第十八話 『花・後編』 OP
叩きつけるような強風と豪雪にまみれた小さな山小屋の中、二人の男が顔をつき合わせることもなく互いの思惑だけをぶつけ合っていた。
マカロフの冷え切った声に生気のない相づちを返し、ドラグノフが激しく燃え上がる暖炉の炎を眺める。
「それが真実ならば、私が背を向ける選択はどこにもない」
「君にとっては酷な話だろうがな」
「だがすべては理の範疇にある」
ドラグノフの決意を汲み取り、マカロフが重々しく頷いてみせた。
「君の失墜を目論む反対派の策略によって、ニコライは苦渋の選択を迫られた。それが君の命であったのか、彼の家族をたてにしたものかは定かではないが、いずれにせよ容易に推測できうることだ。彼は実直で汚れることを知らないがために、それを受け入れるしかなかった。だが問題はたとえそれが事実であろうと、我々には何一つ証明する手段がないということだ。ただ一つ、君が自らその役を受け入れる以外は」
「断る理由はない。彼の誠意を逆手に取り、彼の家族の安全を脅かさないことを条件に、私が弟ニコライをそそのかした。反対派へ帰順するための功績としてだ。私はそれを遠き異国で声高に叫ぶ。あとは君達がそれを正面から受け止め、哀れな被害者であるニコライの家族達を保護するだけだ」
「反対派の立場を失脚させ、政府からの信頼を得る。それだけで主流派にとってはかなりのメリットとなる。ニコライの家族には、我々が誠意ある対応をすることを約束しよう」
舞い上がる暖炉の火の粉を眺め、ドラグノフは何の期待も見られないまなざしをマカロフへ向けた。
「もう一つだけ、望みがある」
「何だ」
「目的を果たした後、私の身柄を君達が確保することは可能か」
「約束はできかねる。君の命があるうちはな」
「もとより私を生かしておく気などないのだろう。私の心変わりを誰よりも恐れるのは君達のはずだ」
「否定はしない。我々にとって君の口は災いでしかないからな」
「命など必要ではない。ただ私は屍となったとしても、この国へと戻りたい。この朽ちた大地と淀んだ空の下へ。それだけだ」
「わかった、約束しよう。君の偉大なる功績のせめてもの手向けとして」
「感謝する」
床へ落ちた花びらを一枚手に取り、握りしめる。ドラグノフの手のひらでそれは粉々に砕け散り、床の埃の中へ埋もれていった。
「私の肉体は故郷の大地へ埋めてほしい。愛する祖国の土へと還るために。それが私の最後の願いだ……」