れていた。

 なんとなく自分がやらかしてしてしまったことに気づき、夕季が顔を引きつらせる。

 すべてを睨みつけるその表情は、今にも泣き出してしまいそうなそれだった。

「……かっこいい。あたし、ゆうちゃんのお嫁さんになりたい」

 放心したようにみずきが呟く。

 その横で茂樹が同じ顔つきで受けた。

「……俺も」

 うつむきながら夕季がそそくさと、光輔の後ろへ姿を隠す。

 その様子を目で追いながら、光輔があまりにもストレートな疑問を投げかけた。

「なんで照れてんの」

「照れては、いない……」

 無神経な光輔の攻撃は続く。

「いや、照れ照れだろ」にやにやと茂樹へと振り返った。「な、茂樹」

「おう、俺がな」

「なんでおまえが照れてんの……」

 ぽっと頬を赤らめ、茂樹が目を剥いた。

「説明しよう。一見か弱い女子高生の古閑さんがあ~れ~とも言わずにゴキを必殺するその豪胆ぶりに、美少女戦士のおもかげをみてしまったのである」人さし指を立てて光輔に心境を説明し、隣で顔を赤らめ続ける夕季と目が合い、ぎょっとなった。「あ、心の中で思ってたこと全部言っちゃったじゃねえか!」

「……。か弱い女子高生? 美少女戦士? ……夕季が?」

 不思議そうに首を傾げ、光輔が夕季をちらと見やる。

 すると口を真一文字に結んだまま赤顔継続中の美少女と目が合った。

「……」

「……。あ、美少女戦士がまた照れてる」

「!」

「いや、か弱くはねーっしょ。ま、女戦士ってのは当たってるかもな。腹筋割れ割れのアマゾネス姉さんとかさ」

 一瞬で怒りの赤へと変貌し、夕季が再びスリッパを振りかざした。

「動くな」

「それちゃんと洗ったよね……」

 光輔の謝罪で一息つく。

「そういえば昔、みんなでゴキブリ・バスターズ結成してたよな。次、二階のトイレ行くよ、とか綾さんがリーダーで。……俺はビビリだったから二軍だったけどさ」クールダウンし、ぷいと顔をそむける夕季を、やれやれと言わんばかりの表情で光輔が眺めた。「まったくさ。おまえには弱点とかないのか」

「……」

 その問いかけに、本人をさて置き、身を乗り出したのはみずきだった。

「苦手なものってないの、ゆうちゃん」

 口をへの字に曲げたまま夕季がちらとみずきを見やる。

「ピーマン」

「……ねえ、好き嫌いじゃなくて」

 悪意のないまなざしにむずむずと口もとをうごめかせ、ばつが悪そうに顔をそむける夕季。

「……ムカデは嫌い」

「気持ち悪いよね~」

「ただムカデに生まれたってだけで、普通に嫌われちゃうんだよな。ゴキブリとかもそうだけど」

 光輔の何気ない呟きを、夕季の眼光が鋭く突き刺す。

「子供の頃、寝てる時に顔をかまれたから」

「それはしかたないか……」

「どうなったの」

 心配そうに、かつ、うええ~、という顔で見つめるみずきに、夕季がつらい過去を思い返すようなまなざしを差し向けた。

「次の日、目が開かなくなるくらい腫れた。熱も出て、怖い夢とか見て、すごくうなされた。みんなからお化け扱いされたし。だから嫌い」

 あ然となる一同。

「なんて壮絶な過去なんだ……」

 とりわけオーバーな茂樹の後から光輔が続いた。

「おまえが怖がる夢ってどんなんだろ」

「うるさい……」

「ムカデが出たらどうするの」続けてみずきが問う。「箸か何かでつまみ出すとか」

「ハエ叩きで殺すと思う。嫌いだから」

「……殺しちゃうんだ」

「外だったら踏み潰すかもしれない」

「全然苦手じゃないじゃん!」やにわに光輔が騒ぎ始めた。「それ弱点じゃねえよ! 弱点って言わねえよ! ただ本当に嫌いなだけじゃん!」

「さっきからそう言ってるじゃない! 嫌いだって」

「嫌い嫌いって何回も連発するくらいだから、相当嫌いなんだよね……」

 気の毒そうにそう告げたみずきに、夕季が困ったような顔を向けた。

 その時、一匹のハエが窓の外から迷い込んできた。そこがキリングフィールドだなどとはまるで知るよしもなく。

 そしてみなが目で追う中、ハエは光輔の背中に止まったのである。

 予告もなく茂樹が手のひらを振り下ろす。

 それはバシーンと刺激的な音を立てながら、光輔の身体にヒットした。

「いたあっ!」

「あ、逃げられた」

「逃げられたじゃないだろ!」半泣き状態の光輔が背中を押さえながら睨みつける。「潰す気マンマンじゃんか! 俺の背中で!」

「まあな」照れたように笑った。

「まあなじゃないって! ヘタぴーだし! そんな思い切りの大振りで当たるわけねーじゃん!」

「今度は潰すからな。コンパクトなスイングを心がけて」

「いや、いいってば!」

 レベルの低い二人のやり取りをあざ笑うように、ハエが集団の周りを飛び交う。

 それを遠ざけようと、みずきがぶんぶんと手で払った。

 当然振り払えない。それどころかハエは反撃とばかりに、みずき目がけて挑発飛行をし始めたのである。

「ちょっと、やだ、やめて」ぶんぶん、すかすか。「ああ、ハエに見透かされてる……」

「よし、俺が」茂樹がぶんぶん、そして光輔の背中をバシバシ!「くそ、俺のパターン全部読まれてる。せめて光輔の背中までおびき出せれば!」

「だから、いてーって!」ぶんぶん。「うわ~、こいつ、ハエ~」

「ウザいよ、穂村君!」

「うぜーな、マジで!」

 ウザい、ウザい、ウザいのオンパレードに光輔が再び涙目となった。

「ひどいな、みんな……」

 ぱし。

 一瞬で全員の視線が一点に集中する。

 たった今までハエが浮遊していた地点に小さな拳があった。

 畏怖の表情で見つめる一同を代表して、背中を手で押さえながら光輔が声を出した。

「どうすんの、それ。握り潰すの?」

 光輔を睨みつけながら夕季がハエを窓の外へ放す。それを終えると、振り返り、また光輔を睨んだ。

「別に睨まなくてもいいよね」

「……振り払おうとしただけなのに」

「いつもそうじゃん……」

「手を洗ってくる」

 その淋しげな後ろ姿を眺めつつ、はあああ~、とまたみずきと茂樹がホレ直す。

「なんかさ、ゆうちゃんって殺し屋みたいだよね」

「あ、殺し屋っていうとやっぱ、金髪でツインテールだよね」

「曽我君ってやっぱりバカなの?」

「ひどいな、篠原さんてば……」


           *


「アバドン?」

 ブリーフィング・ルームで礼也が素っ頓狂な声をあげた。

「それがここんとこの虫の大発生の原因だっつうのかよ」

 桔平が頷いてみせる。ファイルの束を机の上にどさっと投げ捨てた。

「ゴキブリ、蝿、蛾、かげろう、イナゴ、蜂、蟻、果てはプランクトンまで、世界中で異常発生しているこれらの現況が、すべてプログラムのせいだと特定された。あとは俺達の管轄だから、何とかしろってことだ」

「何言ってやがんだ。んなの自然現象だろうが。ションベンと同じだ。なんの根拠もなしに俺らに押しつけられてもよ。夜中にションベンで起きる回数が三倍になったからって、それもプログラムの一環なのかってことよ」

「根拠ならある」

 そう言って桔平が夕季の方へ顔を向ける。

 するとそれまでぱらぱらと報告書を閲覧していた夕季が顔を上げ、礼也へと向き直った。

「そのすべてが日本に向かって移動して来ている」

「マジ!」

 身を乗り出す光輔に、桔平が重々しく頷いた。

「このメガルへだ」

 ゴクリとみなが唾を飲む中、パイプ椅子の背もたれにぞんざいにもたれかかり、親指で鼻の穴を開拓する礼也が面倒くさげにあくびをかました。

「だっつってもよ、たかだか虫の集まりだろ」

 それに対し、ギラリと光るまなざしを桔平が突き刺した。

「バカ者!」

「おおっ!」背中から転げ落ちる。「ぐあっ、ちょー刺さったじゃねーか!」

 やれやれと言わんばかりに桔平が嘆息した。

 愛想笑いをする光輔の隣で、一心不乱に報告書を読みふける夕季をちらと見て、腕組みをしてみせた。

「サイズに騙されてんじゃねえぞ。虫ってのは単体のスペック自体はマジ、シャレになってねえ」

「はあ?」

「ゴキブリの生命力はハンパねえぞ。一時間も息を止めていられるし、奴ら風呂場に残った髪の毛一本だけで一週間は生きのびやがる。ゴキの心臓はガンの特効薬になるって話もあるくらいだ。ハエも存外すげえ。天敵がいなけりゃ、たった一年で地球上を埋めつくす繁殖力がある。キングダディなんざ赤子扱いだ」

「いや、あんたの基準がすげえ……」

「それを素手で捕まえる夕季も結構すごいかも」

 夕季にジロリと睨めつけられ、光輔がキュートな愛想を振りまいた。

「蟻は自分の体重の十倍のものを持ち上げるし、バッタは体長の百倍ジャンプする。もし同じサイズだったら、人間じゃ到底勝ち目がない」

「同じサイズだったらってこったろ」またもや面倒くさげに大あくびの礼也。「虫は何匹集まったって虫だ。俺らの敵じゃねえよ。比較で言ったらよ、虫なんざ、ガーディアンの、……ん~と、……だいたい千分の一くらいのサイズだろ」

「どういう計算だ」

「縦に積んでったらってことだ。並べたら一キロ超えるかもしんねえしな」

「おまえんちのゴキブリは一メートル以上あるのか」

「だいたいの話だろーが。細かいこたいいんだって」

「すげえな、おまえはいろいろと……」

 とりあえず光輔が小さなフォローを入れようとした。

「確かに百倍以上になるとイメージしにくい感じだよね」

「なあ。そこんとこのトリップに見事に引っかかったんだって」

「トラップね……」

「それだ! あ、頭にスをつけると両方とも同じ意味になんじゃねーか?」

「いや、何が……」

 聞かないふりの夕季をちら見し、あきれ顔の桔平が深く長いため息をついた。

「とにかくだ。すでにその人間サイズの個体までが確認されてるらしい」

「何!」またもやひっくり返りそうになり、慌てて光輔の肩をつかむ。「……ヤバかった」

「ああっ! ちょっと!」

「てめえ、こらえろ! 頼む!」

「ああ~!」

「ああ~!」

「いたたた。なんで、俺まで」

「また刺さったって~! 光輔、てめえはもう!」

「知らんて……」

「何やってんだ、てめえら……」ひっくり返った二人をあきれたように眺め、桔平が夕季へと向き直った。「そんなこと、絶対公表できねえがな」

「そいつが親玉なの」

「わからん。だがそうあってくれた方がありがたいのは確かだ。そんなのがわんさかと現れたらと考えただけでぞっとする」

「……そんな個体ばかりがここに集まれば」

「日本なんざ、あっという間に消えてなくなる……」




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