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第二十七話 『傷』 6. 連戦

 


 メガル本部別棟の地下五十階にその石像はあった

 薄明かりの中、御神体の頭部から一人の人間が転がり出る。

 三雲杏那だった。

 眉間と胸をそれぞれ手で押さえ、小さな呻き声をあげた。

 唇をギュッと噛みしめ、補助スペースで苦悶の表情を浮かべる。そこに刻まれた皺は深く、まるで傷跡のようだった。

「ここまで消耗するものか……」

 そう呟き、顔をゆがめる。

 最初の登乗時も同じだった。

 コンタクトを終えた後に、凄まじいまでの苦痛と疲労感が襲いかかってきたのだ。

 三雲は国防省の特殊セクションによって、人工的に作られたテレパシストだった。

 しかし決して超能力者ではなく、あくまでも適正能力者だけに向けられた極めて限定的な接触能力の持ち主だった。

 コンタクターとして感応装置を介した時にのみ、増幅機能によって擬似テレパス能力を展開することが可能だったのである。

 そのため効率面においては純粋なコンタクターのそれとはまるで比べようもなく、むしろ無駄だらけと言っていいほどのお粗末さでもあり、結果的にコンタクターとしての能力に制限が生まれることとなっていた。

 雅とは違い、もともと存在しないものを無理やり搾り出しているため、その疲労度ははるかに大きい。

 ましてや瞬発力と膨大なエネルギーを要する集束を繰り返した今回は、先回にも増して疲労度合いが激しかった。

 それを三雲は誰にもあかしてはいなかった。

 言えようはずがない。

 自らが見下し軽蔑する輩達には、決して弱みなど見せられないのだから。

 眉間の皺をさらに深く刻み、三雲が御神体を見上げる。

 冷たく淀んだ霊気をまとったその異様は、朽ちない三雲の心さえ怯ませるに充分だった。

 わかっていたからである。

 いずれこの石の塊が、己の魂さえ奪っていくであろうことが。

 それでも三雲は辞めるわけにはいかなかった。

 弱さを否定した人間が退く場所などどこにもないからだ。

 地上へと続く高い天井を見上げ、その彼方を己の運命に重ねた時、かたわらの呼び出しが鳴り渡った。

 連絡を受け取る。

 それは三分後にもう一度ケルベロスの来襲があるという知らせだった。

「く……」

 声にならない声をもらし、奥歯を噛みしめる。

 ぐらりと傾き、そのままデッキの台車へなだれ込んでいった。

 震える身体で黒いアタッシュ・ケースに手をかける。

 そこから取り出したのはペンライトほどの大きさのあるガラス管だった。

 狙い定まらぬ指先でシリコンのキャップを弾き飛ばし、制服の前をはだける。

 露出した左の肩は痣と爛れでどす黒く変色していた。

 そして躊躇なく三雲は、その傷跡に数十もの針を押しつけた。


 洋上で回収を待つ間もなく、礼也らの耳にとんでもない知らせが飛び込んできた。

 ケルベロスの三度目の襲来である。

「いつだって!」

 海竜王の背中に乗り、礼也が改めてそれを確認する。

 当然同じ言葉を忍は繰り返した。

『あと二分後。場所はそこのまま』自分の言動に苦しげに眉を寄せた。『疲れているだろうけど、もう少しだけ頑張ってね』

「そりゃ頑張るっかねえだろうけどよ!」

『お姉ちゃん』

 二人の会話に上空待機の夕季が参入してきた。

「なあに、夕季」

『……』

 何も言わずに、夕季が忍の顔を見つめる。

 その表情に、忍がピンときたようだった。

「夕季……」

『準備完了だ』

 忍の声に被せるように三雲が乱入してくる。

 その顔にはかげりなどかけらもなく、いつもどおりの凛々しい姿だった。

「……三雲さん」

『なんだ』

「……。いえ、なんでも」

 心配げに眺める忍を、三雲がこともなげに目でいなす。

 それ以上、忍は何も言えなくなった。

 夕季も。


 発動に先んじて、三人がエア・スーペリアへの集束をはかる。

 エア・タイプならば、その後の機転がきくからである。

 たとえ予測ポイントが深海数百メートルの海底エリアだとしても。

「来た」

 光輔の声に他の二人も目を向ける。

 突如として、ブリザードとハリケーンをミックスしたかのような天変地異が巻き起こる。

 数百メートル下の大荒れの海上に巨大な渦が形成され、黒く窪んだその中心から何かが姿を現しつつあった。

 三つの首を持つ何かが。

「夕季、ディープにチェンジしよう!」

「まだ」

 光輔の進言を一言で制する夕季。視線はスクリーンの奥から微動だにしていなかった。

「もう少し様子を見てから。どんなパターンか探ってからでも遅くはない」

 夕季の真剣な表情に、光輔が冷静さを取り戻す。

「そうか……」

「てめーら、先にリーダーの了解とれって!」

 その直後だった。

 上空待機のガーディアン目がけて、それが飛びかかってきたのは。

「うおっ!」

「ああっ!」

 隔てた間合いを一瞬でゼロとし、あまつさえその足首まで食いつこうとしたケルベロスの姿を三人が見届ける。

 それは三つ首のヘビだった。

 それぞれが三つの黄橙色の目を持つ、ガーディアンの数倍の長さの海ヘビ。

 そして奇襲に失敗するや、またたく間にまた海下へと潜り込んでしまったのであった。

「こいつは……」

 パターンを把握しかけた礼也がゴクリと溜飲する。

 常に下方向を意識しつつ、夕季が頷いてみせた。

「これが、こいつの……」

 言い終わらぬうちに第二撃が訪れる。それは先よりも高く、咄嗟に飛び上がらなければガーディアンの身体ごと丸呑みしそうな、ウワバミの口撃だった。

「……あっぶねえ」

 海中深く潜伏したケルベロスを見下ろし、礼也が顎の下の汗を拭う。

 すれ違いざまに斬りつけた一対の曲がりナイフが、両方ともへし折れていた。

「どうするよ、夕季」

 表情も変えずに振り返った夕季に、礼也がくいと顎をしゃくってみせた。

「空にいりゃ、やられることもねえ。だが、永久に奴を倒せねえぞ」

「そんなことは……」

「俺がやる」

 光輔だった。

 二人の顔を見据え、先の功労者、光輔が、決意にみなぎるまなざしを向けた。

「また、てめえ、おいしいとこ持ってこうってハラか」

「今日なら思いっきりやれる」

「は?」

「雅のことを心配しないで、とことんやれるんだ。俺達にとって、願ってもないことだろ。な、夕季」

「……」

 高空で再度集束し、落下速度を従えたディープ・サプレッサが渦中へとダイブしていく。

 すぐさま広域サーチをかけ周囲を見渡すものの、海中深く潜り込んだケルベロスの姿は影も形も見られなかった。

 三人の顔に緊張の色が走る。

 海竜王を操る光輔をはじめ、海中戦闘は初めての試みだった。

 特化型ガーディアンと言えど、それが優位かどうかを現時点で見極めることは困難なはずだろう。

 それともう一つ、憂慮すべきアキレス腱に夕季は気づいていた。

「光輔、見えた」

「ああ……」ケルベロスの尻尾を捉え、光輔が顎を引いてかまえる。「今って……」

「来た!」

 光輔が言い終わらぬ間に、尻尾から反転した三つ首がガーディアン目がけて猛進してくる。

 その速度たるや、人類が手にした科学力と法則からは到底導き出せないものだった。

「ぐおっ!」

 間一髪で逃れ、礼也が顔を引くつかせる。

 尻尾だったシルエットは、彼方ですでに三つ首へと反転していた。

「速い!」

「よし」

 焦りの色を浮かべる夕季を見ることなく、光輔が頷いてみせる。

「ポジション・チェンジだ」

「!」夕季が目を見開いて光輔に振り返った。「駄目、今でも捉えられないのに、スピードを捨てたらますます……」

「さっきのとは違う。どっちかっていうと、スピードよりも瞬発力の方がすごい。攻撃も最初の奴ほどパワーを感じない。たぶんあいつはディフェンス・タイプだ。どうせ追従できないならスピードなんて意味がない。またいくつかもらうことになるけど、つかまえて叩き潰せばいいだけだ。逃げてるだけじゃ活路は見出せないよ」

「……」光輔の目を見据えたまま、夕季が口をへの字に曲げる。「わかった」

「よし、いくぞ!」

「おお! てめえはいつもわかりやすすぎだろ」

 ディープ・サプレッサの装飾部の色合いが入れかわる。

 依存度の主軸を夕季から礼也にシフトし、スピード重視から攻撃重視タイプへと変動したのだ。

「来るぞ、礼也!」

「任せろって!」

 高速で白濁する海水を縫いながら突き進むケルベロスが、幾重もの刀のような牙を剥き出しにしてガーディアンへと迫り来る。

 やり過ごしていては捕まえられないことを知っていた光輔らは、一かばちか、正面からの拘束を試みようとした。

 必中の間合いで三つの首が同時に襲いかかってきた。

 その一本を捕まることができれば、あとは必殺技を叩き込むだけでいい。

 が、その思惑はことごとくはずれることとなった。

 いなしたはずの一首目が背後からガーディアンの右腕に噛みつき、それに気を取られる隙に、別の首が左腕に食らいついてきたのである。

「く!」

 呻く間に尻尾が胴体に絡みつく。

 ギリギリと締めつけるその圧力に、屈強なガーディアンの巨躯が悲鳴をあげかけていた。

 残る中央の首の三つ目が妖しげに輝く。

 その、クワと開かれた大口は、ガーディアンの頭部を噛み砕くべくウォーミング・アップを始めているようにも映った。

「光輔」

 歯を食いしばり眼前のケルベロスを睨みつける光輔に、礼也が目配せする。

 そして、光輔は笑ったのである。

 してやったりと言わんばかりに。

「今だ!」絶叫もろとも叩きつける。「バーン・インフェルノ!」

 それは勝利への雄叫びでもあった。

 ただし、すべてが彼らの期待を裏切らない結果であったならば。

「!」一瞬の沈黙を経て、光輔の顔が青ざめる。「出ない!」

 礼也も同様だった。

「はあ! おい!」

 考える猶予すら与えられず、容赦なく食いついたその牙が、ガーディアンの首ごと持ち去ろうと深く抉り込む。

 全身あますことなく、漆黒の巨体がミシミシと軋み続けていた。

「どうなって……」

「くそったれ! なんもできねえ!」

「ブレイクしよう」

 おろおろとうろたえる二人を横目で見て、夕季が決断を下した。

 散開し、陸竜王を抱えて空竜王が海上へと飛び上がっていく。

 海竜王は援護すらできず、海中をケルベロスから逃げ回るのがやっとだった。

「光輔」上空から夕季が呼びかける。「もう一度、タイプ・スリーに集束する」

『ああ、頼む、……おわっ!』

 丸呑みされる直前、集束によって光の束がギリギリのタイミングで海竜王を拾い上げた。

 命からがら逃げ延びた光輔が、ガーディアンの中で一息つく。

「助かった……」

「どういうこった」

「やっぱりそうだ」

 夕季の呟きに他の二人が振り返る。

 夕季の表情は、狐につままれたような二人のそれとは、明らかに異なっていた。

「はあ! てめえ、何言ってやがんだ」

「どういうことだよ」

「さっきもそうだった。最初の時も」その理由を慎重に言葉を選びながら告げる。「今のコンタクターには、大きな技を出す力がない」

「それって……」

 ふいに目をやった海面を見て、光輔が顔色を失った。

 海からケルベロスが迫りつつあった。

 高度二千メートルを飛び越えて。

「マジかって……」

「かわってる」

「はあ!」

 ぐっと目に力を込め、夕季がケルベロスを睨みつけた。

「さっきと違う」

 二人が目を凝らして下を見ると、夕季の言うとおり、ケルベロスはまたもや変貌をとげていた。

 海で見た三つ首の大蛇の背中に竜のような巨大な羽をはやし、腹面からは四足獣のそれに似た太い手足を従える。三つの首にある三つ目は、それぞれが赤と青、黄橙の光を放っていた。

 翼を大きくはためかせ、空を駆け抜けるかのごとく手足を繰り出す全身は、金色の輝きにつつまれていた。

「これって……」

「……どっかで見たことあんな」

「今までのは外側だけのただの器だった。殻を破ったのか、脱皮したのかわからないけど、これが本当の奴の姿だと思う。たぶん、あたし達が見てきた、すべての属性を兼ねそろえたタイプ」

「最終形態ってやつか」

 夕季が頷く。

「力、防御、スピード。ガーディアンの持つ特性をことごとく使って、あたし達の対応を探ってきた。そのすべてを持ち、上回るのが、本当のケルベロス……。ぐ!」

「どうした、夕季、……ぐあ!」

 急に苦悶の表情を浮かべ始めた夕季と光輔を眺め、礼也が訝しげに眉を寄せる。

 その理由は、直後に訪れた激しい頭痛によって知ることとなった。

「なんだ、こりゃ! 痛ぇ! 頭いってえぞ! 精神攻撃か!」

「これ、どういうこと……」

「……。桔平さん! 何が……。!」

 ケルベロス最終形態はすでに三人の間近まで迫りつつあった。

「……ブレイクしよう」

「ああ! 今やめろってのか、夕季。んなことしたら、逆に……」

「危ないかもしれない……」眉を寄せ、夕季が、ぐっと顎を引いた。「コンタクターの人が」




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