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第二十七話 『傷』 2. 傷

 


「三雲が夕季を?」

 通路で桔平に復唱され、真顔で忍が頷く。

 桔平は忍から視線をはずすと、長く深いため息をもらした。

 連絡通路の窓から外を見上げれば、青空の中、雲を切り裂きながら航空機が飛び去っていくところだった。

 これから起きる波乱など、まるで予感させずに。

 やがて何かを探り出すように、桔平がそれを口にし始める。

「昔からあいつの強さに対するこだわりは異常だったからな。それ以上に、弱いものへの嫌悪感はすさまじかったが」

「どうしてですか」

 真っ直ぐ見つめる忍を困ったように眺め、後頭部をかきむしりながら少しだけ眉を寄せた。

「わからん。だいたいそういう奴ってのは自分が弱いことをわかってて、コンプレックスからゆがんじまうケースが多いんだが、そういう感じでもなさそうだった。自分が弱かったことで過去に何か嫌な思いをしたのかもしれない。子供の頃にいじめられてて、自殺寸前まで追い込まれたとかな。だがもっと違う、別の理由があるかもしれない。もっと根深い、あいつが過去の自分を否定してでも、強くならなければいけなかった理由が。なんにせよ、俺や木場が強くなろうとした理由とは、根本的に違う気がする」

「……」何かを飲み込むように、忍が次の疑問を口にした。「あの二人、何があったんですか。木場さんと、三雲さん」

「気になるか、やっぱ」

「いえ……」一旦否定したものの、すぐに態度を改める。「……はい」

「木場の肩の辺にでっけえ傷があるのを知ってるよな」

「はい。理由までは知りませんが」

 重々しく忍が頷くと、それを眺め、押し殺した声で桔平が続けた。

「昔、木場がまだ特殊部隊に所属していた頃のことだ。任務中にケガをして動けなくなった三雲を、奴が庇ったことがある。そん時できた傷だ。プライドの高いあの女にはそれが我慢できなかったんだろうな。三雲の奴、木場のことをずっと見下してたからな」眩しい空に遠い目を泳がせた。「要領が悪くてお人よしで話しベタで、いつも損な役回りばかり押し付けられて、それでも愚直なまでに真っ直ぐで、すべてにおいて自分より勝っていたあいつを……」


           *


 桐生藤鋼を隊長とする裏自衛隊特殊部隊は、極秘裏に要人救出の任務についていた。

 テロが横行する危険地帯で、国家としての痕跡をのこさずに。

 救出部隊の助言に聞く耳すらもつことのない要人の軽率な行動により、部隊が窮地に立たされる。

 桐生特戦隊と畏怖を込めて揶揄されるほどの、自衛隊選りすぐりのエリートを集めた部隊は、各人が数倍の兵力すらものともしないスペックを誇っていたが、足手まといとなる輩を抱えたままでは思うように活動できずにいた。

 地形を読み優位な位置取りを常に取り続け、苦戦しながらも敵部隊の殲滅に成功する。

 が、デッドラインに大きく踏み込んでしまったため、増援部隊が合流するまでにある程度の時間を必要とすることとなった。あとは待つ以外に選択肢はない。

 問題は、要人と部隊の一人が怪我を負ってしまったことだった。

「ぐあああ!」

 左腕を押さえ苦悶の表情であえぐ要人を目の当たりにし、お付きの人員が凄まじい形相で振り返る。

「衛生兵はどうした! 早く手当てをせんか!」

 つい先ほどまで真っ青な顔で狼狽し続けていた輩とは、まるで別人のような勇猛さだった。

 辟易した顔で全員がそれを見つめる。

「何をしている。早くせんか!」

 勢い収まらぬ側近の前に、一人の隊員が立ち上がった。

 要人をかばい、それ以上の重傷を負った衛生兵、三雲杏那だった。

「ただちに……」

 ぐらりと目を裏返らせ、膝から崩れ落ちる。

 それを木場が受け止めた。

「三雲! しっかりしろ!」

「……木場」

 あえぐように見上げる三雲の瞳から、しだいに光が失われようとしていた。

「何をしている、早くせんか!」

「どけ、木場……」

 木場を押しのけ、三雲が立ち上がろうとする。が、弱々しいその力では、もはや正気を保つことすら困難だった。

「今のおまえでは無理だ。俺がやる」

「おまえに何ができる」

「多少の心得ならある」

「ふざけるな、貴様などに……」

 三雲の意識が消えかけていた。

 三雲を抱き止めたまま、ぐっと奥歯を噛みしめ木場が振り返る。

「先にこいつの手当てをさせてくれ」

 その言葉に活目する。

 誰より三雲が。

「木場、貴様、余計なことをするな。私に恥をかかせるつもりか」それは最後の力を振り絞って吐き出したプライドだった。「我々は己の命を盾とし任務に就いた。優先すべきは彼の命だ。それが私の望みでもある……」

「何をバカなことを言っている!」

 消え入りそうな三雲の意識を押しのけ、側近の雄叫びがエリア中に響き渡った。

「この方が誰だかわかって言っているのか! どちらが優先かは誰でもわかるだろう。血が止まらずに出血多量で死んだらどう責任を取るつもりだ。この方の損失は国家の損失に値する。貴様達の首をいくつ並べても引き合いに出せるものでは……」

 そこまで並べ立て、男が絶句する。木場が立ち上がり、頭二つ以上も高い激情のまなざしを躊躇なく叩きつけたからである。

 男を見据え、ものも言わずに、木場が刃渡りの巨大な軍用ナイフを取り出す。そして怯える男から目線をはずすことなく、己の左肩目がけて渾身の力でナイフを突き立てた。

「な、何を……」

 がくがくと足を震わせ恐怖にのまれた男、そして同じ表情でわめくことすら忘れてしまった要人を、苦痛にゆがむ顔で眺め、木場は押し殺した声で告げた。

「あなたと同じ傷だ。俺が死なない限り、あなたも死ぬことはない」

 誰が見ても明らかに木場の傷の方がひどいとわかる。それは三雲の傷に匹敵するほどの大怪我だった。

「あなたの命は俺が保証する。お願いします。彼女の手当を先にさせてください。彼女は我々の大切な仲間なのです」

「わかった、そうしろ」

 押し殺した声にすべての視線が注目する。

 隊長、桐生藤鋼だった。

「申し訳ありません。もう少しだけ待ってください」

「わ、わかった……」

 毒気を抜かれた要人が、神妙な様子で藤鋼に頷いてみせる。

 すると木場もわずかに表情をゆるめ、要人達に深々と頭を下げた。

「すみません。すぐにそちらの処置もいたします」

 そう言って木場が三雲へと振り返る。

 涼しげな笑みをたたえ。

「おい、どういうつもりだ、藤鋼」

 仏頂面で藤鋼が振り向く。

 すると同じ表情で剛力と綱澄が睨みつけていた。

「我々は隊員名簿からすでに抹消されている身だ。ここでの記録は一切残らん。それは己の命すら捨て石とし、任務を遂行するためではなかったのか」

「そうだ」

「ならば貴様がくだした判断は……」

「矛盾しているのは重々承知だ。だが、一度に優秀な隊員を三人も失うわけにはいかんのだ」

 不思議そうな顔つきで藤鋼の差し向けた目線の先を追う、剛力と綱澄。

 そこには腕組みをしながら、阿修羅のような形相で全体を睨みつける桔平の姿があった。

「事実、彼らがいなければ、このミッションは成しえなかっただろう。三雲が盾にならなければ、マルヒトを保護することもできなかった。三雲のおかげで我々の首がつながったのだ」

「……」

 言葉をなくす二人から顔をそむけ、藤鋼が要人の方へと足を向けた。

「綱澄、医療キットを取ってこい。止血くらいなら俺でもできる」それから三雲へ目をやった。「それくらいならな……」

「どけ」

 苦悶の表情にゆがむ三雲から木場を引き離し、桔平が割って入った。

「俺がやる」

「おまえにできるのか」

 あぶら汗にまみれたその顔をまじまじと眺め、桔平がぶすりと告げた。

「おまえが指示しろ。俺でもできるようにな」

「それは難しいな」

「ふざけろ。人の命がかかってんだ、死にもの狂いで指示しろ」

「やってみよう」

「その後はてめえだ。覚悟しとけ」

「……自分でやる」

「ふざけろ、てめえ! 今すぐとどめくらわすぞ」

「わかった、殺されるよりはマシだ。頼む、桔平」

「……おい、木場」三雲の手当てを始めた桔平がふいにトーンを落とし、それを口にする。「いいのか」

「何がだ」

「おまえ、すべてを失うことになるぞ。いや、もう手遅れだろう」

 桔平の言う意味も解さず、肩の傷を手で押さえた木場が穏やかな顔を向ける。

「俺は何も失ってはいない」三雲を見て笑った。「大切なものは、すべてここにある」

 そう言って胸をドンと叩いた木場の涼しげな顔を眺めながら、三雲の意識は遠くなっていった。


 迅速な処置により三雲は一命をとりとめた。

 しかし、その結果、木場は隊を追われることとなった。




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